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魔術幻想録  作者: 白洲悠
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オレリア魔術学院

Ⅲ オレリア魔術学院


「まさか、俺もここに来ることになるとは思わなかった」

雅人は愚痴をこぼしながら目の前にそびえ立つ門に付けられた板を見上げる。

『オレリア魔術学院』

雅人にはもう二度と縁がないと思われていた場所である。

「いいじゃないですか。私は嬉しいですよ?雅人さんと一緒に学校に行けるなんて夢見たいです」

雅人の数歩前を歩くルミカが上機嫌な笑みを向けてくる。

雅人も入学できると聞いて一番喜んでいたのもこのルミカだったのだ。

「まあ、行きたくないわけじゃないから別にいいけどさ・・・」

やれやれと観念して雅人もルミカの背中を追いかける。

本来全校集会はコルンで使った闘技場で行われる予定だったらしいが、この前の事件により安全性を再確認する必要があると理事会で決まったこと、そして今回の入学者、言わばコルンの合格者は雅人たちを含め六十人しかいなかったという理由から教室で行われることとなったためこうして教室へと向かっているのだ。

「ところでルミカ」

「はい、何でしょうか?」

スキップしながらハミングを奏でていたこちらに振り返ってくる。

「教室はどこにあるんだ?」

気づいた時には周りには校舎と思えるような建物が無くなっていた。

その瞬間、ルミカのスキップが止まりポケットから取り出した地図と校舎を見比べると

「あれ?あれ?」と焦り始める。

「こ、ここはどこでしょう・・・?」

ガクガクと地図を持ったまま震えて青ざめた顔で雅人を見つめてくる。

オレリア魔術学院は国中の。様々な都から人が集まることもあるため設備も充実している。しかし、その分校内は雅人が住んでいる屋敷などと比べ物にならないほど広いのだ。

そして今まさに雅人たちは迷子になっているというわけだ。

「あらあら、コルンに合格してここにいるのに教室の場所が分からないのですか?」

どこかで聞いたことのある声が後ろから聞こえてくる。

振り返るとエリシアが仁王立ちしていた。

「お嬢様急に走り出して・・・あ、おはようございます」

少し遅れてルミカのと同じ地図を持ったルクスがやってくる。

「まったく、あなた方が来ないとせっかく築き上げた私というものの立場が危うくなってしまいますわ!」

エリシアはルミカに近づくと両肩をつかみを前後に揺すり始める。

「ルミカ様がなかなか教室に姿を現さず、お嬢様が落ちつかない様子だったので【サーチハント】を使いお二人を探しに来たのです」

「あ、ありがとうございます」

ルミカが礼を言うとエリシアの顔は真っ赤になってそっぽを向いてしまう。

「ふん、礼など入りませんわ!それと、早く行かないと遅刻しますわよ!」

顔を赤くしたままエリシアはルミカの手を握ると走っていく。

雅人はルクスの方に向き直ると、

「手のかかる主人を持つと大変だな」

「お嬢様の扱いには慣れてますから。僕達も行きましょう」

雅人たちは笑い合うと二人を追って行く。


教室に着くと雅人達以外の生徒はあらかた集まっていた。

窓際で談笑を楽しんでいる雅人と同じくらいの歳の女子、机で本を読んでいる少々小柄な男子、体育会系だと言っても納得しそうな身体付きの男子達が後方で話していた。

雅人の元いた世界で通っていた学校とほとんど変わらないごく普通の学校の風景であった。

すると、後ろで話していた男子の一人がこちらに気づき駆け寄って来る。

「なあ、お前って確かコルンでキマイラ倒したやつだよな!?」

「ああ」

目の前まで詰め寄ってくるので少し引き気味に答えると、周りにいた生徒たちがいつの間にか集まって来ていた。

「キマイラってどれくらい強いんだ??」

「魔術はどういうのが使えるの?」

「キマイラの爪の毒ってどれくらい強力なの?」

生徒達は「おおー!」と歓声を上げたとたんに質問攻めが、繰り広げる。

後から知った話だが、雅人がキマイラを倒したという話はその日の内に国中でうわさとなったらしい。人々は「天才の再来だ!」と褒め称えていたらしい。

数分も経たないうちに雅人は人の波に飲み込まれた。

その時、チャイムが鳴り響きマークスが教室へと入って来る。

「やあやあ、ホームルームを始めるよ!席に着きたまえ」

しかし、人混みの中の生徒達は目の前にいるうわさの人物に夢中であり、誰一人それに気づかない。

マークスはため息をつくと、

「空気の音よ、咆哮となり響かせよ!」

マークスは息を大きく吸い込む。何かを察知したのか人混みの外にいるルミカ達は慌ててを塞ぐと、教室の外へと出る。

最後のルクスの足が外に出た次の瞬間、

「聞こえんのかぁ!!早く席に座れい!!」

マークスが音魔【サウンド・ディバイド】で強化された叫び声が放射線状に衝撃を広げていき雅人の周りの人混みもろとも吹き飛ばしていく。

衝撃がやむと教室の後ろでは積みあがった机と椅子の上に人の山が形成されていた。

白目を剥いてぴくぴくと痙攣を起こしている生徒もいれば、さらに口から泡を吹いている生徒もいた。

「ふぅ、危なかった」

予め廊下へと避難していたルミカはほっと胸を撫で下ろすと、教室へと入っていき現状を目の当たりにする。

「体に宿りしよ、あるべき場所へと還らん」

ルミカは【リバイバル・ソウル】を唱える。黄色味を帯びた光が人の山に降り注ぐととたんに生徒達は続々と目を覚ます。その中には雅人の姿も居た。

起き上がった生徒達はまだぼーっとしている者がいた。

「ふむ、もう一度やるべきか『我が御身に・・・」

マークスが再び息を吸い込み始めたので顔を真っ青にした生徒達が慌てて席に座り始める。

ガタガタと鳴り響いた音がやむと黒板の前に立ち教室中を見渡した後

「では、改めましてオルレア魔術学院へようこそ!学院長のマークス=オーウェル」

という前置きから学年集会は始まった。

先日の事件のことについての事で学院の信頼が落ちたことについての謝罪。そして、それでも学院に入学してくれた生徒達への礼がマークスの口から出てきた。

十数分後、生徒の一部があくびをし始めた頃

「・・・というわけで、私からの話は以上とする。・・・続いて今年君達の担任となる先生を紹介する」

黒板の横に移動して「では、入ってきてくれ」と述べる。

すると、教室の前方のドアがバンッと音を立て開かれる。

(どんな先生来るんだろうな。)

心の中で期待に胸を躍らせていると

「おっはようございま~す♪」

開かれたドアから紫色の物体が飛び込んでくると、空中で一回転して黒板と机の間にある教台に着地する――がバランスを崩したのか「わぁー!」と声を上げて後ろに落ちて埃を舞い上げる。

そして、教台から小さな手が見えてすぐに消える。それを二十回程繰り返した後、教台の上に顔を出した紫髪の少女が髪や服についた埃を払い落とすと

「君達の担任になるグレーシア=ドロッセル先生だよぉ♪」

キャピーンという効果音が似合いそうなポーズを決める。

雅人たちの目の前には見た目がせいぜい十歳か十一歳が教台の上に立っているのだ。

「おいおい、俺は小さい子供のお守りをするためにこの学院に来たんじゃないぞ!」

「そうです!ふざけてるのですか!?」

雅人の周りからブーイングが巻き起こる。

グレーシアは口元で何かを呟くと、何処からともなく伸びてきた鎖が生徒達を締め付けると続々とその体が天井に吊り下げられる。

「コラッ、先生の悪口を言う子はお仕置きしちゃうゾ♪」

ウインクを決めたグレーシアがぶら下がる生徒を見上げていると、その頭に手刀が落ちる。

「グレーシア先生、早く進めて下さい。まだやることは山積みなのですよ」

「え~!でも、私は生徒達に子ども扱いされたんですよ?」

ほっぺを可愛らしくぷくーと膨らませてもんくを言いながらも渋々と指をパチンと鳴らすと鎖が綺麗に消えて生徒たちが落ちてくる。

「気を取り直して、自己紹介を始めるよぉ♪私は・・・」

「今年から学院の講師となったグレーシア先生だ。こんな見た目だが、実力は君達の想像よりも遥かに上だから安心してくれ」

早く進めたいのとグレーシアのテンションに着いていけなくなったのだろう、マークスが簡潔にまとめる。

「あ~!私のそれは台詞なのに~!学院長のばかぁ~!」

再び膨れっ面になったグレーシアが小さな握り拳でポカポカとマークスのお腹を叩く。

その様子は父親とその娘にしか見えない。

(本当に先生・・・なんだよな?)

内心不安に思えてきたので、横目で隣に座るルミカをチラッと見ると同じ事を考えているのか唖然としている。

「では、改めましてグレーシア=ドロッセルです!こう見えても二十歳なんだよぉ♪」

その瞬間教室中から

「あの見た目で!?」「うそ!?年下かと思った!」「やべっロリババなのかよ!」

といった驚きの声が上がる。

「いや~、それほどでも~」

デレデレとしているグレーシアに「それ褒められてないぞ」と心の中でツッコミを入れる。

それにしても、雅人がこちらの世界に来てからトントン拍子に事がうまく行き過ぎている。

偶然ルミカと会い、偶然レオニスの力を借りられてキマイラを倒し、偶然魔術学院に入学したのだ。

そして、先ほどの魔術。どれだけ優秀な魔術士だったとしても、ここにいるのはコルンを勝ち抜いた者であるのだ。実力のあるはずの生徒が全員が成すすべなく鎖で繋がれる事などありえるのだろうか?

「・・の・・ミ!」

(この先生については知る必要がありそうだな。)

雅人がじーっと正面に立つグレーシアを見つめると、グレーシアと目が合う。

「そこ・・・君!」

(俺の考えすぎなのか?単なる偶然の重なりなのか?)

「そこの君!聞いてる?」

「は、はい!」

思わず席を立ってしまう。周りのクラスの全員が雅人に注目している。

「雅人さん、自己紹介です!昨日教えたとおりに」

横からルミカが小声で教えてくれる。

そこで、雅人はようやく自分の番が回って来たのに気づいた。

「さっきから先生のこと見つめてるけど・・・もしかして先生に惚れた?やだぁ~♪

私、年下もアリだけど心の準備が~!」

グレーシアが顔を両手で顔を覆いくねくねと体をくねらす。時折指の隙間からちらちらとこちらを見てくる。

きっぱり否定した後、一度深呼吸をして

「天沢雅人です。セレヌンディーネから来ました」

「そっかぁ~、やっぱり君だったか~。噂で聞いたよ、キマイラを単独で倒した人であり、隣のルミカってこと一つ屋根の下で暮らしているって」

「「「何~!」」」

再び教室に絶叫が広まる。

「おい、まじかよ!」「一つ屋根の下ってことはあんなことやこんなことも!?」「・・・リア充め、死ね」

おい、最後言ったの誰だ。周りの女子は頬を押さえてキャーキャー桃色の声援をおくり、男子からはオーラ見たいのが出ている。

そして、当のルミカ本人に至っては顔を真っ赤にして俯いている。

「じゃあ次は隣のルミカさん。雅人君のとの同棲はどうなのかな?」

悪戯な笑みを浮かべたグレーシアがもはや趣旨が変わり始めている質問を投げかける。

ルミカはギクシャクと立ち上がると

「ルミカ=オリオールです。雅人さんと同じセレヌンディーネから来ました。・・・それと、別にまだ如何わしい事はしてないで・・す」

パチパチと拍手が起こるとストンと椅子に座る。よっぽど恥ずかしかったのだろう、両手で顔を覆ってしまう。

「よく頑張ったな」と横から声を掛けると微かに首を縦に振る。

一通り生徒の自己紹介が終わり、拍手が鳴り止むと

「では自己紹介も終わったところで次に行くよ♪」

グレーシアが黒板に文字を書き始める。

『魔術競技大会』

「今日から約二ヶ月後に魔術競技大会を行います」

そのとたん生徒達の間でざわめきが起こる。

魔術競技大会とはオレリア魔術学院で毎年行われている伝統ある行事である。生徒はチームで三つの競技を行い、その順位が成績として加算されるのだ。

種目はどれだけ遠くの的に当てられるかを競う〔アーチェリング・ターゲット〕、コルンと違って一対一で行う対人戦の〔デュエル・オブ・マジック〕、そして指定されたコースを駆け抜けるレースを行う〔マナリスト・ラン〕の三つである。

種目名を全て書き終えたところでグレーシアはチョークを置き向き直る。

「というわけでチームを決めなくてはいけません。残りの時間はチーム決めの時間にするので好きな人と組んで下さい。私は教室の外で待ってますので終わったら呼んでね~♪」

教室を出ようとして「あ、そういえば!」と声を上げ立ち止まると

「言い忘れたけど、この行事で最下位になった人は問答無用でだからね♪」

と爆弾発言を残し今度こそバタンと音を立てて教室からグレーシアが出る。

その瞬間、教室は喧騒に包まれる。その中心に立っているのは言うまでもなく雅人である。

「なあ!雅人!俺と組もうぜ!」「いえ、そんなやつなんかより私と組みましょう!」

ハイエナのような勢いで集まってくる生徒の対応に追われていると、雅人の服の裾を引っ張ってくる者がいた。

振り返ると雅人の服をルミカが掴んでいて上目遣いで何かを訴えかけている。

何かと思い少し考えた後、「ああ、そういうことか」と納得してうなづく。

学校に来る前アルフレッドから聞いていたのだ。ルミカは極度の人見知りであり、領主としての仕事、雅人を含んだ屋敷の人と話す分には大丈夫らしいがそれ以外は駄目らしい。

人だかりに向き直ると、困った表情を浮かべながらもなるべく自然な形

「誘いは嬉しいんだけど、俺はもうこのルミカと組むことに決めてるんだ」

すると周りからは「えー」と言った残念な声が広がり雅人の周囲からは人が去っていった。

うん、これでいいんだ。約束したからな、ルミカの力になるって。心の中でうんうんと力強く頷いていると。

「ま、雅人さん・・・」

ルミカのか細い声が聞こえてくる。みると雅人の手がルミカの頭に載せて撫で回していた。

「ああ!ごめん、気づかなかった」

慌てて手をどかすと、「あぅ」とルミカが少し残念そうな声を上げる。

気づかなかったとはいえ、女子の頭を撫でてしまうとは不謹慎だったろう。気をつけなければと心の中で復唱する。

最初に雅人と組もうとしていた人たちがチーム決めに手惑っていたため、全員が決まるまで時間が掛かるだろうと思っていると

「私達はもう決まっていますわ!」

教室中に声が響き渡る。

声の主であるエリシアがそばに立つルクスを見やる。ルクスは目を閉じたまま

「お嬢様、いつもそんな風ですといつまで経ってもご友人ができませんよ?」

「かまいませんわ!あなたは私が認める強い人ですから」

「まあ、自分が通用するかどうかはさておき・・・・」

ルクスが周りを見渡す。

「お嬢様にそう仰って頂いている以上、自分にもプライドがあります。簡単に負けるわけには行きません」

ルクスの目には決意が現れていた。それも、クラス中に広がる程の。

それがきっかけとなったのか、それまでの喧騒が打って変わって静寂が広まる。

雅人はそれが何故かはうすうす気づいていた。

領主という地位を持つ者はそれだけ値する能力を持っているのだ、それも並大抵の魔術士でもなかなか太刀打ち出来ない程であると。

現在、セレヌンディーネの領主であるルミカの能力はどれほどかは分からないが、次期領主であるジェルドホルンのエリシアはコルンでも無傷で勝利したとルミカから聞いたので、実力は相当なものだろう。

「あの~」

その静寂を打ち破るかのようにのんびりした声が前方から聞こえてくる。クラス中の視線が一斉に集まる。

先ほど本を読んでいた眼鏡を掛けた少年。ニックと名乗った少年が一枚の紙を持っていた。

先ほどグレーシアが持っていた魔術競技大会の説明の紙を。

「何だよ!こんな時にお前の話を聞いている暇ないんだ!」

体育会系の男子生徒アレフが罵声じみた叫び声をあげると、ランドルはビクッとしたあと、恐る恐る腕に持った紙を掲げる。

「・・・ここの一行に・・・『クラスの人数を半分に分けてニチーム作れ』って書いてあって『二人で一チームを作れ』って何処にも書いてないんだけど・・・」

一瞬の間をおいた後

「「「は?」」」「「「「え?」」」」

クラスのほぼ全員が目を丸くしキョトンとした声を上げる。

その瞬間一間目の終了のチャイムが鳴り響いた。


「いやぁ~皆の慌てる姿をは面白かったよ♪」

教室に戻ってくるなり腹を抱えて笑っているグレーシア。先ほどの出来事がツボにはまったらしい。

「面白がってる場合じゃないですよ!危うく学校生活が終わったと思ったじゃないですか!」

「そうだ!そうだ!」「二人でチームを組めって!」

「んにゃ?そんなこと私言ってないよ?」

笑いがやっと治まったのか、グレーシアが真顔で首をかしげる。どういうことかとクラスがぽかんとする。

「私はただ『好きな人と組め』って言っただけで『二人一組』だとは一言も言ってないよ?」

確かにそうだ。グレーシアは一言もチームをいくつも作るとも言っていなければ、何人のチームを作るとも一言も発していないのだ。つまり、

「・・・俺たちが勝手に勘違いした・・・ってこと?」

「あったり~♪ご褒美に撫で撫でしてあげよう!」

グレーシアが雅人の頭を撫でて来る。別に断わっても良かったのだがまた先ほどのようにおちょくられるのが嫌だったのでされるがままにした。

横ではルミカが「む~」と頬を膨らませている。先ほど撫でたのが気に食わなかったのだろうか。

「私はとっくに知っていましたわ!」

「僕が教えたん・・・痛っ!」

それはよけいだとばかりにこづく。しかも、いつの間にか手に握られていた銀ので。手をぱっと開くと片手昆は跡形もなく消える。

「「「それを先に言えー!!」」」

最終的にチームバランスを考慮して欲しいという生徒の要望もあり、グレーシアが涙目で頭に出来たたんこぶ(生徒にボコられて出来た物)をさすりながら決めた。

ルミカや雅人のAチーム、そしてエリシアとルクスのBチームという事で午後から競技の練習を始めることとなった。

午前中は競技の内容についての説明だけで終わったため、あっという間に昼休みとなった。

メンバーで親睦を深めたいということで、カフェテリアで親睦会がてら一緒に昼ご飯を食べようと誘われたが、ルミカのこともあり今日は学院の中庭で取る事にした。

カフェテリアと違って人が少ないからという理由もあったが、そこにそびえ立つ塔を近くで見てみたいということもありそこで食べることにした。

ベンチに腰掛けると、ルミカは膝に乗せたバスケットを開ける。

バスケットの中にはサンドイッチがぎっしりと詰められていた。

「おお!うまそうだ!」

雅人は一つ手に取るとかぶりつく。ふわふわのパンに肉から溢れる肉汁、レタスのシャキシャキ感、そしてトマトの酸味が口の中でハーモニーを奏でている。

「うん、美味い!・・もう一つ貰ってもいいか?」

続けて卵のサンドイッチを手に取る。まろやかな卵にほのかに加えられたチーズのコクが相性がいい。

「こっちも美味しい!やっぱりクロエは料理上手だな!」

屋敷でも毎日クロエが料理を作っているので思わず口ずさむと、ルミカがピクッとして

「え?・・・そ、そうですね」

雅人は残ったサンドイッチも次々と口に運ぶ。

ルミカもサンドイッチを黙々と食べ続ける。

やがて、バスケットが空になり、雅人が膨れた腹をぽんぽん叩く。

「ご馳走様。やっぱりクロエは料理上手だな!こんな美味しいサンドイッチ作れるなんて。今度教えてもらおうかな」

「・・・そうですね。それを聞いたらクロエも喜ぶと思います」

先ほどと明らかに様子が違うことに違和感を持ったので、どうしたのかと尋ねると

「いえ、何でもないです。それよりも午後からの授業の準備楽しみですね!」

と笑顔を向けると先に教室に戻っていった。

教室を戻る前に中央の塔を見て行こう思い、塔の近くへ向かうと一人の男性が塔を見上げていた。

男性は雅人にやってきた気づくと

「この塔を見に来たのかね?」

「はい。近くで見てみたかったので。マークス先生はこちらで何を?」

マークスは「ははっ」と笑い、恥ずかしそうに顔を掻くと

「僕はこの塔を見るのが日課になってしまっていてね。いつもこの時間はここに。それと、君に話があってね」

「俺にですか?」

場所を移そうと言われ、雅人はうなづくとマークスの後を追った。途中職員室に立ち寄ると、授業の準備をしていたグレーシア先生に雅人を借りる事を話す。グレーシアは「わっかりました♪では私も午後はお休みをいただきまあす♪」と面白半分で口走ったため、またマークスの怒りの鉄槌(手刀)を受けることとなった。他の先生に手刀をまともに受けてのびているグレーシアを任せるとそのまま学院長室へと入っていった。

「さて、話と言うのはこの前の続きというより君がこの学校に入学した訳について」

「!」

もともと聞こうと思っていた内容を出されたため驚きを隠せなかった。

「この前君とルミカ君を呼んだ時に話した話を覚えてるかね?」

雅人はうなづく。コルンの最中に研究目的に用意されたていたキマイラが逃げ出して、多くの被害を出したこと、そしてルミカが襲われそうになった所で雅人がレオニスの力を借りて倒したという話だった。

学院はその事件に対する謝罪としてルミカをこの学院に入学を許可したのだ。

「本来ルミカ君の相手になるはずのレイテスという者の事でな」

「確か、試合直前に居なくなったという話・・・でした」

「うむ。表向きはそうだが、実はあの日レイテス君はキマイラに殺されたのだ」

「殺された?」

マークスはゆっくり頷くと語り始める。

コルンの当日、試合間近に迫った所でフィールドに向かったレイテスは運悪くキマイラと鉢合わせしてしまった。こんな場所に出るはずないと思っていたため油断していたのだ。騒ぎを聞きつけ警備団が駆けつけたときにはもう遅かった。控え室の前には顔をしかめるほどの血の臭い。そして、魔術を撃って戦闘した事が一目で分かるほどの焼き痕が残されていて、血の湖の中心には彼が常に身につけていたというペンダントが歪な形に曲がって残っていたという。

その後、マークスを中心とした学校関係者はジェルドホルンの中心から離れたレイテスの実家へと向かった。

レイテスの両親に事のを語り終えると、レイテスの母は泣き崩れ、父はマークスに暴言を浴びせかけた。マークスはただ罵倒を浴びせられることしか出来なかった。もっと自分が早く気づいていればこうならなかったと後悔するしかなかった。

そして、二度と同じ過ちを繰り返さないためにもコルンを廃止させる事に決まった。

また安全性を強化するため国中から魔術使いの中でも実力者を教師として招くことにした。

「君達の担任のグレーシア先生もその一人だ」

「そうなんですか」

雅人の頭には生徒をからかって楽しんでいるグレーシアの姿しか浮かんで来なかった。

「だが、事件以降学院の信用はガタ落ちとなった」

何百年もの間、国中から志願者で溢れかえっていたオレリア学院はその瞬間コルンで勝利した生徒の大半が「学院の安全性に不安があると」入学を辞退するようになった。

マークスは懐から一つの封筒を取り出すと雅人に差し出す。

「これは?」

「レイテス家から送られてきた手紙だ。先日私の元に送られてきたのだ」

雅人は封筒の中の手紙の文字に目を向けた。

そこには亡くなったレイテスに対しての悲しみが長々と綴られていた。そして最後にはレイテスの両親の思いが綴られていた。

『あの子が目指した魔術学院への道。それが正しかったことを証明してほしい。』と。

「私は考えた。どうすればそれが出来るか。結果、君を入学させる事となった。」

「本人の許可なくですか!?」

「それは本当にすまなかったと思っている」

マークスが頭を垂れる。雅人の目の前では学院の権力者が地面に頭を付けているのだ。

キマイラを倒した雅人を入学させれば学院としての信頼を取り戻せると考えたが、本人の許可なくやるのも罪悪感があったので入学したと見せかけようとしたが、思いの他反響があり誤魔化しようがなくなってしまい、しかたなく雅人に入学をさせた。

「・・・というわけだ」

「そうなんですか。俺がそんな理由で入学させられたと」

「うむ・・・・」

マークスが再び俯いてしまう。雅人はため息をつくと口をこぼす。

「マークス先生・・・そろそろ話して貰えませんかね?」

「む?」

「俺、人と対峙する時っていつも相手の目を見るんです。相手がどの様な考えを持っているのかを見極めるために。・・・でも、マークス先生話してないじゃないですか」

そのとたん一瞬沈黙が走ったと思ったらマークスがやれやれと首を振る。

雅人の心の中に緊張が走り、ごくりと息を呑む。

「ルミカ君に入学許可を出したことは覚えてるね?」

「はい!」

忘れるはずが無かろう、あの時程のルミカの嬉しそうな顔は。

「本来ならルミカ君は合格は取り消しになるところだった。」

「え?」

マークスの言葉はそのまま続けられる。

事件の後、学院の上層部の理事会に呼び出されたマークスは、今回の事件に対する報告した。その際、理事会で告げられた言葉というのが事件にルミカが関係していたのではないかという内容であった。

新入生とはいえ国の中でも領主という重要な立場のルミカに何かあれば学院の信用は完全に地に落ちかねない。

そこで理事会に提案として出されたのがルミカの身近に居る者を護衛役として入学させることであった。

「それで選ばれたのが俺だったって事ですか?」

「そうだ。だが、君に許可を得ずに入学させてしまったことには変わりない。もし、君がいやと言うのであれば今ここで辞退してもかまわない。」

雅人は少し考え込む。確かに自分は半ば強制という形でオレリア魔術学院に入学することになってしまった。だが、この世界で生活する以上知識は少しでも得る必要はあるだろう。

笑みを浮かべると

「いえ、俺はこのまま学校生活を続けます。俺にも学びたいことがあるので」

「分かった。それが君の意思ならば尊重しよう」

その瞬間、授業の終わりのチャイムが流れる。

雅人が背を向けて立ち去ろうとすると、「ああ、それと」と後ろから声がかかる。

「先ほど言い忘れたが、先ほどのレイテス君の件については全て本当のことだ。しかし、どうかルミカ君には内緒にしてくれまいか?伝えない方があの子にとってもいいだろう」

「分かりました」

雅人は即答した。ルミカの性格上伝えれば自分を責めてしまう可能性があると判断したからだ。

「時間を取らせてすまなかったな。何かあればいつでも相談に来るといい。私に出来ることならば力になろう。君へのせめてもの侘びだ」

お辞儀をしてから雅人は教室へと戻っていった。歩みを進める雅人の心の中にはいつの間にか決意のようなものが込められていた。


「でわでわ~♪君達にはこれから飛んでもらいま~す!」

きゃる~んという文字が似合いそうな様子のグレーシアの一言から雅人の最初が受ける最初の授業は始まった。

しかし、初の実習で盛り上がると思われた生徒達はそろいも揃って沈黙している。

「あれれ~?皆ー、どうしたのかな~?待ちに待った実習の授業だよ?」

グレーシアがをパチパチと瞬きする。

「先生、その服装は・・・」

「私の実習着!この時のために用意した特注品だよ!」

雅人達は全員実習のために用意したお揃いの青いローブを着ていた。

それに対してグレーシアは胸に『ぐれーしあ』と書かれた体操着を着ていたのだ。その姿は何も知らない人が見たら小学生と間違えてもおかしくないだろう。

「先生の服装が問題なんですよ!」

生徒の一人がこの状況に耐えられなくなったのか叫ぶ。

「そうかなぁ~、これ結構お気に入りなんだけど・・・分かった!」

別の服に着替えてきてくれるのか。安堵を付いたとたん続けられたのは

「これ脱ぐよ、今ここで!」

「「「・・・は?」」」「「「「・・・え?」」」

ポカンと男子の声が揃うとグレーシアが体操服の裾を掴み上に持ち上げる。

目を覆い始める男子に対し、女子はグレーシアが脱ぐのを慌てて止めようとする。

しかし、体操着の下にあったのは白い肌ではなく、雅人達と同じ青いローブだった。

「あはは!残念!下にもちゃんと着ているよ~!」

グレーシアは着ていた体操着をぽいっと放り投げる。服は近くの木の枝に引っかかる。

「皆は何を期待していたのかなぁ~♪何も着てないと思った?」

悪戯をした時の様な笑みを浮かべて笑い始める。

次の瞬間、ムキになった生徒達との追いかけっこが始まったのは言うまでもない。

追いかけっこが終わると、生徒達から少し離れた位置にグレーシアが歩いていく。

「では、【スカイウェイ】の手本を見せるから良く見て覚えてね!」

生徒達にウインクを向ける。

「〈空を駆け行く風よ、我が身に宿る翼となれ!〉」

とたんに風が舞い起こり、グレーシアの体が風の渦を纏い始め次の瞬間、地面から飛び立ちまわりの生徒達にまで土ぼこりが舞い上がる。

少し空を旋回した後地面に着地する。

「とりあえず最初は体を浮かす所から・・・では初め!」

合図とともにそこらじゅうから詠唱が叫ばれる。

雅人はぶつからない様にと十分な距離を置くと

「〈空を駆け行く風よ、我が身に宿る翼となれ!〉」

しかし、風は舞い起これども、雅人の体は一向に浮く様子がない。

もう一度、さらにもう一度と同じように唱えるが結果は変わらない。

そうしている間にも他の生徒達の体は続々と宙に浮いている。

ついに、地面に足が付いているのは下から指導に当たっているグレーシアと今だ体が宙に浮かばない雅人の二人だけになってしまった。

「あれれ~?雅人くん?どったの?」

こちらに気づいたグレーシアが近づいてくる。

まだ飛べないということを伝えると

「しかたないなぁ~、先生が特別にコツを教えてあげよう!」

学院長が実力者と言っていたため少しわくわくしながら次の言葉を待つ。

「空気をフワァと感じて、バーンと魔力を込めれば跳べるはずだよ!」

数瞬前までの期待が失せたため苦笑いを浮かべ「あーそうですかー」と軽く流す。

(全然意味が分からない。)

それに対してグレーシアはドヤッという顔をして雅人を見下ろすと、再び他の生徒の指導に戻っていった。

助言を受けてもこれといった感覚が掴めずに悩んでいるととっくに空に浮いていたルミカが降りてくる。

「雅人さん、どうですか?飛べましたか?」

「いや、なかなか感覚が掴めなくてまだ一度も飛べてない。ルミカは?」

「少しなら飛び回ることが出来るようになりました」

嬉しそうに述べるルミカに雅人は一言を切り出す。

「もし良かったら教えてくれないか?ルミカが良かったらだけど」

そのとたんルミカの表情がぱっと明るくなる。

「いいですよ。私でよければお手伝いさせていただきます。・・・・・現在の状況について詳しく教えて下さいますか?」

雅人は魔術を唱えた時の状態とついでにグレーシアから貰ったアドバイスを伝える。

「……なるほど、そうでしたか!でも、グレーシア先生の仰ったこともあながち間違ってはいませんよ?」

どういうことかと聞き返すとルミカは

「魔術というのは難しそうなイメージですが、実際は人それぞれの思いや想像が形として現れたもの。つまり、魔術は一種の連想ゲームなんです」

雅人はそれを聞いてなるほどと感じた。確かに、雅人が魔術を使う時、『こうであったら』という望んだ結果が形に出たものである。

「雅人さんが空をどんな風に飛びたいかというイメージを浮かべてみては?」

ルミカの助言を受けて雅人は瞼を閉じる。

(空を飛ぶ、空を飛ぶイメージ。)

心の中で自分に暗示を掛ける様に言葉を繰り返す。

雅人の脳裏には徐々に一つの光景が映し出される。

雲ひとつない青い空、その中を飛び回る雅人。周りには鷲などの鳥が飛んでいる。

目の下には連なる島々。一つは天まで届くかと思われる塔が立っている島。緑が島中を覆う島などがある。

(いや、「飛ぶ」という概念じゃない「駆ける」んだ!空を・・・)

雅人は瞼をゆっくりと開く。

目の前には変わらずルミカが自分をじーっと見つめている。

「ちょっと下がってくれるか」とルミカに頼み、一度深呼吸をする。落ち着くという意味と集中するという意味を込めてだ。

ルミカが十分距離を取ったところで雅人は力ある言葉を叫ぶ。

「〈空を駆け行く風よ、我が身に宿る翼となれ!〉」

思いっきり地面を蹴ると雅人の体は淡い光に包まれ、その体は徐々に高度を増していく。

たちまち校舎を見下ろすところまで浮き上がった雅人は周りの光景に感嘆の声を上げる。

「世界ってこんなに広かったんだな」

元居た世界では決して味わえなかっただろう。雅人の目には昨日立ち寄った武具のお店、現在進行形で修理作業にあたっているキースと一対一で戦った野外ステージ、遠くに見える山脈の数々。雅人にとっては新鮮とも言える光景だ。

真下を見下ろすとルミカが両手を振っている。その周りには生徒が集まりだしている。

手を振り返そうとすると体が突如ガクッとして、雅人の体を覆う光が点滅し始める。

点滅は徐々に速さを増し消える。それと同時に雅人の視界は真っ逆さまになり、地面へと迫っていく。

「雅人さん!」

地上では雅人の異変に気づいたルミカがクッション代わりにと作り出そうとするとグレーシアに止められる。

「先生に任せて!――〈蒼穹を舞う風よ、やわらかな息吹となり包み込め!〉」

グレーシアが指揮をするかのように人差し指を振上げると、落下する雅人の体が薄い緑色のベールに包み込まれ、その速度を徐々に緩めていく。

地面に雅人の体がドサッと音を立て落ちるととグレーシアが安心したかのように息をつく。

雅人の元に生徒が集まりし口々に「大丈夫?」と声を掛けてくる。手を借りて立ち上がる。

「大丈夫ですか?」

心配した様子のルミカが治癒魔術をかけようとするがまたしてもグレーシアに止められる。

「だめだめ、今は授業中!授業に関係ない魔術は使っちゃ、めっ!だぞ!」

「でも・・・」とルミカが抗議の声を上げるが、グレーシアは首を横に振る。

「怪我の治療はしないとは言ってないよ。念のため私が保健室には連れて行くから。皆は私が戻るまで引き続き練習してて。・・あまり高く飛び過ぎないようにね♪」

「「「はい!」」」

まるで統率力の取れた軍隊のようなビシッとした返事をする。

「俺は大丈夫です」

自分のせいで授業を止めるわけにもいかないと思い抗議の声を上げると何かを呟いたグレーシアの腕から鎖が伸びて雅人の体を縛り上げる。

「こらこら、先生の言うことはしたがってね」

「うー!、うー!」

口までも鎖に縛り付けられて喋れなくなってしまっている。

笑みを絶やさないまま、グレーシアは鎖に繋がれた雅人を引きずっていく。

しばらく歩いたところで「あ!そうだ!」とグレーシアが振りかえる。

「ルミカさん、君の彼氏君ちょっと借りてくね♪大丈夫、大丈夫!変な事はしないから♪」

自分の口元に指を当て、パチンッとウインクを向けると再び雅人を引きずっていく。

「だから違いますから!」

後ろからルミカの叫び声が響いてくる。

ニシシと笑うグレーシアの横顔見て雅人は確信した。

この教師は実力のあるものの人をからかうのが好きだということを。

保健室までの道中、すれ違った他のクラスの生徒からの痛い視線を浴びる羽目になってしまった。

結局の所、雅人の怪我は大したことはなく、ただグレーシアに引きずられた時に出来た擦り傷の治療をするだけだった。

それを追求すると、グレーシアは「あはっ♪ごめんね~」と笑ってごまかすのだった。

十数分程度しか掛からずに再び雅人はグラウンドに戻ってきた。

「それじゃあ雅人君が戻った所で今日のメイン、模擬戦をを始めるよ」

グレーシアが手をパンパンと叩くと飛行の魔術をしていた生徒たちが集まってくる。

周りに全員が集まり終えたところでグレーシアが唇に指を当て生徒達を見渡す。

「・・・といいたい所だけどけど流石にこの時間では一組しかやらせられないんだ」

実習の授業は二時間であったが、あと二十分ほどしか残っていなかったのだ。

「誰かやりたい人は居る?」

生徒達の中でざわめきが広がるが、誰一人も手を挙げようとしない。他人優先で遠慮しがちになってしまう人の本来の特徴が現れてしまっているのだ。

誰も挙げようとしないので痺れを切らした雅人が挙手をしようとしたとたん

一人の手が挙げられる。紅色の髪をたなびかせた少女がそこに立っていた。

「では、私がやらせていただきますわ」

「オッケー!じゃあエリシアさんは決定。じゃあその相手は・・・」

グレーシアが生徒達を見渡し始めた所でエリシアが静止をかける。

「私に決めさせて頂けませんか?戦いたい方がいますの」

喋ってる途中で止められたことに少し不機嫌そうな様子を見せたがグレーシアはエリシアの申し出を承認した。

エリシアは会釈を返すと、その紅の鋭い瞳で人混みの中に居る一人を見つめる。

「ルミカ!私と勝負なさい!今日こそ貴女と私、どちらが強いか決着を着けましょう!」

指名された銀髪の少女はまるで分かっていた事かのように驚くこともなくただ平然とした様子で

「分かりました。その勝負受けて立ちます!」

周りからは歓声が上がる。

「マジかよ、領主同士の対決だぜ!」「違うわ。エリシアさんは領主候補よ?知らないの?」「どっちにしてもすげー!」

グラウンドに一辺百メートル程の正方形のフィールドが用意され、その対角線上にルミカとエリシアが身構える。

グレーシアが対人戦のルールを説明し始める。


・先に相手を場外に出すか、続行不可能した方が勝ち。

・魔術は相手を殺傷しない魔術以外なら何を使っても良い。

・制限時間が終わった時点で終了。そこで互いの状態を見て勝敗を決する。


「以上だけど。何か質問はあるかな?」

「特にないです」

「こちらも同じですわ」

試合を始めようとグレーシアが声を上げると再びエリシアが待ったをかける。

「ただ戦うのも面白くありませんわ。何かお互いにかけませんか?」

「いいですけど、一体何を賭けるのですか?」

首をかしげたルミカに対してエリシアは不敵な笑みを浮かべて

「貴女が私に勝ちましたら、そうですわね、ルクスを差し上げましょう!」

「え!?」「お嬢様!?」

まさか自分が賭けられるとは思っていなかったのだろう、落ち着いた様子で佇んでいたルクスも驚きを隠せない様子である。

「ですが、私が勝ちましたら――」

そこで一旦言葉を区切ると、雅人を指す。

「貴女の従者の雅人さんとやらを頂きますわ」

「は?」

雅人も一瞬ポカンとする。ルミカも予想外の要求に今度は固まってしまっている。

というより、いつから従者という認識になったのだろうか。

「お~!雅人く~ん、人気者だね♪先生ちょっと妬いちゃうゾ♪」

そして先ほどまで不機嫌だったはずのグレーシアが打って変わって今度はやかましくなる。

「時間も無いし、面白そうだからさっさと始めるよん♪レディ~~ファイ!!」

「行きますわよ!」

「え?え?ちょっと待って!」

試合開始の合図とともにエリシアはすぐさま詠唱を始める。少し出遅れたがルミカも詠唱を始める。

「煉獄の化身よ!火炎の舞となれ!」

「荒れ狂う吹雪の嵐よ!銀狼の息吹となれ!」

エリシアの【プロミネンス・フレア】とルミカの【フロスト・ブリザード】がぶつかり合う。

炎と氷の魔術が大きな水蒸気爆発を引き起こす。爆発の衝撃はは周りで見ている生徒達の近くまで及び、何人かが軽く尻餅をついている。

「烈火の如く燃え滾れ、大地の怒りよ!」

ッ水蒸気を破ってルミカの前後左右から火炎の竜が襲い掛かる。

「流水の防壁よ、我らを守れ!」

ルミカが展開した水の壁がそれを向かい撃ち同時に消滅する。

「ふふっ、なかなかやりますわね」

「そちらこそ。――、銀氷よ、豪雨となり降り注げ!」

ルミカは腕を振り上げると空中に現れた無数の氷の刃が降り注ぐ。

エリシアは【フレイムウォール】で鋭利な雨を防ぐ。

休む間も無く激しい攻防戦が繰り広げられている。

「うおおお!エリシア頑張れ!」

「ルミカさんも頑張って下さい!」

それに比例するかのように生徒たちも徐々に声を張り上げる。

そこから少し離れた所でルクスは木に寄りかかりながら試合を眺めていた。

「自分が賭けの対象になってるのにずいぶん落ち着いてるんだな」

普通なら賭けになる聞いた瞬間に止めるだろうが、このルクスは少し驚いただけで、一度もそれを止めようとするそぶりすら見せなかったので何故かと尋ねると

「お嬢様は言い出したら聞きませんから」

苦笑いと呆れが混ざったような表情を向けてくる。

「それよりも君も自分を心配してはどうです?あくまでも賭けの対象は君も同じですよ?」

「まあ、どうなるかはあの二人に任せるしかないし」

ルクスは「同感です」と苦笑いして呟く。

雅人もルクスの隣に並ぶといまだ決着の着かない試合を眺める。

「お前はどちらが勝つと思う?やっぱ自分のお嬢様か?」

「どうでしょうか。魔術だけの勝負なら互角といえるでしょうね」

ルクスのいい含みのある言い方に疑問を振り返ると、じっくりと試合を見据えている。

その顔は何かを待つかのような表情をしていた。

すると、ステージのほうで歓声が巻き起こり雅人の目がそちらへと移る。

その瞬間、ルクスの言葉の意味が雅人にも分かった。地面に方膝をつけたルミカ、そしてエリシアの手に握られている一振りのを見て。


「やっぱり、私にはこちらの方が性にあってますわ」

エリシアの手に握られた棍が目にもとまらぬ速さで振るわれる。

「くっ・・」

ルミカは【アイスシールド】で連激を防ぐものの徐々に押されていく。それほどまでエリシアの猛攻は激しいのだ。

そして、ルミカの魔力も無限にあるわけではない。無くなればそこで勝敗は決まるだろう。

その時、ルミカが展開する最後の盾がガラスの割れたような音を響かせて崩れる。衝撃を防ぎきれずにルミカの体は転がる。

線のギリギリの位置で止まり立ち上がったときにはもうエリシアはルミカの目前まで近付いてとどめとばかりの一撃を振るおうとしていた。

「そこまで!」

ルミカの体の数ミリ手前まで迫っていた棍は見えない壁にぶつかり、その反動でエリシアは尻餅をつく。

「この試合は引き分け!皆、お疲れ~!さあ教室に戻ろう♪」

グレーシアの合図にステージの周りに居た生徒たちはぞろぞろと教室へと向かっていく。

雅人はルミカの元に近づいていく。「お疲れ様」と声を掛ける為に。

「ちょっと待ってください!」

叫び声に全員の足が止まる。声の主のエリシアがグレーシアの下にズカズカと近づく。

「引き分けってどういうことですか!?この試合どう考えても私の勝ちではなくて?」

魔力切れで立ちあがれないためステージに座り込んでしまっているルミカを指差しエリシアが不服を言う。

状況から見ればエリシアの勝ちといえるだろう。かすり傷の多いルミカと比べれば、エリシアにはほとんど外傷が見当たらないのだ。

しかし、グレーシアは困ったような表情を浮かべる。

「ん~?試合時間はとっくに終わってるよ?君が棍を使った近接戦闘を行った時にね」

ポケットから出した銀の装飾付きの懐中時計を見せつける。時刻は授業の終了時間の十分過ぎていた。

証拠を見せられて一瞬怯んだエリシアはルクスに弁解を求めて振り返るが、当のルクスは「どうしようもない、諦めて下さい」と首を横に振る。

「ま、そういうことだから」

グレーシアはそこまで言ったところで校舎の方へ戻っていった。明らかに早足気味に。

まだ納得がいかないのかエリシアは「うぐぐ~」と唸っていたがやがてトボトボと帰って行った。言うまでも無くルクスもその後を追っていった。

雅人は動けずに居るルミカを背負うとゆっくりと歩いていく。


「負けてしまいました」

その日の授業が終わり、学院の正面門から出た所でようやくルミカが口を開いた。

模擬戦の後、ショックが大きかったのか、授業が全く入っていない様子だった。声を掛けるものの反応しないため、こうして雅人がルミカを背負って転移門へ向かっているのだ。

「・・・そうだな」

たとえ引き分けだと言っても最後に追い込まれたルミカには意味を成さないだろう。どう言っていいか雅人には分からなかった。

ふと、雅人の肩に雫が落ちる。雨が降ってきたのかと思って見上げるが、橙に染まった空からは一粒も雨は降っていない。

気のせいだと思って再び歩き出そうとした時、心の片隅に潜んでいたそれが可能性に変わった。雅人が後ろを見やるとそれがさらに確信へと変わった。

「くやしかったです・・・。魔力さえあれば十分戦える。魔術を極めていれば負けるはず無いって思っていました。甘く見ていました」

目尻から涙を流したルミカの雅人を掴む腕に力が入る。

「何ならもっと強くなればいい」

「・・・え?」

ルミカが思わず顔を上げて雅人を見る。

「初めから強い人間なんていない。誰しも努力を続けてきたから強くなれたんだ」

雅人の口調、その言葉には自分が長年続けてきたかのような説得力をルミカに感じさせた。

「俺だって最初は弱かったよ。もしかしたらそこら辺にいる子供にも負けてたかもな」

そう言って雅人は昔の自分について語り始めた。

幼い頃の雅人は今程の剣道の実力は無かった。その頃生きていた父は剣道の元師範代であり、雅人はその元で毎日のように指導を受けていた。最初のうちはあっという間に負けてしまっていたが、それだけで諦めるようなことはしなかった。負けた要因、そのための対処法を日々研究し続けただった。そのおかげで最初は手も足も出なかった父と十分戦える程に腕前は上達した。

嬉しかった。あれ程遠い存在であった父とも対等に戦えるようになったことに厳格であった雅人の父も喜んでくれていた。

そして両親が仕事で出張することになった際、また試合をしようと約束をしたのだ。二度と果たされることない約束を。

「だから俺は練習を続けた。勝てない相手がいるならもっと強くなればいいって」

「・・・」

「まあ俺がこんな言ってもしょうがないだろうけど」

苦笑いを浮かべる雅人に対しルミカは息を呑む。心の中には先ほどまでの悔しさでは無い何かがこみ上げてくるのだった。

それが何か分かった途端、ルミカの頭の中には一つの思いが浮かんでいた。

ルミカは目尻に浮かんだ涙を拭うと、

「そうですね。実力が足りなければそれ以上の努力をすればいいんです!」

力強くうなづいたルミカの声には迷いの無い決意が表れていた。

「その意気だ!」

雅人もニヤリと笑みを浮かべてその足取りをさらに早める。

この様子ならもう大丈夫だろうと確信する。

元々ルミカは素質はあった。ただ、エリシアに対抗できなかった無力感でマイナス思考になってしまっただけなのだ。

(俺もここまで言ったからには協力してやらないとな)

雅人の中には決意が表れ始めたのだった。

それは自然に現れたものであるか雅人自身にも分からなかった。

「と、ところで雅人さん?そろそろ降ろして貰えませんか?」

ルミカに言われてやっと雅人も気づいたが、いつの間にか人通りの多くなった通りをルミカを背負った雅人は歩いていたのだ。周りの視線を集めてしまいルミカは慌てて雅人から降りようとする。しかし、それを雅人が阻む。

「ルミカ、まだ魔力が回復して無いだろ?だから屋敷に帰るまで俺が背負っていく」

「わ、私は大丈夫ですから!」

そう言うが魔力がまだ回復していないルミカの顔色は青ざめている。これでは歩かせるわけにはいかないだろう。決してルミカの反応が見たくてわざと降ろさなかったわけではない。

ルミカをしっかり背負うと雅人はルミカが自分の背中から勝手に降りないように【ブースト】を唱えて加速する。

ルミカは「ふぇぇぇ~!?」と声を上げて加速した雅人の背中に必死でしがみ付く。

そのまま彼方に見えてきた転移門まで駆けて行くのだった。

屋敷に帰った後、ルミカに説教されたのはもちろん、この姿が次の日学校中で噂となったことは言うまでもない。

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