何も無い特別な日
Ⅱ 何にも無い特別な日
「あのー、ルミカ?どうしてそんなに俺から距離をとってるんだ?」
雅人は自分から3メートルほど距離を置いて歩く銀髪の少女に向けて尋ねる。
しかし、当の少女はこちらが近づくと離れて行ってしまい、一度も目すら合わせてくれなかった。
(どうしてこうなったんだ?)
数日前、気づいた時には自室のベットの上で横になっており、お風呂場に行った所からの記憶が飛んでいるのだ。それだけで無く、頬には何かに殴られたような痕が残っていてずきずきと痛むのだ。
そして、その日からルミカは一度も雅人に目を合わせてくれないのだ。
アルフレッドに聞いてみても苦笑いをして
「まあ、時間が経てば何とかなるでしょう。『暑さや寒さも彼岸まで』といいますからな」
曖昧に答えるだけであり、
クロエに聞くと赤面して
「えと、その・・・何といいますか・・・ごめんなさい!私の口からは恥ずかしくて」
と顔を覆い走り去ってしまうのだ。
屋敷の他の使用人とすれ違うと温かな目を向けられるので、雅人の頭の中には?が浮かんでいた。
ルミカが雅人に対する態度は数すぐに解消されること無く、日が過ぎていった。
そして今朝アルフレッドからルミカと二人でお使いに行くようにと頼まれたため、こうして央都までやって来たのだ。
頼まれたものはそう多くはなかったが店の場所もまばらであるために急がなければあっという間に日が暮れてしまうだろう。
「ここからだとこの調味料を打ってる店が近いと思うんだけど、どうかな?・・・ルミカ?」
アルフレッドに渡されたメモを見返した後ルミカを見ると俯いた状態で何かを呟いている。
「おーい、ルミカ?聞いてる?」
一向に歩みを止めないルミカの前に回りこみ雅人が顔を覗き込むと
「ひゃあ!な、何でひょうか!?」
驚いたルミカは急に頭を上げて、踵を返すと逃げ出そうとする――が、周りをちゃんと見ていなかったのか町の中に立っている街頭にガンッと音を立て正面からぶつかってしまう。
「痛たたたた」
ルミカはその場でぶつけた額を両手でさする。
雅人は溜め息を吐くと、しゃがんでいるルミカに近づき手を差し伸べる。
「ほら」
こちらにゆっくりと振り向いたルミカは最初手を取るべきかどうか迷っていたが、やがて雅人の手を取って立ち上がる。
「ありがとう・・・ございます」
たどたどしくではあるが礼を述べてくる。ルミカは少し考えた後雅人に頭を下げてくる。
「ごめんなさい!あの時は、頭が真っ白になってしまったとはいえ無防備の相手に向かって魔術を打ってしまうなんて。雅人さんと話をしなかったのは罪悪感というか、別に雅人さんを嫌ってということではないんです」
雅人は頭を掻くと
「それなら嫌われてないなら良かった。この前お風呂に行った後から何故か記憶が飛んでいたからさ。
その時俺が何かしでかしたのかと思って。もしそうであるなら、ごめん・・・申し訳なかった」
同じように頭を下げる。
「・・・覚えてないならそれはそれで安心しました」
ルミカが小声で何かを呟く。
「ん?何か言ったか?やっぱり俺何かまずいことしでかしたのか!?なら早く思い出さないと・・」
「思い出さなくていいです!・・・それよりも早く行きましょう!」
雅人が思い出そうとしていると、焦ったルミカが雅人の手を引いて駆けていく。
ルミカに手を引かれながらその横顔を雅人は穏やかな笑みを浮かべて見ていた。
その顔は領主としての仕事をしている時の顔ではなく、年頃の少女が賑やかの町を目にしてはしゃいでる時の顔そのものであった。
その後、メモに書かれていた物は一通り買い終えたふたりは町の中にあるベンチに座っていた。
「よし!これで全部だな!」
メモの内容と買った物が入った紙袋を確認してうなづく。
「そうですね。・・・あ!あれクロエではないですか?」
ルミカが指し示す方に目を向けると、人混みにまぎれてメイド服を着たクロエがキョロキョロしていた。
クロエはこちらに気がつくと駆け寄ってくる。
「ルミカ様、雅人様!こちらにいらっしゃいましたか!」
「クロエ?どうしたの?」
ルミカが尋ねるとクロエは雅人達が運んできた紙袋を抱える。
「このお荷物は私がお屋敷に運んでおきますのでお二人で央都を楽しんできてはいかがですか?」
突然の申し出にルミカが戸惑いを隠せない。
「え、でも私帰った後には都市の財政管理、先日の魔獣襲撃についての話し合いを村々で行わないといけないから」
すると、クロエは拳で胸をポンと叩き
「それについては私にお任せくださいませ!」
「でも・・」と言ってるルミカを尻目に
「荷物多いし、俺も一緒に戻るよ」
さすがに一人で運ばせてしまうのは申し訳ないと思って雅人が提案するが
「だめです!雅人様もルミカ様と一緒にくつろいできて下さい!何せ、一昨日は書庫に篭りっきりでしたし、昨日も鍛錬だと言って遅くまで続けていたではないですか!」
「うぐっ!」
正論を言われて反論できない。たしかに、一昨日は書庫で魔術についての知識を深めたいということで読み漁っていたのだが、いつの間にか徹夜で読み続けていたのだ。
昨日は興味を持った魔術を何種類か試しに使っていたのだ。おかげで少しだけ新しい魔術が使えるようになっただが。
「ご心配なく!これでも私は使用人です。これくらい運べます。・・・では、ゆっくりと楽しんできて下さいね!」
クロエはポケットから小さな青い石を取り出す。石を掲げると次の瞬間その姿を消す。
「『ゆっくりと楽しんで』と言われましても・・どうすればいいんでしょうか?」
ルミカがオロオロとした様子で聞いてくる。物心ついた頃にはセレヌンディーネの領主として過ごしてきていたため、彼女にとって遊びに行くという機会など無かったのだろう。
「うーん。気になったお店とかを見て回るとかかな。とりあえず俺は行って見たいお店があるんだけどルミカはどうする?」
「では、私も雅人さんと一緒に行きます」
雅人はお使い途中でふと目に入った武具のお店に入っていった。
「いらっしゃいませ!どこよりも安心安全の商品をお届け!品質保証も万全!リテュール武具店へようこそ!」
店に入るなり筋肉隆々の男の店員が声を掛けてくる。
「剣を探しているんですがありますか?」
「もちろんでございます!ささ、こちらへ」
案内された先には棚一面に刀、、雅人の背丈程もある大斧が置かれていた並べられていた。
雅人はそこから手ごろな剣を手に取り眺める。
「奥に試し切り用の的もございますので、よろしければご利用ください」
礼を述べると店員は「ごゆっくり」と言い残し去っていく。
一方のルミカは、少し離れたところにある杖の棚を見回して
「このようなお店があったんですね」
と感嘆の声を上げている。
雅人は棚の中からいくつか剣を選び奥の部屋に入っていく。
奥の部屋ではサンドバックのように吊り下げられた的、地面から突き出した棒状の的など様々な種類の的があり、その前では槍や斧を持った人たちが得物振りかざしていた。
雅人も空いた場所を探して鞘から剣を抜く。
金色の柄の先から白く輝く鋼の刀身が出て来る。
両手で持ち、素振りを数回行う。
(やっぱり少し重い気がする。振っているうちに体力の方が奪われるだろうな。)
金色の柄の剣を鞘に戻し、今度は黒い柄の剣を鞘から抜く。少し灰色を帯びた刀身で輝きはあまり無かったが持ってみて手になじむ感触があった。
振ってみても、先ほどの剣よりも多少軽く振りやすく感じられた。
「さて、他の剣も試してみるか」
数十分ほど剣を選び続けた後、雅人の手には一振りの剣が握られていた。
「やっぱりこれが一番だな」
雅人の手に握られていたのは二番目に振った黒い柄に灰色の刀身を持った剣であった。
他の剣を棚に戻した後、店員に剣の値段を尋ねたところ
「そちらの剣は二十ゴルになります」
内心ギョッとした。屋敷を出る前にアルフレッドから幾らかお金を貰っていたがそれでも、半分しか賄えないのだ。
雅人が剣とにらめっこして唸っていると
「それ、欲しいんですか?」
先ほどまで槍の棚を見ていたルミカが戻ってくるなり尋ねてくる。
「ううん、見てただけ」
「そうですか」とルミカは軽く首をかしげる。
「・・・あの、ここ以外の武具のお店ってありますか?」
店員は少し考え込んだ後
「町の反対側に何軒かありますが、そちらも見られますか?」
雅人がそちらも見てから決めたいと述べると
「かしこまりました。股のご来店をお持ちしております」
ルミカとともに店を出ると店員さんが念のためにと書いてくれた地図を頼りに歩き出す。
やがて、最初の目的の看板を見つけるといつの間にかすぐ後ろにいたはずのルミカの姿が消えている。
周りをくまなく探すと、一軒の洋服屋のショーケースの前で「ふぁー」と目を輝かせたまま張り付いていた。
「ルミカ?どうしたんだ?」
雅人が後ろから声を掛けると
「は、はい。何でもないです?」
ルミカは名残惜しそうにもう一度見つめてから雅人を追いかけてくる。
その後、店員に教えてもらったお店を回っても雅人の気に入る剣を見つけることは出来なかったので、屋敷に帰ろうと歩いていると
『さあ!他に挑戦者はいないのか!?』
という遠吠えじみた声が雅人の耳にまで響いてくる。声は人だかりの方から聞こえてきていた。
何かと思い、雅人たちが近づくとステージのから何かが飛んできて雅人の目の前に落ちる。
それは、体のあちこちに怪我をして目を回している人であった。
その時ステージの上に立つ屈強な男が叫ぶ。
「さあ!他にこの儂を楽しませてくれるものはおらんのか!?」
しかし、誰もステージの上に上がることなく互いに顔を見合わせている。
「情けないのう!それでもお主らはか?戦わずして負けを認めるとは」
「あの人ってそんなに強いんですか?」
雅人が興味本位で近くに居た若い男性に聞くと
「君はあの人が誰か知らないのか!?あのひとはこの国の魔導警備団の副団長。つまり、この国で最強の人物の片腕ってことだ!」
魔導警備団。その名を知らぬものはこの国にいない。国の秩序、安全を守るために国の成立当初から設置された機関である。団長と副団長を中心とした組織であり国のあちこちの警備や犯罪の抑止力として活躍している。階級はう余れも育ちも関係なく、実力により変わるので、この国のオレリア魔術学院の卒業生のほとんどがこの警備団に入ることを目的としている。
つまり、この機関の副団長は学院の中では、ほとんど上位に君臨するほどの実力を持つということである。
「そんなに強い人なら戦ってみたい気もするけどな」
「君は正気なのか!?勝てるわけ無いだろ!」
「雅人さんこの人もこう言ってますし。私も反対です!」
ルミカもそろって雅人を止めようとするがそれだけで雅人の気持ちも変わるはず無く
手を高く掲げると
「俺、挑戦してみてもいいですか?」
雅人が叫ぶと周りの視線が一斉に雅人へと集中する。
「お!そこのお主、壇上に上がって来るがよい!」
人々の間を潜り抜ける間「あいつ正気か?」とか「無理だろ」というような声があちこちから飛んできた。
壇上へと上がると雅人の目の前には二メートルを越すくらいの背の大男が立っていた。
身に着けている蒼の軍服からは筋肉がむき出しになっている。
「自ら挑んできたのはお主が初めてだ!名を聞いておこう」
「俺は雅人。天沢雅人です」
「ふむ雅人か、良い名だ。そしてその目なかなか楽しめそうだ。儂はキースという。
・・・ところで、お主剣を持っておらぬ様だが?」
「あ、そうだった」
い戦ってみたいという思いでいっぱいだったため肝心なことが抜けていた。
雅人が「どうしよう」と呟いているとキースが腰に刺さった剣を投げてよこす。
慌てて雅人が受け取る。
「剣を忘れたのであれば本来だったら駄目だ!と言いたいところだが、今回はお主の度胸に免じてこの剣を使うが良い!」
キースも自分の分の剣も腰から抜き構える。雅人も同じように構える。
「ルールは先に相手に『まいった』と言わせた方の勝ち。魔術は身体強化の魔術のみ一度だけ使用可能とする。・・・これでよいか?」
「はい!」
雅人が力強く答えるとキースは力強くうなづいて
「よし!・・・では、参るぞ!」
次の瞬間、キースの姿が雅人の目の前に現れる。
(早い!)
ギリギリでキースの振るう刃を受け止めると
「ほう、他のやつはほとんどこれで終わったのだがなぁ!」
嬉しげに呟く。続いて雅人がカウンターとばかりに振るうがかすりもせずに避けられてしまう。
「ただ振ってるだけでは、攻撃は当たらんぞ!」
ルミカは外側からただ祈ることしか出来なかった。
ステージの周りの観客達は雅人を応援するものとキースを応援するものでの応援合戦が繰り広げられていた。
(やっぱり強いな!)
剣がまったく当たらず、苦戦を強いられているにもかかわらず雅人の口元には笑みが浮かんでいた。
もともと剣道をやっていた雅人にとって最も楽しいことが自分よりも強い人、弱い人どちらにしても多くの人と剣を交えることだったのだ。そう考えると自然と口元には笑みが浮かぶのだ。
雅人が次に放った一振りを避けた際に一度距離をとったキースは
「ではそろそろ本気を出そうか。・・・〈我が体に秘めし力よ、刃に纏え!〉」
キースの掲げた剣が茶色のオーラを纏ったとたん、その大きさを増していく。
「でやぁぁぁぁ!!」
元々の雅人の背丈を軽く上回るまでに大きくなった大剣が振り下ろされる。
雅人が剣を横に構え受け止める。
その数瞬後、大剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
やっとの思いで剣を押し返すと、今度は横になぎ払われる。すぐに屈んだことで、雅人の頭の数センチ上を切られる。
大剣は雅人の後ろに立っていた石像などを円弧状をなぎ払ったため粉々になった石片が観客の下に落ちる。
「ハッハッハ!流石儂の魔術じゃ!威力共に申し分ない!」
高笑いするキースとは裏腹に客席からはブーイングが巻き起こる。
オーラが消えた大剣は徐々に元の大きさへと戻っていく。
「さあ!おぬしの本気も見せてみるが良いぞ!」
キースは「どこからでも来い」とばかりに両腕を広げる。雅人も笑みを浮かべる
「では、俺も本気で行きます。・・・〈疾風の風となり、けよ!〉」
突如雅人の姿がステージの上から消える。
「逃げたのか?」と観客のざわめく声が広がった。ルミカも同様だった。
「!」
それまで笑みを浮かべていたはずのキースの顔から笑みが消えたと思うと、真後ろに剣を振るう。
すると、キィィーンという高い音が会場中に響き渡り、目の前に一瞬雅人の姿が現れたと思ったらすぐに消える。
すぐさま、キースが後ろに下がるとキースの着ている軍服の裾が切られる。
この時初めてキースの顔から笑みが消えたのだ。
それだけで雅人の攻撃が終わることなく、キースには見えない斬撃の嵐が襲い掛かる。
それを見た観客達はキースが防戦一方に追い込まれていることを悟った。
徐々に観客達の雅人への応援に力が入り始めた。その中には、先ほどまでキースを応援していたものさえいたのだ。
やがて、ガキィーーンという高い音が鳴ったと思ったら
そこには刀身の折れた剣を持ったキース、その首元に剣の先端を突きつける雅人が立っていた。
「ガッハッハ!まさか儂がここまで追い詰められるとはな。・・・降参だ」
数瞬遅れて降ってきた折れた剣の先端がステージに突き刺さる。
とたんに会場から喝采が広がり始める。
雅人は剣を鞘に納めると
「ありがとうございました」
「いや、こちらこそ久しぶりに楽しむことが出来た、感謝するぞ!」
互いに握手を交わす。
「まさかこんなに強い剣士がいたとはな、どこの出身だ?」
「日本です」
「日本?はて、そんな国あったようななかったような・・・まあこの際どうでもいいか、ガッハッハ!」
キース眉をしかめて首をひねるが、すぐに高笑いして雅人の背中をバンバンと叩き始める。
「・・・キース副団長。やはりここにいましたか」
観客が左右に分かれるとその間から軍服を纏った女性が歩いてくる。
「ゲッ!ソフィーナ団長殿。な、何故ここに?」
引きつった顔を浮かべて冷や汗を垂らしたキースが雅人の後ろに隠れるが、大男と呼べるほど体の大きいキースはどう考えても雅人の体に隠れることはできなかった。
ソフィーナは静かに怒りを込めた冷ややかな眼差しで見つめる。
「『ゲッ!』とは何ですか。町で決闘を行っている大男がいると聞いたので、もしやと思ってきてみたのですが・・・貴方はこんなところで何をやっているのですか!」
その一言により会場中が猛吹雪のような冷気が駆け巡る。
先ほどまで陽気に話していたキースさえガクガクと震えて顔を真っ青にしているのを見て同じように寒気を覚えた雅人は確信した。この人は絶対に怒らせてはいけないのだと。
ソフィーナは雅人の方に気づくと
「あら!昨日の方ですか。改めまして私は魔術警備団の団長ソフィーナ・エーデルベルトと申します。この度はうちのバカがご迷惑をおかけしました」
頭を下げたソフィーナは片方の手でキースの耳を摘む。
「イタイ!イタイ!」と悶えるキースを気にすることなく今度は観客の方へと振り返ると、再び頭を下げて
「皆様にもご迷惑をおかけしました。お怪我をなさった方がいらっしゃるのであれば私が治療いたしますのでこちらに集まってください」
それを聞いた瞬間、周りの観客が血相を変えたようにソフィーナの元に群がり始める。
その様子を唖然とした様子で見ている雅人の元にルミカが駆け寄ってくる。
「では、こちらも治療しますね」
ルミカの手から放たれた柔らかな光が雅人の傷を癒していく。
「全く!勝ったからいいですが、傷を治す方の身にもなって下さいね!」
ぷくぅと頬を膨らませてプンプンと怒る。
「ごめんごめん、悪かったって」
「・・・そういう事を言ってる訳ではないのですが」
「ん?」
「何でもないです。・・・終わりました」
傷を治し終えたルミカはソフィーナに群がる人々への治療の手伝いに向かう。
(何で不機嫌なんだろうな?)
一向に途切れることの無い列を見つめる。
「それにしてもすごい列になったな」
「うちの団長殿は人気者だからな!いつもああなのだ!」
雅人が呟いていると、ソフィーナから逃れたキースが自分の事のように胸を張って高らかに言う。ただ、先ほどより幾分か威勢は低くはあるが。
しばらく、見ていると突然キースが「おお!そうだ!」と声を上げる。
「お主には儂に勝った褒美をやらんとな!何でも欲しいものを言うてみよ!」
キースの申し出に雅人が首を横に振って断わろうとするが
「大の男が遠慮するでない!儂はお主が気に入ったのだ!」
と鼻息を立てる。
雅人は腕を組んで考え始める。やがて、一つのものが頭に浮かびあがる。
「じゃあ可能であるなら。お願いしたい物が」
「おお!言うてみよ!」
口に出すのは恥ずかしいのでと言い、雅人はキースの耳元である物の名を呟く。
ふんふんと聞いていたキースは徐々に笑みを浮かべると
「なんだ、そんなものなら容易い。後でお主の元に届けに行くとしよう」
雅人が礼を述べるとキースは「うむ!」と力強くうなづく。
最後の人の傷の治療を終えると、ソフィーナは「町の被害と人民の怪我を負わせたことの責任について話し合う」と言ってキースの首根っこをつかみ引きずっていく。
引きずられながらキースは苦笑いでを浮かべ親指を立てている。
女性が自分より大きい男性を引きずっている姿はシュールに思えてきたが、雅人とルミカは二人の姿が見えなくなるまで見送ると帰路に着いた。
「今日は付き合わせてばかりでごめんな」
央都の南地区にあるセレヌンディーネ行きの転移門がある広場に向かいながら雅人はルミカに謝る。
それに対してルミカは「気にしないでください」と微笑み返してくれる。
空が青から橙色になりかかった頃、目的の広場に着いた。
夕暮れ時なので央都に来た時より人通りが少なくなっていたので転移の順番もすぐに回って来た。
転移門に乗ろうとしたその時、後ろから「失礼、そこの方ちょっとよろしいですか?」と声が掛けられる。何かと思い振り向くと警備団の軍服を着た若い男性が息を切らして駆けてくる。
「雅人殿ですね?副団長キース様から伝言とお届け物を賜っております」
団員は一度深呼吸をした後
「『団長から今回のことで謹慎を命じられた。説教も長引きそうだ。だから代わりの者に使いを頼んだ。
お主の望みのものはちゃんと用意したぞ!またお主と戦える日を待っておるぞ!
・・・・今度は団長殿を怒らせない方法でな。』・・・とのことです」
必死でキースの口調を真似ながら話す男性を見て、雅人の頭の中にはソフィーナの前で正座させられているキースの姿が思い浮かび、思わず苦笑いを浮かべる。
「それと、こちらがその品物です」
雅人に大きめの紙袋が渡されると、団員は「では自分はこれで失礼いたします」と言い去っていく。
「何を貰ったんですか?」
横からルミカが興味本位で聞いてくる。
「はい、これは俺からルミカへのプレゼントだ」
雅人が貰った紙袋をルミカへと差し出すときょとんとした表情を浮かべる。
「へ?私にですか?」
首を傾げながらキョトンとした表情を浮かべ、雅人から紙袋を受け取り中身を見ると、今度は目を見開く。
「ま、雅人さん、これって!」
少し興奮気味にルミカが見つめてくる。
紙袋の中には一着の服が入っていた。それもルミカが夢中になって眺めていた服だった。
「それルミカが欲しそうに眺めてたから。でも、俺が買うにしてもすぐに分かっちゃってはサプライズにならないと思って、さっきキースさんに頼んだんだけど・・・」
そこまで言ったところで雅人はルミカが紙袋を持ったまま涙を流していることに気づく。
「どうしたんだ?もしかして欲しいのと違ってたか!?」
雅人が慌てふためくが、ルミカは首を横に振る。
「違うんです。誰かからこんな風に何かを貰うのは初めてだったので嬉しくて気づいたら涙が出てしまってたんです」
ルミカは涙をぬぐうと紙袋を両腕で抱きしめると
「ありがとうございます!一生大事にします!」
この時見せてくれたルミカの笑顔を雅人は一生忘れることは無かった。
屋敷に戻ると空はもう暗くなっていてアルフレッドとクロエが玄関先まで出迎えてくれていた。
「お帰りなさいませ。おや?そちらの紙袋は何ですかな?」
アルフレッドが聞いてくるが、ルミカは「秘密です♪」といってご機嫌な様子で鼻歌を奏でながら屋敷の中へと入っていくのだった。
「はい、これはクロエにお土産」
「私にですか?」
雅人は小さな紙袋をクロエ渡す。
「荷物代わりに持って行ってくれたお礼」
「私は使用人として当然のことをしたまでです。なのでお気持ちだけで・・・」
受け取るわけにはいかないと断わろうとするクロエに少々押し付ける形になってしまったが、何とか受け取ってもらうと雅人は夕食の待つ大広間に向かっていった。
夕食後、部屋に戻った雅人が部屋のベットで横になっていると、ドアがコンコンと叩かれる。
少しの間をおいて「雅人さん、今宜しいですか?」とルミカの声が部屋の外から聞こえてくる。
どうぞと雅人が言うと、ドアを開かれネグリジェを着たルミカが入ってくる。手には何かの細長い包みを持っている。
「夜分にすみません。じつは雅人さんにお渡ししたいものがあって」
ルミカが持っている包みを差し出してくる。
雅人が何だろうと思いながら包みを開けると、雅人が武倶の店で買うのを諦めていたはずの黒い持ち手の剣がそこにはあった。
「これって、もしかして!」
ルミカの顔を見やると
「はい、先程貰った服のお返しということになってしまいましたが、私からのプレゼントです」
貰う理由が思い浮かばなかったのでなぜかと聞いてみると
「今日は本当に楽しかったんです。今までこうして仕事以外で誰かと一緒に出かけることがなかったので、雅人さんがこの屋敷に来てくれることが無ければ一生このような日を過ごす事が出来なかったと思います。だからこれは私から雅人さんへのお礼なんです!」
熱心に伝えてくれるルミカに対し受け取らないのも気が引けたので礼を言うとベットから降りると手鞘から引き抜いてみる。刀身の煌びやかな銀色が雅人の顔を映し出していた。
ルミカに当たることのないように十分な注意を払いながら振ってみる。
「うん、やっぱりこの剣が一番だな」
「その剣、名前がまだ付いてないみたいなんです。付けて見てはどうですか?」
「う~ん。名前か。別に要らなくない?」
めんどくさいと雅人が言い振り返ると、真剣な顔をしたルミカが
「でも、その方が愛着が湧くと思いますよ?お気に入りの物に名前を付ける人も居るって聞いたことがあります!」
徐々に興奮気味に語り始める。
「そういえば、俺の居た世界でも好きな人の名前をつける人居たな」
確か柚葉も小さい頃持ってた熊のぬいぐるみに名前を付けてた様な気もする。
冗談のつもりで言ったつもりだったが、一瞬ルミカの顔が固まり
「そ、そ、そうですね。そんな感じです」
急に慌て始める。足早に「で、では私はこれで」と部屋から出て行こうとする。
すると、不意にドアが開き危うくルミカにぶつかりそうになる。
「お二人ともこちらにいらっしゃいましたか、ちょうど良かったです」
クロエが雅人の部屋に入ってくると一つの封筒を差し出してくる。
「たった今、オレリア魔術学院から封筒が届きましたので届けにきたのですが」
ルミカはクロエから『オレリア魔術学院入学概要』と太い字で書かれた封筒を受け取ると封を開け始める。
中に入っている紙を上から下へと読み進めていると「え?」と声を上げる。
「どうしたんだ?」
気になった雅人が声を掛けると目の前に一枚の紙を見せつけられる。
そこにはこう書かれていた。
以下の者の魔術学院の入学を認める。
ルミカ=オリオール
天沢雅人
以上二名の合格を認める。
ついては、卯の月の六日、陽の刻9時までに別紙に書かれた魔術学院の指定教室へと来られるように
オレリア魔術学院長 マークス=オーウェル
「は?」
雅人がその内容を完全に理解するのには時間が掛かった。