ようこそ魔術の国へ
Ⅰ ようこそ魔術の国へ
日差しがまぶしく照らす夏の日、蝉の鳴き声がかすかに聞こえる中、天沢雅人は走っていた。毎日学校に行き来するだけの道ではあったが、今日はいつもと違っていた。
いつもならもう少し早い時間に起きては学校に行くのだがこの暑さの中では家を出る気も失せたことで寝坊をした。学校に行くためにはバスに乗る必要があるが、そのバスも学校と同様、雅人を待っていてくれるわけではないので急がねばならない。
やっとのことで毎朝行くバス停が見えてきた頃、ちょうどバスが出発する直前であった。
当然のごとく、バスは雅人を乗せることなく遠ざかっていく。
「やっちまったな・・・」
寝坊してしまったことを悔やみながらとぼとぼと歩いていく。次のバスは三十分後。
どのみち遅刻するということには変わりないだろう。
雅人の頭の中には学校に着いた後、教室で担任にしかられる自分の姿が浮かんできていた。
考えるたび自分のみじめさを感じてきたため、空を見上げてつぶやく。
「学校・・・行きたくないなぁ・・」
雅人がこんなにも落ち込む理由はそれだけではなかった。
ことの始まりは数十分まえに遡る。
集合住宅地に立つ一軒家。その二階にある部屋で雅人が寝ていた。次の瞬間、雅人の耳元にある時計が鳴り響く。
しばらくして、上体を持ち上げた雅人は眠い目をこすりながら時計の時刻を見る。
―――八時十分。
半分寝ぼけたままの頭で状況を整理する。
そしてもう一度時計に表示された文字を確認する。
―――八時十一分。
雅人は急いで制服に着替えるて自室から飛び出すと階段を駆け降りる。
危うく転げ落ちそうになりながらも居間に入るとエプロンを着たサイドテールの少女が雅人に気づく。
「あ!お兄ちゃんやっと起きた!」
「何で起こしてくれなかったんだよ!?」
と雅人が焦った様子で早口に言うと、少女は頬をかわいらしくぷくっと膨らませて
「ちゃんと起こしたよ!でもお兄ちゃんなかなか起きなかったから」
と反論してくる。
彼女の名は柚葉。雅人の妹で中学校では生徒会長を務めるほどしっかりものである。
時間もないので朝食に目もくれずに外へ出ようとすると、
「お兄ちゃん、朝食ちゃんと食べないとだめだよ?」
急いでいる雅人に対して柚葉がドアの前に立ち塞がってくる。
「悪い、学校に遅刻しそうなんだ。食べてる暇もないんだ」
「でも、少しでも食べないと授業にも支障が出ちゃうかも・・・。せめて
パンだけでも齧って行った方が・・・」
柚葉が苺のジャムの塗られたパンを差し出してくるが、雅人はそのパンを振り払って
「いいって言ってるだろ!」
学校に遅刻しそうなイライラもあり、つい強い口調で言ってしまう。
その言葉に柚葉はビクッとすると俯いて
「・・・そう・・・だよね。ごめんなさい」
とだけ言うとひっくり返ったパンを拾い、苺のジャムで汚れてしまった床を拭き始める。
ドアの前から柚葉が居なくなったため、雅人は「ごめん」とだけ呟くとそのまま玄関から出て行った。
それからというもの雅人の胸の中には罪悪感というものが渦巻いていた。
雅人は一軒家に柚葉と二人で暮らしている。両親は数年前になくなっているため親族からは引き取りたいという声もあった。
小さい頃から父親の影響を受けて剣道を志していたため、中学に入る頃には県内でも指折りとなるほどまでの実力になっていた。そのため、担任からの薦めもあり剣道の強い高校に進みたいという思いは日に日に強くなっていたのだった。
しかし、親族からは「生活を第一に!」「将来のことも考えるべきだ」と反対され続けた。
雅人の剣道に対する思いが閉ざされてしまいそうになったそんな時だった、柚葉は親族の前で
「私が生活をちゃんと送れるようにサポートするから進学を認めて欲しい!」
と頭を下げたのだ。最初は首を縦に振らなかった親族もしつこく頼み続けた柚葉に観念したのか「条件を満たし続けられたら、それが出来なくなったら転校させる」ということでようやく納得してくれた。
それ以来柚葉はその条件をこなすために身の回りの家事を全てこなし続けている。
しかし、それと引き換え雅人の中には一つの思いが過ぎることとなった。
雅人が自由な生活を得た代わりに柚葉は自由を奪われる結果となったのだ。
中学校では生徒会長、雅人の身の回りの世話を行い、毎日それをひたすら繰り返している。
それからというもの「本当に柚葉はこれで良かったのか?」という不安が日に日にこみ上げてくるのだった。
全ては自分のためにやっていると判っていても、柚葉の世話焼きについカッとなってしまったのだ。
「帰ったら謝ろう」と思って空を仰ぐと視線の隅に見慣れないものがあることに気づく。
「あれは何だ?」
つい、足を止めて見上げると、空に渦のようなものが浮かんでいた。
すると突然、雅人の体が浮かび上がり渦の方へと引っ張られる。
自身の直感が逃げるべきだと訴えていたので足を反対の方へと向けて駆け出そうとするが、
引っ張られる力の方が大きく雅人は渦に飲み込まれるのだった。
渦が消えるとドサッという音とともに雅人の持っていた鞄やが地面に落ちる。
その様子を上空から一人の白いローブを着た男が眺めていた。まわりにクレーン車なども無く、ましてや細いピアノ線で持ち上げられている様子も無いその男は
「やっと見つけた」
とだけ言うと次の瞬間その場から姿を消した。
気がつくと雅人は木々が生い茂る森の中に倒れていた。まわりには先ほどまで自分が歩いていた道路ではなく空が見えないほど高い木が並んでいた。
雅人は何度も瞬きをしたり目をこするが一向にこの景色は雅人の目の前から消える様子は無かった。
「ここはどこなんだ?」
そう思いながら立ち上がるととたんに周りから「グルルル」という鳴き声が聞こえてくる。
その数秒後ガサガサと音を立てて茂みの中から茶色の毛並み、口の端から見える鋭い歯を持った狼が出てくる。狼は二、三と徐々に数を増やし、気づいたときには雅人は狼の群れに囲まれていた。
狼のめは自分達の領域を置かされて怒っている時の目ではなく、餌を目の前にしている野獣の目其の物であった。
(何で狼がこんなところに居るんだよ!?)
と憎憎しげに呟き、荷物と一緒に持ってきたはずの竹刀が入った袋を手探りで探すが無いことに気づく。そうこうしてる間に一匹の狼が雅人に襲い掛かってくる。すぐには反応できず、腕が狼の爪に引っかかれ傷口から血が滲む。
雅人は狼と狼の隙間を駆け抜けて逃げる。狼達も獲物を逃がさないとばかりにその後を追う。
しかし、人間が野生の狼と鬼ごっこをして逃げられるはずも無く徐々にその間は縮まっていく。
木々の隙間を駆け抜けていると雅人の正面には開けた景色が広がる・・・が雅人が踏んだのは地面ではなく空気であった。雅人が逃げた先には崖があり、そこを転がり落ちていく。
十数メートル落ちたところで背中に鋭い痛みが走る。
「狼を撒けただろうか」と思い恐る恐る瞼を開くが、雅人を追いかけてきた狼達は雅人という食事をあきらめるはずも無くなれた足取りで崖を降りてくる。
雅人が逃げようと立ち上がろうとすると足から激痛が走る。見ると足には鋭く尖った岩が刺さっておりそこからは血が溢れ出ている。その間にも狼との距離は縮まっていく。
「万事休すか・・・」
雅人が諦めて瞼を閉じようとしたその時
「〈氷晶の剣よ、切り裂く刃となれ!〉」
どこからか声が聞こえてきて、次の瞬間氷の刃が飛んできてまさに雅人を襲おうとしていた狼たちに突き刺さる。
氷の刃が飛んできたほうに雅人が向くと二十メートル程離れた位置に銀髪の少女が
片腕を突き出した様子で立っている。少女の後ろには燕尾服を着た老人が立っている。
少女が老人に何かを指示している。老人は少女に丁寧なお辞儀をするとこちらに歩み寄ってくる。
先程の氷の刃を逃れた狼は雅人から標的を変更したのか老人の方へと向かっていく。
「危ない!」
雅人が叫ぼうとしたが老人は臆する様子も見せず老人へと噛み付こうとした狼に肘でカウンターを食らわせている。
「やれやれ、私はあまり戦闘は得意ではないのですが」
少し困った表情で老人は狼と戦っている。その動きには無駄といえるような物は一つもない。
森からさらに狼の群れがやってくると銀髪の少女が
「〈白銀の風よ、吹雪となり封ぜよ!〉」
少女の手から放たれた銀色の吹雪が狼へと襲い掛かりたちまち氷像が出来上がる。
やがて、狼は敵わないと思ったのか少女達を一瞥した後森の奥へと去っていった。
狼が森に消えていったのを見て雅人は心の中で安堵する。安堵したのもつかの間力が抜けたように雅人は意識を失う。
薄れ行く意識の中少女が慌てて駆け寄ってくる姿が見えて、その後完全に雅人の意識は途切れた。
とある建物の地下深く。柱にロウソクが掛かっている長い通路の先に人の背丈の何倍もある鉄の扉があった。その扉の両端には二人の男が立っていた一人は無精髭を生やしていていかにもドワーフ風の男でもう一人は少々背の高い男であった体型は違うこの二人の共通点は同じ紺色の軍服を着ていることである。その胸元には金色の龍の印が描かれていた。
ドワーフ風の男が
「レイク、この扉の中って何が入ってるんだ?」
レイクと呼ばれた長身の男は横目でちらっとドワーフ風の男を見ると
「さあな。ここに入れるのは特別な許可を持った人だけだからな。俺らには到底入れない場所だ」
「特別な許可?誰が持ってるんだ?」
「そうだな・・・うちの団長様なら持ってるとは聞いたことがあるが」
するとドワーフ風の男は子供が悪巧みをするような顔をして
「なあ、ちょっとだけ覗いてみないか?俺達が何を守ってるのか」
それに対し、レイクはあきれた表情で
「やめとけ、クラン。俺達はただここを守ってればいいんだ。それにこの扉は並大抵の魔術士じゃ到底開けられないようになってる。下手に開けようとして何か起こったらどうするんだ!?」
しかし、クランは「いいから、いいから」と言って扉を開けようとする。
その瞬間レイクは正面の通路に向けて手を出すと
「〈万物を断つ障壁となり、我らを守れ!〉」
【プロテクションシールド】を唱える。
瞬く間に二人の前に大きな壁が作り出される。
その数秒後通路から数百本もあると思われる矢の雨が襲い掛かる。
やがて矢の雨が終わると二人の前に作り出された壁が跡形も無く消える。
慌てて通路のほうに向き直ったクランは
「何者だ!姿を現せ!」
と叫ぶ。
すると通路から灰色のローブの男が出て来て
「ほう、今野を防ぐとはな。さすがと言っておこう」
とくぐもった声が響いてくる。男の片目には眼帯のようなものが付けられていて蝋燭だけの灯りでは顔はよく見えない。
「だがこれはどうかな?」
ローブの男は懐から黒い玉を出すと二人に向けて投げつける。
クランは即座に腰に刺さった剣を引き抜き黒い弾を打ち落とす。
「へっ!こんな物が当たるかよ!」
余裕とばかりに鼻息を立てるクランに対してローブの男は表情を崩さ無いまま
「・・・甘いな」
と指をパチンと鳴らす。
するとクランが打ち落とした黒い玉から紫色の電撃が放たれ二人に襲い掛かる。
「「ぐあああああ!!」」
電撃がやむと二人は床に崩れ落ちる。体からは黒い煙が上がっている。
ローブの男が二人の元にゆっくりと近づいてくる。
レイクは
「〈煉獄の火炎よ、焼き尽くせ!〉」
と【フレイム・バースト】を唱える。
クランは
「〈極寒の吹雪よ、吹き荒れよ!〉」
【フロスト・ブリザード】を唱える。
炎の氷の上級魔術が同時にローブの男に向けて放たれる。
しかし、ローブの男は避けようとも、歩みを止めることも無く口元で何かを呟く。
その数秒後二つの魔術がローブの男に正面から当たると爆発を引き起こす。
「やったか」
クランは服についた土ぼこりを払いながら立ち上がる。
レイクも同じように立ち上がると自分に治癒魔術をかけ始める。
「あとは、あいつを地上に在中している警備団に引き渡して終わりだ」
「いてて、レイク、俺にも治癒魔術をかけてくれよ」
クランが傷ついた腕を突き出すがレイクは「自分でやれ」とそっけなく返す。
文句を呟きながらもクランも同じように自分の傷を癒す。
少し煙が晴れてくると、レイクとクランはローブの男の元へと歩き出そうとする。
その時、煙の中から
「この程度か」
「「!?」」
すぐに身構えたが反応が遅れてしまった。気づいたときには二人の周囲にいくつもの
火の玉が浮かび上がっていた。火の玉は徐々に赤みを増すと次の瞬間、爆発を引き起こす。
爆発の衝撃で二人は壁にたたきつけられる。
「さて、そろそろ茶番は終わりだ」
ローブの男は両手から巨大な槍を出すと二人の体を穿つ。
二人が動かなくなった事を確認すると鉄の扉の元に立ち、手をかざす。
「我が求めに応じよ、封印されし門よ、今こそここに開かれん!」
すると、扉に不気味な魔法陣が映し出されると、ズズズという重々しい音を響かせ
鉄の扉は開かれる。
ローブの男は扉の中に入っていく。
扉の先には台座が置かれていた。その台座の上には一冊の本が置かれている。古びた見た目とは裏腹に禍々しい存在感を示すその本に男が手を伸ばす。
瞬間、本の周りに紋様が浮かび上がり男の体が大きく吹き飛ばされる。
「やはり守りは固いな。だが!」
ローブの男は懐から小さなナイフを取り出す。刀身に複雑な紋章の描かれたナイフを男は台座に向けて投げつける。
ナイフは本の数センチ手前で紋様とぶつかり火花を撒き散らす。
やがてパリンとガラスが割れたかのような乾いた音がして、同時に紋章の消えたナイフも床に落ちて金属音を立てる。
男は台座の本を手中に収めると本を開き口元で何かを呟く。
「さて、お前達にも協力してもらうぞ」
言葉を発した瞬間二人の体は引っ張られたかのように立ち上がるとローブの男に見向きもすることなく通路の方へと歩いていく。
二人の目は心を持たない人形のようにくぐもっていた。
透き通るようなの湖。その広大な湖の畔に一つの屋敷があった。
屋敷の中の一室のベットの上で雅人は目を覚ました。
「ここはどこだ?」
上体をゆっくりと起こし呟く。雅人の目の前に広がっているのは自宅の薄暗い自分の部屋ではなく、窓から日の光が差し込む広い部屋だった。
そして、今まで体中に感じていた痛みもまるで始めから無かったかのように引いていた。
もしやと思い、見てみると鋭い岩の刺さっていた足には傷跡は残ってさえいたがほとんど塞がっていて、動かしても痛むことはなった。
雅人はベットのそばに自分の制服があることに気づくと、急いで着替えた。
制服も狼に襲われたときについたはずの血や汚れも跡形も無く消えていた。
着替え終わった雅人はとりあえず家主に礼を伝えるためにひとまず部屋を出ることにした。
部屋の外に広がっていた長い廊下を歩きながら
「こんな大きな屋敷うちの近くにあるはず無いからな、やっぱりここは異世界なのか?」
自分を助けてくれた少女も手から氷の刃を出してた事から異世界に来てしまったことを改めて認識する。
その数分後、雅人は廊下の真ん中に立ち止まっていた。
「いくらなんでも長過ぎないか・・・?」
広い屋敷とはいえ雅人の想像していた屋敷よりも広い。そして目の前には依然として奥まで続く廊下。
戻るか。そう思って振り返ろうとすると
「・・・様、・・・・は・・・せん」
「いいえ、・・・・は・・・です」
雅人の近くにある扉から話し声が聞こえてくる。何かと思い扉に近づいて耳をすませる。
「本気なのですか!?お嬢様にはもう・・・」
「分かっています。でも、私にとってはそれでもやらなくてならないことなんです!」
扉を少し開けて覗き込むと雅人が狼に襲われた時に助けてくれた少女とその従者らしき
燕尾服をきた老人が話をしていた。
「私は反対です!いくらお嬢様といえども今回ばかりは。次回を待つのは・・・」
「それでは遅すぎるんです」
「ですが・・・」
二人の会話に夢中になって聞き入っていると
「お客様?」
雅人の後ろから声をかけられる。振り返るとメイド服を着た金髪の少女が立っていた。
少々あどけなさが残る風貌の少女は神を後ろで結っていて、その手には手袋を嵌めている。
少女は赤紫の目で雅人をじっと見つめている。
少女は首をかしげると
「こんな所で何をなさっているのですか?」
と聞いてくる。
「え、えーと」
雅人は少女から目をそらすと、頭の中をフル回転させ言い訳を考え始める。
(今の俺はどう見たって怪しい人物にしか見えないよな。ここで、変にごまかしたりすればよけいに疑われるだろう。ええい!こうなったら・・・。)
次の瞬間魔沙汰は頭を地面にこすりつけ膝を地面に付ける。――日本の古来より伝わる謝罪の仕方『土下座』である。
「申し訳ございません!声が聞こえたので興味本位で覗いただけなんです!」
雅人が急に頭を下げ始めたので少女は慌てだす。
「あ、頭をお上げください。ただ、気になって声をお掛けしただけなので」
すると扉が開き
「・・・これは一体どのような状況なのですかな?」
と銀髪の少女とともに出てきた老人が言葉をこぼす。
その後、朝食をご馳走になった後、雅人は老人に連れられて一つの部屋に連れてこられた。
そこには椅子に座る銀髪の少女、そして彼女の斜め後ろには先程のメイド服の少女が控えていた。
椅子に座るように促され雅人は椅子に座り銀髪の少女とテーブルを挟んで向かい合う形となる。
すると銀髪の少女が口を開き
「怪我の調子はいかがですか?」
と聞いてくる。
雅人が大丈夫だと伝えると、少女はホッとした表情をして「それは良かったです」と言う。
「改めまして、私はこの屋敷の主。ルミカ・オリオールと申します」
ルミカと名乗った銀髪の少女は手で老人とメイドを指すと
「そちらにいるのは私の執事のアルフレッド。そしてメイドのクロエです」
「アルフレッド・クライアムと申します。このオリオール家に長い間仕えさせていただいております」
アルフレッドとクロエが雅人に丁寧なお辞儀をする。
雅人も自分の名を告げる。
「ところで、俺が呼ばれた理由って何なんだ?」
ルミカは神妙な顔をすると、
「雅人さんが倒れていたのは本来狼の群生地なのでほとんど人が入らないはずなのですが、あそこに何故居たのですか?」
「実を言うと俺自身もよくわからなくて」
雅人は自分がもともと日本にいたこと、空に現れた渦に飲み込まれたこと、その先で狼に訪れたことについて詳しく話した。
「なるほど、ニホンという国は聞いたことありませんが、それなら納得です」
うんうんとうなづくと、
「ところで、雅人さんは行くあてはありますか?」
「え?特に無いけど・・・」
するとルミカの顔がぱっと明るくなり
「雅人さんが良ければですけど、うちに来ませんか?」
「へ?」
思わず間抜けな声を上げてしまい、ルミカが首をかしげる。
「いいんですか!?こんな見ず知らずの人を置いてもらっても」
つい口調が丁寧になりながらも雅人があわてて聞き返すと
「はい!それに困ってる人が居るなら放って置けませんし」
とルミカは笑顔で答える。
ぜひお願いしたいと雅人が告げるとルミカが懐から小さなメダルを取り出し、雅人へと差し出す。
「これは?」
「オリオール家の関係者という証みたいなものです。この屋敷には普段特殊な魔術がかけてあるので、これを持ってない人は迷ってしまい自由に動き回れないので」
「ああ・・」
雅人は数十分前に自身にも起こりかけていた事だったので納得の声を上げた。
メダルを受け取ると氷の結晶の描かれているそれをじっと見つめる。
「まあ・・・一部例外の方は居るようですが」
とルミカは苦笑いを浮かべる。
どういうことだろうと雅人が思っていると、突然、部屋の床に魔方陣が浮かび上がり、次の瞬間紅色がかった髪の少女が現れる。少女の後ろには藍色の髪の騎士の姿をした少年が佇んでいる。
「ごきげんよう!今日は待ちに待ったコルンの日ですわ!」
紅色の髪の少女はルミカへと声をかける。
「わざわざこの私が来て差し上げたのですからもちろん出場しますのよね?」
ルミカに近づくと紅色の髪の少女は勝ち誇ったような笑みを向ける。
「ルミカの友達か?」
雅人が雅人が声をかけると紅色の髪の少女はビクッと体を震わせるとバッと振り向く。
「だ、だりぇが友達ですって!?こ、こんなのと友達なんて・・・そ、そう!ライバルですわ!」
言葉を噛みながら喋る紅色の髪の少女からルミカへと視線を移し「そうなの?」と聞くと
「私は友達と思ってるよ。何かあるたびに来てくれるから。・・・でも突然来られるのはちょっと困る」
「今回はライバルが来なかったら私の品位にも関わるからこっちから来ただけですのよ!・・・ところで、こちらの方はどなたですの?」
紅色の紙の少女は雅人を指差して言う。
「うちに住む事になった天沢雅人さんです。ニホンという国からこちらに迷い込んだらしいです」
「ニホン?変わった名前の国ですわね・・・」
(こっちではあまり知られていない名前なのか?)
雅人がそう考えていると
「お初お目にかかりますわ!私はエリシア・トラムサイズ。ここからずっと南に位置するジェルドホルンの次期領主ですわ!」
エリシアと名乗った少女は丁寧にスカートの裾を摘んでお辞儀をしてくる。本とかで見かける貴族式の挨拶らしい。
エリシアが頭を上げたところでそれまで壁にもたれかかっていた藍色の髪の少年が近づいてきて
「お嬢様そろそろお時間です」
と声をかけてくる。エリシアはそうでしたと思ったかのような顔を再びルミカの方に向き直ると
「くれぐれもコルンに遅れないようにお願いお願いしますわ!」
とだけ言い一瞬で姿を消す。
少しの間をおいて
「あんな風に仰ってますがうちのお嬢様はここに遊びに来るのを毎回楽しみにしているのですよ」
藍色の髪の少年はそういって肩をすくめると「では僕もこれで」とだけ言い残しエリシアの後を追うように姿を消す。
そしてルミカも立ち上がると
「では、私も行って参ります」
アルフレッドが心配した表情で「お嬢様・・・」と声をかけるがルミカは「大丈夫ですから」とアルフレッドに微笑むと先程の二人同様姿を消す。
しばらくするとアルフレッド達も続々と部屋を出て、雅人は一人部屋に残されるのであった。
ルミカ達が住む魔術の国リンストブルクとは東西南北にある様々な都市が集まって一つの大きな国となっている。その歴史は六百年以上も続いている。リンストブルクの中心、央都と呼ばれる場所にはオルレア魔術学院があった。
学院には国中のありとあらゆる魔道書が集められた大図書館。コロッセオを思わせるような闘技場などがあり、魔術士の育成為だけに作られた学院であり。数々の歴史に名を残す魔術士も生み出したこともあるため、国中の魔術士の憧れの場所となっている。
その中で最も目を引くのは校内の中心のに建てられた天にも届くような塔である。
学院の中でも特に優秀な生徒しか入れないことから『塔に入ったものにはその後の人生を約束される』という噂が流れている。
そんな学園の前に二つの影が現れ、少し遅れて影が一つ増える。
三つの影がそれぞれ紅色の髪の少女、藍色の髪の少年、銀色の髪の少女である。
三人はまっすぐ校舎に向かうのではなく、校舎の反対に立つ闘技場へと向かっていった。
闘技場の周りには今日行われる大会の影響で人だかりが出来ていた。
露店を出して商売を行う男、水晶玉で目の前に座る客を占う老婆、作られたステージで漫才を行って観客の笑いを起こす二人組みなどがいる。
しかし、三人はこのにぎやかな周りの様子に目もくれず闘技場の入り口へと入っていく。
すると突然、藍色の髪の少年が今まさに入った入り口に振り返る。
「ルクス?どうかなさいましたか?」
ルクスと呼ばれた藍色の少年はしばらく外の様子を眺めた後
「・・・いえ、何でもございません」
と言って主人である紅色の髪の少女の後を追う。
ルクスの後ろに居た銀髪の少女――ルミカはルクスの様子に一瞬ポカンとして同じように闘技場の外に目を向けるがそこには行きかう人々が居るだけで特に変わったものはなかった。
ルミカも二人の後を追い奥へと消えていく。
その数秒後灰色のローブを纏った男が何も無かったところから現れる。
ローブの男はしばし三人の消えた方を見た後片隅にある「関係者以外立ち入り禁止!」と
赤い字で書かれた扉の中に入っていく。
扉の中は明かりが無く暗闇が広がっている。
「一筋の灯し火よ、わが足元を照らし出せ」
ローブの男がつぶやくと目の前に小さな光る玉が現れ、暗闇の中にあった長い螺旋階段を照らし出す。
長い螺旋階段を下りていくと火の灯ったロウソクが立てかけられた柱が見えてくる。
そして階段を降り終えたローブの男の目の前には何十人もの軍服を着た人たちが倒れている。倒れている人のほとんどが炎で焼かれた痕や氷の刃が刺さっている者であった。
その奥には鉄格子があり、倒れている人たちと全く同じ服を着た二人の男が意思のない人形のようなくぐもった目でその手前に立ち尽くしていた。
ローブの男はその二人の元へと近づくと
「ごくろうであった」
とつぶやくとそれまで二人の体に付いていた黒い靄が取り払われその体は倒れこむ。
ローブの男は懐から一冊の本を出し開くと
「古より封じられし暗黒の神よ!わが元に顕現せよ!」
すると本から黒い玉が現れ宙へと浮かぶ。それと同時に倒れている人たちの体から青白い塊が出てきて黒い弾へと吸い込まれる。
次第に大きさを増した黒い玉は人間の形へと形成され、一人の黒髪の少年となる。
少年は地面に降り立つと閉じていた瞼をゆっくりと開き
『僕を呼び出したのは貴様か?』
と語りかけてくる。灰色のローブの男はローブのフードを脱ぎ、少年の前にく。
「さようにございます!」
黒髪の少年は首をコキコキと鳴らしたあと、自身の手を見つめる
『少々魔力が足らないが・・・まあいいか』
ローブの男は頭を上げると
「エレボス様の魔力は回復しておりませぬが、今が絶好のチャンスかと」
『ふむ、詳しく聞かせてもらおう』
灰色のローブの男は「失礼します」と断りを入れて何かをエレボスの耳元で囁く。
すると、エレボスは『そうか』と呟き
『では、こいつを使うとしよう。』
と後ろにあった鉄格子に腕をかざす。手からはローブの男が放った靄よりも格段に黒く染まった靄が伸びていく。
靄が伸び終わりエレボスが腕を下ろすと
『では僕らは高みと見物といこうではないか』
と薄ら笑みを浮かべて指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、今まで何も着ていなかったエレボスの体に漆黒のローブが纏われる。
「う~ん、あれ?俺達はなんでここに?」
「確か侵入者を捕らえようとしてて・・・はっ、貴様ら!その檻から今すぐ離れろ!さもなければ――」
気がついたクランとレイクはエレボス達に気がつくとすぐさま身構える――がその時にはもう遅かった。
「な!?」
レイクの世界が突如逆転する。その目の片隅には首から上が跡形もなく無くなった体が腰の剣に手をかけたまま立っていて、数瞬遅れて体も地面に倒れる。
「さもなければ・・・なんだい?」
エレボスは穏やかな表情のまま立っている。その腕には身の丈もあるかのような大鎌がいつの間にか握られている。その先端からは赤黒い雫が垂れている。
「レ、レイク!?」
クランが剣の柄を掴んだまま固まる。数瞬前まで立っていたはずの相棒が赤黒い池の中に倒れているのだ。
腰が抜けたのかその場に座り込んでしまったクランの腕の震えは一向に止まる様子が無い。
『あ~あ、この程度なの?少しくらいは抵抗してくれるかなって思ったんだけどな』
エレボスが不満そうにむすっとした声を上げる。
「エレボス様、僅かな魔力を使っては・・・」
ローブの男が止めるがそのままエレボスはクランに近づいていく。
「く、くるな化け物め!」
クランは魔術を連発するが、エレボスは気にする様子もなく近づいていく。
エレボスの腕が少しぶれる。少し遅れてクランの腕が付け根から切り落とされる。
「ぎゃあああ!俺の腕が!!」
溢れ出す血飛沫をもう片方の腕で押さえ込むがその程度では止められるはずもない。傷口からは血がどんどん溢れてくる
『つまらないな・・・』
エレボスが退屈そうにため息をつき始める。その声色には怒りが込められている。
『この程度の者が警備兵かい?笑わせてくれる』
腕に持った大鎌の先端をクランの首元に突きつける。クランは「ひぃっ!」と声を上げる。
「ゆ、許して下さい・・・死にたくないです」
涙と鼻水を垂らしながら必死に訴える。
エレボスはその訴えも聞くことなく鎌を振るう。
相棒を追う様にとまた一人、この世から命の灯火が消えたのだ。
持っていた大鎌が跡形もなく消えるとエレボスは膝を着く。その顔にはうっすらと汗が浮かび上がる。
「エレボス様・・・やはりまだ魔力が・・・休まれた方が良いかと」
ローブの男が手を差し伸べようとするとエレボスは一瞬で鎌を作り出すとローブの男の首元に突きつける。
『この手は何のつもりだ?』
先ほどよりも遥かに怒りが込められ口調でエレボスは睨みつける。
「え、エレボス様の為にと・・」
『いらぬ』
「ですが」
『いらぬと言っている!貴様は僕に逆らうのか?』
さらに口調を強めたエレボスに対しローブの男はフードの隙間から汗を垂らすと差し出した手を引っ込めて「・・申し訳・・ありません」と頭を垂れる。
エレボスは鎌を引っ込めると背を向ける。
『・・・行くぞ』
「・・・はっ!」
エレボスの姿が消し後に続くようにとローブの男も姿を消す。
その数分後、「グルルル」という唸り声がするとともに格子から何かが勢い良く飛び出してくる。中から出てきた何かはそのまま足音を立てながらどこかへと向かっていった。
足音が消えるとどこからか白いローブを着た人物が現れ
「これはまずいな・・・」
とだけ呟くと姿を白い玉へと変えて天井へと吸い込まれていく。
ルミカが屋敷を出た後、雅人は屋敷の中を歩き回っていた。こちらの世界についての知識を得るために図書館のようなものを探していたのだ。屋敷内に居たメイドに尋ねると書庫があるそうなのでそれを探しているのだ。
廊下の角を曲がると本のマークの入った扉が目に入る。
「ここかな?」
扉を開けると部屋中に本棚がぎっしりと並んでいた。
雅人は適当に本を選ぶとその場で開く。
「よ、読めない・・・」
まさかこちらの世界の文字がこんなに難しいとは思っていなかった。数分と経たずその本を読む事を諦める。
何か自分に読めそうな本が無いものがないかと次々と本へと手を伸ばしていく。
「あれ?」
本棚の中に一つだけ異なる言語が使われている本を見つける。
「・・この本だけ日本語で書かれてる」
本を手に取って開いてみるとやはり、内容も日本語で書かれている。
他によさそうな本が見つからなかったので近くにあった椅子に座って読むことにした。
【魔術とは術者の体内にある魔力を使って発動する特別な力である。一方、魔法とは物に予めこめられた魔力で発動する術である。】
雅人がさらに読み進めているとある一部分に目が止まる。
【魔術は何かを媒体とせずに発動することが出来るが一つ欠点が存在する。体内の魔力は人により個人差があるため限界を超えて使用するのであれば、それは術者によって危険な行為となりうる。術者が魔力を使い果たすと魔力欠乏症といったような症状が起こる。
今現在の研究では魔力=人のを削るということではないかと考えられている。】
「まじかよ・・・。魔術ってこんな危険な物だったんだな」
雅人の顔が引きつる。
他の本を読もうと手を伸ばしていると
「アルフレッド様!それは一体どういうことなのですか!?」
奥の方からクロエの声が聞こえてくる。雅人が奥を覗いてみるとクロエがアルフレッドを問い詰めている様子であった。
「・・・先程も申しましたが、お嬢様の魔力はもうほとんど残っていないのです。雅人殿の怪我を治すために多くの魔力を消費してまで治癒魔術をかけたのです」
雅人は目を見開いた。雅人の傷が消えかけていたのはただの偶然ではなかったのだ。
ルミカが治癒魔術をかけ続けていたがためだったのだ。
それを聞いて
「それは本当なんですか?」
雅人は二人の話している場所に駆け寄る。二人は雅人が居るとは思わなかったのだろう、驚いた表情をしていた。
アルフレッドはゆっくりうなづくと
「ええ、お嬢様は雅人様を見つけてからずっと自分の魔力を傷の修復に使い続けていました。そうしなければ、助けられなかったそうです」
アルフレッドが言うには雅人を見つけたときにはとてもひどい状態であったそうだ。
それでもルミカは「絶対に助ける!」と言って聞かなかったそうだ。
それから三日三晩一度も休まずにひたすら治癒魔術をかけ続けていたのだ。
その甲斐もあり、雅人は助かったが、その代わりにルミカの魔力はほぼ枯渇してしまった。
「それだけならお嬢様の魔力を元に戻す方法はありました」
「どういうことですか?」
それまで黙っていたクロエがの目でじっと雅人を見つめると
「今日行われるコルンなのです」
オルレア魔術学院の入学試験コルンは魔術や武器を用いた対人戦を行う。開催日時については未定であり、何時行われるかは前日になるまで知らされることはない。
勝者には学院への入学が認められる。だが、負ければもう二度と学院に入学することはできない。そして国中の憧れであるオレルア魔術学院に入学することは魔術にとっての栄誉でもあるのだ。
「つまり、ルミカは魔術士としての栄誉を守るために無理をしてまでコルンに出場する必要があったということ?」
しかし、クロエは首を縦にも横にも振ることなくあいまいな表情をする。
「旦那様・・・つまりルミカ様のお父上を探すためです」
「お父さんを?」
アルフレッドの方を見ると悲しそうな表情をしてうなづいている。
「お嬢様が八歳になる直前でした。この水の都セレヌンディーネの領主であった旦那様が突如行方をくらましました。そのため、当時のルミカ様が領主の座に着くことになったのです」
アルフレッドは近くにある窓を覗くくようにと雅人に示す。雅人が覗き込むとそこには、水の都と呼ばれることもあり、湖の周りには賑やかな町並みが広がっていた。
雅人はその町の光景に感嘆の声を上げる。
「当時のお嬢様は領主の座に着くには早すぎたのです。それでも領主としての役割を必死でこなしていました。いつ自分のお父上が帰ってきてくれても良い様にと」
雅人は神妙な顔でアルフレッドの話を聞いている。
「ある日、お嬢様は道で大怪我を負った一人の男を見つけました。誰も彼を助ける人が居ない中お嬢様は彼の傷を治し、手を差し伸べてこういいました。
『行く所が無いのならうちに来ませんか?』と。その男はお嬢様に助けてもらった恩を返すために彼女の執事となったのです」
「・・・まさか!」
雅人ははっと気がついた。
雅人の思ったことを感じ取ったのかアルフレッドは
「お察しのとおりです。その男とは私のことです」
アルフレッドはクロエをチラッと見てから再び口を開く
「それからというものルミカ様は道で怪我をしている者を見つけては治療して、行き場の無い人はこの屋敷に招いているのです。
「優しい人なんですね」
「・・・ええ、おやさしい方なのですよ。・・・お嬢様は」
と再び暗い表情をしてしまう。
「しかし、お嬢様に仕えていくうちにあることを感じ始めたのです。『領主という立場さえなければもっと自由な生活がおくれたのではないか』と」
「・・!」
雅人の頭の中には一人の少女が思い浮かんでいた。どんなときにも自分の事を考えて、自分のために尽くしてくれていた一人の少女を。
「我々は皆思っているのです。もっと自分の好きなように生きてもらいたいと」
クロエが再び雅人の前に出て来て
「今回のコルンに勝つことは旦那様を探すための最後の手段だったのです。ですが、魔力の無い状態でコルンを受けなければならないのです」
悔しい表情をする。
アルフレッドも悔しさを抑えているのか握られた拳をかすかに震わせている。
(俺が治癒魔術を使ってもらわなければ・・・。)
雅人は床に崩れ落ち、晴らしようの無い後悔で拳を床に打ち付けていた。
(また俺は他人に迷惑をかけることしか出来ないのか・・・?)
目から涙を浮かべる。
「せめてパートナーとして出れる方がいらっしゃればよかったのですが・・・」
とクロエが呟く。
「・・え?」
ふと、雅人顔を上げるとクロエの両肩をつかむ。
「クロエ!コルンってのは誰でも出れるのか?」
急に雅人に肩をつかまれたため少々動揺した様子で
「は、はい未出場の方であれば誰でも、それがどうしたのですか?」
少し考えた後雅人の顔には徐々に笑みが浮かんでくる。
「だったら俺がパートナーとして出れば良いんじゃないか?」
アルフレッドとクロエが顔を見合わせた後
「雅人殿、コルンに出たことは?」
「ありません。・・・というかコルン自体始めて知ったので」
しばらく沈黙が続いた後
「どうかお嬢様をお願い致します!」
とアルフレッドが雅人に頭を下げてくる。
「え?え?どういうことなのですか?」
その一方でクロエは状況がうまく理解できずにポカンとしている。
「ありがとう!クロエのおかげで道が見えてきた!」
「ひゃあああああ!?」
嬉しさのあまりクロエに抱きついてしまいそれまでに静寂であった屋敷中にクロエの悲鳴が響き渡り、少し遅れてパシーンという乾いた音が鳴り響く。
一方、その頃ルミカは闘技場の中に設けられた控え室でモニターを通して試合の様子を見ていた。
モニターではエリシアとルクスのコンビが相手チームを圧倒している姿が映っていた。
「〈猛火よ、煌く戦槍となれ!〉」
ルクスが地面から高く飛び上がると【ブレイズマーチ】を唱える。
無数の炎の槍が雨のように相手に降り注ぐ。
相手チームは
「ひょ、〈氷昌の防壁よ、盾とな・・・」
【フロストカーテン】を展開しようとするがそれよりも早く炎の槍は降り注ぐ。
「とどめですわ!・・・〈業火の渦よ、龍となり舞い踊れ!〉」
エリシアが地面に手をかざすと魔方陣が現れ、そこから溶岩が出てくる。溶岩は炎の渦となると槍で動けなくなっている二人に襲い掛かる。
エリシアの【ヴォルケイノ・ストーム】によって炎の渦に包まれた相手チームは渦が消えると体が少しこげた状態で気絶していた。
その瞬間試合終了のホイッスルとともにエリシアチームの勝利が決まる。
ルミカは控え室から勝利した二人へ拍手を送る。その後、立ち上がると部屋から出て行く。
少し出たところで立ち止まると自分の手を見つめる。
(やっと、少し戻ってきたけどまだ足りないなぁ。)
少しがっかりしたが、無いよりかは幾分かはましだろう。
すると、試合が終わってちょうど戻ってきたエリシアが
「次はあなたの番ですわ。精々無様な姿は晒さない様にしてくださいな?」
すれ違いざまに、ルミカの肩をたたいていく。
「つまり『応援してるから頑張ってください!』とお嬢様は言っております」
後から来たルクスがそう付け加えたので、エリシアは思わずこけそうになる。
顔を耳まで真っ赤にしたエリシアは口をわなわなと震わせ
「そ、そんな事一言も言ってないじゃないの!誰がそんな事いいましたの!?」
ルクスに文句を言うがルクスはきょとんとした顔で
「おや?違いましたか?この魔導器にはそう出てますが?」
持っていた機械をエリシアに見せる。そこには先程エリシアが発した言葉、その下にルクスが付け加えた言葉が一言一句違わずに書かれていた。
「何の魔導器ですの!?それは!?」
エリシアがルクスを問い詰めると苦笑いして
「以前書物で人の感情や性格について書かれていたものがありまして、その際お嬢様の性格について調べたら『ツンデレ』という感情をお持ちと書いてありましたので」
「そのつんでれ?というのは何ですの?」
「部下や他の人に対して本心を打ち明けられない病気だそうです。ちなみに害のあるものではないそうなのでご安心を」
害の病気ではないと聞いて納得したのか、それ以上問い詰めることはせず、先に立ち去っていく。
ルクスはそれを見送ると
「次の試合・・・」
「え?」
「自分は陰ながら応援することしかできませんが、くれぐれもお気をつけください」
ルミカが礼を告げると
「では、僕はこれで。お嬢様を一人にすると迷子になりかねないので」
と去っていく。
ルミカは再びルクスの背中に軽くお辞儀をした後戦いの場へと向かっていった。
(先程感じた異様な雰囲気は何なんだろうか?ともかく今は早くお嬢様に追いつかねば!)
ルクスは腰に差してある剣の感覚を確かめると足をさらに速めた。
闘技場の中には円状のフィールドが設置されていた。フィールドの外側には次の試合を心待ちにして待っている観客達が所狭しと座っていた。
観客席の中央には金の刺繍の入った絨毯が敷かれた席が設けられていた。
周りよりもひときわ目立つその席には一人の男が座っていた。
彼の名前はマークス。七代目のオルレア魔術学院の学院長である。
マークスは顎の髭ををなでながら闘技場の中を見回していた。
「相変わらずこの場所は賑やかですね」
すると、あきれのこもった声がマークスの耳に入ってくる。
「おお!これはこれは主席殿ではございませんか!」
マークスが振り向くと二人の警備団員を従えた軍服を纏い、腰には装飾の入った軍刀を差したポニーテールの女性が立っていた。女性が片手を上げると警備団員は立ち去っていく。
「主席殿はお止め下さい学院長先生。私にはソフィーナという名があるのですから。
それに今の私は警備団の団長という立場です」
皮肉をこめて言うがマークスは
「ご謙遜なさらないでくだされ。この学院で史上最も優れた卒業生の方に見に来ていただけるのであれば新入生にとって良い薬となりましょう」
「そうだといいのですが・・・」
ソフィーナが観客席を見下ろすとソフィーナに気がついた子供が一斉に手を振ってくる。
笑みを浮かべてその子供達に手を振り返すと子供達は嬉しそうにはしゃいでいる。
マークスに勧められてとなりの席に座る。
「学院長、次の試合は頃始まるのですか?」
「なあに、もうすぐ始まるでしょうもう少しお待ち下さい」
『さて、次の試合はセレヌンディーネのルミカ対ジェルドホルンのレイテスの対決です。さて、勝つのはどちらなのでしょうか?それでは両者入場して下さい!』
マークスの宣言どおり放送が流れて、ルミカがフィールドへと出てくる。
「あちらの方はセレヌンディーネの現領主の方でしたね」
ソフィーナの言葉にマークスが頷いて肯定を示す。
続いて、ソフィーナは反対側の入り口にも目を向けてもう一人の選手が出てくるのを待つ。
しかし、いくら待てどもその対戦相手は出てくることは無かった。
「出てきませんね。何かあったのでしょうか?」
ソフィーナが口から呟いたその時「団長!大変です!」という声とともに若い警備団員が慌てた様子で入ってきて、ソフィーナに耳打ちをする。
その男性が発した言葉に目を見開き「それは本当ですか!?」と聞き返すと、
すぐに立ち上がり
「学院長!申し訳ありません。少々席をはずさせていただきます!」
と頭を下げると若い警備団員とともに出て行く。
マークスはソフィーナを見送ると再びフィールドに向き直る。
しばらくして、やってきた教職員らしき男性がやってきてマークスへと耳打ちをする。
マークスは「何だと!?」と呟き額から汗を浮かべる。
慌てて観客席から身を乗り出そうとすると、体が弾かれる。
「障壁!?いつの間に!?」
マークスが周りを見渡すと、どうやら自分の居る場所を中心に強力な防壁が張られていた。
やってきていた教職員も同じように障壁に閉じ込められていた。
(これは学院開校以来始めての一大事だぞ!)
「遅いなぁ」
ルミカは相手が一向に出てこないことに待ちくたびれてつい口から文句を漏らす。
すると、二十メートル先にある相手の入り口から「グルルルル」といううめき声にも似た鳴き声が響いてくる。数秒後、入り口からズシンという地響きとともに獅子のような頭、山羊のような毛の生えた体、蛇のような尻尾をもった獣が姿を現す。
「キ、キマイラ!?何でこんなところに!?」
ルミカハ驚きを隠すことが出来なかった。というのもこのリンストブルクではキマイラは五本の指に入るといわれるほど危険な獣なのだ。爪には皮膚を腐食させる程の猛毒を兼ね備えていて、その足は風よりも速く駆けるといわれているため十分な魔力を持った状態の魔術士が数人掛かりでやっと倒せる獣なのだ。
キマイラの姿を見た観客席の観客達は悲鳴を上げて我先へと逃げ出している。途中観客席から落ちてきた人が次々と成すすべなくキマイラの餌食となっている。
客席から観客が完全に消えると徐々にこちらに歩寄ってくるキマイラに対してルミカは後ずさるが、背中に固い感触がぶつかる。
おそるおそる振り返るとルミカの後ろにあったはずの入り口が完全に閉じられていた。
ルミカが扉に手をかけると電流の走ったよな痛みが走る。
どうやら強力な結界の魔術によって閉じられているようであった。
その間にもキマイラとの距離は縮まっていく。
「〈氷昌の刃よ、貫け!〉」
ルミカが【アイス・ブレード】を唱える。
氷の刃はキマイラへと刺さるが分厚い皮膚を持つキマイラにとってはかすり傷程度にしかならない。
「それなら・・・〈流水よ、檻となり封ぜよ!〉」
キマイラの体が水の玉に包まれ、キマイラは水の中でもがき苦しむ。
しかし、数秒間閉じ込めたところでルミカは両膝を地面に付けて咽る。ルミカの口からは血反吐が吐かれる。
(こんなときに魔力切れするなんて)
ルミカの魔力が尽きたことにより水の檻が爆ぜて開放されたキマイラは「ガルルルル」と怒り狂った鳴き声上げると丸太のように太い腕でルミカをなぎ払う。
壁に叩きつけられて圧迫された胃の中のものが体の外に吐き出され咳き込む。
その間にもキマイラは息を大きく吸い込むと紅蓮の炎を吐き出す。
とっさに横に転がる。炎から数瞬逃げるかのが遅れて左足が少し焦げる。
距離をとろうと立ちあがろうとしたその瞬間左足からズキッとした痛みが走る。
(やっぱり、私なんかがコルンに出るべきではなかったんですね。アルフレッド、クロエ、雅人さん・・・・・ごめんなさい)
ルミカが諦めて瞼を閉じようとしたその時
「ギャアアア」
という獣の叫び声が響き渡る。
恐る恐る瞼を開けると今まさにルミカに襲いかかろうとしていたキマイラの左目に誰かが剣が刺している。逆光ですぐに誰かは分からなかった。その人物はキマイラの左目から剣を引き抜くと、ルミカの元に駆け寄ってくる。
「何とか間に合ったか」
「ど、どうしてここに!?」
ルミカの目の前には剣を持った雅人が立っていた。
「話すと長くなるがまあ、それは一旦置いといて・・・とにかくこっちだ!」
雅人はルミカの手を引き「キマイラが動かないうちに」と反対側の入り口に走る。
「痛っ!」
雅人が扉を開けようとすると手がはじかれてしまう。雅人は懐から小さなビンを出すとルミカに手渡す。
「魔法薬?とかいうやつらしい。気休め程度にとアルフレッドさんがくれた」
「ありがとうございます」
「とりあえずルミカはここにいろ!・・・俺はあいつの相手をしてくる」
見ると刺された左目から血を流しながらキマイラがこちらに近づいてくる。
雅人も剣を構えるとキマイラへと近づいていく。
魔力が枯渇していてその場から動くことの出来ないルミカは雅人から受け取ったビンのフタを開けると中の液体を飲み干す。甘酸っぱいような風味が口の中に広がる。
しばらくすると、少し魔力が回復して楽になったが、まだ体はうまく動かない。
ただ見ていることしか出来ない不甲斐無さを感じながらもキマイラと対峙する雅人の姿を見守った。
(・・・とは言ったものの、まさか猛獣と対峙することになるとはな。)
雅人は内心歯を噛み締めて苦々しい表情を浮かべていた。
キマイラの片目を潰せたことがせめてもの救いであっただろう。
雅人が剣を振り下ろそうとも、分厚いキマイラの皮膚には多少のかすり傷しか入らない。その一方で、キマイラの鋭い爪はまともに当たれば一振りで雅人の体などいとも簡単に引き裂けるだろう。
爪に注意しながら戦わねばならないため、たちまち防戦一方へと追い込まれてしまう。そして、徐々に雅人の体力を徐々に削っていく。
「しまっ・・・!」
防御が間に合わず雅人はキマイラの腕になぎ払われて壁まで飛ばされる。
「ゲホッゲホッ」
内臓が一瞬圧迫されて思わず咳き込む。
雅人は剣を杖代わりに使い立ち上がると、再びキマイラへと向かっていく。何度も雅人の剣とキマイラの爪がぶつかり合っては雅人はなぎ払われる。傷ついた体は悲鳴を上げていたがそれでも雅人はキマイラへと向かっていった。
「もう・・・いいですから!早く逃げて下さい!」
雅人の背後からルミカの叫び声が響いてくる。
「私が試合に出なければこんなことにならなかったんです。そうすれば、雅人さんまでも傷つくことは無かったのに」
俯いているルミカの目から涙がほろほろとこぼれ落ちる。
「ルミカはその何倍も傷ついてきたんだろ?」
「え?」
思わずルミカは顔を上げた。雅人は背を向けたまま
「俺も同じなんだよ。・・・俺も両親がいないから」
「!」
雅人の告白にルミカは目を見開いた。
「両親がいなくなって自分の夢が叶えられなくなるところだったんだ」
ルミカは雅人の話を聞いていた。自分と似た境遇の雅人の話を
「でもそんな時に一人だけ俺に手を差し伸べてくれた人がいたんだ。
そいつは俺の妹の柚葉だった」
雅人は口調を徐々に強めていく。
そして、雅人はルミカの方に振り向くと
「柚葉は似てるんだ、ルミカに。自分の事よりも他人を助けてくれようとしてくれた」
ルミカは再び目を見開いた。
その時、誰も居ない観客席に白い玉が突然現れフィールドの様子を眺めていた。
「あの時、狼に襲われた俺をルミカが助けてくれてなかったらきっと今ここに俺はいなかっただろう。だから・・・」
そこまで言ったところで雅人はキマイラのほうへと向き直り
「俺は君の力になりたい!」
その瞬間観客席から飛んできた白く光る玉が雅人に向かって飛んでくる。玉は光を放つと雅人の体を包み込む。
雅人は思わず目を瞑った。
次に雅人が瞼を開けると広く何も無い空間へと立っていた。
(ルミカは?あの猛獣は?)
雅人がまわりを見渡していると
『何故君はそこまでやろうとする?』
いつの間にか雅人の目の前には白いローブを纏った人物が立っていた。
「お前は誰だ!?」
雅人が警戒しながら叫ぶがローブの人物は答えようとせず
『もう一度聞く!何故君はそこまでやろうとする?』
再び同じ質問を一字一句其のまま繰り返す。
白いローブの人物の素顔はフードによって隠れていて雅人からは口元しか見えない。
「俺が助けたいと思ったからだ!」
雅人の答えに微動することなく白いローブの人物は
「君はこの世界の者ではない。外から来た君にとっては関係の無いことではないのか?」
雅人は驚きを隠すことが出来なかった。
(こいつは俺がどこから来たのか知ってるのか?)
雅人が考えていると
「・・・君は魔術が使えない普通の人間だ。あのキマイラを倒すなど不可能だ。それでも君が戦おうとする理由は何だ?富のためか?権力のためか?」
雅人は目を閉じて思いをめぐらす。この世界に来て自分に起こったこと、ルミカ達と会ったことで自分の中に一つの思いが生まれたこと。
「・・・たしかに俺は魔術が使えない普通の人間だろう。だが俺は目の前に、手の届くところに助けられる人がいるのなら助ける。どんな状況であったとしても」
『そんな不確定な要素あった所で何にも成らないじゃないのかい?』
「そうかもな。でも俺は信じてる。不可能だと思えることでも勇気を出せるのなら、何かを変えることが出来ると」
『何かを変える・・・か』
「それよりも、俺は早くここから出ないといけないんだ!」
雅人が出口を探していると先程まで立っていた白いローブ人物が消えていた。
『良かろう』
いつの間にか白いローブの人物は雅人の後ろに立っていた。思わず飛び退くと、
『君の気持ちが本気であるなら、この力を使うといい』
白いローブの人物は雅人に手をかざす。その瞬間、周りに風が巻き起こり、白いローブの人物のローブのフードが外れる。そこには、白い髪の少年が穏やかな笑みで立っていた。
光が治まるとそこには立ち尽くす雅人の姿があった。
魔法薬を飲んで少し魔力が戻ったため動ける程度に回復したので雅人に駆け寄ろうとしたその時、今まさにキマイラの爪が雅人の体を引き裂こうとしていた。
とっさに魔術を唱えようとするが、この距離では雅人まで巻き込んでしまう。
キマイラの爪が雅人の顔前にまで迫ったその瞬間――雅人の姿が消える。
「え?」
ルミカは目の前の状況を理解できずにぽかんとしていた。
キマイラの爪は虚空引き裂き、地面を抉った。目の前に仕留めたはずの獲物が居ないので、
動揺している。
「ギャアアア!」
いきなりキマイラが叫び声を上げて、腕がドスッという音を立てて地面に落とされる。
その刹那、キマイラから少し離れた所に雅人の姿が現れる。
腕を切られたとこに怒り狂ったキマイラは息を吸い込み振り向き様に燃え盛る火炎を吐く。すると、雅人は落ちついた様子で唱える。
「〈雷鳴よ、神撃を纏いし槍となり、貫け!〉」
雷の大槍が現れて一直線に吐かれた炎もろともキマイラへと刺さり同時に紫電が体を駆け巡る。
(何あの魔術!?あんなの見た事ない!?)
体に電撃を浴びながらもなおキマイラはこちらに向かってくるので雅人は両手で剣を構えるとキマイラへと向け
「〈雷精よ、閃光の煌きと化せ、雷撃の咆哮と成せ!〉」
【エレクトロ・バースト】を放つ。
雷鳴の衝撃が放たれキマイラはけたたましい雄たけびを上げてズシンという地響きを立て倒れる。
そこには、雅人の攻撃により黒焦げになったキマイラが横たわっていた。
その時、会場中から拍手の嵐が広がる。いつの間にか逃げたはずの観客達が戻ってきていたのだ。
それと同時に、力尽きたように雅人も倒れる。
(はは、もう力が入らないや。)
そして徐々に雅人は意識を失っていった。
あれから何時間経っただろうか、ざわざわという騒がしい音を聞いて雅人が目を開けると
「あ!ようやくお起きましたか!」
雅人の目の前にはルミカの顔があり、ルミカは笑みを向けてくる。
雅人が回りを確認すると柱にモニターが付けられている狭い部屋であった。
ここは?と尋ねると
「出場者の控え室です。フィールドで雅人さんが倒れてしまったので、大会スタッフの方に手伝ってもらってここまで運んできました」
ひとまず雅人はルミカに礼を言い、今の状況を尋ねる。
ルミカは神妙な顔をして語った。
雅人と戦ったキマイラは生物の調査のために学院の地下にある檻に入れていたらしいが、何かの拍子に凶暴化して檻から逃げ出してルミカのいる闘技場に現れたらしい。
「ところでルミカの試合はどうなったんだ?」
本来、コルンは対人戦を行って勝敗を決める。対戦がまだなのであればもう一度、ルミカは戦わなければならないのだ。
「・・・試合は中止になりました」
ルミカは俯く。試合が行われないのであれば喜ばしいことであるはずなのに。
「対戦相手の方が試合の直前に行方不明になったそうです」
「そうだったのか」
ふと、雅人は後頭部に当たる弾力に気がつく。今までルミカの話に夢中で気がつかなかったのだ。
何だろうと思いその弾力に手を触れると
「ひゃん!」
ルミカがかわいい声を上げる。
まさかと思い雅人が謎の弾力の方に目を向けると、白くすべすべしたルミカの膝があり、雅人はそれを鷲掴みにしていた。
「膝枕されてるのか!?」
慌てて膝の上から飛びのくと、ルミカも何かに気づいたようにだんだん顔が真っ赤になる。
「ご、ごめんなさい。枕の代わりになりそうな物が見つからなかったので、
も、もしかしてご迷惑でしたか?」
「そ、そんなこと無いぞ!むしろ・・・じゃなくてこんなことされるの初めてだったから驚いただけで」
ルミカがしょんぼりしそうになったので、慌てて雅人は弁明を始める。
雅人が弁明を何度か繰り返していると、ドアからノック音がしたので振り返る。
「失礼します。あ、ルミカさんこちらにいましたか」
ドアが開いて腕に〔コルン〕と書かれた腕章をした女性が入ってくる。格好から見て大会のスタッフなのだろう。
「学院長先生からお二方をお呼びするようにと仰せつかっております。さあ、こちらにどうぞ」
女性が部屋を出て行くのでルミカとともに女性に付いていく。闘技場を出ると正面の校舎へと入っていく。
そして、〔学院長室〕と書かれた扉の前まで連れてくるとスタッフ女性は去っていった。
ルミカがドアをノックをすると「どうぞ」と中から聞こえてくる。
ドアを開けるとトロフィや賞状の置かれた台、「文武両道」と書かれた額縁が張られた壁、そして目の前に座る学院長のマークスが目に入る。
「よく来てくれた、待っていたよ」
マークスが口を開く。
「さて、君達を呼んだのは先のコルンのことで話があるためだ」
そこまで言うとマークスは頭を垂れる。
「本当に申し訳なかった。我々の不手際によって結果的に君達を危険な目に合わせる事になってしまった」
マークスの手は怒りで震えている。しばらくしてその震えがとまると
「そのお詫びといっていいのか分からないが君にこれを受け取ってもらいたい」
マークスは机から一枚の紙を取り出し、ルミカに差し出す。
紙には大きく『オルレア魔術学院合格』とあり、その下にはルミカの名前も書かれている。
「これって・・・」
「我が学院の入学許可証だ。君さえ良ければだが」
それを聞いた瞬間ルミカの顔がぱっと明るくなるが、すぐきょとんとして
「・・・・でも、私コルンに勝ってませんが?」
ルミカの問いかけにマークスは「問題ない」言い
「我々学院の職員が全員一致して決まったことだ気にしないでいい」
再びルミカは満面の笑みを浮かべると学院長にお礼を何度も言い頭を下げている。
「良かったな!」
雅人も横からねぎらいの言葉をかける。
「それと、そっちの君に聞きたいことがあってね」
マークスは今度は雅人の方へと向く。
「俺ですか?」
いきなり声を掛けられたので雅人は一瞬ぽかんとしてしまう。
マークスは「うむ」と満足そうに頷いたあと
「君がキマイラを倒したときに使った魔術なのだが、どこであの魔術を習ったのかね?」
「え?」
「そういえば!雅人さん、どこであの魔術を?」
今思い返してみると自分でも不思議な感覚であった。気づいたときには頭の中に言葉が浮かんでいて、体の中からは力が溢れていた。
しかし、先程起き上がった時にはもうその感覚は跡形もなく無くなっていた。
「それが、自分でも分からなくて、気づいたら使えたというか。・・・・使ったらまずかったものだったのですか?」
頭を掻きながら恐る恐る雅人が聞き返す。
「いやいや、禁忌の魔術というより君の使った雷属性の魔術は本来使えるものが居ないのだよ。長くこの学園に勤める僕でも君を含めて数人しか見たことない」
淡々とマークスは語る。
その時、学院長室のドアがノックされる。
マークスが「どうぞ」と答えると「失礼します」という返事とともに一人の女性が入ってくる。
「学院長先生、お忙しいところ申し訳ございません・・・あら、先客でしたか」
入ってきた女性は雅人達に気が付くとそう付け加える。
「おお、これはこれはソフィーナ殿。何か御用かね?」
「ええ、そうでしたが・・・お取り込み中でしたら出直しますが?」
「いいや、ちょうど話が終わったところだ。・・・重大な用件かね?」
「はい。できればお人払いを。学院長の耳にだけにお入れしたいことですので」
ソフィーナの深刻そうな顔を見て察したのか、マークスは雅人たちのほうを向き
「長くなってすまないな。入学の詳細については近日中に書類を送るように手配しよう。私からの話は以上だ」
お辞儀をして雅人達が部屋から出て行く。
ドアがしっかり閉まったのを確認した後、ソフィーナはマークスの方に振り返り
「先程の方々は水の都の領主さんともう一方はどなたですか?」
「キマイラを一人で倒した少年だ。ああ、そうか。君はあの場に居なかったのか」
「・・・申し訳ございません。私達がもう少し早く戻って来れれば」
「いや、君の責ではない。十分な安全策を取れていなかった私の責任だ」
マークスは椅子に深く座ると目を閉じて息を吐く。
「・・・あの者を見ると思い出すよ。かつて何千人もの魔術士をたった一人で全滅させた天才を・・・ね」
「・・!」
ソフィーナは何を思ったのか少し考え込む。やがて「・・・そうですか」という。
「さて、そろそろ本題に入るとしようか、頼めるかね」
「はい、ではまずこちらの資料をご覧ください」
ソフィーナは抱えていた分厚い紙の束を机の上に置く。
その表紙には古ぼけた本の絵が描かれていてその下にはこのように書かれていた
―――『禁忌の書』
雅人達が屋敷に戻った後、ルミカの合格祝いのパーティが執り行われていた。
大広間には色とりどりの食事が長テーブルに所狭しと並べられていて、中央に設置されたステージには央都から呼ばれた楽団が演奏を行っていた。
セレヌンディーネ中の住民がこのパーティに招待されているので、普段広く見える屋敷が狭く思えてくる。
人だかりの中心には今回のパーティの主役であるドレス姿のルミカが四方八方から話しかけられていた。
大広間の窓をはさんで外に設置されたテラスで雅人は空に輝く星々を眺めていた。元から人の多い環境は苦手だったこともあるが、理由はそれだけではなかった。
「世界は違うのに星空はあっちと同じなんだな」
雅人が感嘆の声を上げていると
「ここにいらっしゃいましたか」
振り向くとアルフレッドが立っていた。
アルフレッドは雅人の横に並んで同じように星々を眺める。
「・・・妹様の事が心配ですか?」
「分かってしまいましたか」
「なんとなくそうではないかと思いまして」
「・・・」
「ありがとうございました」
「え?」
礼を言われることはしてないと思っているとアルフレッドが大広間の方を指す。そこには、
質問攻めに合いながらも嬉しそうな顔をしているルミカの姿があった。
そのスカイブルーの瞳は星が煌くかのように輝いていた。
「あんな風に心から喜ぶお嬢様を見たのは初めてです」
アルフレッドは「ふふっ」と微笑む。
(そういえば柚葉はあんな風に笑ってるところ見なくなったな)
毎日雅人の身の回りの世話をしてくれている様子を毎日見ているが、ただ微笑むだけで、今のルミカの様な満面の笑みは見なくなってしまった。あの約束が取り決められることとなってからというもの―――。
(そっか、俺、長い間に柚葉の迷惑を掛けてたんだな・・)
そう思うと、自分に対する悲愴感が渦巻いてくる。
「雅人殿?どうしたのですか!?」
アルフレッドに驚く声に一瞬ポカンとしたがすぐにその理由が分かった。
いつの間にか雅人の目からは涙が溢れて出ていたのだ。
慌てて拭うものの、溢れ出た涙がすぐに止まるはずがない。アルフレッドが差し出してくれたハンカチで涙を拭った。
やがて涙が収まったので礼をいいハンカチを返す。まだ目元はほんのり赤い。
「ちょっと庭を散歩してきます。人が多いところって落ち着かないので」
雅人は薄笑いを浮かべ背を向けて歩き出す。その後ろからは「行ってらっしゃいませ」というアルフレッドの声が聞こえる。
そそくさとエントランスを抜けて外に出るとテラスから少し離れたところに見えた湖へと歩いていく。
芝生を踏みしめながらしばらく行くと目的の湖が見えてくる。空に映る星々や月が水面に映し出されて幻想的なコントラストを生み出している。
雅人は芝生に寝転がりテラスからも見ていた星空を眺める。背中に当たる芝生の柔らかさが心地よく感じる。
いつの間にか吹き始めていたそよ風を受けながら、雅人は瞼を閉じる。
(柚葉、今頃何してるかな・・。俺がいなくなって向こうはどうなってるかな)
再び自然と目尻に涙が浮かんできたので、慌てて拭う。
「うん?」
もう一度目をこするが目の前に広がっている情景は変わらない。
湖に映る星々、自分が座っている生い茂る芝生、そして目の前に立つ人影。
「やあ!」
影が片手を振る。
数秒フリーズした後、雅人は背を向けて一目散に逃げる。
「あ!ちょっと待ってよ!」
慌てた影は雅人の後を追いかける。雅人は足をさらに速めて影との距離を広げていくが、
影が走りながら
「御身に纏え、重力の鉄槌よ!」
そのとたん雅人の体が重石を乗せられたかのように重くなる。その場に膝を付く。
追いついた影はムスッとした声で
「『待って!』って言ったんだから止まってくれないと駄目じゃないか!」
「お前誰だよ!?」
負けじとばかりに雅人が言い返すと影は「あ、そうか」と気づき
「光る灯し火、行く道を照らす光となれ!」
とたんに空中に眩い光を放つ玉が現れて雅人たちを照らしだす。
雅人の前には白いローブを纏った人物が立っていて被っているフードを脱ぐ
「あ、お前はあの時の!」
コルンの時に雅人が出会った少年がそこに立っていた。
「やっと僕が誰か分かったみたいだね」
少年が胸を張るが、まだ雅人は怪訝そうな顔を向けている。
「改めまして、僕はレオニス。放浪の魔術士さ」
レオニスと名乗った白いローブを着た少年は指をパチンと鳴らす。するとそれまで雅人にのしかかっていた重みが跡形もなく消える。
「俺に何か用か?」
「もちろん!君に話があるからこそ僕はここに来た」
レオニスは真剣な顔で、そして真珠のような眼差しで雅人を見つめる。
「僕はずっと君を探していた。僕の力を受け継ぐにふさわしい人間を。だから・・・君に僕の力を受け取ってもらいたいんだ」
「は?力?」
「そうさ!君にね」
レオニスの話についていけずに雅人は一瞬ぽかんとする。
「だからって何で俺なんだ?」
雅人が尋ねるとレオニスは突然空を見上げ呟く。そよ風が互いの髪を揺らす。
「・・・君だけだった。自分の身を挺して誰かを守ろうとした人は」
「え?」
レオニスはゆっくり語り始める。
闘技場のフィールドにキマイラが出てきたあの時、観客席では逃げ惑う観客でごった返していた。誰もがキマイラに怯え逃げ惑っていたが、ただ一人---雅人だけはキマイラに立ち向かっていた。
「『誰かを守りたい』という君の覚悟は結果的にキマイラを打ち倒した」
「俺はキマイラを倒せてなんかいない。結局は誰も助けることができなかった」
あの時、運よく発動した魔術でキマイラを倒すことはできた。しかし、自分は何も出来ていなかった。ルミカが助かったのは奇跡だったろう。
「そんなことは無いさ。君の行動が彼女を良い方向へと導いた」
レオニスは雅人に手を差し出す。
「だから、君に受け取ってもらいたい。『誰かを守りたい』という気持ちを持つ君に
『誰かを守るための力』を。君には必要だと思うけど?」
「俺は・・・」
内心、雅人は迷っていた。目の前に立つこの人に突然力をやると言われて。確かにこの人がいなければルミカは助けられなかっただろう。もしかしたら自分もキマイラにやられていたかもしれない。
その時、遠くから叫び声が聞こえてくる。気づいた時には雅人は駆け出していた。
森の木々の間を駆け抜けて声の元にたどり着くと荷物を載せた馬車が数匹の狼に囲まれていた。馬車には狼にやられたのか、腕から血を流して横たわる男性がいた。
「危ない!」
雅人は腰の鞘から剣を引き抜くと馬車と狼の間に躍り出て、向かってくる狼を向かい撃つ。
狼を切り伏せながら馬車の上に横たわる男性をちらりと見やるが、出血は今のところ多くは無いがしばらく動けそうに無い様子だった。
動けるのなら逃げても貰えばいいと思っていた雅人は内心で唇を噛み締める。
やっとのことで残り二匹となったところで狼は遠吠えを始める。
すると、その声に反応したのか茂みの中から他の狼が続々と出てくる。
「おいおい、まだ増えるのかよ!」
雅人は新たに出てきた狼も切り伏せながら文句を呟く。
数十分ほど狼との戦いを続けているが一向に終わりが見えてこない、残りが少なくなると狼は遠吠えをして仲間を呼び始めるのだ。
雅人はその中に片目を失ってる狼がいるのを見つける。
(あれは、俺がこの世界に来たときに襲い掛かってきたやつか!)
一回り大きな狼が飛び掛ってくるのを雅人は剣で眉間を突き刺し絶命させる。
返り血を浴びているが気にしている暇など無い。
雅人が倒れた狼から剣を引き抜こうとすると、なかなか抜けない。どうやら、頭蓋骨に深く刺さり過ぎて引っかかってしまったらしい。雅人は剣を思いっきり引き抜いたその時、バキィーンと音を立て付け根から刀身が折れてしまう。
「しまった!」
まさかこんな時に折れてしまうとは思っていなかったので一瞬焦りを見せる。
それが合図となったのか周りにいた狼達が一斉に雅人へと襲い掛かる。
四方八方から雅人の服を、皮膚を、爪や牙の嵐が引き裂いていく。
(・・・もう終わりなのか?)
雅人が悟った次の瞬間、稲光がこちらに向かってくる。それに気づいた狼たちはいち早く雅人から距離をとり始める。
稲光は徐々に人の形を形成していく。
「まったく、人と話してるときは勝手にどこかに行くな!って教わらなかったのかい?」
少しふくれっつらになったレオニスがそこに立っていた。
「何でお前がここに?」
雅人が唖然としていると
「君が話の途中でどこかに行っちゃうから、必死に探し回ってたんじゃないか!
・・・とりあえずそこに正座!話はそれから!」
「は?」
地面を指すレオニスはこの状況が分かってないのだろうか、レオニスは狼に囲まれているこの状況で雅人に正座をしろと言ってるのだ。
しかし、野生の狼もこの状況を待ってくれるはずも無く背後からレオニスへと遅いかかる。
「後ろ!」と叫ぼうとするが、その前に狼の動きが止まると、地面へと横たわりる。
良く見ると体が痙攣を起こしていて口からは泡を吹いている。
「雷の魔術【コンボルション】。相手の神経に直接電気を送り込み麻痺させる魔術」
レオニスが腕を振るうと放たれた細い針が狼へと刺さり、先程の狼のように
数匹の狼が横たわる。
茂みが揺れて次々と狼が出てくる。
「さて、後は君自身の手でカタをつけるべきだ」
雅人はレオニスの言いたいことを理解すると、「ああ!」と力強くうなづく。
レオニスは雅人の体に触れると
「思いっきりやるといい、君の思うまま、信じるままに・・・
・・・我が内なる魔力よ、解き放ち汝の力となれ!」
周りに暴風が吹き荒れ、木々が激しく揺れ始める。
レオニスの体から白い塊が出てくると、腕を通じて雅人の体へと入っていく。
塊が体に入った瞬間、雅人の体は軽くなり、内に秘めた力を感じる。
雅人は脳に刻み込まれた力ある一言を叫ぶ。
「〈聖なる光よ、雷と化せ、鉄槌となれ!〉」
次の瞬間、空が怪しく光ったと思ったら、稲妻が狼達へと降り注ぐ。
森の中には狼の断末魔が響き渡る。
そして、一匹だけ残った狼片目を失った狼を目の前にして雅人は刀身のない剣を構える。
「〈雷鳴よ剣へと宿れ、神聖の刃をもたらせ!〉」
刀身の失った剣の先端から白い光が伸びると刀身の形となる。
狼も「グルルル」と鳴き声を上げると、身構える。
雅人と狼は同時に地面を蹴ると剣と爪が衝突する。
数秒後、そこには真っ二つになった毛の生えた大きな物体が転がっていて、一人の剣を持った雅人が立っていた。
周りを確認してから雅人は刀身の消えた剣を鞘に納めると若い男を担ぎ、走り出す。
後ろを一度も振り返ることも無く走り続けた。
レオニスはその場に立ち止まっている。
その体からは淡い粒が出てきて徐々にその数を増やしていく。
(その力が君の役に立てることを願っているよ)
雅人が走り去って行った方向を見やると
(次に会うときは……いや、ゆっくりとお話をしたいものだ)
心の中でそう呟くとレオニスは瞼を閉じ、その体は完全に淡い粒となり空へと消えていった。
やっとの思いで屋敷へとたどり着き、雅人が正面の玄関から入るとアルフレッドが様子に驚いて駆け寄ってくる。
「その怪我どうなさったのですか!?」
「俺よりもこの人をお願いします!」
雅人が背中に背負った若い男を指す。
アルフレッドの呼び声が響くとたちまち数人の使用人がやってきて、雅人が背負っていた若い男を運んでいく。
それを、見届けると安心したのか雅人はその場に座り込む。
すると、ちょうど階段を下りてくるルミカの姿があった。
「ひどい怪我!・・・安らぎの息吹よ、癒しとなれ!」
ルミカは駆け寄るなり【キュア・ヒール】を唱える。
ルミカの手から放たれた淡い光が雅人の傷を塞いでいく。
一通りの傷が癒えるとルミカは一息つき
「一体何があったんですか?」
雅人は先ほどあった出来事を事細かくルミカに話す。
「・・・そうだったのですか。ところで、そのレオニスという方は?」
「あ、そうだ!レオニス!」
急いで振り向くがそこにはレオニスの姿はいない。
玄関を飛び出て周りを見渡すが、レオニスの姿はどこにも見つからなかった。
「雅人さん!」
ルミカが息を切らして追いかけてくる。
「こんな暗い中では探すのは難しいと思います。ひとまず、屋敷に戻りましょう」
「・・・分かった」
渋々ながらも雅人はルミカとともに屋敷へと戻っていった。
「ともかく、明日総出でもう一度レオニスという方を探しましょう。雅人さんは部屋に戻ってゆっくり休んでください。
・・・私は先ほどの男性を治療してまいります」
ルミカが駆けようとするとアルフレッドに肩を捕まれる。
「お嬢さま・・・魔力の残りが残り少ないこともうお忘れですか?」
その瞬間ビクッとルミカの肩が震える。
アルフレッドはニコッと笑みを浮かべるとルミカを担ぎ
「お嬢様も部屋でお休み下さいませ、あちら方の治療は我々がしておきますので」
「ア、アルフレッド!離して下さい!私には助けなければ行けない人が!」
ルミカがじたばたともがくがアルフレッドは特に気にすることなく運んでいく。
雅人も部屋に戻るとちょうどクロエがベッドのシーツを取り替えているところだった。
雅人に気づいたクロエは
「あ!雅人様おかえりなさいま・・・あの、その服はどうなされたのですか?」
狼との戦いであちこち切れて血の滲んだ服について聞いてくる。
「ちょっといろいろあってな」
雅人がはぐらかそうとするとクロエは取り替えたばかりのシーツを取り落とし
「それは大変です!今すぐその服を洗濯しなければ!」
雅人のシャツを脱がしにかかる。雅人は服を抑え
「ま、待ってくれ!この服は・・・」
「いいえ、血の汚れは時間がたつと落ちなくなってしまうんです!」
「そうじゃなくてこの服の下は何も着てないんだ!」
「へ?」
クロエがポカンとした表情で固まる。雅人の体を上から下まで見た後、顔を真っ赤にして
「し、失礼しましたぁぁぁぁ!!」
とシーツを拾ってパタパタと部屋の外へと出て行く。
ドアがバタンと閉まり部屋が静かになる。
雅人が部屋にあった鏡を見る。
あちこち引き裂かれてぼろぼろになり、血もついた制服を着た姿がそこには映っていた。
(とはいっても、体に付いた血もどうにかしなきゃな・・・)
雅人はドアの方に向き、声を掛ける。
「クロエ!お風呂ってどこにあるの?」
「ひゃ、ひゃい!階段を降りていただいて、廊下の突き当たりを曲がった所にありますが」
ドアの向こう側から、弱々しいクロエの声が響いてくる。
すると、ドアが少し開きその隙間からクロエが覗き込んで
「あの・・・お背中をお流しいたしましょうか?」
ビクビクした様子で声を掛けてくる。
「いやいやいや!いらないから!」
つい、クロエに背中を流してもらっている様子が浮かんできてしまったがあわててそれを振り払う。
「・・・そうですか」
安心したような、残念なような様子でクロエはドアを閉じる。
脱がされそうになった服を整えてから雅人が部屋を出ると、クロエはドアの横で縮こまっていた。
声を掛けるべきかと一瞬迷ったがそのまま雅人は風呂場へと向かっていく。
しばらくして、クロエは立ち上がると
(あれ?確か今の時間って・・・)
クロエに言われたとおり廊下を曲がると、の架かった扉が目に入る。
簾をくぐって扉の中に入ると思ったとおり脱衣所となっていた。
手早く服を脱ぎ、奥にある扉をくぐると湯煙が立ち込めている浴場の中に巨大な湯船があった。
湯船につかると温かなお湯が雅人の体を包み込み、疲れを癒していく。
雅人は「ふう」息を吐き
「今日だけでこんなに疲れるとはな」
ルミカが治療してくれたおかげで傷は跡形も無く消えていてお湯が傷口に染み込むことはなかった。
「・・・ルミカには助けてもらってばかりだな」
思い返してみるがこちらの世界に来てから、何度も傷を治してくれたり、屋敷に住まわせてくれたりなど助けてもらうばかりであったのだ。
(俺はそれに対する恩って返せてるのかな・・・?)
深く湯船にもぐり考えていると
「雅人さん?」
湯煙の向こうから声が聞こえてくる。
雅人が良く目を凝らしてみるとそこには一糸纏わぬ姿のルミカが立っていた。
少し固まったあと互いに顔真っ赤にして背ける。
「えええ!?何でここにルミカが居るんだ!?」
「ま、雅人さんこそ何でこんなところに!?」
数瞬前まで観ていた光景を必死で忘れようとしていたが、ルミカの透き通るような肌、少し赤みを帯びた整った体は雅人の頭の中から離れることは無かった。
「クロエに今の時間は誰も入れないようにと言っておいたのですが・・・」
向こう側を向いたままルミカが呟く。
(そうだったのか、やっぱりちゃんと聞いておけばよかったな。でも・・・そのおかげで・・いや、そうじゃないだろ!)
内心で自分で自身に突っ込みをいれる。
「ご、ごめん」
「い、いえ。私がちゃんと伝えておけばよかったです」
「・・・」
「・・・」
しばらく互いに沈黙が続く。
(何か話題、この状況を打開できる話題は・・・!)
「と、ところで怪我のほうは大丈夫ですか、お湯が傷口にすごくしみるって聞きますが」
「あ、ああ。おかげさまで」
ぎこちない会話の後、再び沈黙が続く。
この空気に耐え切れずに「先に出る」と言い出そうと雅人が口を開いた瞬間
「・・・先ほど雅人さんが言っていた事ですが」
「え?」
「『私に助けてもらってばかりだ』と」
聞かれてたのか。と思い少し気恥ずかしくなり雅人は湯船に沈み込む。
「・・・そんなこと無いですよ。私こそ雅人さんに助けてもらってばかりです。合ったばかりなのにコルンでは、雅人さんが来ていなければ私は今ここにいなかったかもしれません。先ほど雅人さんが運んできた人、その人も雅人さんがいなければ助からなかったでしょう」だから、そんなに自分の事を責めないでください。
そこまで言ったところでルミカは「では私は先に上がりますね」と脱衣所のほうへと向かっていった。
(そうだよな。何俺は弱気になってるんだ!それでも男か!雅人!)雅人は両手で顔をたたいて気合を入れる。
湯船から出た雅人は脱衣所への扉を開け
「ルミカ!ありがと・・・・・・あ・・・」
雅人は下着を持った状態で固まっているルミカと目が合う。
ルミカは雅人の顔を見ると徐々に赤面し、口をわなわなと振るわせる。
「ま、雅人さん!?」
片方の腕で体を覆い、もう片方の腕を突き出す。
「見ないで下さい!!」
ルミカが【クリスタル・ブロー】を放つ。
氷の拳が雅人の頬に直撃して宙へと舞い、浴場の床へと叩きつけられる。
(・・やっぱ、無理かな・・・。)
それを最後に雅人は気を失った。
同時刻、山奥に立つ古びた城があった。その中では二人の男が佇んでいた。
一人は灰色のローブを纏っていて、もう一人は山賊と思わしき風貌の男であった。
灰色のローブの男言った。
「キマイラは失敗に終わったそうだな」
「はい、会場に乱入した人物が倒したとのことです」
その時、二人の奥にある玉座が靄に包まれたと思ったら、一人の少年が座っていた。
『その人物とは何者だい?』
「それが、下っ端を総動員して調査しておりますが、どこにもその人物について情報が手に入らないようなのです」
その瞬間、山賊風の男の数ミリ横に黒い剣が突き刺さる。
「ヒィ!」
剣が頬にかすったのか、血が少したれる。
「た、ただ、その人物は雷属性の魔術を使うとか」
それを聞くと玉座に座る少年は手を握り締め震えるがすぐに震えはとまる。
『・・・そうか。雷属性の魔術か』
すると突然玉座に座る少年が不適に笑い出す。
思わぬ行動にローブの男と山賊風の男は怪訝そうに首をかしげる。
『・・やっと少しは面白くなりそうだな』
少年は指をパチンと鳴らす。
すると、風が巻き起こり少年の前の地面に鉄の仮面を着けた男が降り立つ。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、君にこれからやってもらいたいことがある。ちょっとした余興だ」
男は胸に腕を当て跪く。
「かしこまりました。このワイズ、必ずや主様のご期待にそいましょう」
仮面の隙間から黒金の如き目がギラリと怪しく光り。対する少年の口元にはにやりと笑みが浮かぶ。