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砂の中をおよぐ  作者: センガ
13/15

第四章 人の海 ─6─

※一部、過激、暴力的な差別発言等があります。ご注意ください。



「この年してかくれんぼとは、ずいぶんと愛らしい趣味をお持ちのようで」




 エドガーとカールは弱った獲物を追い詰めるように、ゆっくりとソフィアと距離を縮める。

 このままでは左右から両ばさみにされてしまう。



「視えた」時にはすでに遅かった。近くには誰もおらず──フィデルが近くの貴族に何か命令されたのも、今思えば相手側の工作だったのかもしれない──声も上げられない状況で、部屋の片隅へと追い詰められていたのだ。

 とっさに窓から外へ抜け出したソフィアは、裏庭のポーチへ抜け出したものの、裏庭の奥へと誘導された形になってしまった。

 二人とも、はそれなりに場所を知っているらしく、警護の兵も他の人も離れた場所へソフィアを追い詰めていった。



「おい、見つからないぞ」

「ずいぶんと隠れるのがうまいんだな」



 男達は周囲よりもやや大きめの樹下で鉢合わせた。

 ソフィアはというと、すんでのところで樹の上に登って、丁度男達の頭上あたりで息を潜めていた。

 しばらく周囲を見渡すエドガーとカールだったが、最後に、「まあ、この庭、隠れるところなどたかがしれているもんだ。奴隷の考えている事なんて、浅はかだかさ」

 と頭上を見あげて

「みいーつけた」と、獲物を捕らえる獣のような目でソフィアを見つめた。



『────!』


 逃げ場はなかった。

 エドガーが木に登り、ソフィアのいる幹までやってきた。


「思ったよりお転婆な奴隷だったな。でも、その先は細くなっていて危ないから、こっちに来たらどうだ?」



 男の言う通り、ソフィアは体重が支えられるかギリギリの幹の細いところまで下がっていた。

 これ以上下がると枝が折れそうだ。


「ほうら、そんなに俺たちのことが怖い?」


 意地悪い口調で男はソフィアに手を伸ばす、手がソフィアの手首を掴む、



『────ぁ!!』



 触れた男の手を、無理やり引きさがって解いたソフィアの足元は、空白だった。

 掴んだ枝がソフィアを支えられずにそのまま折れ、声にもならないか細い息を吐いたまま落下した。


「ほら、言ったろうに、危ないって」


 樹の下で待機していたカールがソフィアの眼前に立ちふさがる。

 なんとか立ち上がって逃げようとするが、


『─────っ!』

「ん?足をくじいたのか?かわいそうに」


 落ちた際の落下の仕方が悪かったようで、左足をくじいていた。

 うまく立ち上がれず、座り込む。



「もしかしたら、落ちた時に他の所も怪我しているかもしれないぞ、診てあげた方がいいんじゃないか?」



 エドガーも木から降りてきて、ソフィアに近づいてきた。


「怪我はないか?ん?」


 エドガーがソフィアにグンと顔を近づける。

 吐いた息は酒臭い。

 どうやら相当酔っているようだ。

 後ろに下がろうとしたが、背後からカール

 にガッチリと腕を組み上げられてしまった。


『──────!?』


 解こうと足掻くが、上半身はビクともしない。



「お前、近くで見ると、結構悪くないなぁ?アイザックは、こういう異国の女が好みだったっけ? 」


「おいおい、怪我してないか診てやるんじゃなかったのか?」


「いけないいけない、そうだったな。」


 男達はケラケラ笑っている。


「ん、ここは怪我してないのか?」


 エドガーは、首元をひどくゆるゆると撫で、上半身をもむように手をソフィアの上で踊らせる。



「服の上からじゃ打撲とかがよくわかんないから、さ」


『────!?』


 徐々に、しかし確実にソフィアの衣服は解かれ、上半身が露わになっていく。



「俺としてはもっと肉付きがいい方が好みだが、これは期待以上だな。アイザックのやつ、こんなの隠し持ちやがって」


「でもこいつさあ、気持ち悪いくらい傷だらけだぞ。アイザックの趣味か? 」


 男達の下卑た視線になすすべもなく、しかしアイザックから傷つけられたなどと言う事実は否定したくて、ソフィアは、首を横に振るしかなかった。


「そんなことアイツにできるわけないだろう? 噂じゃあ、アイザックに似たような奴らを屋敷に集めてるんだとさ。自分一人が五体不満足じゃあ悲しいからだろ」



 カールは、ソフィアの首筋の痣を指でつついた。



「なあ教えてくれよ、あいつはベッドの上でどんな話をするんだ、って、話せないんだっけ?アハハハ!!」


「話せないどころかいいんじゃねえの? 外でだって口を塞がなくて済むんだぜ。いつでも抱けるじゃないか」



 カール達はソフィアを、アイザックの情婦かなにかだと信じて疑わないらしい。


「アッハハッハ違いねぇ!それで、アイザックの義手(ひだりて)で触られる気分はどうだ?やっぱり生身の方が好き?」


 男達の手が、ソフィアの体を撫でまわす。

 首筋、肩、触れられるだけで鳥肌が立つ。



『──────っ!』



 どんなに身をよじっても、男たちはもてあそぶように手のひらを返し、検診と言うには度を過ぎる箇所に触れ始めた。





 助けて────。

 ──誰か────。

 ────。




 そんな声も出ない。喉から出るのは掠れた息ばかりだ──。





『──助けを呼んでも誰も来ないのに、どうしてお前は縋るんだい───?』


 脳裏で誰かの言葉が響く。






 ────また、まただ。同じことの繰り返し。





 ──神がいるわけないのに、助ける人などいるわけない────か──





 ソフィアは、身体から徐々に力が抜けていくのを感じた。




「へえ、従順だな。もっと暴れるかと思ったが」



 耳元で囁いているはずのカールの声が、どこか遠くに聞こえる。

 抵抗して乱暴されるよりは、おとなしく身を渡してしまったほうが、早く済むと、身体に刻まれた記憶が言っていた。

 カールの頭越しには、星空が見える。

 屋敷から離れた庭からは、小さな星の一つ一つがよく見えた。

 アイザックの屋敷から見る星空となにも変わらない。

 ソフィアの事情などお構いなしに輝く、星。



 ──もう、済ませたいことをさっさと済ませればいい……痛みも少なくて済むだろう



「……いい子だ。案外、よく躾けられてるな。おとなしくしていればかわいがってやるさ」


 カールが、ソフィアの下半身の衣服も剥がそうと手を伸ばす。



「というかさ、アイツ、あそこも鉄で出来てるとかじゃないのか?なぁ? なあ、どうだった?」

『────』



 ──アイツとは、アイザックのことだろうか。

 ソフィアは、徐々に遠くなりつつある現実から引き戻されてた。



「あーだからあんなにいつも冷静なわけか!それだと本番の時どうするんだよ!最初から硬いのかよ?ギャハハ!」


 オスカーとカールは、自分たちの会話がよほど面白いと思ったのか、腹を抱えて笑っていた。



『─────』




 ──ちがう。


 ──違うって、なにが?


 ──なにが、ちがうの?


 ──また、苦しいのに?




 苦しくて、おぞましくて、怖いのに、そんな感情よりも、アイザックの侮辱をされる事が許せないでいる自分に、ソフィアは気がついた。



 アイザックは、他人を無許可で踏みにじるような、人間では───ない。



「アハハハ……! ……なんだよ、その目は」


 腹を抱えていたカールが、こちらを見て、ふと真顔に戻る。


「気に入らねえな」




 声が出ないなら、せめて、眼で訴える。

 アイザックを侮辱するのは、許さないと。




 当然、そんなソフィアの真意を、男たちが理解するはずもなく、しかし、予想外の圧力に男達はしばし手を止める。


 沈黙が場を支配した矢先───





「ソフィア!ソフィア!どこにいる!」



遠くから声が聞こえた。



「あーあ、愛しのご主人様がわざわざきてくださったみたいだぞ」

「せっかく盛り上がってきたのにな」



 エドガーが舌を打つ。



 これで終わってくれる……ならばまだマシだ──とソフィアは心の中で一息つくが、


「いいや、まだ距離がある。どうせ声が出ねえんだ、アイザック『様』に返事もできやしない、無能な奴隷だからな。せめて、下の口は有能だといいがな」



 カールは、今まで見せた中でも一段と意地の悪い笑顔を見せた。

 男の笑顔から吹き出す悪意に、ソフィアは、身を震わせた。

 カールが、スカートの上に巻かれていた帯に手を伸ばす。



『───────!!!!』

「ああ、まどろっこしい帯だな、おい」



 ソフィアの抵抗もむなしく、それでも徐々に緩んでいく帯に比例して、カールの笑顔も、さらに下卑た者へと変わっていった。



 ダメだ、イヤだ、誰か、誰か、助けて──だれか──



『───ぁ──っ──!』



 ──アイザックと叫んだつもりの声は、虚しく喉を通り、掠れた息にしかならなかった。



「あ?なんか言ったか?」

『────ァ────!』

「ソフィア!ソフィア!こっちにいるのか?」



 先ほどより近くから、アイザックの声が聞こえる。


 ──声さえ出れば、アイザックに答えられるのに。声さえ。


 ──どうして私は、声が出ないのだっけ?



「出もしない声でも、口をパクパクされると見苦しくてイライラするなぁ。おい、ふさげ」



『────⁉』



 エドガーが、後ろから手を伸ばし、ソフィアの口を覆った。


「さっさとしろ、カール」


 エドガーが小声で愚痴を吐く。


 ──声が、出ないなら、どうすればいい?


 どうすれば──


「ぐわああああ!!ってこいつ!何しやがる!」



 ソフィアは、口を覆っていたカールの手に深く噛み付いた。

 反撃を予想していなかったカールは、たまらずに大声をだす。

 肩の力が緩んだ隙をついて、さらに顎に頭突きした。



「ごっ!」

「てめぇ、調子にのるなよ!」


 エドガーは、拘束から逃れたソフィアに、覆いかぶさってきた。

 重量でも筋力でも下回るソフィアでは、とても対抗できない。



「奴隷は黙って従えばいいんだよ!」



 エドガーは、最後に残っていた帯を無理矢理引きはがし、残ったソフィアの衣服をはぎ取ろうとした束の間、



「お前たち!何をしているんだ!」



 アイザックの声が響いた。


「チッ」


 エドガーは、小さく舌打ちをしたあと、己の乱れていた衣服を正して立ち上がった。


「ああ、アイザック。お前の所の奴隷がさ、不審者と勘違いされて番犬に追われててな、木に登ったら落ちて、怪我してたところを介抱してやってたんだよ」



 アイザックは随分と息が上がっているようだった。

 ソフィアの方へ視線を向けると、彼は、ひどく傷ついた表情を浮かべた。

 アイザックは、ソフィアが今までに聞いたことのない、低い声で言った。



「二匹の狂った雄犬の間違いじゃないのか?」


「ああ、二匹だったかな?こいつ、話せないからねぇ?ずっと『愛し』のご主人様の助けを求めてたけど。あと少しの所だったんだ、本当に、あと少しでさ」


 カールが、ソフィアをもう一度、じっとりと見渡した。

 ソフィアは、その、憎悪の視線を受けて体を震わせた。


「さてと、奴隷はご主人様のところに返してあげなきゃ、さ、行くぞ、エドガー」



 カールは大げさな身振りで、アイザックを手招いた。

 エドガーは──おい、いいのかよ──と、納得がいかないながらも、ソフィアから離れた。



 アイザックは、カールらの言い分を信じていないようだったが、カール達と入れ違いで、ソフィアに近づいてきた。



「ソフィア、怪我は……」

『─────ぁ』



 寸前のソフィアの警告も間に合わず、アイザックはすれ違いにカールが出した脚をに引っかかり、バランスも取れず、頭から倒れた。


「おっと、言い忘れてたけど、ここは平らじゃないから気をつけろよって、もう遅いか」


 二人の男は嘲笑した。アイザックはゆっくりと立ち上がり、服の袖をはたいた。

 それでも、ソフィアからは、アイザックがあまり動揺していないように見えた。




 次の一言が聞こえるまでは。




 引き際にもう一度、追い打ちをかけようとしたエドガーがいけなかったのだ。



「片足だと大変だよなぁ、でも、手足のないお前と、声のない奴隷(おもちゃ)、よく似合ってるじゃないか? 毎日楽しいか?」



 聞いた瞬間、ソフィアはアイザックが今までに見たこともないような、ひどく怒った形相に変わったのを見た。



「彼女に謝れ」

「え?なんだって?」

「彼女に謝罪しろ、と言っている。今日したこと、侮辱したこと、全て」

「ハハハ、その、奴隷にか? 冗談はよせよ。モノに侮辱も謝罪もないだろう」


 ひどく、鈍い音が森に響く、エドガーの頬骨に、アイザックの右手が入った音だ。エドガーが倒れ込んだ。


「彼女はモノじゃない。一人の人間だ。」

「てめぇ、何馬鹿なこと言ってやがる。奴隷はモノに──ギャァ!」


 アイザックは、倒れたエドガーの股間を蹴り上げた。



「その発言も訂正しろ」

「おい、アイザック、調子にのるなよ」



 カールが後ろからアイザックに殴りかかる、ただでさえ動きに不利なアイザックが叶うわけなどなかった。


「勘違いするんじゃないぞ、アイザック、誰に気に入られてるかしらねぇが、兵士にすらなれなかったお前が、勝てるわけねぇだろ」


 カールが長身を生かしたパンチを数発入れると、アイザックは、すぐにふらついた。

 ソフィアとアイザックからの攻撃でひるんでいたエドガーも立て直し、地に伏したアイザックを蹴り始めた。


「気持ち悪いんだよ、お前はいつもいつも、何言っても平然そうにしてるくせに、そのくせ、奴隷のこととなると噛みつきやがって」


「お前の奴隷が、俺の手に噛みついたんだぞ、悪いのは、お前のっ、奴隷のっ、ほうっ、だっ!」


 カールもエドガーも、今までためていた怒りを、アイザックに向ける。

 アイザックは、急所を守るために身を守るのが精いっぱいで、立ち上がることすらままならない。



「気に入らないなら……俺を殴ればいい……でも、ソフィアを傷つけるなっ」


「うるせぇ。何も聞こえねぇよっ」



 ガハァツ──最後にエドガーが入れた蹴りが、アイザックの腹部に深く刺さったようだった。



 カールとエドガーの「害意」はひどく濃くなっていた。


 まずい、このままでは、アイザックが、


『──────!』



 ソフィアは、なんとかしなくてはと、動こうとするが、挫いた足がズキズキと痛む。




 ────私に、できることなんて。




 体格的にも、圧倒的に不利だ。

 二人はアイザックに気を取られていて、ソフィアのことを完全に忘れている。

 不意を突けば、あるいはなんとかなるのではと、周囲を軽く見渡したが、武器になりそうなものは落ちてない。

 身をよじった瞬間に、はらりと、自分の懐から落ちる物があった。

 帯、カールに無理矢理引きはがされたものだ。

 帯なら、後ろから、不意を突けば、首を絞めれるだろう。



 ──私は……一体、どうすればいい?




 彼女は、両手で帯を握りしめて、座り込んでいた。



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