第6話「空中で揚げてみよう」
異世界に召喚された次の日、ローザに手伝ってもらいながら俺は特訓をしていた。
何の特訓かというと、ユニークスキルの“油創出”の扱い方の特訓だ。
戦いの役には立たない、代用がきくと言われるスキルでも、一応腐ってもユニークスキル。
そもそもユニークスキルは持っていない人の方が圧倒的に多いのだ。
ローザの話によると、様々な可能性を秘めているかもとのことだった。
午前中の座学の後、午後は魔王城の訓練場で、魔法の実技の訓練をしている。
今は、空中に浮かんでいるサラダ油の巨大シャボン玉の温度を上げる練習だ。
シャボン玉の大きさは、直径1メートルくらいだ。
「魔法で大切なのはイメージよ! 全身全霊、魂の底からイメージするのよ!」
ローザからアドバイスが飛んでくる。
“油創出”のスキルは、扱いとしてはこの世界の魔法に類似したものらしい。
と言っても、日本で育った俺にとって、魔法の扱いはいまいち要領が分からない。
イメージと聞いて、初めは妄想すればいいのかと思ったけど、そう簡単なものではなかった。
「ぐぬぬぬぬ……」
温度よ上がれ、サラダ油よ熱くなれ……。
この技術が身についたら、鍋が無くても空中で揚げ物が作れるようになると思う。
便利なのはもちろんのこと、視覚でも楽しめる料理の実演ができるようになるかもしれない。
「ほらほら、先の方への意識がおろそかになってるわ」
油のシャボン玉は球形だぞ……、先ってどこよ……。
ユラユラしてはいるけど、一向に温度が上がる気配が無い。
ふと意識が散漫になった時のことだった。
シャボン玉が弾けた……。
油が周囲に飛び散る。
近くにいたローザに、油の雨が降りそそいだ。
「ごめん! ローザ、大丈夫か!?」
俺は慌ててローザに駆け寄る。
熱く……はなっていないと思う。俺が未熟なのが幸いした。
「ちょっと驚いたけど大丈夫よ……。けど、ヌルヌルする……」
そこには油まみれになった元魔王っ娘がいた。
その姿に、ちょっとドキドキして見とれてしまった。
真紅の髪は、油にまみれても美しさを損なうことはなく、むしろ普段とは違った魅力を感じさせる。
油が頬や首筋の白い肌を伝う光景は、何か悪いことをしているような背徳感を感じさせる。
まるでローションプ……、頭を振って一瞬よぎった邪な考えを追い出す。
「ごめん! 本当にごめん!!」
せっかく特訓に付き合ってくれてるのにと、申しわけない気持ちになってくる。
「だから大丈夫だってば……、洗えば取れるしさ。あ、もしかして、イツキは私を唐揚げにして食べちゃう気だな~♪」
ローザが小悪魔的な笑みを浮かべる。
冗談を言いながら、とても楽しそうだ。
「ありがとな……。…………召喚してくれたのがローザで本当に良かったよ」
「えっ? 最後の方、ちょっと聞こえなかった」
照れくさいから、今はもう言わない。
「油に火が付いたら危ないから、洗いにいこう」
特にローザは炎魔法使いだしね。
「えー、せっかくちょっとイツキをドキドキさせられてたのに……。前にリュシーから、殿方はヌルヌルしてる女性を見ると欲じょ……」
「さあ! ローザ、危ないから早く洗いにいこうね!!」
ドキドキしていたのがバレていた……。
というか、リュシーさん、何の勉強を教えているのさ……。
◇
さて、気を取り直して訓練再開だ。
今度は油が飛び散ってもいいように、ローザには少し離れてもらっている。
訓練の時間も終盤、夕方に差しかかったころのことだ。
「イツキ、いい感じだよ。熱く……どんどん熱くなっているわ!」
ローザは、俺の魔法の上達を自分のことのように喜んでくれる。
魂の底からイメージするというのは、いまだによく分からないけど、ローザに美味しいものを食べてもらいたいという気持ちを強く持ったら、徐々に上手くいくようになった。
空中に浮かぶ油のシャボン玉が、ポコポコと音を立てている。
揚げ物を揚げることができる温度になっている。
「せーのっ!」
俺は、丁度良い大きさに切り分け下味をつけた鶏肉を油の中に投げ込む。
鶏肉がシャボン玉の中に吸い込まれ、その中で揚げられていく。
空中で徐々に狐色になっていく光景は、ちょっとファンタジーだ。
「ふわぁー……、イツキの料理は見てても楽しいね」
ローザがいつの間にか、油シャボンに近づいてじっと眺めている。
「あまり近づくと危ないぞ。今は油も熱いしさ」
「大丈夫。割れる可能性があることが分かってれば、割れてからでも避けられるから」
そういえば、ローザは戦いに関しては一流だった。
本気の素早さは、俺の及びもつかないものなのかもしれない。
訓練中、俺の言うことを聞いて離れてくれていたのは、俺が訓練に集中できるように気をつかってくれていたのかもしれない。
さて、そろそろ唐揚げが完成する頃合いだ。
そこで、ふと気づく。
「…………。どうやって、唐揚げを取り出せばいいんだろ……?」
鍋と違って、油のシャボン玉の中から唐揚げを取り出すには、箸の長さが足りない。
ちなみに箸自体は無かったから、長めの串を2本合わせて箸のように使っている。
「簡単だよ。油自体がイツキの魔法なんだから、操作して唐揚げを上に発射すればいいのよ」
ローザは簡単と言うけど、そんなこと試みるのは初めてだ。
「……うむむむ。ヤバいっ! そろそろなんとかしないと焦げる」
念じてみるけど、上手くコントロールできない。
「イツキ! 上方にぶちまけてくれれば、私が何とかするわ!」
細かいコントロールはまだできないけど、それくらいならできる気がする。
ローザの言葉に甘えることにした。
上だけ力を緩めるようにイメージする。
その瞬間、噴水のように上に向かって油がぶちまけられた。
「ローザ! 危ない! 避けて!!」
温度の上がった油は、熱湯より数段危険だ。
ローザのキレイな肌が、頭をよぎる。
「――大丈夫だって言ったでしょ♪」
俺の心配をよそに、ローザはどこからともなく大皿とフォークを取り出した。
そして、まるで踊りを踊るように空を駆けあがり、空中で唐揚げを大皿に集めていく。
その光景に俺は見とれた。
俺が彼女に見とれるのは、これで何度目だろうか。
アニメに迫真のアクションシーンがあって、それを映画館の大画面で見ると、その迫力に感動したりするだろ。
ローザの動きは、それのさらに5倍は格好良くて、正直ちょっとウルっときた。
「…………。……天使」
飛び散る油が夕日を反射してキラキラと輝いている。
その光の中を舞うローザの姿は、まるで天使のようだった。
元魔王で、どちらかというと小悪魔なのに。
「唐揚げは、無事全部つかまえた♪」
ローザは、フワッと俺の目の前に降り立つ。
何か魔法を身にまとっているのだろうか。体の周りに薄い光の膜が見える気がする。
きっと油がつかないようにするためだろうけど、それすら少し神々しく見える。
大好物を手に入れたと、ローザは無邪気な笑顔を浮かべる。
「外れスキルらしいけど、…………俺はこのスキルで良かったよ」
「ん? どうしたの? 防護魔法のせいで、ちょっと声が聞きとりずらかった」
「いや、時間も時間だし夕飯にしようか」
ローザの笑顔が見られるなら、このスキルを手に入れられて良かったと心から思う。
このスキルには可能性があることも分かって良かった。
そうだな……、今度は性質変化……、ゴマ油やオリーブオイルを創出できるように頑張ってみよう。
そして、ローザにもっといっぱい美味しいものを作ってあげよう。
そんな風に思ったのだった――。