第5話「言うこと聞かないと、食べられません」
ローザの召集の元、城の広間に主要な部下たちが集められた。
魔王の国ということだけど、もしかしたら規模が小さく村みたいなものかもしれないという淡い期待もあったけど、ここに来るまでのローザからの話でその期待は早々に打ち砕かれた。
日本に比べたら人口は全然少ないけど、立派に国と呼べる規模のもののようだ。
そんな国の王の立場を簡単に譲ろうというのは、やっぱりどうかしてると思う。
目の前には10人近くの部下が集められている。
さすが魔王の部下たちといったところか、明らかに強者のオーラを感じさせる者ばかりだ。
ぶっちゃけかなり怖い。
筋肉ムキムキの竜人や鬼人みたいなのがいて、凄く怖い顏で睨れた。やくざやチンピラに睨まれた経験はないけど、多分それの10倍は怖い。
俺の方を見て、ヒソヒソと話をしている人たちもいてちょっと居心地が悪い。
完全なアウェイ感だ。
皆良いやつばかりだというローザの言葉を鵜呑みにした自分が馬鹿だったかもしれない。
皆が魔王の地位の譲渡を認めないとなれば、晴れて俺は厨房のコックに収まり、すべて丸く収まるだろうと思っていた。
けど、下手したら魔王様をたぶらかした奴ということで、殺されるのではないだろうか。
前の方にいた竜人がローザに問いかけてきた。
「ローザベル様。今日の召集はいったい? それに……」
俺の方にちらりと視線を向け、『何すかソイツ?』みたいな一瞥を忘れない。
「ええ、今日集まってもらったのは皆に大事な話があるからよ。一部の者には以前から相談していたことだけど、つい先ほど異世界からの召喚魔法を行ったのよ」
「異世界召喚……ですか? それで召喚されたのがその男ってことですか?」
「ガラン……、何か文句がありそうね」
ローザは、威圧をこめた視線を、ガランと呼ばれた竜人におくる。
「い、いえ……、文句なんてないですが、説明をして欲しいな……と思いまして」
ゴツい竜人が可愛らしい少女を恐れるような様子は不思議なものがある。
ローザは炎魔法に関しては凄いと自分で言っていたけど、本当に凄いのかもしれない。
あんまり怒らせたりしない方がいいかもしれない。
「姫様……、召喚魔法のことは聞いていましたが、どうなったか説明してくださいませ」
綺麗な女性が話に割って入ってきた。
ローザから事前に聞いてた話からすると、おそらくこの人がラミア族のリュシーだろう。
見た目はほぼ人間だけど、ところどころに見える蛇の鱗が艶めかしい。
ローザが幼いころから側に仕えてくれていた人らしく、ローザはリュシーのことを姉のように慕ってるようだ。
「リュシー、いつまでも子供扱いしないで。もう姫じゃないし、そもそも今は魔王でもなくなったわ」
魔王ではなくなったという言葉に、周囲がざわつく。
「何があったか説明していただけますか……」
リュシーが眉間を手で抑えながら、ローザに問いかける。
暗に何をやらかしたのかしらという雰囲気が漂っていて、とても怖い。
ローザは一瞬だけ悪戯を見つかった子供のような顔をしたが、悪びれもせずに一連の流れを話し出したのだった。
◇
「それで魔王の座を譲った……、と」
リュシーがため息をつく。
リュシーが中心となりローザに説明を受けた。その様子を他の部下たちが騒がずに聞いていた様子から、リュシーは部下たちの中でも立場が上の方なのかもしれない。
俺は一応、途中でさりげなく魔王ではなくコックでいいですよ的なことを伝えた。
穏便にいきましょう、穏便に……。
「そうよ、戦闘や軍事面に関しては私がフォローするから問題無いわ。今の魔王同士が対立して膠着している状況を動かすには必要なことだと思ったのよ。今のまま先の見えない戦いをするのはもう嫌よ!」
「そんなのが通るわけが……、いや……、案外いけるのかしら……」
リュシーは即座に否定しようとしたが、何か思い至るところがあったのか、考え込む様子をみせる。
え? いけちゃう可能性があるの??
ローザの玉座の譲渡は、魔王を中心に国同士が長い間争っている今の状況のことも考えてのことだったらしい。
そういえば、俺を召喚したのも、戦争を終わらせるのが目的だったっけ。
てっきり、食欲に屈しただけかと思っていたけど、深い考えがあるのだろうか……。
唐揚げの軍事利用とか全く想像ができないけど……。
経済分野で戦争を仕掛ける経済戦争みたいな感じで、唐揚げを利用して何か仕掛けるのだろうか。
「そんなの納得できるわけないでしょうが!」
竜人のガランが苛立った様子で叫ぶ。
「いつの時代も、時代を動かす存在というものは、最初は理解されないものなのよ」
ローザはしたり顔で告げる。
どこでそんなセリフを覚えたのだろう……。
「意味分からないですよ。俺にも分かりやすく説明してください!」
ガランがヒートアップしていく。
その時、ガランの目の前にローザは皿を出す。
実は事前に準備していた一品だ。
誰に食べさせるのかも知らないまま、俺は蛙っぽいものを食材に唐揚げを作らさせられたのだ。
蛙は鶏肉っぽい味とは聞いていたけど、味見したら正にその通りで、特に癖もなく美味しくて驚いた。強いて言うなら、鶏肉と白身魚の中間といった味だろうか。
「とりあえず、これを食べて!」
ローザは、ずいとガランに蛙の唐揚げを差し出す。
結構な量が皿に盛られている。
「何ですか、この茶色いのは? いい匂いがしますけど……」
匂いに釣られるように、ガランは唐揚げを手に取り口にする。
周囲の皆は、その様子を静かに見守る。
「どう……?」
ローザはガランに問いかけているけど、答えが分かっているかのように、その顔には得意げな笑みがうかがえる。
唐揚げを口にしたガランの表情は驚きに染まっている。
「何だこの美味しさは!? 好物の蛙だということは分かるけど、こんなに美味しいものは食べたことがない……。いつも食べている蛙の旨さが、数倍つまっているような……」
唐揚げの醍醐味は、旨みを閉じ込めることだよね。
ただ焼くだけとは違う唐揚げの魅力だ。
旨みと衣との相性も抜群だ。
それに、冷めても美味しいのも唐揚げの魅力だね。
「もっと食べたい? どうする? これはそこの新魔王様が作ったものよ」
ローザが皿を揺らしている。
俺の方を指して、俺のことを認めるなら食べてもいいよ、と言わんばかりにノリノリだ。
正に小悪魔的な表情が、とても似合っている。
「くっ……」
ガランが本気で悔しそうな目で、こちらを睨んできた。
だから怖いって。
「どれどれ、私も一つ……」
「――――ッ!」
リュシーが皿から、蛙の唐揚げを一つつまみ、口に入れる。
ガランはそれを見て、俺の唐揚げが……という声にならない悲鳴を上げる。
「うん、これは絶品ですね。我が国には無いもの……一つの資源と考えることもできるかもしれませんね」
リュシーが、うんうんと頷いている。蛇女族も蛙が好物なのだろうか。
しかし、資源とは大げさな……。
ガランは、これ以上唐揚げが減るのを恐れるかのように、声を発した。
「分かりましたっ! 認めます! 新魔王様を認めますので、その食べ物を……」
ガランは、唐揚げに手を伸ばしながら懇願する。
その光景はまるでローザが人質を取って脅しているようにも見えた。
人質じゃなくて、唐揚げだけど……。
しかし本当に、ローザだけでなく、他の魔族も本当に唐揚げに屈するのか……。
美味しいものの為に頑張るという気持ちは理解できるけど、それにしたってさ。
そんなわけで、まだ完全ではないながらも、魔王交代に関しては部下たちの一定の賛同が得られたのだった。得られてしまった……、というべきだろうか。
元魔王であるローザの人柄や部下からの信頼も、一役買っていたように思う。
魔王は変わるけど、俺には召喚主のローザの手綱がついている、そんな風に思われたのが受け入れられる要因にもなっている気がした。
現代に例えると、社長の席は譲るけど元社長は会長になる、といった感じだろうか。
せめて穏やかな魔王ライフを……と願いたいところだけど、無理なんだろうなあ……と、どうしても思ってしまうのだった――。