第12話「犬が仲間になりたそうにこちらを見ている」
俺に、国を滅ぼすことができそうな妹ができた数日後。
俺たちは食材を仕入れるために、出かけることになった。
街の市場で買い物かー、楽しみだなあと気楽に考えていた1時間前の自分を殴ってでも止めたい。
魔王城の庭で、俺の妹ことマリンが竜型に変化した時に気づくべきだった。
簡単に言うと、『仕入れ』とは、市場での買い付けではなく、狩りのことだった。
そして、今は狩り場に向かって、空の人だ。
俺とローザは、ドラゴンに乗って高速移動中だ。
ローザの魔法のおかげで風圧や重力は感じないけど、正直かなり怖い。
「ギュアアァアーー!!」
ドラゴンの咆哮が空にこだまする。
(ぎゃーーーー!!)
俺の内心の悲鳴だ。
マリンが楽しそうに、戦闘機顔負けの空中旋回を織り交ぜつつ飛行するせいで、ジェットコースターの数倍怖い思いをしている。
ローザが器用にドラゴンの頭の上に立ち、俺がローザにがっしり掴まっているの図だ。
だいぶカッコ悪い気がするけど、怖くてそれどころじゃない。
「イツキ。マリンがお兄ちゃんとピクニックだってはしゃいでるよ!」
やっぱり意味なんて無かった曲芸飛行。
少しでも兄のことを思うなら、優しく飛んで欲しい。
移動の時間は長かった。
怖かったせいで、余計長く感じたのかもしれない。
俺の精神的疲労が限界に達する頃、マリンが一鳴きした。
「ギュアッ!?」
マリンは何かを発見したのか、突然地上に向かって下降を始める。
「珍しいものを見つけたってさ」
ローザの翻訳だ。
俺はもうどうにでもなれという心持ちで、地上に降りるのを待つのだった。
◇
地上に降り立つ直前で、マリンは人型にもどった。
俺はローザにお姫様抱っこされて、地面に下りる。
俺カコワルイ。
辺りは深い森、鳥や獣らしき鳴き声が遠くから聞こえてくる。
「お兄ちゃん、ローザベル、あそこ見て」
マリンが指差す方を見ると、大きな犬のようなものがいた。
俺の知識の中だと、見た目は大型犬のシベリアンハスキーに近い気がする。
大きさも大体それくらいだろう。
前足と脇腹の怪我が痛々しく、痛みにうずくまっているように見える。
「少し離れたところに降りたのは、助けるかどうか相談するため?」
ローザが何か納得した様子で、マリンに問いかける。
「そうそう、助けるならそれ相応の覚悟がいるかなってね。どうする、お兄ちゃん?」
マリンが俺に聞いてくるけど、犬が怪我してるところを見ちゃった以上、俺の答えは決まってる。
覚悟ってあれかな、捨て犬を拾うのは優しい行いだけど、ペットの面倒をその後も見続けるっていうのは、簡単じゃないし綺麗ごとだけじゃないよって意味かな。
それなら、俺が責任持って毎日散歩するから大丈夫だ。
トイレの世話とかも面倒がらずにできる。
昔、小さい頃に家で犬を飼っていたことが思い出される。
「助けよう。といっても、俺にできることは限られてるから、二人とも可能な限り力を貸して欲しい! 責任は俺が持つからさ!」
ローザとマリンに比べたら、俺なんて無力だ。
この樹海みたいな森から脱出することすら、俺一人では不可能なことだろう。
それでも、あの犬を助けたいという気持ちは本当だ。
「分かったよ、お兄ちゃん♪」
「イツキがそこまで言うなら、私は従うね」
二人の信頼に胸が熱くなる。
そんなわけで、俺たちは犬を助けるために近づく。
「グルルゥゥ!!」
近づいたところで、手負いの獣よろしく威嚇された。
そうだよな、まずは信頼されることからだよな。
「ローザ、ここは俺に任せて」
「気をつけてね」
俺は肩にかけていたバッグから、カツサンドを一つ取り出す。
ランチ用にとバスケットに詰めて持ってきていたのだ。
ちなみに今朝調理している最中、ローザとマリンは味見と言って結構な量のカツサンドを食べている。
「ほら、冷めても美味しいカツサンドだよ……」
食べ物を与えたら、少しは警戒を解いてくれるかもしれない。
「ウウゥゥ……」
カツサンドを片手に差し出すが、警戒して食べようとしない。
そこで、俺はカツサンドを一口食べて見せてから、それを犬の足元に投げる。
毒ではないことを目前で身をもって伝える。
そうすれば、きっと鼻の良い犬のことだ。
カツとソースの絶妙なるハーモニーからは逃れられないだろう。
「…………(クンクン)」
犬は足元のカツサンドをクンクンする。
不思議そうな顔で、俺とカツサンドを交互に見る。
「俺たちは敵じゃないよ」
気持ちが伝わったのか、犬はカツサンドを一口で一気にほおばった。
「…………」
犬が食べる様子を見守る俺たち。
「ワン! ワンワン!」
俺に向かって吠えてきたけど、どことなく嬉しそうな響きだ。
「もっとくれってことかな」
俺は追加でカツサンドを二つ、犬に向かって放る。
「ワンッ!!」
犬は、カツサンドが地面に落ちる前に、器用に口でキャッチした。
「おおー」
なんかちょっと楽しくなってくる。
「私もちょっとやりたい……」
「うん」
ローザとマリンも興味深そうにしている。
ここでふと思い出す。
さっき見たとき、結構な重傷じゃなかったっけ。
そんなに動いて大丈夫なのか?
食べ終わった犬は俺の近くに寄ってきて、ゴロンとお腹を出す。
服従のポーズというやつだ。
大型犬がこれをやると結構な迫力だ。
お腹の毛がモフモフしていて気持ち良さそうだ。
「あれ? 傷がいつの間にか塞がってる」
血の跡はついてるけど、前足と脇腹の傷がいくぶん塞がっているような気がする。
「凄いね……。お兄ちゃんの料理って食べると傷が治ったりするんだ」
マリンが感心した様子でつぶやく。
「いやいやいや、俺のカツサンドにそんな効能は無い。無いよね……」
ちょっと不安になってくる。
俺の料理は別として、カトブレパスの肉にそういう効果があったりするのだろうか。
「うーん、多分だけど、食事に満足してその子の回復力が戻ったんだと思うよ」
ローザが、推測を口にする。
へー、こっちの世界の犬って凄いんだね。
ローザの言葉を受けて、マリンも納得といった様子をみせる。
「あー、そうかもね。さすがフェンリルだね~。私もカツサンド食べたいな~」
「うん、さすがフェンリルね」
二人して不穏な言葉を口にする。
きっと俺の聞き間違いだろう。
「マリン、今何て言った?」
「え? カツサンド食べたいな~、って」
「いやいや、その前」
「さすがフェンリルだね……?」
聞き間違いでは無かったようだ。
いや、まだ他の可能性がある。
俺の居た元の世界で“フェンリル”って言ったら、『神すら滅ぼす魔狼』みたいな神話クラスの魔物だけど、こっちの世界ではよくいる犬のことかもしれない。
こんな風にお腹を出して、可愛らしくしているシベリアンハスキーっぽい犬だしさ。
「ちなみにフェンリルって、どんな魔物?」
恐る恐るローザに問いかける。
「えーとね、その子はまだ子供だけど、大きくなったらかなり強い魔物のはずだよ。戦ったことないから分からないけど、勝てるとは言い切れないかな」
元魔王っ娘をして、勝てるとは言えないほどの魔物のようだ。
「あたしのママがフェンリルと戦ったことあるらしいけど、近くの山がいくつか消し飛んだって言ってたよ」
ドラゴンっ娘からの追加情報だ。
フェンリルが、ドラゴンと戦えるような強さということはよく分かった。
「そ、そうか……」
完全に俺の知識にある魔狼フェンリルだ。
大型犬の成犬サイズだけど、これで子犬ってことね。
今思うと、マリンが珍しいものを発見したって言っていたのも、フェンリルだったからだと分かる。
助けるなら相応の覚悟がいるっていうのも、ここにきて納得だ。
「……もしかしてイツキ、フェンリルって知らずに助けようとしたの?」
「ローザはすぐフェンリルだって分かったの?」
俺には普通のちょっと大きな犬に見えたよ。
「うん、実際見るのは初めてだけど、聞いてた特徴と秘めてる魔力の感じからね。マリンもそうでしょ?」
「そうだよ。空からでも目立ってたもん。子供じゃなかったら近づかなかったと思うけど」
俺には見ただけで、初見の相手の強さが分かるような能力はない。
「そっかあ……」
もう今さらだし、お腹をこっちに向けてるフェンリルが可愛いから、助けて良かったとは思うけどね。
「お兄ちゃん、せっかくだから、フェンリルの傷を完全に治しておくね」
マリンは、そう言ってフェンリルに回復魔法らしいものを使った。
淡い輝きが、フェンリルの傷の部分に集まり、すぐにその傷が無かったかのように治った。
「ワンワン♪」
フェンリルは嬉しそうにしている。
どう見ても普通の犬なんだけどなあ。
「マリンの魔法凄いな……」
マリンって水竜のイメージだけど、回復魔法が得意なのかな。
「疲れた~、お兄ちゃんに良いとこ見せようと思って張り切ったけど、さすがフェンリル。結構な魔力を使ったよ……」
「大丈夫か?」
「うん、カツサンドを食べれば大丈夫。というわけで、あたしにもちょうだい♪」
マリンは、トンカツを使ったカツサンドが気に入っているようだ。
結局その場で、軽く食事をしながら休憩することになった。
フェンリルは俺のことを気に入ってくれたのか、すぐそばで懐いた様子を見せてくれた。
ちなみにフェンリルのお腹の毛は、撫でたらモフモフしていて、凄く気持ちよかった。




