第1話「ローザベルとの出会い」
仕事からの帰宅途中、突然視界が暗転したと思ったら、俺の目の前に赤い髪の美少女が現れた。
俺は混乱しながらも、その姿に見とれてしまった。
人は可愛すぎるもの、美しすぎるものを目の当たりにすると、言葉を失うのだということを知った。
美しく輝く真紅の髪は、まるでそれ自体が神秘的な光を発しているかのようだ。
それはまるでルビーのようにキレイだなと思った。ルビーなんてテレビでしか見たことないけど。
少女の顔は、まだ幼さを残しながらも驚くほど整っていて、美術品のようだなと見とれてしまった。
俺がポカーンと口を開けて見とれていると、目の前の少女が口を開いた。
「私は第十六代魔王、ローザベル・キサラギ・バラムエル。あなたを異世界から召喚させてもらった――」
少女の凛とした声は良く響き、可愛らしくも堂々とした立ち姿とあいまって、まるでアニメのワンシーンを見ているかのようだった。
ただ……、言っていることの意味が理解できなかった。
「…………」
俺は頭の整理をしようと試みる。
たしか俺は、今日も一日の仕事を終えて帰宅する途中だったはずだ。今年から社会人になったばかりで、最近やっと少し仕事にも慣れて来た。
仕事が楽しいとは言えないが、社会で生きていくためには必要なことだと日々自分なりに頑張っていた。
ところが、気が付いたら目の前には美少女、周囲はまるでヨーロッパ風のお城の中といった様子だ。
まあ、ヨーロッパのお城なんて見たことないから、あくまでそんなイメージというだけだが。
俺の服装はスーツの上下だから帰宅途中の姿のままだ。
ふと足元を見ると、なんだか魔方陣のような紋様が書かれている。
このローザベルという少女の言うことが正しいなら、ラノベよろしく俺は異世界に召喚されたということだろうか。
しかも聞き間違えじゃなければ、この14歳くらいに見える少女は、自分のことを魔王と言っていたような……。
目の前の少女の非現実的な可愛らしさも相まって、夢の中だと言われた方が納得できる。
通勤電車の中で、異世界転生モノばかり読んでいたから、そんな夢を見ているのだろうか。
中学生の少女がコスプレしているところに迷い込んだかと一瞬思ったりもした。
しかし、なぜかこれは現実だと確信するほどのリアリティがある。
「ここは、一体……?」
周囲を見回しても他に人はいないため、少女に質問してみる。
「ここは私の城の一室よ。人間からパク……拝借した古い魔術書を解読して召喚魔法を使ったのよ」
言い直したけどどうやらパクった魔術書とやらを使ったようだ。なかなかお茶目なところもあるじゃないか。
「えーと……、召喚されたってことは、俺は勇者か何かってこと?? あ、でも君が魔王だって言うなら……」
「やめてよ、勇者なんて……。魔王の使徒のつもりで召喚したんだからっ」
よくある勇者召喚が頭に浮かんだからそれを口にしたら、少女は勇者という言葉に嫌そうな顔をした。
どうやら俺は使徒なるべきものとして、召喚されたようだ。魔王の手先みたいなものかな。
少女は言葉を続ける。
「それに、『君』なんて失礼な呼び方すると燃やして灰にするわよ。『ローザベル様』もしくは『魔王様』と呼びなさい。あと、あなたも名を名乗りなさい」
少女がぷんすかしてるけど、あまり怖くはない。どちらかというとその姿すら可愛らしく感じるほどだ。でも、ラノベとかだとこういう美少女魔王が凄い魔力を持っていて、凄い魔法を使ったりするから、あえて逆らったりはしないようにする。
「分かりました。魔王様。俺の名前は竜田伊月です。親しい人からは『いつき』と呼ばれてます。状況が分からないので、色々教えてもらえると助かります」
言葉を返してふと気づいた。俺は非現実的なこの状況を、すでに受け入れ始めているのだった。
◇
魔王と名乗る少女から今の状況について簡単に教えてもらった。
少しツンツンしてるけど、分かりやすく教えてくれたことから、根は真面目そうだなあと思った。
現在この世界では数人の魔王が領土を巡って争っているらしい。目の前の美少女魔王もその魔王の内の一人とのことだ。
人族の国もあるらしいけど、今は休戦中らしい。魔王同士が争って消耗するのを静観しているというのが本当のところらしいけど。
そんな長く続いている争いに終止符を打つために、ローザベルは人族に伝わる伝説の召喚魔法を使うことにしたとのことだった。伝わる話によると、召喚魔法で召喚された異世界の人間は、特別強力な力を持ってこの世界にやってくると言われているとのことだ。ユニークスキルという、ごく一部の者が持つ力を必ず身に付けて召喚されるのだという。
ローザベルは、その力を使って魔族を統一するのが目的だったらしい。
「早速あなたの力を見せてもらうわ」
ローザベルが、力を示せと俺に言う。
だが待って欲しい。俺はついさっきまでぺーぺーのサラリーマンだったのだ。
力を見せろなんて、無茶ぶりではなかろうか。
「ち、力って言っても、俺は普通の人間だし……。分かった! ちょっと待っててくれ……ください」
もしかしたらこの世界に転移するタイミングで何か力を得たのかもしれない。例えば、転移の定番といったら膨大な魔力だろう。
俺はローザベルに背を向けて、部屋の壁に向かって立つ。窓が少し上にあるから、この壁の向こうは外だろう。
「何する気……?」
ローザベルに問いかけられるが、片手を上げて静かにしているように頼む。
ふ……、今の俺ってば、ちょっと出来る風だったんじゃね?
勇者か使徒か知らないけど、美少女を前にしたらちょっと良い所を見せたくなるのが男ってものだろう。
右手の平を顔に向けて構える。そして、力を右手に集中させるように意識する。
目覚めろ……俺に眠っていた力……。
そんな風に念じると、なんだか右手がポカポカしてきた。
お……、これがもしかして魔力ってやつか。
魔力が強すぎてお城の壁を壊しちゃったらゴメンな。その分活躍して返すからさ、と胸の内で独りごちる。
行くぞ……。
「ハアァッ!!」
壁に向けて、勢いよく右手を伸ばす。声に合わせて、魔力を前方に放つ心持ちだ。膨大な魔力をコントロールするために、左手は右手の手首をガシッと掴んでいる。
「…………」
「…………」
静寂が部屋を満たした。
あれ……?
たしかに力が湧いてくるのは感じたんだけど……。
ローザベルの方を振り返ると、こっちをジト目でにらんでいる。
「ち、違うんだ!」
「何が違うのよ……」
男の言い訳は、いつの時代も「違う」から始まるようだ。
「まだちょっと力の使いかたが分からなくて!」
「そりゃそうよ。これを使って持ってるスキルを調べるんだから……」
ローザベルの手には大きな水晶のようなものが握られている。
あ、そういうこと。その水晶で転移ボーナスを鑑定するってわけね。そういうの、この前ラノベで見たなあ。
ローザベルがつかつかと俺の傍までやってくる。
「俺にはどんな力が……?」
「待ってなさい……すぐ分かるから」
そう言って、ローザベルは水晶を俺に向かって掲げたのだった。