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ノエルが怖い。
顔は笑顔であるが、目が。
目が笑っていない。思わず震えが全身に走った。
この目、知っている。わたしが大抵良くないことをして怒っている時にする目だ。この目に睨まれると、本当に体が固まってしまう。そして、わたしはノエルに口で勝てたためしがない。怒っている時のノエルはかなり理不尽なのだが、その理不尽さを理詰めで説明できない。
ふるふると震えていたが、はたと思い直した。そもそもわたしがここまで来なくてはいけない原因はノエルだ。それなのに、何故わたしが恐ろしさに震えなくてはいけないのか。
怒っていいのはわたしであって、ノエルじゃない!
そうだそうだ! と脳内で賛成意見を聞きながら、ふんと鼻息を吐いた。
「にゃん」
ここは話せないふりをしよう。どんなに喋りたくても喋れないように装えば、きっと後悔するはずだ。猫になった原因は自分であると、地の底まで落ち込めばいい。それがノエルが約束を反故にした罰だ。
すりっとノエルの頬に自分のを寄せた。
「先生、これで失礼します」
ノエルがわたしを抱え直すと、オスカーと話し込んでいるハイドに声を掛けた。ハイドは顔を上げると、頷いた。
「君の件は明日、話し合おう」
「……わかりました」
オスカーは退出の挨拶をしたノエルに少し申し訳ない顔をした。
「すまないね。君の方が先に約束をしていたのに」
「いいえ。気にしないでください。……俺の猫も見つかりました。ありがとうざいました」
そう頭を下げてお礼を言ってから、ノエルは部屋を後にした。ハイドの部屋の扉を閉じると、ふうとノエルは息を吐く。
「さあ、部屋に戻ろうか」
ノエルはそのままわたしを抱いたまま、廊下を歩き始めた。
******
ノエルの部屋は二人部屋だった。共通の居間があって、両脇にそれぞれの寝室がある。どうやら寝室は個室になっているようで、カギがかけられるようになっていた。
きょろきょろと物珍し気にそれを眺めた。田舎の方では学校には皆自宅から通っていたので寮というものは初めてだ。寮と言っても何があるわけではないのだが、なんとなくワクワクする。
「ヴィオレッタ、喋っていいぞ」
「なーう」
ふふふ。そんな簡単に喋ってたまるか。
わたしはこの部屋から愛溢れる手紙を回収して、お別れをしに来たのだから。
喋るつもりはない!
「喋れないのか?」
ノエルは考え込むようにじっとわたしを見つめた。いくら見つめられても喋る気がなければ、すべてにゃんにゃんにゃんになってしまうのだから、失敗も心配ない。
「にゃん」
適当に返事をすると、ノエルの腕からぴょんと抜け出した。
さてさて、手紙はどこかな?
音を立たずに部屋を物色した。自宅にあるのと同じくらいのベッドに勉強するための机、椅子。それと小さめのテーブルもある。ここにはいくつか菓子が置いてあるから、夜にでも食べているんだろう。
王都のお菓子が気になって、テーブルに飛び乗ると、手で袋を叩いてみた。中身はクッキーみたいなものらしい。かさかさ言っている。
「食べるか?」
うわ、ノエル、気が利く。
ウキウキしながら尻尾を振り、開けてもらうのを待った。ノエルは新しい紙の上にクッキーを一枚取り出した。普通の丸い形をした少し厚みのあるクッキーだ。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。ノエルはわたしが食べやすいように小さく割ってくれた。
「ほら、美味しいぞ」
そんな言葉と共に口の中にひとかけら、入れられた。サクサクした食感なのに、口の中に入れているとほのかに甘く解けるように溶ける。今まで食べたクッキーの中で断トツのおいしさだ。
「美味しいにゃ~」
つい、うっとりと呟いた。
「喋れるな」
「はっ」
目を大きく開け、全身総毛だった。
なんて奴だ、油断を誘うなんて!
しかも大好きなお菓子でつられてしまった自分が憎い。
「にゃう」
とりあえず誤魔化すように鳴いてみる。ノエルはへえ、と目を細めてガシッとわたしを両手で胴を掴んだ。
「にゃん!」
慌てて逃げようとするが、先ほどのように逃げられない。ノエルはじっとわたしの目を見つめたまま、おもむろに唇にキスをした。
はい?????
初めはちょんとしたキスだったのに、そのうちがっちりとディープにキスされる。
わたし、猫ですが! ノエルにそんな趣味が。
わたわたしているうちに、体がかっと熱くなってきた。
あれ、なにこれ?
「言っておいけど、そういう趣味はないから」
「えー、でも今がっちりと舌、入れてきたよね?」
ノエルはにやりと笑った。
「俺の魔力は美味しかっただろう?」
「魔力……?」
魔力、美味しいって。
……。
ノエルがするりと頬を撫でた。もう一度顎を取られキスされる。今度はゆっくりと舌が入ってきた。それと同時に何かが流れ込んでくる。唇が離れた。放心状態のままノエルを見つめた。
「ええええええ??????」
「美味いだろう? 精霊にとって高い魔力はごちそうだ、と奴らがいつも言っていたからな」
「そうなの?」
知らなかったことを言われ、感心してしまった。だから、すぐに気が付かなかったのだ。ベッドに座ったノエルに膝の上に抱きかかえられるまで。
「よくわたしだってわかったわね?」
「瞳だよ。目の印が同じだった」
そう言われて、ああ、と納得する。わたしは精霊王の愛し子となっているせいか、瞳の奥に印が刻まれている。目立つところは嫌だと言ったら普段は見えないところにしてくれたのだ。だけどそれを知っているノエルは真っ先に確認したということだ。
「ふうん。今もあるんだ。初めて知った」
「まあ、でも。 ……精霊になってもあまり変わらないな」
「何を言っているのよ。変わったでしょう? わたし、今、猫よ!」
むっとして言い返した。ノエルがぐいっとわたしの両頬をつまんだ。
「今は人型になっている」
「は?」
「俺の魔力を流したからな。普通の人型の精霊だ」
「う、そ?」
驚いて自分の手を見た。
確かに、確かに! 猫の手じゃない。普通の人の手だ。指がちゃんと5本ある。いや猫でも前足は5本なんだけど。物がつかめる。
「多分、長くはもたない」
「ねえ、キスは意味があるの?」
「効率がよさそうじゃないか?」
効率?
今まで精霊たちに魔力をキスで渡したことがないから、きっと他の方法もある気がする。ただ、それを追及したところで今さらなので、ぺちぺちとノエルの腕を叩いた。
「まあ、いいか。あのね、わたし、何故か死んだのよ。それで精霊になったの」
とりあえず用件を終わりにしよう。ノエルが無表情にこちらを見ている。
「それでね、手紙届いていると思うけど、読まなくても問題ないから返してもらうね。用事はそれだけ」
うんうん、探した方がよかったけどがっちりとこう抱き込まれていると無理っぽいから。お願いするのが一番だ。きっとノエルも理解してくれるはず。
「お前は」
「うん?」
「どうして俺がお前を手放すと思っているんだ?」
はい?
ノエルの瞳を覗き込んだ。恐ろしいほど感情が欠落している。
「えーと? ノエル?」
「失われてしまったと思っていたのに、戻ってきたんだ」
わたしは黙り込んだ。
ちょっと、整理しよう。
1、ノエルは手紙でわたしの訃報を知った。
2、結婚を約束した幼馴染を失って、絶望? もしくは喪失感が半端ない
3、ところがひょっこり猫になって戻ってきた
4、ノエルの魔力で人型にもなれる
5、そのまま結婚でいいんじゃない?
こんなところか????
「え! じゃあ、手紙はどうしたら????」
「問題にするところがそこか?」
ノエルが不機嫌に呟き、そのままベッドに押し込まれた。懐かしいノエルの体温が否応なく顔を熱くする。
「いや、ちょっと冷静になろうよ」
「いたって冷静だ」
そんなわけないじゃない!!!
というか、精霊と人間って、その、あの……できるの????