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いつもありがとうございます。ブクマ、評価もありがとうございます!



 どうしよう。


 とぼとぼと学校の中を歩いていた。見つかると面倒なので、姿は隠している。一日中、歩き回っているけど、ノエルの居場所が分からない。

 空を見上げると、もう星が光っている。

 これほど不安なことはなかった。近くにいればすぐにでも見つかると思っていたのに、これほど会えないとは。特に今はノエルからわたしはわからない。


 だからわたしが、って思っていたけれど。


「どこにいるにゃん、ノエル……」


 泣きたくなってきた。待ち合わせの場所でノエルをずっと待っていた時と同じくらい、心細い。


 とうとう歩けなくなって、隅の方によると座り込んだ。


 思えばずっとノエルに甘えて生きてきた。両親が死んで、一人残されて。同じく一人残されたノエルがいたから頑張れたのもある。寂しくなったらノエルに抱きしめられて、慰めてもらっていた。泣いても見ないふりをしてくれていたのも知っている。コンラッドもずっと結婚もせずにわたし達二人を育ててくれた。ちょっとヘタレっぽいところがあるけれど、コンラッドはわたし達を優しく守ってくれていた。


 こうして一人ぽっちなのは初めてかもしれない。心細くて、涙が溢れてきた。


「ふにゅ」


 こんなところで泣いたって誰も気が付かないのに。わたしはもう人間でない。


「どうした、こんなところで」


 優しく声を掛けられて思わず顔を上げた。えっと思う間もなく、体が大きな両手に救い上げられていた。いつの間にか見下ろす形で抱き上げた人の瞳を見ることになる。


 ただただ驚きに目を大きく見開いていた。


「泣いているじゃないか。行くところがないのか?」


 まじまじと見下ろしながら、男を観察した。少し癖のある金髪にくっきりとした蒼い瞳。整った甘い顔立ちは、わたしも見たことがある。主に町で売られている肖像画でだ。名前は……ダメだ。出てこない。


 だけど、これだけはわかる。

 この人、王族だ。


 驚きのあまりに、涙が止まった。男はくすりと笑うと、胸元まで手の高さを下ろした。今度は上から見下ろされてしまい、目を丸くしたまま見上げた。


 うーん、王族はすごいな。上から見ても、下から見ても美形だ。もちろん、ノエルの方がかっこいいけど。


「おかしいな?精霊だと思ったんだが、喋れないか?」


 わたしが精霊だと分かっている? それとも適当?


 とりあえず猫っぽく鳴いてみた。精霊だとバレて、王族に囲われるのは嫌だ。


「みにゃう」


 そして、わたしを抱きかかえている手をぺろぺろと舐めてみる。猫の舌だから、少しざらっとした。ざらざらした舌で舐められている方も微妙かな?


「やっぱり猫だ。そうだよな、今、この王都に精霊はいないからな」


 やれやれと言った感じの独り言だ。わからないふりをして、耳をそばたてながら自分の手をなめて毛繕いした。


「殿下!」


 遠くから、少し怒ったような声が聞こえた。走って近寄ってきたのは殿下と呼ばれた男と同じ制服を着た小柄の男性だ。小柄と言ってもこの体格のよさそうな殿下と比べてだから少し気の毒かもしれない。


「何だ、イサルじゃないか」

「何だじゃありませんよ! 勝手に歩かないでください」

「いいじゃないか。母校なんだし」


 そう楽に笑う殿下にイサルはがっくりと肩を落とした。


「はあ、もういいです。ところで、これからどうされますか?」

「ハイド先生のところへお邪魔するよ。魔道具と言えば彼だからね」


 そう言って歩き出した。もちろん、わたしを抱いたまま。


 イサル、できれば殿下の名前を呼んでほしい。名前が分からないのは不便だ。


******


 殿下に連れられて校舎の中に入っていった。初めて入る学校についつい見回してしまう。きょろきょろしていると、優しく耳の後ろをくすぐるように撫でられた。時々耳の先の方まで指が滑り、ちょっと耳の中も撫でられた後にまた耳の根元に戻って優しく撫でられる。


 不本意ながら、この撫で方、気持ちがいい。ついつい気持ちよさでうっとりと目を細めてしまう。

 ……きっと猫の敵に違いない。


「物珍しいかい?」

「にゃう」


 ちょっと答えてやる。これくらいならわからないだろう。照れ隠しではない。


「それにしても人懐っこくて、かわいい猫ですね。飼うんですか?」

「どうしようか。つい拾ってしまったけど」


 殿下は少し悩んでいるようだ。


「でも、首輪もついていないし、飼い猫ではないのでしょうね」

「そうだな。家に連れて行ってもいいが……うちの子供たちは乱暴だからね」


 ひえ、そんなところに連れて行かないで欲しい。どこかで、逃げ出さねば。


「あ、つきました」


 イサルはそう言って扉をノックした。


「どうぞ」


 許可が出たので、イサルが扉を開ける。思わず伸びあがる様に中を覗いた。こんな時でないと学校などこないだろうから、と言い訳しながらだ。


「おお、これはオスカー殿下。どうぞ、散らかっていますが」


 ハイドが機嫌よく声を掛ける。がたりと音がして、誰かが立ち上がった。


「ハイド先生、俺はここで失礼します」

「ノエル、先ほどの件はあとで話し合おう」

「……わかりました」


 ノエル、と聞いて耳をピンと立てた。慌てて殿下の腕の中から素早く飛び出した。


「うわっ」


 ノエルに会えた。

 ノエルに会えた。


 嬉しさにべったりと彼の足に引っ付いた。


「おや、この猫の飼い主は君か?」

「え?猫?」


 殿下の言葉に、ノエルが崩れた態勢を整えると、自分の足にしがみつくわたしを見下ろした。それから、ゆっくりと屈んで、丁寧に爪を立てた手を外す。外してほしくなくて外された側からすぐに爪をがっちりと食い込ませる。

 ノエルは少し困ったように首を傾げてから、わたしの体に手を回し、一本一本指を外した。抱えられているからもう一度掴むことができない。

 馴染み深い手でぐっと抱きあげられ、先ほどの殿下と同じように目を覗き込まれた。


 わたしだよ、ノエル。


 そんな気持ちで鳴いてみる。


「なーう」

「お前……」


 ノエルがちょっと目を見張ったが、優しく顎の下を撫でてくれた。嬉しさににゃうにゃうと鳴いてみた。


「ああ、そうか。そうなんだ」


 ノエルは少しだけ笑みを浮かべると、ぎゅっとわたしを抱きしめた。久しぶりのノエルの体温に安堵が広がる。


 ああ、ノエルだ。大好き。

 

 ご機嫌に近くなった彼の顔に自分の顔を摺り寄せ、さらにはぺろぺろとノエルの頬を舐める。


「よかったな。主が見つかって」


 嬉しさにノエルに甘えていると、突然耳の後ろを撫でられた。驚いて声を上げる。振り返ると、殿下が優しく笑っていた。


「にゃう」


 ここまで連れてきてくれて、ありがとう。


 そんな気持ちで返事をするが、すぐに抱き込まれてしまった。


「ダメだ。よそ見しないで」


 誰にも聞かれないほど、小さな声でそう囁かれた。


 うん?


「ねえ、ヴィオレッタ?」



 うんんん????


 ノエルって、猫語、喋れたっけ?





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