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7 - ノエル -

いつもありがとうございます。ブクマ、評価もありがとうございます!



 ニコルを捕まえることができたのは、夜になって彼が部屋に戻ってからだった。


「手紙、出せ」


 ニコルの胸倉を掴むと、一言だけ言う。ニコルは真っ青になりながら、首を左右に振った。


「もう、持っていない!」

「あるはずだ。出せ」


 なんだかよくわからないことを喚いているので、そのまま突き飛ばした。そして、部屋の中を探し始める。あの女に渡そうとしていたのなら、どこかに隠しているはずだ。


「お願いだ! 手紙は諦めてくれ!!!」

「ふざけんなよ、ニコル」


 縋ってくるニコルに蹴りを入れながら、彼がちらちらと視線を向けている方に気が付いた。

 鞄を気にしているのか。

 ニコルをじっと睨んだまま、鞄を開けると、二通の手紙が出てきた。


 一つは緊急の手紙。もう一つは明らかに分厚い手紙。


 しかも、緊急の手紙は封が開いている。舌打ちをして、そちらを開いた。


「ノエル!!!」


 悲痛な悲鳴が上がるが、俺は手紙の内容を見て固まっていた。


「うそ、だろう?」


 そこには訃報の知らせが記されていた。



******


 ヴィオレッタ・シューリス。


 同じ年の幼馴染。

 幼馴染というよりももう家族といった方がいい。お互いの両親を亡くしたのは、同じ瘴気の浄化任務でだった。何故か、急激に魔境が広がり、瘴気が溢れでたのだ。

 瘴気に動物が触れると、騎士が数人で対応しなくてはならないほど狂暴になる。人間が瘴気に触れると、そのまま瘴気にのまれ死に至る。これは動物よりも人間の方が体の造りが頑丈ではないからだと言われているが、実際はまだよくわかっていない。国は常に瘴気を監視し、異変があった場合は浄化と狂暴になった動物の駆除を行っていた。


 その時、まだ5歳だった俺たちは両親たちの親友で医師のコンラッドに預けられた。

 二人の両親共に魔法師団に所属していた。ヴィオレッタの父と俺の父は戦闘特化型、ヴィオレッタの母と俺の母は後方支援だ。4人ともかなり優秀だったという。普通は小さな子供を残して両親共に浄化に行くなどあり得ないのだが、瘴気の異常発生に全員出なくてはいけなかった。


 魔法師団の医師であるコンラッドはケガをして戻ってくる魔法使いの治療を担当するため、任務には同行せずに王都での待機となった。王都にいるからとコンラッドは懐いていた俺たちを預かった。なんだかんだと5人は仲が良かったようだ。


 その時の瘴気は大量だったらしく、4人は最後まで帰ってこなかった。その任務に送られた魔法師団のほとんどが戻らなかったのだ。だが、彼らはなんとか浄化し、瘴気を抑え込んでいた。王都に住む人たちは皆は悲しみながらも、守られたことにどこかほっとしていた。


 だけど、残された俺たちはどうしても喜べなかった。英雄だ何だと魔法師団はもてはやされていたが、どうでもよかった。英雄なんかにならずに、一人でもいいから帰って来て欲しかった。


 葬儀は遺体も何もなく、思い出の品を入れただけのものだった。


 ヴィオレッタが泣かなくなったのはこの日からだ。いつも笑顔を振りまき、明るく楽しく話す。夜になると一人が怖いのか、よく俺のベッドに潜り込んできた。ぎゅっと離さないように夜着の端を握りしめていた。背中を優しく撫でてあげれば、声を殺し泣いていた。その時は、泣いていることに気が付かなかったふりをしていた。

 そうやってずっと悲しいとか辛いとか、そんな思いもヴィオレッタと分け合って、同時に温もりも分け合った。


 コンラッドは葬儀が終わりしばらくすると、王都を離れ、俺たち二人を連れて田舎の町に引っ越した。魔法師団で死んだ魔法使いの中で両親たちはとても有名だったから、俺たちを引き取りたいと言う貴族が絶えなかったからだ。子供の教育に悪いと、コンラッドは侯爵家の力を使い、すべて突っぱねた。本当ならば二人とも養子にしたいけどね、僕独身だからとお道化ながら言っていたが、名前だけは残したいと思っている俺たちの思いに気が付いていたんだろう。


 コンラッドは侯爵家の人間だけあって、教養が十分あった。俺たちに必要以上の教育を施しながら、魔法を教えた。どちらも両親の血を受け継いだのか、魔力はとても強かった。ヴィオレッタは母親と同じく精霊魔法が強く、俺は父親と同じで戦闘特化型だった。


 だけど、魔法師団には入らない。


 そう決めていた。浄化に行って、ヴィオレッタを一人残していくようなことはしたくなかった。だから、魔力の多さを生かして、魔道具を作る勉強をした。魔道具を作って売ればこの町で暮らしても生活していける。ヴィオレッタは治癒魔法が使えるからこのままコンラッドの治療院の手伝いをしたら、結婚して、子供ができても生きていくには十分だった。


「なんでだよ」


 ぽつりと声が漏れた。ヴィオレッタの底ぬけて明るい声とその周りにいる精霊たちを思い出し、体が震えた。

 俺が精霊に嫌われているのは、精霊に愛されているヴィオレッタと結婚の約束をした時からだった。彼らはいつも二人でいると邪魔ばかりしていた。


 だけど、いざという時は遠くで覗いてニマニマしているのも知っている。

 初めて抱きしめた時も、初めてキスをした時も、彼らは楽しそうに覗いていた。真っ赤になったヴィオレッタを揶揄いながら、幸せにしないと呪うからね、といつも脅されていた。


 だからこそ、彼女を残して死なない様に色々と考えて、ヴィオレッタにも話して聞かせた。早く一人前になって、ヴィオレッタのいる町に帰りたかった。

 

 それが裏目に出ようとは。


 残されたのは俺だった。

 しかも、彼女はきっと誕生日の約束の日、雨の中待っていたために流感にかかって死んだのだ。


「ノエル」


 ニコルが呆然とする俺に恐る恐る声を掛けてきた。彼の声も震えていた。力なく彼を見る。


「ごめん、本当にごめん。僕が君の手紙を出していたら……!」


 そうだろう。ちゃんと手紙が届いていたら、ヴィオレッタはあの日待ち合わせの場所には来なかった。雨に打たれなかったし、流感にもかからなかった。彼女は死ななかった。


 だけど、手紙をちゃんと出したか、確認しなかったのは俺だ。

 ヴィオレッタから怒りの手紙も来なかったのを知りながら、放置していたのは俺だ。


 守ると言っていながら、先ばかり見ていて足元を見ていなかった。コンラッドのところにいるのだからと安心しすぎた。この手紙が一昨日届いたのであれば、もう葬儀も終わってしまっているだろう。最後の別れさえ告げられないなんて。

 さぞかし、ヴィオレッタは悲しかっただろう。

 約束を破られたと思い、帰りつけば一人で死んで。

 きっと俺のことを恨んでいるだろう。あれほど大切にすると言っていたのに。


 もう一通の手紙を見た。ヴィオレッタの名前があるがこれはきっともっと前に書いたものだ。何が書いてあるか知りたかったが、封を切ることはできなかった。


「どこに行くんだ?」


 ニコルが泣きながら聞いてきた。


「学校、辞める」


 一言残すと、部屋を出て行った。




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