6 - ノエル -
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目の前にいるのは、申し訳なさそうにしている少女と本当に兄妹かと、疑いたくなるような筋肉だるま。
筋肉だるまは騎士団の服を着用し、さらに副団長の記章を付けていることから、身元ははっきりしている。というか、身分が明確だ。
だが、俺は不機嫌だった。早くニコルを捕まえて手紙のことを聞き出さないといけないのに、部屋に戻った途端、ハイドの研究室に呼び出されたのだ。
緊急だと言うので来てみれば。
部屋にいたのは申し訳なさそうなハイドとこの二人。
その上、入った早々、自己紹介だけをしてその他の説明を一切せずに、騎士団に協力しろという。威圧的な態度に、協力しようという気分になりようがない。
「何故、一介の学生である俺が手伝わないといけないのです?」
取りえず、冷静に冷静にと言い聞かせながら聞いてみた。
筋肉だるま、第2騎士団副団長ブライアン・アルドリッジと名乗った男は腕組をして難しい顔をしたまま、説明し始めた。
「精霊が使われた魔道具が破壊されたのを知っているか?」
「先ほど先生に聞きました」
「精霊の祝福を持っていた者の祝福が消えたことは?」
俺は何の反応もしなかった。ブライアンは重苦しくため息をついた。
「祝福だけでない。ただの契約だった者も皆、精霊魔法が使えなくなっている。このままでは王都から精霊魔法使いがいなくなってしまう」
「そうでしょうね」
「だから精霊たちを説得したいのだ」
「失礼ですが」
むっつりとしたまま、言葉を遮った。
「そもそも精霊狩りをしている人間は捕まえたんですか? それと魔道具を提供している人間も」
「調査中だ」
「話になりません。それにどうして俺なんです? 俺は精霊に嫌われているんです」
「は?」
「え?」
兄妹の声が重なった。俺はため息をついた。
「どうせハイド先生に精霊に詳しいようだと聞いたのでしょう。だが、俺は精霊には嫌われているため契約したことがありませんし、どちらかというと呪いの類を受けることの方が多い」
そこでハイドが小さく笑った。
「そうだよ。私は詳しいようだとは言ったが精霊と契約しているとは言っていない」
「だが、しかし。魔道具にも通じていて精霊に詳しいと言われれば」
早とちりしたブライアンは低く唸った。妹の方、確かエミリアといった少女は恐ろしくショックを受けていた。
「どうしましょう、お兄さま」
「お前のせいではない」
「おや、お嬢さんがどうしたのかね?」
ハイドは蒼白になった少女を見て、思わず尋ねた。
「わたし、精霊狩りをしている人間が精霊に罰せられるところに遭遇したんです。その時にちょっと精霊の猫と話して」
「お嬢さんは精霊と契約を?」
ハイドは精霊と話したという彼女に質問する。エミリアは首を左右に振った。
「いいえ。見たり、話したりするだけです」
「それで何を話したんだ?」
俺は話が逸れそうだったので、元に戻した。エミリアは続けた。
「魔道具にされている話をしてしまいました。そうしたらたいそう怒って」
そりゃ怒るだろうよ。普通。
「王都にいる精霊にここを離れるように伝えないと、と言っていました」
「ふうむ、それで責任を感じていると」
ハイドの頷きに、エミリアは泣きそうだ。俺はため息をついた。
「あなたに責任はないでしょう。早かれ遅かれ、精霊は気が付きます。そうしたら同じことだ」
「だけど、協力してもらえるように上手く伝えられたら」
思わず笑ってしまった。ブライアンが笑った俺を鋭い眼光で睨みつけてきた。
「笑ってすみません。あまりにバカバカしくて」
「その言い方はひどいです」
エミリアが涙ながらに抗議してきた。俺は面倒くさいと思いながらも、足らない言葉を補う。
「だって魔道具を作っている人間も捕まえようとしている人間もまだ捕らえられていないのでしょう? それなのに、精霊に協力してもらうって、何をです?」
「ですから、精霊たちを使っている人たちを捕まえるための協力を……」
それ以上聞いていられなくて、がんと強く音を立てて机を拳で叩いた。こちらが加害者なのに、親切ぶって協力させようという態度が我慢ならなかった。恐らく捕らわれた精霊はすでに解放されているし、精霊のために手伝えることなど何もない。精霊はすでに王都から離れ始めているのだから。
しんと部屋が静まった。
「上位精霊の行いだとすれば、すでにすべて解放されているはずだ」
「でも、まだ捕らわれている精霊がいるかもしれません!」
エミリアが大声を上げた。俺は意地悪な気持ちで言葉を吐く。
「探している間に精霊はどんどん死んでいくけど」
「それは……延命できる方法を考えて」
エミリアは気持ちばかりが先行して何も考えていないのだ。そんな無策で精霊が助けられるわけがない。簡単に延命と言い出す彼女にイライラした。
「……捕らわれている精霊を延命させるなら、5歳以下の10人の魔力のある子供を用意したらいい」
「子供?」
「そう。子供から死なない程度に常に魔力を抜き出して、未だ捕まって助けられていない精霊に提供し続ければ延命できる。その精霊を助ける姿勢を見せたら、離れた精霊たちも戻ってくるかもしれない」
エミリアがついには泣き出した。ブライアンが低い唸るような声で威嚇してきた。
「いい加減にしろ! エミリアには関係ないんだぞ」
「だったら精霊にも関係ないですよね? だって、彼らにして見たら生まれた子供を浚われて、死ぬまで道具にされているんだ。綺麗ごとの説得だけで納得するわけがない」
「やってみないとわからないだろう」
ブライアンの言い分に、おかしくなった。敬語を使うのも面倒になってきた。
「へえすごいね。流石は騎士様。あんたの妹が捕らわれて死なない程度に命を吸い取られて利用されても、あんたは事情を説明されただけで許せるんだ。俺には無理だ」
「何故そんな話になるんだ!」
「だって一緒だろう? 精霊にして見たら、生まれてきた精霊は家族だ。何故、話して許せるだろうと思えるのかが不思議だ」
部屋の中が沈黙した。ブライアンはギラギラとした目で俺を睨んでいるし、エミリアはその隣で涙を流して泣いている。ハイドは疲れたようにため息を漏らした。
「もういいでしょう? ノエルは魔道具には詳しいが、精霊とは契約していないし、嫌われている。彼が協力できることはないはずです」
「……わかった」
早く帰れと内心罵りながら、黙っていた。これ以上口を開いたら、もっと止まらなくなりそうだ。
ブライアンは立ち上がり、エミリアを促す。そして大きく息を吐いてから、ハイドに礼を言って出て行った。
「すごいですね。ちょっと言い返されただけで挨拶もしていかないなんて」
二人が出ていった後、思わず漏らす。ハイドは困ったように笑った。
「まあ、貴族の騎士だからね。頭が下げられないんだろうよ。君の言っていることが本当だと理解はしていると思いたいがね」
「挨拶くらいどうでもいいですが。でも祝福も消えたのか。かなり不味いかもしれない」
ふと、祝福も契約も消されているという言葉を思い出した。俺自身は精霊には関係ないので、実生活には普段は困らない。だが、病気やけがをしている人にしたら死活問題だろう。
「全くバカなことをする人間もいたものだ。これが王都だけだったらいいが」
「確かに」
俺の知っている彼らを思い出し、ため息をついた。
恐らく王都だけではすまないだろう。
きっとこの国から精霊は消える。
その時、王都は一体どうなっているのだろう。