5 - ノエル -
いつも目を通してもらってありがとうございます!ブクマ、評価もありがとうございます!
11/14 視点が変わっているのが分かりにくいので、サブタイトル変えました
「その話、本当ですか?」
魔道具の作成を専門にしているハイド・リッターの研究室に所属している俺はその話を初めて聞いた時、自分の耳を疑った。今取り組んでいた魔法陣を作る手を止めて、顔を上げた。もう老年の域に入っているハイドは椅子に深く座り、背中を後ろに預けていた。だいぶ疲れているようだ。
「本当だ。精霊がそれを知って怒ったのだろうね。精霊を使った魔道具はすべて破壊されたらしい。実際にこの学校でもかなりの照明魔道具が壊れた」
「破壊」
「昨日の夜、精霊が空に飛んでいくところを見なかったかい? かなり幻想的な光景だったよ」
ハイドは俺の反応に首を捻った。俺は首を左右に振る。
「昨日の夜はずっと部屋で本を読んでいたので、外は見ていないです。ただ、かなり大きな破裂音は聞きなしたね」
どこかの馬鹿が騒いでいるだけだと思っていたのだが、実際は大変な事態になっていたようだ。
ハイドはやり切れない様なため息をついた。
「壊されたこと自体は当然だと思うよ。だが、許せないのは魔道具を精霊に使ったことだ。あれだけの数の精霊がいたんだ。きっと大量に捕らわれて使われていたんだろう」
ハイドの怒りは理解できた。彼は魔道具を作ることにとても誠実で、精霊を捕らえたり隷属させるものではない。俺も彼のもとで勉強をするために魔法学校へ入学したのだ。
そして、精霊。
俺にとっても精霊は特別だ。
……ものすごく嫌われているが。
精霊はこの世界の一部であり、魔法を使う上でとても重要だ。人間個人が持つ魔力など人それぞれであるし、多くてもせいぜい中位精霊程度のものだ。
精霊は気まぐれだが、気に入ってもらえれば契約をして力を貸してくれる。好意を持たれれば、祝福、もしくは加護を与えられることもある。加護まで貰える人など、この世界にも一握りだ。その上に、愛し子ともなればほとんどいない。
「酷いことをするもんだ。生まれたての精霊を捕まえて、魔力を与えて育てた後に魔道具の動力として閉じ込めていたそうだ」
「そんなことが……」
なんとも胸糞の悪い話だ。
「ああ。ただし、弱い精霊でないとダメだがね」
「弱い精霊……それって使い潰しですか?」
「そうなるね」
思わず天を仰いだ。俺の知っている精霊たちを思い浮かべて、ふとある予感がした。彼らはとても陽気でおおらかだが、一度敵対すると容赦がない。純粋なまでの怒りをぶつけてくる。
「……もしかしたら、王都近辺では精霊がいなくなるかもしれませんね」
「何故だい?」
不思議そうに言うハイドにちょっと笑った。
「先生も知らないことがあるんですね。精霊は純粋だけど怒ると凄く面倒くさいんです。上位精霊が解放したとなると、この辺りで精霊が生まれることもなくなるかもしれません」
「ノエル、詳しいね」
「幼馴染が精霊に愛されていましたから」
「というか、精霊がいなくなるのか。それはちょっと不味いんじゃないか?」
俺は肩をすくめた。
「不味いですね。治癒魔法関係が全く使えなくなります」
「治癒だけじゃないだろう。薬の生成も精霊の出した水が使われていなかったか」
医療関係はすべて精霊が関わっている。その心配も出てくるのは当然だった。ふと、治療院が心配になってきた。
コンラッドの方は大丈夫だろうか。彼も精霊魔法で治療を行っているはずだ。もちろん、ヴィオレッタも。ヴィオレッタが精霊魔法を使えなくなって大騒ぎしているところが目に浮かぶ。
「でも、黒幕も見つかっているなら罰は限定的で、すぐに機嫌が直るかな?」
「残念ながら黒幕はまだわかっていない。下っ端の精霊を狩っていた者が捕まっただけだ」
「そうなんですか?」
あまりにも詳しい説明に組織ごと捕まったのかと思ったのだが、どうやら勘違いの様だ。
「後手に回っているかもしれん」
「早目に対処しないと、大変かもしれないですね」
「精霊を使った魔道具の回収も急いでいるようだ」
そんなことを話している時は、自分が関わるとは思ってもいなかった。
******
「ノエル」
寮に戻ると一つ上の学年の3年生の寮長であるユーグが声を掛けてきた。彼はとても穏やかな人柄で、あまり人と関わりたくない俺の懐にするりと入って来てしまうほどだ。しかも半端ないほどの情報網も持っている。ハイド先生の孫だからかもしれないが、なかなかその情報量は侮れない。
「こんばんは」
「一昨日、届いた手紙はちゃんと見ているか?」
「は?」
手紙?
ユーグは困ったような顔をしてため息をついた。
「やっぱりな。おかしいとは思っていたんだ」
「話がさっぱりですが」
一人納得しているユーグに思わず尋ねる。ユーグはうーんと唸りながらも教えてくれた。
「ここ数か月、君の手紙はすべて同室者のニコルが持って行っているんだ。ついでだから持っていくよ、ってね」
「ニコルが?」
何故ニコルが俺の手紙を持っていくのか理解できなかった。基本、俺に届く手紙は世話になっている治癒院をしている親代わりのコンラッドか幼馴染のヴィオレッタだけだ。コンラッドからは一カ月に一度ほど、ヴィオレッタからは二週間に一度ほど去年は届いていた。そこまで思い起こして、最近は手紙を受け取っていないことに気が付く。
「勉強もいいけど少し考えた方がいいよ?」
ユーグが苦笑いをしていた。もっともだったのでちょっと笑って誤魔化す。
「ニコルが持っているとして、俺が出したものも頼んでいるんだけど、もしかしたら届いていないのか?」
ふいについ最近出した手紙が届いていない可能性に気が付いた。
「ニコルは手紙を持ってきてはいなかったね」
「まずい」
一昨昨日はヴィオレッタの誕生日だった。だけど、どうしても抜けられない講義があって来週に変更したいと予定が分かった時に連絡していた。全く反応がなかったから、約束を変更されて怒っているだけだと思っていたのだが。
届いていないとなると話は変わってくる。
「ノエル」
慌ててその場を立ち去ろうとした俺にユーグが名前を呼んだ。このまま無視するのもあれなので、足を止めた。
「ニコル……というよりもその背後にいるパトリシア・ダリルに気を付けた方がいい」
パトリシア・ダリルと聞いて、顔を顰めた。彼女のそれなりに美人の部類に入るだろうが、彼女を見て美しいだとか可憐だとか思ったことはない。ダリル伯爵家の令嬢ではあるが、正直あまり関わりたくない。なるべく避けようとしていても何かと絡んでくるし、会えばこちらへの好意を隠さない。いつも女のどろりとした嫌な感じがあった。
「ご忠告ありがとうございます」
「君、ちゃんと理解した方がいい。彼女は君ととにかく結婚したいんだよ」
「は?」
意味が分からない。なんだ、それは。明らかに嫌われていると分かる態度なのに、結婚したいとは。
「君は魔法師としてはトップクラスだからね。君が持つ感情なんて関係ないんだ。家に取り込みたいんだろう」
ユーグに理由を聞かされて、ああ、と納得した。きっと他にも色々な事情があるのだろうが、この体に流れる血統が欲しい。わかりやすい理由だ。
「ということは、ニコルはダリル嬢に唆されてということですか」
「そうだね。彼は色々逆らえなそうだから」
それもそうか、と頷く。だが、手紙を握りつぶしたのは許すことはできない。
「もう行きますね」
「手伝えることがあったら声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
お礼を告げて、ニコルに問いただすために寮の自室へと向かった。