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尻尾を離してもらい、誰も気にしないような通りの隅に座っていた。
かなり強い力で握られていたのか、尻尾の毛がよれよれだ。そのよれよれが気に入らなくて、舌でぺろぺろと毛繕いをしながら、少女の話を聞いていた。
女の子はエミリア・アルドリッジと名乗った。
とてもしっかりしているような、どこかずれているようなそんな感じの女の子だ。精霊に話しかけたり、尻尾を掴んでみたりと、なかなか破天荒である。普通、精霊にいきなり触ろうとか思わないだろう。精霊の機嫌をこそねて呪いを受けるなんていう逸話、腐るほどあるのだから。
彼女は貴族なのか、とても綺麗な仕草をする。それに垢ぬけた感じもあって、田舎の町での女性とは雲泥の差だ。
王都から戻ってこなかったノエルを思い出し、何故かずきりと胸が痛んだ。今さら痛んだところで、わたしは人間ではないのだから仕方がないのだけど。本当に、辛くて涙が出そうだった。何も言わずに約束を破るなんて、やっぱり許せん。
「猫ちゃんも精霊さんなんでしょう?」
「そうだにゃん」
本当ならばエミリアと話さなくてもいいのだが、先ほどの精霊狩りが気になってこうして話している。エミリア曰く、最近ずっとあのように精霊を狩っている人間がいるそうで、ここ王都では精霊が徐々にいなくなっている状態だと言う。
「精霊を狩ってどうするにゃん?」
「魔道具にするみたい」
「にゃん!」
驚きのあまりに耳がピンとしてしまった。
だって、遊び好きな精霊が魔道具だってよ?
どう考えても不良品だよね?
勝手に着いたり消えたり、着いたり消えたり、消えたり消えたり消えたり。
うーん、怖い。
「猫ちゃんが想像しているの、ちょっと違うから」
「?」
どうやら違ったらしい。どちらにしろ、契約ではなくて捕まえるなんて許せない。
「精霊に出て行って欲しいにゃん?」
「どうだろう? そうなのかな?」
エミリアもそのあたりはよくわからないらしい。ちゃんとした背景を教えてもらっていないのか、よくわからないけど。
「事情はわかったにゃん。他に精霊がいたら、王都は危ないから早く出ていくように勧めておくにゃん」
「え?」
「にゃん?」
エミリアの驚きの声に思わず驚いた。首を傾げてつい見上げてしまう。彼女と目が合った。
「どうして出ていく話になるの?」
「精霊にとって人間との契約はただでさえ過酷にゃん。それなのに、無理やりなんてひどすぎるにゃん。別に精霊は人間はいなくてもいいし、ここでなくても暮らしていけるにゃん」
「うわー。余計なことを言ったかも」
エミリアは頭を抱えてしまった。
どうやら王都から精霊がいなくなるのもまずいようだ。でも、それは人間の都合であって、わたしは知らない。
「ねえ、お兄さまに会ってもらえない?」
「どうしてにゃん?」
「これを調べているから」
わたしはふわりと宙に浮かび上がった。先ほどのように尻尾を捕まれないように注意する。まあ、透過してしまえば別に掴まれても問題はないのだけど。
「断るにゃん。精霊を助けてくれているのはわかったけど、わたしは人間と一緒に行動するつもりはないにゃん」
「あ、待って!」
エミリアは声を上げたが、わたしはその静止の声を無視してその場から移動した。
「ねえ、お姫さま」
「なんだにゃん?」
「よかったの?」
後ろで立ち尽くしているエミリアを見ながら、頭にくっついている精霊が言う。
「これでよかったにゃん。人間と関わるつもりはないにゃん」
「でも」
どこか、煮え切らない態度だ。わたしはむっとして、言いつのった。
「いいと言ったらいいにゃん!」
「そっか。あの子にノエルの学校を聞いたらわかると思っていたけど、いいならいいや」
「はにゃ!」
驚きに目を見開いた。無邪気に笑みを見せて精霊は首を傾げてくる。
「その手があったにゃん!!!!!」
わたしは有効な手段を自ら潰してしまった。
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仕方がなく王都にいる精霊に一人一人に場所を聞きながら、そして王都にいるとやばいよ~と宣伝しながら辿って行った。会うたびに情報を貰うが、本当にひどいものが多かった。
どうやら王都近辺では年単位で精霊狩りが行われているようなのだが、それがここ最近大規模になっているらしい。もちろん、力のある精霊は捕まえることができない。
だから狩りをする人間は生まれてまだ間もない精霊を狙っているようだと言う。その後はどんな扱いをされているかはどの精霊も知らなかった。そして生まれてすぐに精霊の森へ行けるような道を開いてほしいと願われた。このままでは精霊が育たない。
「うーん、精霊の森への道だよね」
「精霊だけが行けるようにするにはちょっと難しいにゃん」
魔法が使える人間がいるのだから、簡単にはできそうにない。そもそも精霊は木々から生まれたり、花から生まれたりする。
「そうか、このあたりから精霊が生まれないようにしたらいいんだにゃん」
「その方がいいかもね。狩られるために生まれるのもどうかと思うし」
他の精霊たちとも相談して、王都とその近辺から精霊が生まれない様に声を届けた。今は危ないから、50年後までこの辺りはダメよ、と。人間にとっての50年はかなりのものだが、精霊にとって50年など大した時間ではない。きっとわかってくれていると思う。
そんなことをやりながら、精霊を辿ってようやく、魔法学校へとたどり着いた。
もうここまでで一日以上経っているんだから、正直手紙は読まれてしまっていると思う。だから次の目的の遠くからサヨナラの挨拶をして精霊の森へと帰ろう。できれば、愛溢れる手紙は処分したいが、無理は禁物だ。特に精霊狩りなんて穏やかじゃない。ついうっかり捕まりそうでもある。
「ここだにゃん」
精霊だから疲れも空腹感もないはずなのだが、精神的になんとなく疲れた。夕方なのに、ちらほらと生徒が歩いているのが見える。生徒が着ている制服がノエルの着ていたものと同じだったから、この学校で間違いない。
「あとは手紙を見つけて燃やして、ノエルを見つけて、遠くでサヨナラしたらミッション完了だね!」
「なんだか君たちがそういうと、とっても簡単に聞こえるにゃん」
ここまで来るのにまだ一日しか経っていないのだから、やりたいこと自体は簡単なのは間違いない。
ただ、なんとなく雲行きも怪しい。それは一緒にいる精霊たちも感じているのか、困ったように声を掛けてきた。
「ねえ、お姫さま」
「なんだにゃん?」
「ここって、魔法学校だよね?」
「そうだにゃん」
気が付いてはいけないものも世の中にはある。
だけど、だけど……!
わたしは次期精霊王だし、人間であったときから精霊は大好きだ。嫌いな人間を助けるより、初めて会った精霊を助けられるほど、大好きだ。精霊は確かに気まぐれで悪戯好きかもしれないが、とても素直で可愛い。
少なくとも、わたしが人間であったときに契約してくれた精霊たちは揶揄っては来るが、わたしがお願いしたことはちゃんと力を貸してくれていた。最後の治癒の時だってそうなのだから。
「なんで、なんでだにゃん……」
魔法学校は精霊魔法以外を教える学校。
裏を返せば、精霊魔法を使わない学校だ。従って、この学校には精霊は気まぐれなものしかいない。
そう思っていた。
「なぜ、疲れ切った精霊が溢れるようにいるにゃん」
とてもとても嫌な予感がしていた。