17 - ノエル -
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どうして学校を辞めるだけなのに、こんなに面倒なことになっているんだ。
目の前いる面倒ごとに、イライラしていた。こいつは何を言っても話が通じない上に、変な取り巻きがいるから腹が立ってくる。彼らは俺が通り抜けできないように道を塞いでいた。
救いはもうすでに事務には手続きの書類を提出した後だということだ。これだけはいくらパトリシアであっても握りつぶすことはできない。
学校を退学後、魔法師団へ入ることはオスカーによって既に通達されているからだ。通達すると言われた時には必要だとはまったく思っていなかったが、それがあったからこそ書類は握りつぶされずに済んだ。
本当に、貴族のやり方……いや頭のおかしい貴族のやり方を熟知しているオスカーには頭が上がらない。
「ノエル、今日からわたしの屋敷に来たらいいわ」
ねっとりとした甘ったるい声音に、不快感が湧く。俺はひどく冷めた目を彼女に向けた。何でこの女はこんなにも不快感だけで作られているのだろう。
「断る。これから魔法師団へ行かなくてはいけないんだ。どいてくれ」
「まあ、魔法師団へ? わたしの婚約者はとても優秀ね」
「とうとう頭までおかしくなったのか。お前は婚約者でも何でもない」
パトリシアはくすくすと笑った。
「あなたの婚約者は死んだじゃない。わたし以上に釣り合いの取れる相手などいないわ」
「本当に話が理解できないバカなんだな。オスカー殿下がいくつか縁談を見繕ってくれている」
憐みの目を向けると、ふうっと息を吐いた。確かにオスカーの言う様にこの粘着質で話を聞かない、理解できない頭を持つ女を振り払うのは大変だ。できなくはないが、かなり神経が削られる。結婚を迫られたら、自分の名前で縁談を探していると言っていいと許可をくれたことに感謝しかない。
なんでもないように笑いながら魔法師団への所属することを条件としてきたが、貴族社会のことなど何もわからない俺がうまく立ち回ろうとするならば、オスカーの庇護がある方がいいのだろう。どうせ、オスカーからは逃げられそうにないのだから。
「オスカー殿下が」
初めてパトリシアがまともな反応した。話は一応聞いているんだ、と変な感想を持った。
「オスカー殿下は俺の魔力と釣り合いの取れる相手を探すと言っていた」
「あら、だったらわたしでも十分じゃない」
立て直した彼女は嫣然とほほ笑んだ。これが貴族令嬢なのかもしれないが、17歳にしかなっていないのに熟練の娼婦のような媚びた笑みに顔を引き攣らせた。年齢詐称しているのか?
そして、気になることを言うので思わず呟いてしまった。
「お前に十分な魔力はないだろうが」
十分小さな呟きではあったが、パトリシアには聞こえたようだ。笑顔がとても醜く歪んだ。
「何ですって……?」
「お前、魔力は一般よりもかなり少ないだろう? 魔道具……そうだな魔法石か何かで補っているんじゃないのか?」
魔法石の言葉に反応した。顔が強張り、動揺する。
「何を根拠に……」
「おかしいことでもないだろう? 魔法師団に所属するような魔力の持ち主なら混ざった色などすぐにわかる。学校だから、魔法石込みであっても問題なかったんじゃないのか?」
不思議なことを言う彼女に首を傾げた。本気でバレていないと思っていたのが驚きだった。純粋な自分の中の魔力なら濁りは感じないが、他から補っている場合は、それなりに濁って見えるのだ。
精霊魔法を使う時も同じだ。精霊から借りる力の量でその見え方は変わる。この学校は魔法学校だから精霊魔法を使う人間はあまりいないが、全くいないわけではない。
てっきり彼女がちゃんと知っていて皆黙っているのだと思っていたのだが。実はパトリシアの逆鱗に触れないようにするために、魔力を正しく見える奴らもあえて教えていないのかもしれない。というか、授業で習ったと思うのだが……。
「わたしは」
「魔力が釣り合わない人間同士の結婚はオスカー殿下も認めないだろうからな。だから、お前は候補にもあがらない」
パトリシアはふるふると体を震わせた。こんな沢山の人がいる中で魔力が少ないことを暴露されたのだ。怒っても当然だとは思う。自分の魔力だと見せかけていたのだから、よほど劣等感があるはずだ。このまま恋情よりも憎悪を持たれた方が楽なんだけどな、と思いながら彼女の反応を待った。
「そんなこと、認めない。わたしが相応しい」
「お前の許可などいらない。魔力が少ないのは事実だし、見る人が見ればすぐにわかる」
肩をすくめ、知らされた事実に呆然とする取り巻きたちを押しのけ、道を作る。
「待ちなさい!」
パトリシアは怒鳴ると同時に、魔法を発動させる。面倒だなと思いながらも、足を止めて振り返った。魔法がいくつか発動しているが、大したものではない。防御の魔法を展開する。
「わたしに魔力が少ないと言ったことを訂正しなさい!」
彼女の感情の爆発に連動するように、魔法が発動した。叩きつけられるように向かってきた魔法を防御だけでしのぐ。
「落ち着け。ここは魔法を使っていい場所じゃないぞ」
「訂正しなさい!!」
激高している彼女にはまともに言葉も届かない。対応を間違ったか、と舌打ちした。こんな狭いところで先ほどよりも大きな魔法を撃たれたら、確実に建物が壊れる。
どうしようかと本気で悩み始めたところ、パトリシアが魔法を撃った。
「まずい」
慌てて辺り一帯に防衛魔法を展開するが、予想に反して魔法は途中で消滅する。
「何で」
パトリシアが呆然と呟くのと同時に、ぱりんと大きな割れるような音がした。そしてすぐに耳をつんざくような音量で不快な音が響き渡った。耐えきれず、両耳を手で押さえる。
しばらくして、音がぴたりと止まった。突然の静寂に不思議に思い顔を上げた。
目の前には、3人の精霊。
そのうちの2人は中位精霊だ。残る1人は上位精霊。
無表情な精霊たちにぞくりと悪寒が走った。それは俺の知っている精霊たちではなかった。いつも接している精霊たちは明るく朗らかで、少し面倒くさい奴らだ。楽しそうに過ごしている精霊たちには色々ないたずらをされて、困った事態には沢山なった。しかしそれは笑いながらも許せてしまうようなものばかりだ。
だけど目の前にいる精霊たちは自分の知っている精霊たちとは明らかに違う。その体から怒りが噴出していた。精霊の純粋な怒りに、体が震えた。
ここから離れなければ。
「逃げろ……!」
咄嗟に周りにいる生徒たちに声を上げた。その声に固まっていた生徒たちは皆、弾けるように慌ててその場から離れるように走る。
「逃がすと思っているのか……?」
低い、声だった。同時に、突風が吹いた。それだけで足をもつれさせ、皆倒れる。倒れた生徒たちは恐怖に顔を引き攣らせ、なるべく離れようとじりじりと腰を上げずにへたり込んだまま後ろへと下がる。
「ようやく出られた。よくもこんな扱いをしてくれたものだ」
ほの暗く笑う精霊をただただ見つめることしかできなかった。




