15 - オスカー -
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「参った」
もうこの言葉しか出なかった。ぐったりと長椅子に座り、頭を抱える。そんな私の前にイサルがお茶を置いた。ノエルとヴィーはすでに退出していた。
ノエルは口を開かなかったが、その怒りは見ているだけでも伝わってきた。彼の怒りを知り、だからこそノエルの側には精霊が残ったのだと確信する。
知っている人の中で精霊の扱いにあれほど怒る者を見たことがなかった。心から精霊を思っているからこそ、精霊にもその思いが通じているのだろう。精霊王の怒りを知っても離れていかないくらいには。
「まさか、そんなことになっていようとは」
確かに魔道具に使われていることは知っていた。弱い精霊を捕まえ、魔力で育て、魔道具の魔法陣に閉じ込めていた。
だが、その後は?
気が付いた時にはすべて解放されており、魔道具はすべて破壊されていた。残されていたのは壊れた魔道具と魔法陣だけ。だから、精霊が死んでしまっていたとは考えてもいなかったのだ。人間にとって精霊は力が強く死なない種族だという思いもある。
「怒っているのは当たり前なんですね」
しょんぼりとエミリアが呟く。ブライアンも無表情ながら、後悔しているのが見て取れた。
「というか、どうやって挽回していいのか全く分からん」
精霊王が怒っているというのは理解できた。だが、精霊王が怒っているから何かをしているわけではない。怒りに同調した精霊たちが離れていっただけだ。精霊王に謝ったからと言って、今の状況が好転するとはとても思えなかった。
「魔道具を作った人間を捕まえるか」
「それはすでに手配しています。逃げていても明日までには捕まるかと」
ブライアンが鬱々とした感じで告げた。オスカーは頷くと、イサルが書類を持ってきた。
「召喚状だ。伯爵だろうが子爵だろうが、関係ない。全員、連れてこい。拒否する奴は罪人として連れてこい」
ブライアンがイサルから書類を受け取り、そこの羅列された名前を見て眉を寄せた。
「思っていたよりもいる……」
「大分苦労した。だが、貴族はほぼこれで全員だと思う」
「エミリア」
ブライアンが妹の名を呼ぶ。彼は立ち上がり、召喚状を持った。
「では、仕事に戻ります」
「ああ。朗報を待っている」
手を上げて、送り出した。扉が閉まり、イサルと二人になる。
「はあ、本当に参った」
「反論の余地がありませんでしたね」
イサルは口を挟まなかったが、やり取りはすべて見ていた。やりきれない気持ちが顔に現れている。いつもにこやかにしている彼にしては珍しいことだ。私はため息をついた。
「これから兄上に会いに行くか。兄上、気絶しなきゃいいけどな」
意外と気に病む性格の兄を思い、ますます気が重い。きっと胃薬だけではダメだろう。でも、ここは国王として踏ん張らなくてはならないところだ。
イサルが立ち上がった私の服を整える。満足そうに何度か確認した後、ぽんと薬を掌に乗せてきた。
「二日酔いの予防薬です。飲んでからの方がいいかと思います」
「兄上の愚痴に付き合うのは仕方がないか……」
兄との酒はどうにもならないことをぐちぐちいうので楽しくないのだが。
今回ばかりは付き合わないといけないだろう。
そう覚悟を決めて、執務室を後にした。
******
部屋に戻れたのは、夜半過ぎだった。
これでもかというほど、酒を飲まされたが、理由が理由だけに全く酔えない。事前に飲んだ二日酔い止めの薬が効いているのかもしれないが、飲めば飲むほど目が冴える。
その薬でさえ、精霊魔法が使われている。これも失われてしまうのか。そんな風に思うと、ため息しか出ない。
兄上は最後には清々しいほど達観していた。
最後には、だ。それまでの過程はひどいものだった。簡単に現状の説明をしたところ、無表情で兄上は執務室を出て行った。しばらくすると、宰相とちょうど宰相のところに相談に来ていた財務大臣を引きずりながら戻ってきた。
そこから人払いをして、二人に対して兄上と同じ内容を説明した。説明を聞いた二人は絶句しており、放心状態だ。
王である兄上はそんな二人を見つめ、そうだろうそうだろう、と重々しく何度も頷き、侍女に大量の酒を用意させた。そしてつまみも。
扉を守る騎士達にはよほどのことがない限り、誰も通すなと告げて扉を閉めた。選ばれた近衛騎士達も心得たものだ。このように通達する王の状態を正しく判断していた。
そこからは泣き言のオンパレードだ。どこの馬鹿がやらかしたのか、一族郎党処刑だとか、口にしてはいけない言葉を駄々洩れにし、宰相にも食って掛かり、財務大臣には泣きついた。
こうなることはわかっていた。
兄上は賢王とあろうと多角的に物事を見て判断して国の運営を進めているが、実はかなり気に病む性格をしている。もちろん、脇から支える宰相はじめ大臣たちも兄上のこの性格をよく理解していた。だからできる限り正しくあろうと、曲がったものも折り合いをつけてまっすぐにし、側近たちはよく王を支えていた。
だが今回は。
今回ばかりは誰も何もできない。というか、何も思いつかなかった。
それが分かったからこそ、最後には清々しくなれたのだ。吹っ切れたともいう。
起こってしまったものはどうにもならない。
失われてしまった信頼はすぐに元には戻らない。
誠意を表していくしかないと最後は告げていた。
人間通しのような駆け引きは通じない相手だ。それしかないだろう。逆にまた取り込もうとか、騙そうとしたら、永遠に精霊とは縁が切れてしまう。
兄上がちゃんと理解して、側近たちにもその深刻度が理解されてよかったとは思う。
思うが。
どうやって信頼を回復するのか。
兄上が俺の首を差し出そう、とか笑顔で言い出した時にはどうしようかと焦った。
兄上の首を差し出したらさらに機嫌が悪くなります、と告げて何とか押しとどめたが、本気でやりかねない。
「瘴気が溢れかえっている方がもっと簡単だろうな」
ついつい心の声が漏れてしまう。前代未聞の事態に、本当にどうしていいのか、わからなかった。
「困っているようだね」
ふわりと現れたのは、セドだ。久しぶりにその姿を見て涙が出そうだ。
「やあ、セド。酒臭くて悪いね」
「とても困っているみたいだから、様子を見に来たんだ」
優しい笑顔を浮かべてセドが告げる。セドに向かいの椅子に座るように言うと、彼は素直に従った。
「国王様の様子が面白いよね」
くすくすと笑っているところを見ると、すべて見ていたらしい。
「覗いていたんだ。悪趣味だな」
「これからどうするのか気になるからね。僕は別に君たちが嫌いじゃないから」
セドはそう言いながら、にっこりと笑みを浮かべた。
「はあ、そう思ってくれているなら、もう一度、私と契約してほしい」
「いいよ。そのつもりで出てきたんだし」
「は?」
あまりの軽い言い方に、思わず固まった。
「お姫さまが言っていただろう? 精霊王は怒っているけど、それだけだって。信頼関係があるなら契約は継続されるって」
「お姫さま、ってヴィーか?」
「そう。次代の精霊王」
顎が外れそうなくらいに驚いた。
「ヴィーが次代の精霊王?」
「そうだよ。なぜか今は猫だけどね」
「そんな素振りは全然……」
ヴィーの様子を思い出しても、精霊王とかそんな感じではなかった。どちらかというと、とても抜けていて優しい上位精霊だ。神々しさとか、重厚さはほとんどない。一緒にいるとささくれ立った心が癒される。
「本人も忘れているかもしれない。精霊王の愛し子になるくらいだから、とても素直でいい子なんだ」
「それはそうだと思う。ノエルがいなかったら、手元に置きたかった」
つい本音が出る。
「本来精霊は自由気ままなんだ。それを人間が精霊の意思を無視して強い魔力で従えたのが間違いの始まりなんだよ」
セドは何でもないことのように話し始める。私は特に口を挟むことなく、セドの話を聞いていた。
「祝福を貰い精霊魔法を上手く使える人とそうでない人の関係がそれを表している。精霊は君たちを友達だと思っているから手を貸しているんだ」
上手く扱える人は精霊との意思の疎通がきちんとできているということなんだろうか。
「もともと人間の在り方が間違っているのか」
「そうだね。今の人たちは如何に精霊を使えるかを研究しているでしょう?」
精霊魔法の学問では、どのような精霊と契約し、力を効率的に使うにはどうすればいいのかということを学ぶ。
初めはそれでもよかったのだろう。手探りでお互いに負担のない使い方を考えているだけだった。
だが時間が経ち、長い間、精霊に力を分けてもらっている間に、人間が主で精霊が従というような関係のように感じ始めてしまった。人間が自分よりも弱い精霊を契約に選ぶのも、きちんと力を引き出すためだ。
「一つアドバイスだよ。今回の騒動に関わった人間を全部捕まえたら、一か所に集めてよ。そして、お姫さまを呼んでみて」
「ヴィーを?」
「そう。できれば呼びかけるのは国王様がいいかな。きっとお姫さま、国王様、好きになるよ。それが鍵かな」
それだけ告げると、セドはふわりと消えた。残された後、ふと手のひらを見ると、契約の証が表れている。前のよりも強い加護だ。
とりあえず、糸口がつかめたようだ。ごく小さな糸口で、このあとどうになるのかわからない。ただ、絶望的な状況の中、小さく光る光は希望に見えた。
そのことをまだ側近たちと泣きながら酒を飲んでいるだろう兄上に伝えるために再び部屋を出た。
思った以上の方に目を通してもらい、本当にありがとうございます。とても嬉しいです。
多くの人が目を通しているので、かなりどきどきしています。抜けとか、?とか多分沢山あると思うので。。。
完結まであと少しなので、できればお付き合いしてもらえればと思います。