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いつもありがとうございます。ブクマ、評価、とても嬉しいです!!!



 洗いざらい喋らされた日の次の日。


 わたしはノエルに抱えられて、オスカーのいる魔法師団の執務室にいた。ここはハイド先生の部屋とは違ってとても綺麗に掃除がされ、執務机の後ろにある本棚にはぎっちりと本が置いてある。背表紙を見ただけでも、難しそうだ。到底わたしが理解できるとは思えない。


 執務机の左にある大きな窓からは柔らかな光が差し込んでいて、窓の外には手入れされた庭が見えた。田舎とは違う洗練された庭に思わずため息が出る。


 ノエルはオスカーに勧められるまま、客用の長椅子に座っていた。その前にイサルがお茶を静かに置く。香りのよい湯気が立ち、側に置かれた菓子についつい注意を持っていかれた。細かな模様が描かれたお皿にはと食べるのが勿体ないほど綺麗な菓子が3つ置いてあった。一口で食べられるように作られているのか、ちょこんとしていてとても可愛い。


 何の焼き菓子だろうとじっと見つめていると、オスカーが笑った。


「遠慮せずに食べたらいい。イサル、精霊殿にもお茶を」

「わかりました」


 精霊殿、と言われて目を丸くした。まさか、そんな呼ばれ方をするなど思ってもいなかったのだ。


 精霊たちは皆わたしのことをお姫さま、と呼ぶし、ノエルはヴィオレッタという。ただし、ヴィオレッタは真名に近いから、ノエル以外には呼ばせないように縛りをかけていた。そうなると、必然的に呼ぶ名前がなく、勝手に呼ばれても困るので結果的には精霊殿に落ち着く。


 なんとなく居心地が悪くもぞもぞしていると、ノエルが小さく笑った。ついでに優しい手つきで耳を擽られる。


「名前、俺がつけようか?」


 どうやらわたしが何を気にしているのかわかったようだ。ちょっと考えるように首を傾げ、ノエルを見つめた。ノエルのことだから、変な名前を付けないだろうけど。


「ヴィーでいいだろう?」


 ノエルに言われて、心の中で繰り返す。まあ、悪くはない。元の名前に近いし、小さい頃はヴィーと呼ばれていた。


「いいだにゃん」


 許可すると、オスカーも頷いた。


「では、ヴィー。これから来る二人に会ってもらいたい」

「にゃん」


 頷くしかないのだが。ここに来るのはそのためだからだ。ちらりとノエルの顔を見るが、彼は特に表情を変えなかった。ゆっくりとお茶を飲んでいる。出された小さな菓子を小さく割って、わたしの口に入れた。ゆっくりと味わう様に咀嚼しながら、これから来る二人に思いを馳せる。


 アルドリッジ兄妹とノエルはどうやら喧嘩に近いことをしたらしい。話を聞く限り、精霊を思ってのことだと思う。


 エミリアとは一度話しているからどんな女の子であるかはわかっている。

 そんなにひどくはないと思うのだが。


 問題は兄の方なのかな?


 エミリアを思い浮かべ、その兄を想像してみた。騎士団に所属していると言うからがっちりとした体形だとは思う。ただ、エミリアがとても柔らかな感じがあるのでもしかしたら線の細い男性で、脱いだらすごいんです、ってやつかもしれない。オスカーだって魔法だけでなく、剣の腕も確からしいから、きっとこんな感じの貴族なんだろう。ノエルは貴族が嫌いだから、嫌味っぽく言われて切れてしまっただけかも。


 どうでもいいことをつらつら考えていた。そのうちに、ノックが響き、イサルが扉を開けた。


「失礼します」


 入ってきた人物に目が点になる。


「はにゃん???」


 え、誰これ。


 線の細い、貴族的な美しさを持つ騎士団副団長の想像図がパリンと音を立てて割れた。


 入ってきたのは、騎士団の制服を着た厳つい大男。


 背が高く、筋肉で覆われた全身はずっしりと重そうだ。顔もにこりともせず、ちょっと目つきが悪く、犯罪者顔。禿げでないだけ、マシだ。


 いや、違うのかも。禿げていた方がブレがなく、すっきりとしているのかもしれない。その方が騎士団の制服だけが違和感になる。


 というか、なんでエミリアのお兄さんは筋肉だるまなの???

 え、本当に血が繋がっているの???


 そんな失礼なことを真剣な顔で考えていた。


******


「よかったよ~、また会えた」


 入ってきた途端に抱き着こうとしたのはエミリアだった。ノエルの方が早くさっとわたしを避難させたから彼女の手が届くことはなかった。

 前よりも少し元気がないところを見ると、オスカーが言う様にこってりと絞られたのかもしれない。何だったかな? 情報漏洩と迂闊に精霊に触れたこととかなんとか。色々、精霊に対して不味いことをしたらしい。


 らしいというのは、わたし自身、精霊になって間もないからよくわからないのだ。説教は辛いよね、と内心同意しながら嬉しそうなエミリアに尻尾を振って見せた。


「にゃん」

「こちらが精霊殿か」


 筋肉だるま、ブライアンが体格に似合う低い声で喋った。わたしは首を傾げて、彼を見上げる。


「初めましてだにゃん」


 流石に挨拶しないとダメだろうと、声を掛けた。ブライアンはじっとわたしを観察する。その殺気だった視線に思わず震えた。ノエルがため息をつくと、わたしをそっと抱えて見えないようにしてくれる。


「あまり威嚇しないで欲しい。怖がっている」

「あ、いや、失礼」


 ブライアンがばつが悪そうに謝った。わたしはそっとノエルの腕から顔を上げた。


「私はブライアン・アルドリッジだ。エミリアの兄になる。第二騎士団の副団長を務めている」

「ヴィーだにゃん」


 それだけ告げた。話すことも何もないからだ。自己紹介をした後、思わずオスカーを見た。オスカーが困ったように笑う。


「何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」


 そう促すも、ブライアンは考え込んでしまって口を開かない。話し出したのはエミリアの方だった。


「あの、聞いてもいいですか?」

「なんだにゃん」

「捕まっている精霊がいるかもしれないから、協力して欲しい……」


 そこまで言って、ノエルがきつく睨みつけた。ぎゅっとわたしを抱きしめる手を強くする。わたしはぽんぽんと宥めるようにノエルの腕を叩いた。


「捕まっている弱い精霊はもういないにゃん。強い精霊は自分で何とかするにゃん」

「そうなんだ」


 エミリアがほっとした笑顔を見せる。


「じゃあ、精霊はいなくならないのね」

「そうはならないにゃん」


 わたしはじっとエミリアを見つめたまま、言った。エミリアは驚いたように口を開けた。


「どういうこと?」

「人間のしたことを精霊王が怒っているにゃん。精霊王は特に人に手を貸さないようにとは命令はしないけれど、その気持ちは精霊全体に伝播しているにゃん」


 エミリアが悲しそうに顔を歪めた。


「でも、精霊がいなくなったら」

「精霊はそれでも気に入っている人間とは契約を維持するはずだにゃん。それが維持されないとなると、元々あまり信頼関係がないだけの話にゃん」


 それが正解だと思う。わたしのところへは人間界から引き揚げるようにと連絡はない。ただこれを契機に、使われるだけの関係を変えていきたいと思っているのだと思う。変われないようならそれまでなのだ。精霊たちの住む場所を作るだけだ。


「何とかならないのか」


 今まで黙りこくっていたブライアンが口を開いた。わたしは思わず首を傾げる。


「何とかって何だにゃん?」

「君が精霊たちに元のような関係に戻る様に説得できないのか」


 ああ、これは。


 ノエルがキレた理由が分かったような気がした。今でも殺気立っている。ぽんぽんと落ち着くようにとノエルの腕を叩く。


「何故、わたしがそんなことしなくてはいけないだにゃん」

「何故って、精霊がいなくなったら困るからだ」

「精霊は困らないにゃん」


 オスカーが心配そうにわたし達をかわるがわる見ているが、口を挟まない。きっとオスカーもずっと思っていたことなんだろう。

 ノエルは元々精霊魔法は得意ではないから、気にしないと思うが、魔法師団長を務めているオスカーや治療魔法を頻繁に使用している騎士団の副団長であるブライアンにして見たら元に戻ることを望んでいるのだと思う。精霊魔法が使えないと、瘴気の浄化は進まないし、ケガも治らない。まごまごしているうちにあっという間に瘴気に飲まれるだろう。


 わたしはふうっと息を吐いた。


「魔道具に捕らわれていた精霊がどうなったか知っているにゃん?」

「いや」

「魔道具に捕らわれていた生まれたばかりの精霊たちは、力を吸い取られていたにゃん。力が尽きてしまうと死んでしまうにゃん。一晩でいくつもいくつも光が灯るたびに、弱い精霊がどんどん死んでいたにゃん」


 あの衝撃は忘れない。


「ブライアンもオスカーも精霊なんて、利用されて殺されるために生まれるべきだと思っているにゃん? 死んだらその分、生まれた精霊を捕まえればいいと思っているにゃん?」


 二人は言葉を失っていた。

 そうだろう、きっと知らなかったのだ。魔道具として使われているとは知っていても、閉じ込められ力を吸い取られていたと知っていても、その後に死んでしまっていたことなんて知らなかったのだ、彼らは。


「精霊って一番この世の中で割食う種族にゃん。どうして利用されることを許さなくてはいけないだにゃん?」


 じっと二人を見つめた。

 彼らが答えを言うことはなかった。




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