13 - パトリシア -
いつもありがとうございます!ブクマ、評価もありがとうございます!
沢山の人に読んでもらえているようで、とても嬉しいです。
初めて会った時、綺麗だと思った。
濃い茶色の髪に薄いブルーグレーの瞳。
少し冷たく見えるのは彼の透明感のある瞳が冬の湖を想像させるからかもしれない。
そして、圧倒的に強い魔力。
授業である魔法の練習で彼が誰かに負けたところを見たことがない。いつも一人で姿勢よく立って前を見つめている。涼しげな顔をして、複数の魔法を発動させる。その流れるような動きに初めて見た時に目が釘付けになった。
その姿を見て彼の側にいたいと思ったのだ。
わたしほど、彼の側にいるのに相応しい女性はいないと思ったのだ。
「ねえ、わたし、パトリシア・ダリルよ。あなた、名前は?」
美しく見えるように計算された笑みを浮かべて、彼の側にゆったりとした足取りで寄る。少し色気のある眼差しを向ければ、どういうことかは理解するだろう。彼に手が届くところまで近づくと、足を止めてまっすぐに彼を見つめた。
大抵の人はこうすることで、わたしに関心を持つ。そして身分を知ると、口説き始める男が多い。今回もそうなるだろうと自信を持っていた。
だけど、彼はものすごく冷たい眼差しを向けただけだった。
「次の予定があるので、失礼」
短くそう言って、立ち去っていく。
一人残されて、唖然とした。そのまま立ち尽くしていると、ざわざわとした周りの声に気が付き、恥をかかされたことを理解する。怒りに体が震えた。
このわたしが声を掛けたというのに、名前も言わずに立ち去るなんて……!
「パトリシア様」
心配そうに取り巻きたちが声を掛けてきた。ぎりっと唇を噛み締める。このような屈辱は初めてだ。わたしに恥をかかせたことを後悔させてやろうと、彼のことを調べた。調べているうちに、彼はとてつもなく手に入れる価値のある人間だということに気が付いた。
両親が魔術師団に所属していた英雄。
彼も魔力が高く、優秀だ。本人には爵位はないが、それに見合うほどの後見がある。後見人は現在この国で最も権勢を誇っているテイラー侯爵家だ。彼を落とせば、自然とそのつながりも手に入る。
「ふふふ、わたしのためにいるような人間よね」
報告を受けて思わず笑った。
少し冷たい感じの美貌を持つ彼の隣に立つわたし。
とても絵になる。正装をした彼がわたしを夜会にエスコートしたら誰よりも注目を集めるだろう。彼以上にわたしの隣に立つのに釣り合いの合う人はいない。
想像してうっとりとしていると、報告書の最後を見て顔を強張らせた。
「婚約者……? しかも、すでに後見人が認めている」
ぎりっと唇を噛んだ。さらにその婚約者について読み進めると、その女の両親も魔術師団に所属していた英雄だった。本人は精霊魔法に通じていて、彼と同じくらいの魔力を持っているという。
わたしは悔しさに持っていた紙をぐしゃぐしゃにした。
身分は伯爵令嬢。容姿も同世代の中では頂点だろう。だが、魔力だけは。魔力はどうしても普通の貴族令嬢よりも劣っていた。もちろん、魔力の強さは両親に依存するところも多い。父親であるケイン・ダリル伯爵はそこそこ標準の力を持っていたが、母親が一般の上位貴族よりも劣っていた。わたしは母親の血を色濃く受け継いだのか、結婚の売りにできるほどの力はない。
そっと胸にかけてある魔法石に触れる。見た感じは普段使ってもおかしくない首飾りだ。この首飾りがあるから、わたしは魔法学校へと入学ができた。
不思議な魔法石はわたしの足りない魔力を補ってくれる。学校の魔力を測る魔道具を誤魔化せるくらいだから、価値の高い物なんだろう。この首飾りは幼い時の検査でわたしの魔力が劣っていると分かった時に、ケインが贈ってくれたのだ。お前の力になるだろう、と言って。
その言葉通り、幼い頃は他の令嬢よりも抜きんでていたし、学校には行った後でも上位を維持していた。ノエルにはかなわないけど、手に入れたい男なのだ。わたしよりも上位にいる分には問題はない。皆が彼はわたしに相応しいと認める要因にもなる。
「お嬢様」
部屋がノックされると、すっと扉があき、侍女が入ってきた。
「伯爵さまがお呼びです」
「お父さまが?」
珍しいこともあるものだと、少し目を見張った。そして、首飾りをいじる。ふと、魔法石に亀裂が入っていることに気が付いた。
「傷が」
眉を寄せたが、すぐに思いなおす。壊れてしまったのなら、もう一度新しいものを買ってもらえばいい。今から会うのだ、ついでにおねだりしておこう。
******
お父さまの執務室にはお父さまだけではなかった。見知らぬ中年の男が先に長椅子に座って寛いでいた。
その無作法さに眉を潜めながらも、お父さまに挨拶する。
「お呼びと伺いました」
「ああ、座ってくれ。お前に渡していた首飾りを見せて欲しい」
本当なら、他人のいる目の前で外したくはない。これを外すといかに自分の魔力が少ないかが分かるからだ。どれだけこれで補っているのかと内心笑っているのではないかと思うと、腹が立つ。
ただ父親に言われれば、外すしかなった。渋々といった様子で仕方がなく首飾りを外す。
魔法石が首からなくなると、自分を包み込んでいた力が一気に消えた。その喪失感にため息を漏らす。
「どうぞ」
「見てくれ」
ケインはそう言って、座っていた中年の男に渡した。男はそれを受け取ると、丁寧に魔法石を調べる。
「ああ、やはりひびが入っている」
男は何度か表と裏を調べてから、手にしたそれをテーブルに置いた。
「ちょっと直しますね」
そう小さな声で断ってから、掌を魔法石に向け、呪文を唱える。聞いたことのない呪文だ。なんとなく嫌なぞくりとした感覚があった。
「ふう。これでしばらくは大丈夫だと思いますが。あまり大きな力を引き出すと壊れるかもしれません」
「何ですって?」
思わず声を出してしまった。これから試験が始まるのに、魔法石が使えないとなると結果は目に見えてくる。実力しか出せなかったことを想像し、体を震わせた。媚を売っていた奴らの顔に嘲笑で彩られるところが目に浮かぶ。
「仕方がないです。捕らえた精霊がすべて解放されてしまった。この程度で済んだのは奇跡に近い」
「どういうこと?」
お父さまに視線を向けると、渋面で腕を組んでいた。
「お前の魔力は精霊を閉じ込めた魔法石で補完していたのだ」
「精霊?」
「そうだ。精霊を捕まえて、精霊の力を吸い出すのだ」
その説明に思わず笑った。
「だったらもっと魔法石を持ったら、わたしはもっと魔力が多くなるのね」
魔力が多くなれば、ノエルの目にも止まるようになるだろう。とてもそれは甘美な想像だった。
「俺はもう手は貸しませんぜ。すでに目くらましのための魔道具が全て壊れてしまったんだ。次にバレる可能性のあるのはこれらの魔法石だ」
「その言い方だとまだ持っているのね」
にっこりと笑みを浮かべる。男は苦笑した。懐に手を入れて、何かを取り出す。
テーブルの上に転がったのは2つの魔法石。かなりの大きさだ。
「これが最後の魔法石だ。買い取るかい?」
「もちろんよ。ねえ、お父さま、いいでしょう?」
強請る様にお父さまを見れば、やれやれと言わんばかりにため息をつかれた。ただ、呆れたような様子ではあってもダメだとは言わない。
「では、報酬はいつもと同じで」
取引金額は言わなかったが、今までにも何度かあるのだろう。お父さまは引き出しにしまっていた金貨を取り出すと、男に渡した。男は用事は澄んだとばかりに立ち上がり、帽子をかぶる。
「そうだ。一つだけ忠告を」
男は扉に手を掛けたところで、思い出したかのように立ち止まった。
「精霊王にこの魔法石がバレるのも時間の問題だということを忘れない方がいい」
どういう意味だと問う前に彼はさっさと部屋から出て行ってしまった。残されたわたし達は首を傾げたが、どうでもいいかと思い切る。精霊王などおとぎ話に近い存在だ。高々こんな小さな魔法石のために何かをするとは思えなかった。
「綺麗だわ」
手に入れた魔法石をうっとりと見つめた。二つとも手にするとその力がわたしの魔力と合わさって強くなる。
これで誰にも負けない。
ノエルの婚約者がどれほどのものか。
美しさと地位、それに魔力。
どれもこれもわたしに勝てるはずがない。
ノエルとの未来を描き、心が躍った。




