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ノエルは説明を終わりにすると、ティーカップに手を伸ばした。少し温くなったお茶をゆっくりと飲む。
「それではもういいですか?」
「ああ、ちょっと待て。君は魔法陣を読むのが得意だと聞いているんだ。学校辞めるつもりなら、魔法師団へ来ないか?」
オスカーが腰を上げたノエルを止めた。ノエルは今度こそため息をつく。
「魔法師団に所属するつもりは全くありません」
「そう? 結構自由にできると思うけど」
どうやらオスカーはわたし達の生い立ちを知らないようだ。ノエルはどうするのかと上目遣いで伺ってみる。
「結構です。田舎に帰ります」
「帰ってどうするんだ? 魔道具職人になるために入ってきたんだろう?」
心配そうにハイドが尋ねてくる。ハイドの方は純粋に心配してくれているようだ。
「保護者の治療院の手伝いをします」
「そうか」
少し残念そうにハイドが頷いた。ノエルの意志が固そうだと思ったのだろう。引き留めることはしない。
「治療院か。今、精霊魔法が使えなくなりつつあるのは知っているかい?」
オスカーが聞いてきた。ノエルは頷いた。
「昨日、ハイド先生に聞きました。精霊魔法が使えなくても、治療院はなくなりません。というかむしろこれからが大変だ」
深刻そうに3人が黙り込んだ。
わたしはそこまで聞いて首を傾げた。
どうして精霊魔法が使えないとなるんだろうか?
確かに生まれたての精霊たちには避難を、これから生まれてくるだろう精霊たちには眠りをお願いした。だが、すでに人間ではとらえられない精霊たちには警告しただけだ。人間と契約している精霊はいなくならないはず。
「まあ、君だから教えるけどね。今回の精霊狩りの件で精霊王がお怒りになったようだ。きっと近いうちに、この国から精霊がいなくなる」
「は?」
「にゃんと!!!!」
ノエルの唖然とした声に、思わず被せてしまった。慌てて手で自分の口を押える。
「やっぱり精霊だったんだね」
くすくす笑う声がする。オスカーが楽しそうだ。嫌味なくらい整った顔で楽しそうな顔をされて普通ならときめくだろうが。わたしは喋ってしまった手前、だらだらと嫌な汗をかく。ちらりとノエルを見上げた。ノエルが怖い顔をして、わたしのほっぺをつねった。
「この、バカ」
「にゃにゃにゃにゃ……」
誤魔化すように猫っぽく動いてみたが、オスカーの射るような鋭い視線は外れなかった。恐ろしくてオスカーの視線から隠れるようにノエルの腕にしがみついた。
「いいじゃないか。別に精霊がいたって問題があるわけじゃない」
「そうかもしれませんが」
ノエルの渋い声。ノエルの手が耳を擽った。
「ごめんにゃん」
「お前に隠し事を期待したのが間違いだった」
呆れたようなため息をつかれて、しょんぼりする。本当のことだからいいんだけど。
「そう怒らない。ほら、こっちにおいで?」
オスカーが小さくなっているわたしに手を伸ばした。すいっとその手が触れないようにノエルが救い上げてくれる。
「触らないでください。この子は俺のなんで」
「触れるくらいいじゃないか」
「ダメです。王族に囲われてしまうかもしれないし」
オスカーが楽しそうだが、ノエルは不機嫌だ。ノエルは今度こそ立ち上がった。
「では、先生。今までありがとうございました」
「本当にやめてしまうのかい?」
「はい」
何度目かの会話を繰り返した。ノエルは挨拶するとそのまま部屋を出ようとする。
「ノエル・レンブラント」
オスカーがノエルを呼んだ。ぴたりとノエルの足が止まる。ゆっくりとオスカーの方へと振り返る。
「君には魔法師団に所属してもらうよ」
「先ほどお断りしましたが」
「では、王命を取ろう」
ノエルがオスカーを睨みつけた。オスカーは涼しい顔でそんなノエルを見返す。
わたしは不安にかられながら、二人をかわるがわる見た。
「君のご両親は私にとって先輩だ。その先輩の忘れ形見を手元に置きたいと思って不思議はないだろう?」
「……知っているんですか。両親を」
「そりゃあね。魔法師団のレンブラント夫妻とシューリス夫妻と言えば魔法師団に所属している者で知らない者はいないほど有名だ。それに後見人のコンラッド・テイラーもね。この5人が魔法師団からいなくなったのはかなりの痛手だった」
ノエルはしばらく睨みつけていたが、勝てないと分かっているのか、大きく息を吐きだして気持ちを落ち着かせた。
「君はダリル伯爵家にも目を付けられている。田舎に帰れば解決するほど簡単じゃない」
「どうしてですか?」
「精霊魔法が使えなくなるからだ。ますます魔力を持った人間を囲い込みたくなるだろう」
わたしはそんな二人の会話を聞いて、はらはらしていた。どうやらわたしの起こした行動がえらい大騒ぎになっているようだ。
「不味いにゃん」
小さく呟く。
ただ、精霊を利用されたくなくて、殺されたくなくて起こした行動だったのに。
精霊王にほどほどにして欲しいとお願いしたら聞いてくれるだろうか。
一度だけ会ったことのある精霊王を思い浮かべた。
とても男性とは思えないほどの嫋やかな美しさを持つ精霊だ。黒髪は引きずるほど長く、髪はさらさらしている。目は新緑色だ。蕩けるような優しい目をしている。
……あの服装だけはいただけなかったな。
胸元を大きく開けたさらりとしたワンピースのような何とも色っぽい服を着ている。別に男の人だから胸がはだけていてもいいんだけど。見てはいけないものを見たような、ドキドキしたことを覚えていた。もちろん、ノエルには秘密だ。
「それにね」
いつの間にかセシルの前まで来ていたオスカーにふわりと突然抱きかかえられた。抵抗する間もなく、優しく耳をさわさわと撫でられる。
おおう。なんていうテクニックだ。思わず目が細くなって、ついついゴロゴロ言ってしまう。
「この猫、きっかけを作った猫だから」
「きっかけを作った猫?」
「そう、この間、アルドリッジ兄妹が来ただろう?」
アルドリッジ兄妹と言われて、思い当たることがあったのかノエルの顔が険しくなった。
「あの妹の方が言っていなかったか。猫の精霊に出会ったと」
「は?」
うん?
ゴロゴロと喉を鳴らしていたわたしに険しい視線が突き刺さった。目をぱちくりとさせて、視線の主を見返した。ノエルの目がすっごく怖い。
「愉快な呪いだとは思っていたけど、お前か」
ノエルががっくりと肩を落とした。
「愉快な呪いじゃないにゃん!」
そんな呪いは掛けたことはない。ふんと鼻息を荒くする。
「俺は愉快以外何物でもないと思う」
「日常生活に支障をきたさない、精霊らしい呪いにゃん!」
「マジで言ってる?」
どうやらノエルには呪いのセンスがないようだ。残念な奴。
「あの呪いがお前がかけたと言うなら、捕まっていた精霊を解放したのもお前か?」
「にゃうん」
ノエルは勘がいい。勘というよりも、わたしをよく知っている。
誤魔化すように鳴いてみた。なんとなく、肯定してはいけない気がして。今ここで、わたしが解放した精霊だと分かると面倒なことになりそうだから。
だって、ノエルはいるし、王族のオスカーがいるし。精霊がいなくなった国が亡ぶと思っているんだもの。何をされるかわかったもんじゃない。
「誤魔化すな」
「悪いようにはしない。教えてくれないか?」
オスカーが子供を宥めすかすように優しく撫でながら言う。その優しい手にちらりとオスカーを見た。
言っても大丈夫なんだろうか? 一応両親を知っているみたいだけど、だからといっていい人とは限らない。それに王族だし。今だってノエルに王族の権力で押さえつけたばかりだ。
「今、話したら悪いことにはならないぞ」
ノエルもどことなく優しい口調で唆してくる。さっきまでオスカーに反発していたのに、どうやらいつの間にか結託したようだ。
ノエルもいるし、オスカーも嫌な奴じゃないから話してもいいかな、とは思う。でも、正直に話した後、お仕置きとか言ってぐりぐりされるのは嫌だ。きっとノエルは容赦なくやるに違いない。
痛みを想像して、ふいっと顔を背けた。
「へえ、そういう態度をとるんだ?」
「うにゃん?」
ノエルの低い声に震えが走った。
ここは逃げる!
「この状態で逃げられると思っているところがおかしい」
がっちりとオスカーの手から飛び出した体を押さえつけられた。両手で抱きしめられる。どうにか逃げようと、体を捻ってみるが、頑張っても子猫。大きなノエルの手で抑え込まれれば逃げ出せるはずもなく。
「さてと、吐いてもらうぞ」
ノエル、大好きだけど。
こういうノエルは、ちょっと嫌いかも。
呪いは愉快な方がいいよね?