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ブクマ、評価本当にありがとうございます。沢山の方に目を通してもらえれて、嬉しいです!
何だろう、これ。
というか、すっごい根性あるわ。
ノエルの目の前に立ち塞がるのは、気の強そうな金髪の少女。やや釣り目がちではあるが、美人の部類にはなりそうだ。と言ってもそれは一般的な話で、大抵の人はこの少女の見た目から恋心を抱くのは難しい気がする。
なんていうのかな、綺麗だけど、それだけっていうのか。心は休まらないし、一緒にいても楽しくなさそうというのか。
え?
なんか敵意があるって?
そりゃそうでしょう。ノエルにちょっかい出しているんだもの。ノエルはわたしの婚約者……だったのよ。えーと、ここは過去形であっているわよね??
猫の姿のまま、ノエルに抱きかかえられていた。のんびりじっくり脳内実況しながら観察できるのは、ひとえに真正面にいるからだ。しかも猫の姿だから、文句も言われない。
「話すことは何もない」
「ちょっと待って!」
彼女は慌ててノエルの腕を抑えようとする。だがノエルが避ける方が早かった。彼女は捕まえるのを諦めて、気を取り直したように咳払いをした。
「わたし、聞いたのよ。お気の毒ね。婚約者が亡くなったんですって? 寂しいでしょうからわたしがこれから側にいてあげるわ」
なんだこいつ。
イラっとしながら、尻尾でぱしぱしとノエルを叩く。
「誰から聞いた」
「誰って……みんな知っているでしょう?」
あれ?
わたしが死んだことって知っている人は一人だけだとノエルは言っていた。あまり詳しいことは教えてもらっていないが、同室者だけ知っているとか言っていたのに。
どういうことかな?
「へえ。ニコルが喋ったのか」
「ええ、そうよ」
「お前が手紙を握りつぶしていたということか」
ぎっと、わたしを抱く手に力が入った。そうでもしないと殴りそうだと言わんばかりの握り方だ。
ひええええ、痛い、痛い、痛い!!!!
慌ててばんばんとノエルの手を叩いて離すように促すが、気が付いてもらえない。
早く離して!痛いよう。
「にゃうにゃう」
とうとう情けない声を上げた。その声にようやく気が付いたのか、ノエルがわたしを見下ろした。そして手から力を抜くと、優しく背中を撫でてくれる。
ああ、出てはいけないものが口から出るかと思った。
「別にいいじゃない。あなたが悪いのよ。わたしの申し入れを断るから」
「お前のその腐った根性が嫌いなんだ。性格の悪さが顔に出ているし、匂いも臭い」
「な……っ」
彼女は真っ赤な顔になって震えた。恥ずかしさよりも怒りのためだろう。
でも、ノエル。容赦ないな。年頃の女の子に向かって臭いだなんて。
思わず自分の匂いを嗅いでしまった。すんすんと嗅いでみるが匂い自体が分からない。
自分の匂いはいい匂いなんだよと誰かが言っていた気がする。ということはわたしも臭いよね? だって精霊になってからお風呂に入っていない。
「ノエル」
彼女が食って掛かろうとしたところに、ノエルを呼ぶ声が聞こえた。ノエルがそちらに視線を向けると、魔法師団の制服を着たオスカーがいた。目にも優しくない美貌に思わず目がぱしぱししてしまう。ちょっとだけ目を下に向けた。
「殿下」
「昨日の話が途中だったろう?」
オスカーには関係ないのだが、そんな風に話しかけてくる。これは助けてくれているのかな? 思わずノエルを見た。ノエルは迷ったような顔をしたがすぐに頷く。
「はい」
「一緒にハイド先生のところへ行こうじゃないか。君、申し訳ないね。昨日からの約束なんだ」
にこやかに言われて、少女も間に入ることはできなかった。オスカーはノエルからわたしを奪うと優しく鼻の頭にキスをした。
きゃう。目の前がきらきら。
「……そういうのはちょっと」
「いいじゃないか。癒しだよ」
そんなどうでもいい会話をしながら、二人はハイドの部屋へと歩き出した。
******
ハイドの部屋は相変わらず雑然としている。わたしは昨夜来た時にはノエルにくっついていたからあまり見ていなかったが、本当にひどい。
高名な先生というのはこんなものなのだろうか。
整えられた環境で難しい学問を考えているようなイメージであったのだが。これではどこかの不用品市のようだ。窓から入る明るい光にきらきらと埃が舞っている。
ここ、大丈夫かな?
思わず手で口を押えた。病気になりそう。
「うん、ノエルの入れるお茶は美味しいね」
こんな埃っぽい部屋なのに、満足そうにお茶を飲むのはオスカーだ。王族はすごい。こんなゴミ溜めのような部屋でもお茶を飲んでいる姿はとても優雅だ。そこだけ別世界。
オスカーには侍従がいるはずなのだが今日は別行動なのだとか。仕方がなくノエルがお茶を人数分入れた。もちろん、わたしにもある。ただし猫舌のため、小さなソーサーに少しだけ入れてもらっている。
えー、これ飲むの?
ちょっと埃、浮いているように見えるよ?
「さてと。では先にノエルの問題から片付けるか」
「問題ではないです。もうここに通う理由がなくなったので、学校を辞めようと思っています」
ハイドは困ったように頭を掻いた。
「あと一年半だ。我慢はできないのかい?」
「無理ですね。あいつら、手紙を握りつぶしていた」
憮然としてノエルが告げる。
「あいつら、とはさっきの令嬢とその仲間たちか?」
「そうですよ。はっきり言って屑だ」
きっぱりと言い切るのは仕方がないと思う。ノエルが信用しすぎていたのも問題かもしれないが、ノエルもわたしも田舎育ちだ。基本、皆、助け合って生活している。手紙の受け取りなど頼んだりするのは普通のことだ。下手したら、洗濯物だって取り込んでおいてくれる。
家の鍵?
一応ついているわよ?
「穏やかじゃないね」
「あいつらが俺の手紙をきちんと出していたら、彼女は死ななかった」
ああ。
届かなったのはわたしからの手紙だけではないのか。ノエルが書いた手紙も隠されていたのか。あまり詳しく話してくれなかったから、てっきり私からの手紙だけかと思っていたけど。
わたしはノエルの少し陰りのある顔を見上げた。ノエルはわたしと田舎で暮らせるように魔道具職人を目指していた。魔法陣が作れれば、そこそこ豊かに生活できると思ってのことだ。もちろん、わたし達には両親の遺産があるからお金に困ることはないのだけど。
ノエル、泣かないで。
ごっそりと表情が抜け始めたノエルの手を慰めるように少しだけ舐める。わたしに意識を向けたのか、ノエルの手が優しくわたしの頭を撫でた。
「事情を聞いてもいいかな?」
「パトリシア・ダリル伯爵令嬢が俺と結婚をしたいそうです。俺にはすでに田舎に婚約者がいます。それを邪魔して、手紙をすべて握りつぶされました」
簡潔につらつらとノエルが説明する。オスカーは口を挟まず聞いていた。
「その手紙には約束の日を変更してほしいと連絡したものがありました。ところがヴィオレッタはその手紙を受け取れず、約束の日に雨の中待っていたんです」
そうそう。手紙を受け取っていないから、ずっと冷たい雨の中、待っていたよ。
ノエルが来なくて、悲しくなっていた。どうして、来ないの? とずっと考えていた。王都の方が楽しくなってしまって、忘れてしまったのかな、なんて考えていた。
あれれ?
よく考えてみれば、わたしって死に損?
「君の婚約者は……流感に罹ってしまったのか」
「そうです。彼女は精霊魔法が使えました。恐らく、むしゃくしゃして調子に乗って保護者のやっている治療院で治癒魔法を使いまくって、魔力が尽きかけた頃に流感が分かって死んだんだと思います」
「……。君の婚約者は精霊魔法が使えるんだね」
「ええ。すごいバカですが腕は一流だったと思います」
ははは。やっぱりノエルだ。わかってるじゃない。
それじゃあわたしは手紙だけ回収して精霊の森にでも行こうかな。




