第二話 青州へ(前)
いざという時、江南に避難先を設けておくのは、徐州の人間なら誰でもやっている。
蝗害もそうだが、いざ、という時に、食糧も、それを支える資源も、なにもかもなくなりました、では済まない。
大漢帝国が助けてくれないのなら、自力救済に望みをかけるしかない。奴隷も、そのためにこそ豪族の奴隷になる。その、豪族にすら受け入れられなかったものは、宗教集団に属するしかなかった。
漢の光和元年(178年)。
蕭建、幼名を相生。数えの八歳の時であった。
「相生。おまえもそろそろ学問を始める年齢だな!」
日課の『繰り出される技をひたすら受け続ける』武術の朝稽古の後で、父の蕭豊(字を安国)が、笑顔で言った。その時、汗まみれで熱を発していた背中が、さっと寒くなるのを、蕭建は感じた。
転生して以来、この数えの二十六歳の親父の性向は熟知していた。
(あっ、やべえ――)
蕭建は思った。親父、あの野郎――などと信じられないものを見る目で今生の親父を見た。よくいえば世話好き、悪くいえばお節介の蕭豊が嬉々としてやることは、たいてい蕭建にとっての生命の危機であった。
「父上――」
と、蕭建はあえぐように言った。
蕭家――徐州の東海国祝其県の北部において、北領家と呼ばれている氏族集団の生活圏は、主に山林と畑からなる。材木の販売と北領家の人間こそが資源であるこの家では、武術の稽古も広大な山林地帯で行われており、必然的に、助けを呼んでも野鳥の鳴き声しか返ってこないことになっていた。
「ちょっと待って、ちょっと待って――」
蕭建が後ずさりながら両手を振ったが、蕭豊は息子の言うことに耳を貸さず、かえって叱声を放った。
「待てと言われて誰が待つか! 機会も災難も唐突! なにより、良家の子弟はみんな、おまえくらいの年齢には勉学に励み始めるものだ。幸い、おまえは赤ん坊の頃から呑み込みが早かった。武術のほか、学問をやるくらい、おまえなら朝飯前だろう!」
「そ、そりゃあ、だって、その!」
前世の記憶があるし! とは蕭建も言えず、代わりに上目遣いになって、指と指を突き合わせ、おずおずと蕭豊に問うた。
「ち、父上も……勉強漬けだったの?」
「私の代で祝其県の役人になったのだ」
蕭豊はさも当たり前のように言い、嫌な予感に白目になりかける蕭建を尻目に、スッキリと引き締まった腕を組んで、ふんぞり返った。
「だから、大してやってないな。武術に励んで県尉(県の警察長官)殿に従うのが第一で……曾祖父の代で祝其県の住民になったが、役人の息子の身分になったのは、おまえが初めてだ。ハッハッハ! いやあ、めでたいなぁ!」
「そ、そうですね! ははは、ハハ……笑いごとじゃねぇぇぇぇぇ~~~ッ!!」
基本的に武闘派で、ど根性論全開の人生訓を持っている親父に対し、オレがより苦労する代か! とばかりに叫ぶ蕭建であったが、果たせるかな、北領家の荘園からは、のどかな野鳥の鳴き声しか返ってこないのであった。
◇
学問には先生が必要である。後漢の世において、その先生はなるべく名士がよい。なぜなら、名のある学者の教え子となれば、誰もが交際を持ちたがるからだ。官界の引き立てが容易になる、という点で、人気の学者というのは存在する。
が、官界での人気は時代の政治に左右される。数年前まで人気だったのに、最近ではダメだな、という学者はいる。政治の世界の通説に反した学者。時の皇帝か、その取り巻きに睨まれた学者というのは、不人気になるか、逆に、ひとに担ぎ出されて災難に遭う。その学者が災難を避けるにはどうするか。
それは、いろんな意味で、門を閉ざすのがよい。
「鄭老師の門扉を叩こうと思う」
朝食の席で、蕭豊が機嫌よく言った。
ちょうど焼き豚とニラの刻んだものをはふはふと食べていた蕭建は、聴いたとたん、
「おふっ――」
とむせて、豚肉が喉に詰まり、いろんな意味で慌てた。
「あらあら~」
と母の陳芬が言いながら差し出す、水の杯を両手で受け取り、蕭建は一気に飲み干した。
そして、ゴン! と杯を丸い食卓に置き、はぁ!? とばかりに、親父の蕭豊に言うのだ。
「ヂョン・ラオ・シー! それって、青州北海国の鄭康成のことですよね!?」
鄭玄、字を康成。後漢代において名の知られた大学者である。
が、時の皇帝の政策と、鄭玄の門弟であった官僚たちの方針が合わず、皇帝側の攻勢に遭って、一部の官僚が粛清され、その多くが官界追放された。要は皇帝という一大政治家と特定官僚派閥の政争であった。
後漢代の官僚の厄介な点は、必ずしも帝国に寄生せずとも生きていける、豪族層の出身者が大半な点である。自然、その打ち出す政策は既得権益の保護が大半であった。んが、後漢代の主権は皇帝にあるから、官僚ばっかり良い目を見る政策なんて認められないのであった。
ともあれ、いまや鄭玄は門扉を閉ざし、誰の面会も受けない構えだという。
蕭豊が食事の手を止め、蕭建の顔をまじまじと見て、ほう、と言った。
「よく知ってるな、相生」
「父上ぇ……」
蕭建が弱り切った声を上げた。
幸か不幸か、現代高校生の基礎理解力がそのまま活きた蕭建は、幼い頃から周囲の大人の英才教育という名のバイオレンスにさらされている。鍛え上げられた耳学問、及び、交渉術その他もろもろをもってすれば、大人の世界の事情に通じるのは朝飯前というところであった。
幼い弟や妹、それから老いた祖母たちがもぐもぐと食事を進めるなか、心身ともにお嬢さま気質の母・陳芬が言ってきた。ちなみに、陳芬の実家は、同じ徐州の下邳国という比較的大きな城郭都市の豪族であった。
「あらぁ~、有名な方じゃない~、相生~。よかったわねぇ~?」
「よくねえッ!」
たまに出る前世の地のまま、蕭建はその幼い手で食卓をバンと叩いた。とたん、傍らの蕭豊が唇を尖らせて怒り、蕭建の無作法をとがめた。産みの母にその言葉遣いはなんだということである。蕭建が疲労困憊したような表情でそれを見て、大人しく箸を手に取り直したところで、蕭豊が頷き、言った。
「しかし、大学者ではあるだろう」
「純粋な意味でですか、父上?」
「それ以外になにがある」
蕭豊が大口を開けて、焼いた肉の塊を食べた。むっしゃむっしゃと咀嚼するその姿を見て、蕭建はため息をつき、ほとんど降参の意を示すように両手を軽く挙げ、言った。
「父上。オレはあなたの真っ直ぐなところだけは好きですよ」
「そうか。相生は、私のような大人になりたいか!」
「その都合のいい耳は嫌いですが~ッ!」
「あら、あら~」
「芬さんや、メシはまだかね?」
「おばーしゃま、もうたべてるでちょ!」
「まう~!」
そんなこんなで日はすぎた。