プロローグ
「私には自信がある。」
10年前、とある病院の太陽の光が差し込まない病室の隅っこで、ベッドに横たわる8歳くらいの見ず知らずの少女に、弱々しい声で話しかけられた。
いや、彼女の声が小さかったのは、単にそこが病室だったから声の大きさを抑えていただけで、本当はそんなに弱ってはいなかったかもしれないが。
とにかく、当時8歳の少年だった僕は、見ず知らずの他人であるその子の話を聞いてあげることにした。多分、話し相手が欲しかったのだろう。その女の子も、僕も。
「なんのじしん?」
問われた女の子は、どこか儚げな大人びた微笑を浮かべて、言った。
「明日、『私は死ぬ』っていう、自信」
「?」
当時の僕には、どうして彼女がそんなことを言うのかわからなかった。
そこまで悲観的になる人間の気持ちがわからなかったし、なにより、僕の目には彼女がそれほど弱っている風には映らなかった。なので、「どうしてわかるの?」と尋ねた。
しかし彼女は答えなかった。ただ黙って、微笑みを浮かべるだけだった。
どうしてこたえてくれないんだろう?当時の僕は、そんなことを思ったはずだ。
その頃の僕にとって、質問に答えてもらえないことはなによりも嫌なことだったから。
そんなの、ただの弱音に決まっているのに。
しかし、10年前の僕には他人の気持ちを察するということができなかった。
ただ純粋に、彼女の自信の理由が知りたかった。
「ねえ、どうして?」
「どうしてかは言えない。けれど、とにかく自信があるのよ。」
彼女はそう言って、また笑った。
それに合わせて、僕も笑った。
病室の片隅で、2人の子供が作り笑いを向けあった。
なんでか、その状況が可笑しくなって、お互い顔を見合わせたまま吹き出してしまう。
8歳の子供が仲良くなるきっかけなんて、それだけで充分だった。
その後僕たちは、色々なことを話した。内容は覚えていないけれど、とても楽しい時間だったことだけは覚えている。
しばらくすると、彼女は真剣な顔をして、こう言った。
「あなたに、私の『宝物』をあげるわ。」
「ありがとう?」
語尾が疑問形なのは、どうしてその『宝物』をもらえるのかわからなかったからだ。確かに僕らは仲良くなったけれど、『宝物』なんてもらえるほど、信用される覚えはなかった。
というか、今でもその理由はわからない。どうして僕に渡したんだろう?他にも、仲のいい友達とか、家族とか、色々いただろうに。
とにかく、その子の『宝物』とやらをもらえることになった僕は、その女の子のことを好きになった。
我ながら、現金な少年だった。
「大事にしてね。」
彼女はそう言って、僕にその『宝物』をくれた。
受け取った僕は、おそらく満面の笑顔でこう言った。
「うん、わかった。だいじにするよ。」
そして次の日、彼女は自分で言っていた通り、死んだ。
朝目覚めたら、隣のベッドはもぬけの空だった。
結局、僕は彼女の名前も、年齢も、どんな病気だったのかさえも、知らない。
そして僕は、あの時何を貰ったのか、今でも思い出すことができない。
失くすどころか、忘れてしまったのだ。
我ながら、本当にびっくりするくらい、僕は白状な人間だった。
きっとそのことが、ずっと心に引っかかっててーーーーーーー僕は今でも、病院が好きになれない。