表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今川義元の野望  作者: 高野康木
駿河・遠江・三河統一編
9/32

8話 苦手な事は、あるものだ

「と、殿。いきなり、どうしたんですか。私は、きちんと働いてますよ?」

「それは、知ってるよ。ただ、見たことがあんまりなかったんでね」


今、広大は引馬城の正門だった場所にいる。

だったというのは、壊されているからだ。


「しかし、ずいぶん壊したもんだね。作り直すの大変じゃない?」

「心配なさらずに。これくらいなら、1月もあれば直せます!」

「早くから、降伏すればここまで壊さずにすんだんだがな……」

「壊した本人の言葉は、心に響かないわ」


広大の左右には、元信と氏真がいる。

一人でも大丈夫と言ったが、雪斎が護衛につけたのだ。


「まったく。護衛なんて、必要ないのによ」

「何をおっしゃる!殿を守れるなど、小生は感激です!」


堂々と嬉し涙を流す元信に、若干引く氏真と親長。

苦笑いをしていた広大は、急にあることを閃いた。


「仕事の責任者って、俺が決められるんだよね?」

「はい。えっ、私では不服ですか~!」


涙目になる親長。

慌てて否定した広大は、驚くことを言う。


「氏真。今日から君が、責任者だ!」

「はい?」


突然指名された氏真は、目を点にする。

元信は落馬しそうになり、親長は口を開けたまま石化する。


「えっと。兄様?ご冗談ですよね?」

「いや、本気だよ。今日から引馬城の普請ふしん責任者は、君だ」

「…………」

「じゃ、1月もあればできるみたいだし。頼んだよ氏真」


答えをきかずに、強制的に責任者にした広大は、さっさとどこかえ行ってしまう。


「……兄様?嘘ですよね?兄様ーー!!」



ーーーー



嘘ではなかった。

本当に、氏真はやることになったのだ。


「それにしても。全然、作業が進んでない……」


ため息と共に、氏真が愚痴をこぼした。

広大に指名されてから、1週間過ぎたが、うまくまとめられてないのだ。

それはそのはず、1度もしたことがない氏真には、農民達をうまく扱えない。


「氏真殿。この岩は、どこにはめれば?」

「えっと、あそこだと思う……」


このように、自信がない発言をするので、農民達もやる気がいまいちなのだ。


「それじゃ、そろそろ休憩にしましょ」


その言葉をきくと、農民達はおもいおもいに休憩する。

このままではいけないと思った氏真は、気分転換のために、城下町を歩くことにした。


「どうやれば、農民達のやる気をだせるのかしら?私が、不満そうに命令するから?」


などと、独りでブツブツいう氏真。

そんなんだから、前を見ていなかった氏真は、誰かに頭からぶつかってしまう。


「いたっ?」

「前は注意した方がいいでござる。氏真殿」


独特のしゃべり方をするのは、木下藤吉郎。

最近は、立派な服を着れるようになったらしい。

太股までしかない袴をはいており、瞳は可愛らしく、くりくりしている。

全身を黄色い花柄はながらかざり、茶色の髪にさしているかんざしを揺らしながら、仕方なさそうな感情を全面に現している。


「なんでさるがいるのよ。兄様の小姓じゃないの?」

「その、兄様に頼まれたでござるよ。まったく、拙者せっしゃは出世したいのに、子守こもりでござるか?」

「私、一応兄様の血縁けつえんなんだけど?」

「謀叛したものは、血縁とは認めないでござる!」


そう言ってため息をもらした藤吉郎は、氏真を茶屋に招き入れる。

ムカムカしている氏真だが、深呼吸して我慢する。

自分が謀叛したのは、本当のことだからだ。


「で、どうでござる?」

「どうもこうもないわよ。みんな、やる気がないの!」

「ふーん。あっ、団子を二つ」

「きいてんの!?」


氏真が机を叩いて、前のめりになって言うと、お茶を一口飲みながら、藤吉郎が答える。


「あー、きいてるでござるよ?」


頬をポリポリかきながら、あきらかにきいてない態度で示す。

その態度にイライラした氏真は、頬を膨らませて、乱暴に着席する。


「……何が不満なのよ」

「なぜに、拙者じゃなくて氏真殿でござる?拙者なら、もっと効率よくできるでござるよ」

「そう。それって、信用されてないんじゃない?」


さらっと氏真が言うと、その言葉にキレた藤吉郎は、机を叩いて前のめりになる。


「拙者が信用されてない!?そんなことあるはずないでござる!!」

「うるさいわね。大声で言わなくても、きこえてるわよ」


氏真殿が悪いんでござるよ。

などといいながら、運ばれてきた団子を食べる藤吉郎。


「てか、あんたは出世したら何をしたいのよ?」

「決まってるでござる!」


胸をはった藤吉郎が、爆弾発言をする。


「そこら辺の美男子を集めて、一国一城いっこくいちじょうの主になるでござる」

「はぁ?」


口を開けたまま、石化する氏真。

まさか、ここまで大胆に馬鹿げた事を言うとは思わなかったらしい。


「本気でいってんの?」

「当たり前でござる!考えてみるでござるよ。横見ても美男子、前見ても美男子でござるよ?最高でござろう!」


目を輝かせて、話し出す藤吉郎。

氏真は、若干引いている。


「あんた。兄様を狙ってないでしょうね?」

「……狙うはずないでござる」

「今の沈黙は何よ!」

「別に、なんでもないでござる」


そういいながら、眼が泳いでいる藤吉郎。

確実に、狙っていた。


「農民上がりに、兄様が振り向くと思ってんの?」

「み、魅力的なら振り向くでござる!」

「その貧相な胸をどうにかしてから、そうゆうことほざきなさいよ」

「はぐっ!?」


あまりない胸を手で隠し、藤吉郎が涙目になりながら、反撃する。


「う、氏真殿も大差ないでござろう!」

「私は12よ?これから、成長すんのよ」

「せ、拙者だって、これからでござる!」

「15なんて、ほとんど絶望的でしょ」

「うごぉ!?」


ショックがでかかったらしい藤吉郎は、椅子から転げ落ちる。


「こ、こんなに精神を攻められたのは、初めてでござる」

「よく、そんな身体であんな野望持てたわね」

「申し訳なかったでござる。これ以上は、やめてくだされ」


しくしく泣き出した藤吉郎は、完全に店の邪魔である。

ため息をつきながら、仕方なく氏真が立たせる。


「あんたの野望は、どうでもいいわ。それよりも、普請のことよ」

「それなら、いい手があるでござる!」

「本当!教えてよ!!」


嬉しそうにいう氏真だが、藤吉郎は口を閉じてしまう。


「ちょっと!教えてよ!」

「いや、ダメでござる。おそらく、殿は考えがあって氏真殿に任せたのでござろう?それなら、自分で考えた方がいいでござる」


うぐっ!と言葉に詰まる氏真。


「しかし、少しなら教えてもいいでござろう」

「少しなの?」

「残念ながら、少しでござる」


そう言うと、藤吉郎は辺りを見渡す。

自分がヒントを与えたことを知られたら、広大に罰をくらうと思っているのだろう。

もちろん、広大はそんなことしないが。


「農民は、あまりいい暮らしをしてないでござる」

「うん。それで?」

「それだけでござる」

「…………」


しばらく、静寂が場を包む。

うきゃ?と藤吉郎は、可愛らしく猿声をだして首を傾げるのであった。





「農民が、あまりいい暮らしをしてないのは知ってるわよ」


ため息をついて、引馬城に戻ってきた氏真。

相変わらず、農民達の作業が進まない。


「うーん。農民は、貧相なんでしょ?なら、いっぱい働けば、金は手に入るーー」


そこまで考えた氏真は、ある答えにたどり着いた。


「みんなー。ちょっと、集まってくれる?」


なんだ?

また、休憩にしてくれるのか?

などと口々に言いながら、氏真の回りに集まる農民達。


「これから、東西南北に分れてもらうわね」


氏真は、引馬城を中心に、東西南北に住んでいる農民達を分けた。


「よし。それじゃ、これがあなた達の仲間ね」

「分かれましたが、何をするんです?」

「これから頑張った班には、倍の報酬をあげるわ。だけど、平等は大切だからね。それで、働かなかった班は、半分の額しかあげません!」


突然の大チャンスに、農民達が騒ぎだす。

いわゆる、仕事の基本である。

頑張って働く者には、それなりの見返りがあるが、働かずにだらけている者には、それなりにしか与えられない。

氏真は、それを農民達に使ったのだ。


「作業開始!さぁー、頑張ってね!」





それからの修復は、驚くほど早かった。

1月くらいかかるであろう仕事が、2週間で終わったのだ。

途中までは、睡眠と休憩をしていた農民達だが、ある班が作業を始めると、他の班も始めるというように、互いにライバル視するようになった。

そうなれば、自然と作業は早くなるもので……。

今では、立派に元通りになっている。


「おお!すごいじゃん、氏真!」

「いや、実はですね兄様?」

「やればできるじゃ~ん。さすがだよ!」

「ですから、兄様!」

「いや、俺は信じてたぜ!氏真なら、きっとーー」

「兄様!!」


天守閣てんしゅかくから外の景色を眺めて、大声で話す広大に、氏真は無視されていた。

なので、大声をだして振り向かせる作戦にでたらしい。


「ど、どうした?急に大声だして」

「兄様が、私の話を無視するからです!」


頬を膨らまして、怒る氏真。

そのことにやっと気づいた広大は、すまなそうにーー。


「そいつは、悪かったな。とりあえず座るか」


そう言って、上座に腰を下ろした広大は、目の前に座る氏真を見つめて、話を切り出すように仕向ける。

氏真は、ゆっくりと重い口をひらいて、言葉をしぼりだす。


「ごめんなさい兄様。実は、このお城の復旧作業を早くするための策を考えたのは、藤吉郎なんです……」

「……そうか……」

「っ!?ごめんなさい!どんな罰も、受ける覚悟はあります!!」


畳に額をつけるくらい土下座をする氏真。

直前まで迷っていたが、やはり、他人の策を自分が考えたように振る舞うのは、嫌だったようだ。


「顔をあげてくれ、氏真」


優しく氏真の肩に、手をおいた広大は、微笑んでいる。

顔をあげた氏真は、なぜ微笑んでいるのかわからずに、頭に?を浮かべている。


「藤吉郎の策だったのは、知ってたよ。一応、直虎にも警護を頼んでおいたからね」

「えっ!?藤吉郎だけじゃーー」

「藤吉郎ちゃんだけでもいいと思ったんだけど、彼女には、氏真の背中を押してもらう役割やくわりをしてもらう予定だったからね。まぁ、本人はそんなこと知らずに、変な気を使って、氏真にヒントしか与えなかったみたいだけど」

「貧戸?確かに、貧相な胸ですけど……」

「胸?なんの話だよ」

「今、兄様がそうおっしゃりましたよね?」

「違う。ヒントってのは、助けることだよ」


苦笑いしながら、広大が外を見る。

太陽が、真上にきていた。


「……話は変わるけど、氏真は、戦国時代に必要な物はなんだと思う?」


突然の質問に、数秒考えた氏真わ。


「う~ん。武勇ぶゆう知力ちりょく?」


あっていると思った氏真だが、広大は頭を横に振る。


「違うな。正解は、人望じんぼうだ」

「人望?」

「例えば、どれほど武勇に優れた人物でも、千人には勝てないだろ?知力がある人は、誰もいなければ、なにもできない」 


的を得ていることを、広大が言う。

氏真は、そんな広大の背中しかみえないが、見つめていた。


「ここに来る前に、働いた農民の人達を見てきたんだ。そしたら、みんな笑顔で同じことを言ってた……」

「なんて、言っていたんですか?」


氏真の質問に、振り返って広大は答えた。


『良い、責任者の下で働けて光栄だった』


言葉は、氏真の心臓に響いた。

自然と氏真の眼から涙が流れる。

今まで望んでいたのに、1度も言われたことがなかった言葉。

それを、自分の指示した者たちに言ってもらった。

それだけで、涙が溢れてきたのだ。


「ご、ごめんなさい」

「謝る必要はないさ。それほど、氏真の指示は良かったてことだろ」


氏真の近くまできた広大は、方膝立ちになって、氏真の頭を撫でる。


「人間、苦手なことなんてくさるほどある。でもな……、得意な物が必ず1つあるのも、また人間だ」

「ぐすっ……」

「氏真には、一番必要な人徳がある。だから、無理だと決めつけずに、他の事にも挑戦してみないか?」


そう言って、氏真のことを抱きしめる広大。

泣きやすいように、顔を見ないように。


「俺にとって、氏真は自慢の妹だ」

「う、う、うえーん!兄様ーー!」


産まれてから今まで、言われたことがなかった台詞

腹違いの兄から、鞠しか取り柄のない使えない女と言われてきた氏真にとって、最も言ってほしかった言葉。

それを、血が繋がってない君主が、初めて言ってくれた。


「兄様ー!」

「よしよし。明日からもっと働いてもらうからな。今のうちに、全部だしちまえ」


その日、引馬城から女の子の泣き声が、城下町に響いた。

関口親永ーー。


私の物語のなかでは、関口親長にしていたことをいい忘れていました。

こちらの漢字のほうが、なにかと読みやすいかと思い、勝手にさせていただきました。

さて、この人の武勇伝ですね。

この人は、桶狭間の戦いで義元が死んだ後も、今川を支えていた人です。

しかし、この人の娘婿である家康が、三河で独立したせいで、氏真に切腹を命じられた悲しい人でもあるんです。

簡単にいえば、最後まで今川を支えていた人なんですね!



私の物語の中では、内気で広大に恋する乙女ですね。

しかし、きちんとする時はする……。を心がけるつもりで、これからも登場させていただきます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ