8話 苦手な事は、あるものだ
「と、殿。いきなり、どうしたんですか。私は、きちんと働いてますよ?」
「それは、知ってるよ。ただ、見たことがあんまりなかったんでね」
今、広大は引馬城の正門だった場所にいる。
だったというのは、壊されているからだ。
「しかし、ずいぶん壊したもんだね。作り直すの大変じゃない?」
「心配なさらずに。これくらいなら、1月もあれば直せます!」
「早くから、降伏すればここまで壊さずにすんだんだがな……」
「壊した本人の言葉は、心に響かないわ」
広大の左右には、元信と氏真がいる。
一人でも大丈夫と言ったが、雪斎が護衛につけたのだ。
「まったく。護衛なんて、必要ないのによ」
「何をおっしゃる!殿を守れるなど、小生は感激です!」
堂々と嬉し涙を流す元信に、若干引く氏真と親長。
苦笑いをしていた広大は、急にあることを閃いた。
「仕事の責任者って、俺が決められるんだよね?」
「はい。えっ、私では不服ですか~!」
涙目になる親長。
慌てて否定した広大は、驚くことを言う。
「氏真。今日から君が、責任者だ!」
「はい?」
突然指名された氏真は、目を点にする。
元信は落馬しそうになり、親長は口を開けたまま石化する。
「えっと。兄様?ご冗談ですよね?」
「いや、本気だよ。今日から引馬城の普請責任者は、君だ」
「…………」
「じゃ、1月もあればできるみたいだし。頼んだよ氏真」
答えをきかずに、強制的に責任者にした広大は、さっさとどこかえ行ってしまう。
「……兄様?嘘ですよね?兄様ーー!!」
ーーーー
嘘ではなかった。
本当に、氏真はやることになったのだ。
「それにしても。全然、作業が進んでない……」
ため息と共に、氏真が愚痴をこぼした。
広大に指名されてから、1週間過ぎたが、うまくまとめられてないのだ。
それはそのはず、1度もしたことがない氏真には、農民達をうまく扱えない。
「氏真殿。この岩は、どこにはめれば?」
「えっと、あそこだと思う……」
このように、自信がない発言をするので、農民達もやる気がいまいちなのだ。
「それじゃ、そろそろ休憩にしましょ」
その言葉をきくと、農民達はおもいおもいに休憩する。
このままではいけないと思った氏真は、気分転換のために、城下町を歩くことにした。
「どうやれば、農民達のやる気をだせるのかしら?私が、不満そうに命令するから?」
などと、独りでブツブツいう氏真。
そんなんだから、前を見ていなかった氏真は、誰かに頭からぶつかってしまう。
「いたっ?」
「前は注意した方がいいでござる。氏真殿」
独特のしゃべり方をするのは、木下藤吉郎。
最近は、立派な服を着れるようになったらしい。
太股までしかない袴をはいており、瞳は可愛らしく、くりくりしている。
全身を黄色い花柄に飾り、茶色の髪にさしているかんざしを揺らしながら、仕方なさそうな感情を全面に現している。
「なんで猿がいるのよ。兄様の小姓じゃないの?」
「その、兄様に頼まれたでござるよ。まったく、拙者は出世したいのに、子守りでござるか?」
「私、一応兄様の血縁なんだけど?」
「謀叛したものは、血縁とは認めないでござる!」
そう言ってため息をもらした藤吉郎は、氏真を茶屋に招き入れる。
ムカムカしている氏真だが、深呼吸して我慢する。
自分が謀叛したのは、本当のことだからだ。
「で、どうでござる?」
「どうもこうもないわよ。みんな、やる気がないの!」
「ふーん。あっ、団子を二つ」
「きいてんの!?」
氏真が机を叩いて、前のめりになって言うと、お茶を一口飲みながら、藤吉郎が答える。
「あー、きいてるでござるよ?」
頬をポリポリかきながら、あきらかにきいてない態度で示す。
その態度にイライラした氏真は、頬を膨らませて、乱暴に着席する。
「……何が不満なのよ」
「なぜに、拙者じゃなくて氏真殿でござる?拙者なら、もっと効率よくできるでござるよ」
「そう。それって、信用されてないんじゃない?」
さらっと氏真が言うと、その言葉にキレた藤吉郎は、机を叩いて前のめりになる。
「拙者が信用されてない!?そんなことあるはずないでござる!!」
「うるさいわね。大声で言わなくても、きこえてるわよ」
氏真殿が悪いんでござるよ。
などといいながら、運ばれてきた団子を食べる藤吉郎。
「てか、あんたは出世したら何をしたいのよ?」
「決まってるでござる!」
胸をはった藤吉郎が、爆弾発言をする。
「そこら辺の美男子を集めて、一国一城の主になるでござる」
「はぁ?」
口を開けたまま、石化する氏真。
まさか、ここまで大胆に馬鹿げた事を言うとは思わなかったらしい。
「本気でいってんの?」
「当たり前でござる!考えてみるでござるよ。横見ても美男子、前見ても美男子でござるよ?最高でござろう!」
目を輝かせて、話し出す藤吉郎。
氏真は、若干引いている。
「あんた。兄様を狙ってないでしょうね?」
「……狙うはずないでござる」
「今の沈黙は何よ!」
「別に、なんでもないでござる」
そういいながら、眼が泳いでいる藤吉郎。
確実に、狙っていた。
「農民上がりに、兄様が振り向くと思ってんの?」
「み、魅力的なら振り向くでござる!」
「その貧相な胸をどうにかしてから、そうゆうことほざきなさいよ」
「はぐっ!?」
あまりない胸を手で隠し、藤吉郎が涙目になりながら、反撃する。
「う、氏真殿も大差ないでござろう!」
「私は12よ?これから、成長すんのよ」
「せ、拙者だって、これからでござる!」
「15なんて、ほとんど絶望的でしょ」
「うごぉ!?」
ショックがでかかったらしい藤吉郎は、椅子から転げ落ちる。
「こ、こんなに精神を攻められたのは、初めてでござる」
「よく、そんな身体であんな野望持てたわね」
「申し訳なかったでござる。これ以上は、やめてくだされ」
しくしく泣き出した藤吉郎は、完全に店の邪魔である。
ため息をつきながら、仕方なく氏真が立たせる。
「あんたの野望は、どうでもいいわ。それよりも、普請のことよ」
「それなら、いい手があるでござる!」
「本当!教えてよ!!」
嬉しそうにいう氏真だが、藤吉郎は口を閉じてしまう。
「ちょっと!教えてよ!」
「いや、ダメでござる。おそらく、殿は考えがあって氏真殿に任せたのでござろう?それなら、自分で考えた方がいいでござる」
うぐっ!と言葉に詰まる氏真。
「しかし、少しなら教えてもいいでござろう」
「少しなの?」
「残念ながら、少しでござる」
そう言うと、藤吉郎は辺りを見渡す。
自分がヒントを与えたことを知られたら、広大に罰をくらうと思っているのだろう。
もちろん、広大はそんなことしないが。
「農民は、あまりいい暮らしをしてないでござる」
「うん。それで?」
「それだけでござる」
「…………」
しばらく、静寂が場を包む。
うきゃ?と藤吉郎は、可愛らしく猿声をだして首を傾げるのであった。
「農民が、あまりいい暮らしをしてないのは知ってるわよ」
ため息をついて、引馬城に戻ってきた氏真。
相変わらず、農民達の作業が進まない。
「うーん。農民は、貧相なんでしょ?なら、いっぱい働けば、金は手に入るーー」
そこまで考えた氏真は、ある答えにたどり着いた。
「みんなー。ちょっと、集まってくれる?」
なんだ?
また、休憩にしてくれるのか?
などと口々に言いながら、氏真の回りに集まる農民達。
「これから、東西南北に分れてもらうわね」
氏真は、引馬城を中心に、東西南北に住んでいる農民達を分けた。
「よし。それじゃ、これがあなた達の仲間ね」
「分かれましたが、何をするんです?」
「これから頑張った班には、倍の報酬をあげるわ。だけど、平等は大切だからね。それで、働かなかった班は、半分の額しかあげません!」
突然の大チャンスに、農民達が騒ぎだす。
いわゆる、仕事の基本である。
頑張って働く者には、それなりの見返りがあるが、働かずにだらけている者には、それなりにしか与えられない。
氏真は、それを農民達に使ったのだ。
「作業開始!さぁー、頑張ってね!」
それからの修復は、驚くほど早かった。
1月くらいかかるであろう仕事が、2週間で終わったのだ。
途中までは、睡眠と休憩をしていた農民達だが、ある班が作業を始めると、他の班も始めるというように、互いにライバル視するようになった。
そうなれば、自然と作業は早くなるもので……。
今では、立派に元通りになっている。
「おお!すごいじゃん、氏真!」
「いや、実はですね兄様?」
「やればできるじゃ~ん。さすがだよ!」
「ですから、兄様!」
「いや、俺は信じてたぜ!氏真なら、きっとーー」
「兄様!!」
天守閣から外の景色を眺めて、大声で話す広大に、氏真は無視されていた。
なので、大声をだして振り向かせる作戦にでたらしい。
「ど、どうした?急に大声だして」
「兄様が、私の話を無視するからです!」
頬を膨らまして、怒る氏真。
そのことにやっと気づいた広大は、すまなそうにーー。
「そいつは、悪かったな。とりあえず座るか」
そう言って、上座に腰を下ろした広大は、目の前に座る氏真を見つめて、話を切り出すように仕向ける。
氏真は、ゆっくりと重い口をひらいて、言葉をしぼりだす。
「ごめんなさい兄様。実は、このお城の復旧作業を早くするための策を考えたのは、藤吉郎なんです……」
「……そうか……」
「っ!?ごめんなさい!どんな罰も、受ける覚悟はあります!!」
畳に額をつけるくらい土下座をする氏真。
直前まで迷っていたが、やはり、他人の策を自分が考えたように振る舞うのは、嫌だったようだ。
「顔をあげてくれ、氏真」
優しく氏真の肩に、手をおいた広大は、微笑んでいる。
顔をあげた氏真は、なぜ微笑んでいるのかわからずに、頭に?を浮かべている。
「藤吉郎の策だったのは、知ってたよ。一応、直虎にも警護を頼んでおいたからね」
「えっ!?藤吉郎だけじゃーー」
「藤吉郎ちゃんだけでもいいと思ったんだけど、彼女には、氏真の背中を押してもらう役割をしてもらう予定だったからね。まぁ、本人はそんなこと知らずに、変な気を使って、氏真にヒントしか与えなかったみたいだけど」
「貧戸?確かに、貧相な胸ですけど……」
「胸?なんの話だよ」
「今、兄様がそうおっしゃりましたよね?」
「違う。ヒントってのは、助けることだよ」
苦笑いしながら、広大が外を見る。
太陽が、真上にきていた。
「……話は変わるけど、氏真は、戦国時代に必要な物はなんだと思う?」
突然の質問に、数秒考えた氏真わ。
「う~ん。武勇と知力?」
あっていると思った氏真だが、広大は頭を横に振る。
「違うな。正解は、人望だ」
「人望?」
「例えば、どれほど武勇に優れた人物でも、千人には勝てないだろ?知力がある人は、誰もいなければ、なにもできない」
的を得ていることを、広大が言う。
氏真は、そんな広大の背中しかみえないが、見つめていた。
「ここに来る前に、働いた農民の人達を見てきたんだ。そしたら、みんな笑顔で同じことを言ってた……」
「なんて、言っていたんですか?」
氏真の質問に、振り返って広大は答えた。
『良い、責任者の下で働けて光栄だった』
言葉は、氏真の心臓に響いた。
自然と氏真の眼から涙が流れる。
今まで望んでいたのに、1度も言われたことがなかった言葉。
それを、自分の指示した者たちに言ってもらった。
それだけで、涙が溢れてきたのだ。
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はないさ。それほど、氏真の指示は良かったてことだろ」
氏真の近くまできた広大は、方膝立ちになって、氏真の頭を撫でる。
「人間、苦手なことなんてくさるほどある。でもな……、得意な物が必ず1つあるのも、また人間だ」
「ぐすっ……」
「氏真には、一番必要な人徳がある。だから、無理だと決めつけずに、他の事にも挑戦してみないか?」
そう言って、氏真のことを抱きしめる広大。
泣きやすいように、顔を見ないように。
「俺にとって、氏真は自慢の妹だ」
「う、う、うえーん!兄様ーー!」
産まれてから今まで、言われたことがなかった台詞
。
腹違いの兄から、鞠しか取り柄のない使えない女と言われてきた氏真にとって、最も言ってほしかった言葉。
それを、血が繋がってない君主が、初めて言ってくれた。
「兄様ー!」
「よしよし。明日からもっと働いてもらうからな。今のうちに、全部だしちまえ」
その日、引馬城から女の子の泣き声が、城下町に響いた。
関口親永ーー。
私の物語のなかでは、関口親長にしていたことをいい忘れていました。
こちらの漢字のほうが、なにかと読みやすいかと思い、勝手にさせていただきました。
さて、この人の武勇伝ですね。
この人は、桶狭間の戦いで義元が死んだ後も、今川を支えていた人です。
しかし、この人の娘婿である家康が、三河で独立したせいで、氏真に切腹を命じられた悲しい人でもあるんです。
簡単にいえば、最後まで今川を支えていた人なんですね!
私の物語の中では、内気で広大に恋する乙女ですね。
しかし、きちんとする時はする……。を心がけるつもりで、これからも登場させていただきます。