7話 失意と覚悟
岡部元信は、柱に背をあずけて黙って立っている。
場所は、今川家の一室。
ここで、ある人物を待っているのだ。
数分後、障子が開けられ、目的の人物が入ってきた。
その人物は、木下藤吉郎。
今も、広大の小姓をしている。
「どうだった?」
元信がそうきくと、藤吉郎は辛そうな顔をしてーー。
「食事は、きちんとしているでござる。しかし、空を見つめてばっかりでござるよ」
ため息をついて、畳の上に座る元信。
あれから、3日たった。
引馬城を落として、広大の意識不明の事態を知ってから3日たっているのだ。
「引馬城は、親長に任せているが……。徳川が攻めてこないとも限らん」
「そういえば、改名したのでござるな、松平殿わ……。どうするでござる?」
「……くそ!小生に雪斎のような知恵があれば!!」
これほど、小生を悔いたことはない!といい、部屋から出ていく。
自分にはない、知恵を持っている者の元に向かうために。
ーーーー
「雪斎。どんだけ、濃くするつもりよ」
泰能の発言てま、雪斎は墨削る手を止めた。
知らないうちに、半分ほど削っていたようだ。
「恐ろしいものです……。恋とは、これほど盲目にさせるものですか……」
泰能に聞こえないほどの小声で、雪斎が言う。
この世に生をうけて、初めての恋。
そして、初めての辛さである。
「雪斎。良いか?」
「元信ですか。殿は?」
「食事はしている。だが、心はまずいらしい」
「おかしいわね。普通の農民なら、親しい人の死ぐらいーー」
泰能達は、知らないのだ。
広大が、未来からきた人物だということを。
その事を知っているのは、雪斎ただ一人である。
(私だけが、広大の真実を全て知っていたはずです。なのに、あの人を……)
何度目かの、ため息をもらす雪斎。
そんな光景を、なんども見ていた泰能は、我慢の限界であった。
「もういいわ……。私が話をつけてくる」
「いけません泰能!」
泰能の発言に、立ち上がって止める雪斎。
しかし、泰能は驚きの発言をする。
「あんた……。あいつを殴る覚悟あるの?」
「っ!!」
泰能の言葉に、反論できない雪斎は、黙って正座をし直す。
自分には、そこまでの覚悟がないとわかっていたからだ。
「私に任せておきなさい。嫌われるのは、私の役目よ」
そう言い残して、雪斎の自室を後にする泰能。
「嫌われるのは、自分の役目……か。確かに、先代にもきちんと意見していたのは、あいつくらいだな」
「本当は、優しい人です。だからこそ、人のために本音を言うのでしょう……」
残った二人の家老は、泰能の背中を見つめる事しかできなかった。
泰能には、ずっと考えていたことがある。
それは、雪斎の事だ。
自分の知っている太原雪斎とは、冷静で自分の策をぽんぽんと、はめる人間だ。
だからこそ、筆頭家老という位を雪斎に譲ったのだ。
自分では、勝てないとわかっていたから。
親子三代にわたり、今川に仕えてきた自分にとっては、筆頭家老の位が欲しかった。
その位をとれば、親にでかい顔をされないですむからだ。
だが、自分よりも天才の者がいるのなら、諦めるべきだろう。
そう思って、雪斎に譲ったのだ。
実際、先代の頃はうまくいっていた。
雪斎の働きにより、武田や北条と同盟しただけでなく、三河まで統一していた。
だが、神はそんなに優しくわなかった……。
先代が死ぬと、徳川は独立して、氏真は謀叛。
全てが、終わったと思った。
でも、あいつが2代目になった瞬間、全てが変わった。
民の心が近づいてきて、兵士にも笑顔が増えた。
そして、雪斎が変わった。
あいつのことになると、冷静さがなくなるのだ。
「あいつの、何が雪斎をひきつけたの?」
それだけが、謎なのよね……。そう呟いて、広大の部屋の前で止まる。
「泰能よ。開けるわ」
返事を待たずに、勝手に開ける泰能。
広大は、大の字に倒れて天井を見つめていた。
その目には、光がない。
「ずいぶん、変わったわね」
「そうか……」
「しっかりしなさいよ。殿様がそんなんだと、兵士の士気も下がるわよ?」
「あぁ……」
そこが、泰能の限界だった。
広大の胸ぐらを掴むと、無理矢理立ち上がらせる。
「いつまで、湿気た顔してんのよ。何が、恐いのよ」
「……恐いに……」
「うん?聞こえないわよ!」
「恐いに決まってんだろ!!」
泰能の手をほどくと、広大は怒鳴るように言った。
今まで、溜まっていたものを、吐き出すように。
「俺の命令1つで、これからも死んでいくやつがいるんだぞ!!そんなの、耐えれるわけねーだろ!!」
「じゃ、どうするのよ。あんたが戦をするの?断言するけど、あんたならすぐに死ぬわよ」
「それがわかんねーんだよ!俺は、人を殺したくないし殺させたくもない!!」
「無茶苦茶ね。そんなのじゃ、天下なんて取れないわよ」
「そうだよ……。俺は、甘く見てた……」
壊れた笑みを浮かべて、広大は言う。
「天下太平なんざ、とうてい無理だったんだよ。俺には、そんな力はない」
「腑抜け!」
ガスン!
広大の額を、泰能が全力で殴った。
あまりの威力に、壁に後頭部をぶつけて、ひっくり返る広大。
額からは、血が出ている。
「いてーな!何すんだよ!!」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!自分には、天下をとる力がないですて!?」
「そうだよ!俺には、そんな力なんてねー!!」
「いいえ、あるわよ!」
「何を根拠に言ってんだ?」
「あんたの目の前で、死んだやつらが根拠よ!」
「な、何?」
「いい?良くききなさい!」
広大の胸ぐらを掴んで、至近距離で泰能がーー。
「あいつらは、あんたの御触れで集まってきたやつらよ!!あんたが拾ってあげなければ、一生、兄貴にこきつかわれて生きていくはずだったやつらよ!!」
一つ一つが、広大の心に刺さる言葉である。
「あいつらは、あんたに感謝して死んでいったのよ!農民として死ぬより、武士として未来が太平になるように死んだ方がいいと思ってたはずだわ!違うの!?」
真っ赤な顔で、怒鳴るように言う泰能。
広大の顔が、通常の顔に戻ってくる。
「あんたが立ち止まったら、死んでいった奴らの命が無駄になるでしょ。もし、罪悪感があるなら、天下太平を実現させて、死んだ奴らの子供を幸せにさせてやんなさいよ。それが、あんたの仕事でしょ?」
目を潤ませながら、泰能が手を離す。
伝えるべき言葉が、終わったのだろう。
「そうだな……。俺は、立ち止まったらいけないんだな」
ゆっくり立ち上がった広大は、廊下にでて、空を見上げる。
真っ青で、雲1つない空だ。
「ありがとう、泰能。お前、いいやつだな!」
「……はぁ?」
いきなりの言葉に、思考が停止する泰能。
そんなことを知らない広大は、満面の笑みを浮かべてーー。
「俺、もう立ち止まらねーよ。だから、俺に力を貸してくれよな!」
そう言うと、腹が減ったらしい広大は、鼻唄をしながら、どこかに行ってしまう。
「……手間がかかるわね」
ため息をついて、泰能は独り言をつぶやいた。
ーーーー
場所は変わり、今川館。
広大が三段くらいしかない階段の上に、座っていた。
重臣が輪のようになって、3人の人物を囲っている。
一人は少女で、広大に似ているところがある。
黒髪のショートカットで、意思が強そうな瞳。
(しかし、美少女だな。雪斎にきいたけど、腹違いらしいーー)
完全復活をした広大は、今川氏真を見つめる。
彼女の両隣には、男が二人いる。
そそのかした、犯人だろう。
「殿。切り捨てるのなら、小生にお任せを」
「うん?あぁ、わかった」
氏真は、広大をずっと見ている。
まるで、何かを許さないようにーー。
「なんで、謀叛したの?」
そう、氏真に言う広大。
「兄上が、愚か者だからです……」
「なんだと!?」
元信が、柄を握って怒鳴る。
「まて、元信。まだ、許可してないぞ?」
「しかし!」
「座ってくれ」
納得してない顔で、元信が座る。
それを確認した広大は、改めて氏真をみる。
「俺の、どこが愚か者に見えた?」
「見下した態度です。民の心を手に入れられなければ、天下など到底不可能です」
「なるほど。確かに、その通りだ」
「でも、兄上は変わっていたのですね」
今まで無表情だった氏真だが、初めて笑顔をみせた。
「氏真殿が……」
「笑ったわね。何年ぶりかしら?」
雪斎と泰能が、左右で言葉を発した。
「民のことをわかってくだされたのなら、私からは何もありません。どうぞ、覚悟はできています」
頭をたれて、斬るように促す氏真。
「殿。どうなさいます?」
元信がそうきくと、広大は階段を降りていき、氏真の近くに行く。
誰もが、首を跳ねると思っていたがーー。
「ごめんない!!」
そう言って、土下座をしたのだ。
唖然と、家臣団が固まる。
とうぜん、罪人達も。
「俺が悪かった!これからは、心を変えていくから!だから、俺に仕えなおしてほしい!!」
いっきに、家臣団がざわつく。
謀叛を許すだけでなく、頭を下げたからだ。
「……兄上?」
「ダメかな?俺の下につくの?」
静寂が、場を包む。
その静寂を破ったのは、氏真の両隣にいる人物だった。
「ふざけるな!」
「そうだ!私の妻を奪った癖に、今さら謝っても遅いわ!!」
どうやら、謀叛を起こした武将達は、義元にひどいことをされたらしい。
自分のしでかしたことではないが、広大はさらに頭を下げる。
額に土がつくほど、頭をさげる。
「ごめん!酷いことをしたと思ってる。でも、水に流してくれ!」
「顔をあげてください!そいつらは、小生が切り捨てる!」
抜刀した元信だが、広大が大声でーー。
「やめろ元信!そんなことしても、無意味だ!!」
「しかし!小生は、我慢できません!殿は、変わられたのだ!!」
「泰能!元信から、刀を奪え!」
広大は、泰能が元信の隣にいたのを知っていたので、そう言う。
「何をする泰能!?」
「没収よ。熱くなりすぎ」
意図も簡単に、元信から刀を取り上げる泰能。
むぐぐぐ!と、うなって座る元信。
「兄上。顔をあげてください」
氏真の優しい声が、頭上からかけられる。
ゆっくりと、頭をあげる広大。
「本当に……。別人のようですね、兄上」
涙を流しながら、氏真は言う。
「私は、戦は苦手です。それに、政もできないかもしれません。それでも、仕えさせてくれますか?」
広大の答えは、決まっていた。
「もちろんだよ!」
広大は、雪斎と二人で食事をしていた。
理由は簡単である。
雪斎が、誘ったのだ。
「突然、どうしたんだ?」
「いえ、これからの話を少し……」
ろうそくの火が、二人の顔を照らす。
あの後、氏真以外の二人には、少しの金銭をあげて解放した。
それが、広大にできることだったからだ。
「あんたの判断は、間違ってないわよ」
「と、殿。気にしてはいけませんよ?先代の話ですから……」
「納得できませんが……。殿らしかったと思います」
と、家老3人に言われた。
その後、親長は引馬城に戻っていった。
どうやら、少しだけ様子を見にきただけだったようだ。
「難しいな……。人の心ってのわ」
「そうですね。人の心ほど、複雑なものはありません」
白米を飲み込んで、広大が言うと、雪斎が答える。
しばらく、静寂が訪れる。
すると、味噌汁を見つめながら、広大が口を開いた。
「三河……。取れるか?」
「遠江ほど、簡単ではありません。なんせ、くそ狸ですから」
「そうか……」
「しかし、私から見れば子狸です。お任せください。必ず、とってみせます」
微笑んで言う雪斎につられて、広大も微笑んだ。
「兄上。よろしいですか?」
障子のむこうから、氏真の声がした。
広大と雪斎以外は、大広間でどんちゃん騒ぎをしているはずだが、どうやら、抜けてきたらしい。
「氏真か。入っていいぞ」
広大が許可すると、静かに障子が開けられた。
すると、なぜか氏真は寝巻き姿だった。
「雪斎!あんた、こんなところにいたの?」
「はい。殿を誘ったのは、私ですから」
なぜか、恐い笑みを浮かべる雪斎。
不思議に思う広大だったが、とりあえず無視してーー。
「どうしたの氏真?」
「ごめんなさい。本当は、気づいていたんです」
突然の発言に、思考が停止する広大。
まさか、いや、そんなことはない。
だって、ボロだしてないもん!
心の葛藤で、額に冷や汗が現れる。
「あなたは……。兄上ではないですね?」
重い沈黙が流れる。
それを、肯定と受けとめた氏真は、微笑みを浮かべて。
「やはり。本物の兄上だったら、いくら頭がおかしくなっても、下の者に頭をさげるなんてことしませんから」
「……確かにそうですね。しかし、だからといって別人だと?」
「簡単よ。兄上は、私に仕えてくれなんて、死んでも言わないわ……、それくらいわかるわよ。腹違いでも、兄妹なんだから……」
どうやら、仲が悪かったらしい。
そして、広大とは違く、かなり酷いこともしていたようだ。
それを知った広大は、眉を寄せる。
手を震わせて、怒りを抑えるのが限界だった。
「……氏真殿。この御方の出所は、後で教えます。今は、お引き取りを」
「そうね、私も眠くなってきたし。また明日、兄様」
どうやら、広大のことは兄様と呼ぶことにしたらしい。
突然の妹発言に、内心嬉しくなり、顔にでる広大だが、直後に真横から笑顔の殺気を注がれると、真顔に戻る。
そんなことを知らない氏真は、障子を閉じて、自室に戻っていった。
「広大、手を見せてください」
「……断る」
「痩せ我慢ですか?」
「何の話だ?」
雪斎は、ため息をつくと、広大の手を掴んで捻る。
自然と、広大が手を開いてしまう。
「あっ!」
「バレバレですよ。私を甘くみすぎです」
握り締めすぎて、血がでていたのだ。
雪斎は、それを見逃さなかった。
布をだすと、それで手を縛る。
「怒るときは、必ず手を握り締めますね」
「お前も、悔しいとき唇をむすぶよな」
広大にバレてるとは思っていなかったのか、雪斎が目を見開く。
「驚きました。よく、見ているのですね……」
頬を赤くして、縛り終えた雪斎が答えた。
「まぁ、雪斎以外の癖は知らないけどな」
広大的には、長い付き合いだからとゆう意味で言ったのだが、勘違いした雪斎は顔を真っ赤にする。
「こ、広大は、やはり危険です」
「えっ、俺が危険?」
「はい。私だけの……天敵です」
訳がわからない広大は、首を傾ける。
しかし、すでに雪斎は自分の世界に入っていた。
フッ、と笑うと、広大は治療してもらった手を見つめて。
「天下、取らないとな……」
そう、自らにいい聞かせるように言うのだった。
岡部元信ーー。
この人は、武勇に優れた人です。
鳴海城とゆう城にいたのですが、今川義元が討ち死にしても、ずっといたそうです。
信長の攻撃を何度うけても、跳ね返していたそうです。
さすがの信長も、取引を持ちかけて城を譲るように言ったようです。
すると、義元の首を返してくれれば城をやるといい、本当に城を渡して、義元の首を持ちながら、駿河に帰っていったようです。
私の物語では、戦の天才ですが、頭がいまいちという設定ですね。
これからも、この人には活躍してもらうつもりです!!