6話 初陣!
「うおー!殿はいずこー!!」
活発に騒いでいるのは、木下藤吉郎。
足軽として仕官したが、広大は気に入ったので、小姓にしている。
一時的にだがーー。
「おお。藤吉郎ちゃん!みてくれよ、この賑わいを!!俺の策は、的中したぞ!」
「殿!こんなところにおりましたか!雪斎殿がお呼びですぞ!」
「あれ?予定入ってたけ?」
商店街にいた広大は、首を捻って考える。
ちなみに、手足は泥まみれである。
言わずも、田んぼをいじったからだろう。
「なっ!?また、着替えなければいけないではござらんか!」
「小さいことは、気にすんなよ藤吉郎ちゃん!ほれ、行くぞ!」
「どこに行くつもりござる。逆方向でござるよ?」
場所はかわり、大広間。
今川家の重臣が、集まっていた。
号令をかけたのは、太原雪斎。
筆頭家老の号令なら、集まるしかない。
おそらく、殿が遠江征服に行かれるのだろうと、誰もが思っていた。
「お待たせ。うおっ!?前よりも、人数が多いね~」
ヘラヘラして入ってきた広大は、いつものように、家臣の花道を通って、上座にすわる。
全員、頭を下げていることに気づいた広大は、これまたいつものように。
「はい、顔をあげてくださいね」
そう言うと、家臣団がいっせいに顔をあげてーー。
「殿!ついに、遠江を攻めるのですな!」
「いやー!この時を待っていた!!」
「殿ではなく、戦下手な氏真についた奴らを、この手で討ち取らんとな!」
「しかし、つい先月まで同じ釜の飯を食った奴らと、戦をしなければならんとわ……。これが、戦国の定めか」
などと、勝手に話始めた。
もちろん、広大にはなんのことかサッパリわからない。
なので、広大がとった行動わーー。
「そうだね。うわはっはっはっ!」
猿芝居の、笑い声をあげることだった。
「して、殿。策は?」
「はっはっ……。えっ?」
元信が言った言葉に、笑いが止まる広大。
他の重臣達も、期待の目で広大をみる。
(か、考えてねーよ!俺は、藤吉郎ちゃんに呼ばれたからきただけだぜ?)
冷や汗をかいていると、雪斎が扇子を閉じてーー。
「殿。策は、この雪斎の頭の中にあります。私にお任せくださいますか?」
「う、うん。策を教えてくれる?」
「では、策をご説明いたします」
そう言うと、懐から雪斎が巻物を取り出して、広大の前に広げる。
「皆さんも、見えるところに集まってください」
雪斎の言葉に従い、みんなで巻物をみる。
そこには、遠江と駿河の地図が書いてあった。
「まず、この今川館から、引馬城までの通り道で、邪魔な城を落とすことにします」
「引馬城って、氏真ーー、妹の城だよね?」
「はい。そのとうりです」
「なら、そこを一気に攻めちゃえば?」
「それは無理よ」
話に割って入ってきたのは泰能だ。
「なんで?」
「理由は3つ。1つめ、敵が攻めてこれる道が2つあるため」
「2つ?」
「この掛川城と、犬居城よ」
今川館の北にあるのが、犬居城。
そして、西にあるのが掛川城である。
「えーと。それの、何がダメなの?」
「少しは考えればわかるでしょ!この今川館から、全軍で、どちらかを攻めると、どちらかから、攻撃をうける可能性があるのよ!」
「なるほど!つまり、掛川城を落として、引馬城を攻めてる間に、空っぽの今川館をやられちまうと困ると言うことね!」
「そのとおりです」
やべ、俺天才だわー!
などと調子に乗っていると、泰能がーー。
「なら、2つ目の危険を言ってみなさい」
「えっ?」
突然の事に、焦る広大。
頭をフル回転させて、思ったことを言う。
「兵力の違い……とか?」
「正解です」
嬉しそうに、広大を見る雪斎。
泰能は、舌打ちをしているが。
「遠江には、引馬城を始めてとして、掛川城、犬居城、小山城があります」
「おえ!?城がひとつ増えとる!ヤバくねそれ!」
「心配はありませんよ。掛川城は、引馬城に向かう通り道ーー。あちらにとっては、最も重要な城になるでしょうから、小山城の兵は、そちら援軍にむかうざるおえないでしょう」
「あっ、そうなの。えーと、兵数とかわかるの?」
「当たり前でしょ!」
泰能は、呆れた顔で説明する。
「敵は総兵一万。私達は総兵八千よ」
「少くな!その時点で、まずくね!?」
「さらに低くなるわよ。私達の城、蒲原城には、三千必要だから、動かせるのは、五千よ」
「嘘だろ!?てか、三千もいるか?」
すると、雪斎が申し訳なさそうな顔をしてーー。
「申し訳ありません。武田や北条が攻めてこないとゆう自信がないので…… 」
「そ、そうか。いや、仕方ないよな」
頭がさほどよくない広大でも、武田の凄さは知っている。
未来に伝わるほどなのだから、この時代では警戒すべき大名なのだろう。
「さて、3つ目よ」
「これ以上にも、問題があるのかよ……」
「簡単にいえば、守りよ」
「守り?」
「そうよ。もし、攻撃されたら、全軍が戻るまで、踏ん張る必要があるの」
つまり、守り手である。
どんなに兵数があっても、忍耐がない人物では、すぐに落ちてしまう。
そうなれば、あとは落武者がりに殺されるだけだ。
「なるほどな。つまり、オフェンスとディフェンスにわかれるということだな」
「はぁ?何よそれ」
「気にすんな。未来言語だ」
どわっと、家臣が笑いだした。
「殿は面白いことを言いますな」
「未来など、誰にもわからんのに」
(あっぶねー。ばれたら、どうしようかと思った!)
などと心の中で考えていると、雪斎がーー。
「それでは、殿。守り手と、攻め手を決めてください」
「えっ、俺が決めんの?」
家臣団が静まる……。
まるで、自分を選んでくれと言わんばかりに、広大に視線が集まる。
「えーと。掛川城には、元信と雪斎がむかってくれ。兵は、二千くらいで大丈夫?」
「そうですね。それくらいで、充分でしょう」
もしかしたら、充分すぎるかもしれませんがーー。
可愛らしく笑って、そういう雪斎。
(あっ、あの笑顔。なんか、たくらんでんな?)
ここ最近で、広大は雪斎の笑顔には、二つあることを知った。
優しい笑顔と、裏笑顔である。
大抵、裏笑顔の時は、三河や遠江の話をしているときだが、先程の笑顔は何かをする証であろう。
(願わくば、自分には何もないことを……)
そう願いながら、広大はーー。
「泰能と俺は、犬居城を攻めよう。守りは、親長に任せる!」
「わかったわ」
「お、お任せください」
こうして、今川の軍勢は、2手に別れることになった。
広大が率いる二千の軍と、雪斎率いる、二千の軍である。
そして、後詰め役として、親長率いる千の軍。
今、広大の初めての戦が始まる!
「山道なんだな。犬居城って」
「なんで、乗馬できないのよ」
広大は、鎧を秀吉に運んでもらい、泰能の背中にくっついている。
暇な時間は、元信と剣術や乗馬を練習しているのだが、まだ不安があるらしい。
なので、今日も2ケツをしているのだ。
「なぁ、泰能。後詰めってなんだ?」
「後詰めってのは、敵の城や敵の軍勢に負けたそうな時に、援軍をする役目よ」
「それ、必要なの?」
「必要よ」
「ふーん……」
振り返ると、槍を持っている人間が、1列に歩いている。
何度目かの、ため息を漏らす広大。
なぜか、あの列を見ると緊張してしまう。
「なぁ、泰能」
「うるさいわね。何よ」
「お前さ、いいにおいするな」
ゴスン!
ドンッ!ゴロゴロゴロ!
今の音は、順番に泰能が肘鉄を広大の顔面に命中させて、一瞬意識がとんだ広大が落馬し、坂を転げ落ちた音である。
「うがぁーーー!おま、何してくれてんの!?」
「うっ、うるさい!あっ、あんたが訳わからないこと言うから悪いんでしょ!」
「照れ隠しの一撃にしては、きつすぎんだろゴラ!」
全身が痛いらしい広大は、地面をゴロゴロしている。
「大丈夫ですか、今川様」
一人の足軽が、広大を支える。
「ありがとう。えーと」
「気になさらずに。我々は、殿が作ってくだされた兵農分離という御触れで、集まったものがほとんどですから」
「そうなの?」
実は、広大が気づいてないだけで、兵農分離の効果で人が集まっていたのだ。
中には、藤吉郎のように遠くから来たものも少なくない。
「とりあえず、あれが城よ」
どうやら、すぐそこだったようだ。
(すぐそこなら、叩き落とすなよな)
そう思っても、口に出さないのが広大である。
広大は、初めて敵の城を見た。
なんというか、まるで殺気の塊のようである。
「いつまでそこにいるのよ。そこに、座りなさい」
泰能が、床几を指す。
簡単にいうと、折り畳み式の椅子である。
「殿、鎧も着るでござる!」
鎧を着て、床几に座る広大。
額には、汗が見える。
「重くね!これじゃ、素早く動けねーじゃん!」
「動く必要なんて無いわよ。今回はね」
「どうゆうことだよ?」
「いいから、黙ってなさい」
泰能は、軍配を天高くあげて、降り下ろす。
「全軍、包囲!」
二千の兵が、城を囲い始める。
兵達の手には、弓が握られている。
「ま、まさか。袋叩きにするつもりかよ?」
「まさか。そんなことしなくても、今回は大丈夫よ」
泰能が言うと同時に、城門が開いた。
そこから出てきた人間は、大声でーー。
「降伏いたします!」
そう言ってきた。
「どうゆうことだ?」
ガシャガシャと鎧を鳴らして、広大が泰能にきく。
もちろん、降伏についてだ。
「内応させたのよ」
「内応?」
「裏切りをさせたの」
どうやら、敵の誰かをこちらの味方にしていたらしい。
「よく、味方についてくれたな」
「当たり前でしょ。氏真なんて、鞠しか取り柄がない戦下手だもの」
「それでもよ。簡単に裏切るものなのか?」
「普通は、こんな簡単にいかないわよ。ただ、氏真を祭り上げたのは、弱いやつらばっかりだもの。烏合の衆ほど、脆いものはないわ」
泰能の言葉に、恐れる広大。
しかし、泰能はさらに凄いことを言う。
「まぁ、私の策よりも、雪斎の策の方が凄いと思うけどね」
「雪斎の策が?」
「もうすぐわかると思うわよ」
どうやら、泰能には雪斎の策がわかるらしい。
すると、足軽が広大の前で方膝をつく。
「伝令!太原雪斎様率いる軍が、掛川城および、小山城を陥落させました!」
石化する広大。
やっぱりね。と言った泰能は、伝令にーー。
「このまま、3方向から引馬城を攻めるわ。そう、雪斎に伝えて」
「はっ!!」
伝令は、すぐさま雪斎の元にむかった。
やっと、動けるようになった広大の第一声わーー。
「嘘だろーー!!」
そんな、当たり前の言葉だった。
移動中に広大が泰能にきいてみたところ、泰能よりも雪斎は早く動いていたようだ。
つまり、泰能よりも多くの敵を寝返らせていたらしい。
「あんた、いつから策を始めてたのよ」
「殿と駿河に来てからですね」
あっさりと、泰能に答える雪斎。
広大と泰能は、雪斎と見付にて合流をはたし、布陣していた。
今は、陣幕の中である。
「早すぎるわよ!何、普通の顔をして言ってんのよ!?」
「フフッ、私の見る目に狂いわなかったようです。殿の御触れのお陰で、兵が増えて、私の策は最高の結果になりました。それにーー」
恐ろしい笑顔になった雪斎は、拳を握りしめーー。
「うつけ者やくそ狸にこれ以上デカイ顔をされると、私の心が持ちません。そろそろ、潰し時でしょうからね」
ひぃ!
そう声を出したのは、もちろん広大である。
泰能も、引きつった顔をする。
「殿、失礼します。雪斎、引馬城から氏真が進軍してきたそうだ」
陣幕をくぐってきたのは、岡部元信だった。
鎧をきた姿は、もはや威圧感しかない。
「これだから、頭を使わない奴らわ……」
「こちらの軍勢は、およそ八千。対して、あちらの軍勢は、多くても五千くらいです。まともに戦をしても、勝てるはずはないはずですが……」
「妹と戦すんのかよ。いや、本当の妹じゃねーけどさ。やっぱり、心が痛むよな」
泰能は呆れた顔をし、雪斎は考え事をする顔をし、広大は思い詰めた顔をする。
なんとも、バラバラな光景である。
「それで雪斎、我々はどうする?」
「ここで、合戦をすることになるでしょう。敵が布陣したのち、開戦です」
ついに戦が始まるのかと思うと、広大は震えてしまう。
数時間後ーー。
敵の軍も陣幕をはり、戦の準備がととのった。
「雪斎。やっぱり、早めに攻めればよかったわね」
「安全にいくには、待ってたほうがいいこともあります」
木で作られている長テーブルに、泰能と雪斎が座っている。
元信は、精神統一するとかで、ずっと黙っている。
「い、戦ってさ。俺も斬り合うの?」
「大将が殺されたら、大変でしょうが。あんたは、ここで待機よ」
広大的には、複雑だった。
自分が安全な所にいて、他の人を死地におくっていいものなのかとーー。
「殿の気持ちもわからなくないですが。大将は、死んではならないのです」
そう雪斎に言われてしまうと、頷くしかない広大である。
ボオォォーー。
突然、ほら貝の音がなった。
「な、な、な、なんだ!?」
テンパりすぎの広大は、床几から転げ落ちる。
対する雪斎と泰能は、鋭い目付きになった。
「動いたわね……」
「えぇ。何かしらの策があるかと思いましたが、無いようですね……。元信!」
雪斎の鋭い声に、元信がゆっくり眼を開く。
驚くほど、全身から殺気が溢れている。
味方とわかっていても、広大は生唾を飲む。
「殿、ご心配なさらずに。小生が、殿の通る道を作ってきます」
ガシャ、と鎧を鳴らして立ち上がった元信は、陣幕の外に出てー。
「皆のもの!小生についてこい!」
大声でそう言うと、時の声があがった。
そこからは、音しかしなかった。
広大は、戦を見たいと何度も雪斎に言ったがーー。
「もう少し、お待ちください……」
何かに迷っている顔をしながら、広大にそう言ってなかなか見せてくれない。
何千という足音と、声しか聞こえない。
「まだ、ダメなの?」
「えぇ。弓などが、飛んでくるやも知れませんから」
「雪斎、ちょっといいかしら?」
泰能が、広大の離れた所から雪斎を呼ぶ。
泰能が何を言いたいか、ある程度わかっている雪斎は、苦い顔をしてむかう。
ひそひそと話あう二人。
話が終わると、決意した顔の雪斎が広大を見る。
「殿。今から見るものは、覚悟が必要です」
「う、うん」
「こちらに」
広大の手を引っ張って、陣幕の端を掴む雪斎。
「よろしいですか?」
「おう」
陣幕が、開かれた。
「うおー!」
広大は、動けなかった。
初めて、人が殺している所を見たからだ。
倒れた人物に、槍を突き刺す者。
背後から突き刺される者。
首を斬られた者のいる。
そんな光景が、広大の脳に一気に記憶される。
「うっ!!」
口を押さえて、すぐ近くの草むらにむかう広大。
「直虎。殿の回りに、結界を……」
悔しそうな声で、雪斎が直虎を呼んで命令した。
「うっ、げほげほ!」
胃のなかにあった物を、草むらにだす広大。
あまりにも、酷すぎた。
「あるものを全て出した方が良い。初めは、そんなものです」
木の上に座って、戦を見ている直虎が、背中を見せながら言う。
いつの間にか、黒装束に囲まれていた。
どうやら、これが忍の作る結界のようだ。
「もう、大丈夫だ。悪かったな、直虎……」
「お気になさらずに……」
周辺にいた黒装束と共に、直虎が木の葉と共に消える。
重い足を引きずるように、陣幕の中に戻った広大。
「たく。あれくらいで情けないわね」
「泰能。口を閉じなさい」
やれやれという顔で言ってくる泰能を、睨み付けて怒る雪斎。
「か、覚悟が足らなかったよ」
「初めは、そんなものです。ましてや、平和な国からきたのなら」
広大は、未来からきた人間である。
人が殺しあう所を、見たことがなかった。
時代劇などは、たまに見ていたが、そんなものとは比べ物にならない。
気分がすっかり沈んだ広大は、床几の上に座ると、長テーブルに額をぶつけて、黙る。
「えい、えい、おー!!」
すぐに、時の声があがった。
どうやら、敵が敗走したようだ。
「行くわよ。いつまで、落ち込んでんのよ」
「あぁ」
心配そうな顔をする雪斎を、広大は珍しく無視した。
それほど、心に余裕がないのだ。
「しかし、ずいぶん早く敗走したわね。やっぱり、烏合の衆だわ」
「…………」
泰能の背中にくっついて、広大は戦場の中を馬で歩るいていく。
死体が目に入るたび、腕に力を入れてしまう。
泰能は、痛いはずだが何も言わない。
「っ!?」
ある人を見つけた広大は、馬から転げ落ちて、見つけた場所にむかう。
「嘘……だろ……」
「どうなさいました?」
馬を走らせて、広大の近くにきたのは雪斎だ。
広大の表情をみて、ただ事ではないと思ったのだろう。
「なんで……」
広大の足元には、武士の死体があった。
地面に力なく膝をついた広大は、武士の頭を少しあげる。
とても、冷たい。
「そいつ。あんたが倒れた時、肩を貸してくれたやつね」
泰能が、静かな声で言う。
「なっ!?殿、大丈夫ですか!」
雪斎は、頭の中である程度予感していた。
それが的中してしまった。
広大は、自らの髪の毛を両手で握りしめて、震え始めた。
「殿!」
「急に、どうしたのよ!?」
「やはり、博打はしないほうがよかったということです!このまま、ではーー」
雪斎の言葉は、そこまでしか聞こえなかった。
なぜなら、広大がーー。
「うわぁぁぁ!!」
絶叫して、意識を失しなったからだ。
朝比奈泰能ーー。
この人は、親子三代にわたって今川に仕えていた人です。
そして、外交なども担当していたとか。
驚くことに、太原雪斎と並ぶほど義元の片腕だったそうです。
しかし、この人は桶狭間の3年前に死んでしまったらしく、今川にとっては痛手だったそうです。
雪斎と泰能の死が、今川義元にとっての不運だったと言えます。
私の物語の中では、広大に辛く当たりますが、優しいところもある人にしていきます。いわゆる、ツンデレですね!