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今川義元の野望  作者: 高野康木
駿河・遠江・三河統一編
5/32

4話 駿河の繁栄計画

すずめの鳴く声で、広大は目を覚ました。

天井は、見慣れていない木製もくせい……。

その事実に、自分はまだ帰れていないと、再確認する。

このように、目を覚ましてから世界を認識するのは、いつもの日課になりつつある広大であった。


「くぅー。朝か……」


昨日は、今川館を案内された後、自分の家を教えてもらったら、すぐに寝てしまったのだ。

広大の考えでは、てっきり今川館に住むものだと思っていたのだが、残念ながら、お城というのは、合戦の時にしか使われないのが、通常である。

その為、いつもはただの飾りなのかと思われるかもしれないが、実はそうでもない。

どこのお城でも、合戦に使われない時には、中に食料やら武器やらが入っているのだ。

いわゆる、万が一の時の物置のようなものである。

そして、広大の住居の近くには、雪斎の家もあるらしい。

どこの家かまでは、教えてもらえてない為、広大にもわからないが……。

左手を懐から出すと、廊下へと出る広大。

ポリポリ頭を掻き、とりあえず玄関にむかって歩きだす。


「おはようございます。義元様」

「はい。おはようさん」

「あっ! おはようございます。義元様」

「んっ。おはよう」

「義元様。昨晩は、よく眠られましたか?」

「おぉ! この通り()()()()さ」


住居といっても、殿様の身分である為、広大の住居は、それなりに広かった。

なので、このように侍女じじょーー周囲の世話役のことであり、現代社会であれば、メイドさんや家政婦のようなものであるーーに会っては、挨拶を返している。

そして、完全回復という言葉の意味……。

これは、昨日雪斎と決めた、広大の設定に関係している。

俺っち。未来からきた義元に似ている人間です。よろぴくーなどと言ったら、バカにしているのかと、殺されかねない。

なので、高熱を出して一ヵ月寝込んでいたら、熱が無くなったと同時に、記憶を失ってしまった……。

というような、納得できるような。できないような設定にしたのだ。

そのような設定の為、なるべく義元に似せようとしてボロが出るよりは、素の広大でいたほうがいい。

即ち、雪斎考案の義元復活の計である。


「さてさて。広すぎて、どこがどこなのか、全然わからねーな」


さんざん自宅で迷ったあげく、やっとの思いで玄関についた広大。

いざ。門から外に出ると、目の前を農民達が歩いていた。

おそらく広大が起きた時間は、8時か9時頃である。


「そういえば、この城下町を詳しく見てねーや」


そんなことを思った広大は、さっさと歩き始めてしまう。

殿様が、護衛もつけずに町を練り歩くーー。

あり得ないような愚行であるが、今は、今川義元になっていることをすっかり忘れているらしい広大は、大手を振って歩く。


「義元様! おはようございます!!」


視線があった農民が、頭を下げて笑顔で挨拶してくる。

それに対して、頷きつつ笑顔で返答する広大。


「うん。おはよう。ところで、何を作ってるんだ?」


誰が見ても、いねを植えているのだが、広大は近づいて覗き込むように尋ねる。


「ーーはぁ。お米を作っております」

「おぉ! 米をつくってんのか! すごいな君わ!!」

「いっ。いえいえ。誰でも、作っとりますので」

「どれ、俺にもやらしてくれ」


そう言うやいなや、広大はすぐさま草履ぞうりを脱ぎ捨て、はかまのめくりかたがわからなかったのか、パンツ姿にになると、遠慮なしに田んぼに足をいれた。

一連の、広大の動作に唖然としていた若者農民は、慌てて、広大を止めようと動き出す。


「大丈夫だよ! 1回だけだからさ!」

「いけません! 殿様にそのようなことさせるなど!」

「気にすんなよ! ほれ。どうやるんだ?」


さんざん迷った若者農民は、殿様の命令でもある為、おそるおそるやり方を教えるのだった。



ーーー



「すっ。すいません……。八丁味噌をください」

「これはこれは、親長様」


味噌屋の店主が、笑顔で客である関口親長に答える。

しかし、当の親長は、大きなため息をついていた。

なぜ。家老の自分が、このようなお使い事をしなければならないのかーー。

このような思考に至るのは、初めてのことではない。

何故、家老という立場の親長が、このような行動をしているのかというと、同じく家老の泰能が、暇さえあれば、親長を顎で使うのだ。

雪斎が近くにいる場合は、泰能を叱って咎めてくれるのだが、残念ながら、今日は、雪斎は自室から出てこない。

おそらくは、遠江制圧の策でも練っているのだろうと親長は考えるが、彼女が出て来てくれないと、泰能が悪い方へと暴走してしまう。

そのいい例が、今の親長である。

上の身分の者が、味噌をお使いされる始末。


「いつも、ありがとうございます」

「いっ。いえいえ。とても、美味しいです」


店主に、ペコリと綺麗に頭を下げた親長は、泰能がいる場所へと歩きだす。

すると、何やら途中の道で、子供達がはしゃいでいた。

様子を見るに、どうやら相撲をしているらしい。

子供が相撲をしている姿は、親長もよく見かけているのだが、何故か、今日はかなりの人数が集まっていた。

そう。まるで有名人がいるかのようなーー。


「いやー! 参った参った。強いなおまえら」

「ととととと! ののののの!!」

「うん? おぉ! 君は……たしか親長ちゃん!!」


顔に泥をつけつつ、にこやかに笑った広大は、子供達に、解散を宣言すると、親長にむかって歩いてくる。

マジマジと見ると、驚いたことに、殿様がする姿をしていなかった。

足は、(すね)ーー弁慶の泣き所と言われる場所ーー近くまで泥にまみれており、袴はどこにいったのかーー。

挙げ句の果てに、帯すら消えている始末である。

つまりは、ほとんど全裸とかわりないのだ。


「ちょっ! ととっ。殿!? あの、服を着てください!!」

「へっ? 大丈夫だぜ。パンツは履いてるしーー袴も……。まぁ。それは、消えちまってるけど」

「いや。ダメですよ!」


両手で目を覆い隠す親長だが、実は、彼女。初めて青年男子の身体を見たせいか、きちんと指の隙間から広大を見ていた。



ーーー



(……あれで、目を隠してるつもりなんだろうけど。しっかり見てるじゃん)


親長が顔を赤くして、顔を覆っているのだがーー。

詰めが甘いことに、広大からは、きちんと指と指の間に隙間が空いているのが、まるっきりわかってしまっていた。

しかし、その事に気づいていた広大は、何も見ていません状態の親長に、真実を伝えるのは、忍びない判断し、軽く息をはく。


「いや。稲植えとかしてたらさーー。それに、子供達が相撲してるのを発見したら、一緒にしたくなってな。ついつい、一緒に遊んじまった」


頭を掻きつつ、すまなそうに広大が言う。

すると、広大の言葉を聞くや、親長が驚いた表情になると、身を乗り出しつつーー。


「まさか! 農民と同じことをしたのですか!?」


と。驚愕の声をあげる。


「おう。なんか、変なことなのか?」

「当たり前ですよ! 農民と同じことをなさるなんて、威厳いげんが無くなってしまいます!」


悪びれる様子もなく広大が答えると、とんでもないといった様子で、親長が説明する。

その態度に、フムフム一人で頷いた広大は、ある答えにたどり着く。


(どうやら。この概念が悪いみたいだな)


「なぜだ? 威厳ってのは、そんなに大事なのか?」

「そっ。それは、そうですよ。他の大名に、バカにされてします!」

「じゃ。親長は農民達よりも、ほかの大名家の顔色の方が大切なんだな?」

「いえ。その……農民も大切ですよ? ですが、他の大名家からの信頼も大切なんですよ!」


親長の言っていることは、この時代では、決して間違いではない。

例えば、今の広大のような殿様が、同盟どうめいなどを他の大名に求めても、確実に印象が悪い。

しかし、農民の仕事などの苦しみをわかるのも、必要なことだと、広大は考えていた。

そして、提案を思いついた広大は、親長へと確認する。


「親長。この国は俺の国だよな?」

「はい? まぁ。そうですけどーー」

「そうか。よしよし」


とりあえず、服を着てください。

と親長が言った為、脱ぎ捨てた服を着る広大。


「そういや親長は、なんでそんな格好してんだ?」


襟を整えつつ、親長の格好をみて気になった事を、首を傾けて言う広大。

今の親長の格好は、昨日のようなしっかりした物ではなく、貧相な町娘のような格好をしているのだ。

当然、これを着せたのは、泰能なのだが、その事を知らない広大は、不思議でならない。


「みっ。身分をいつわるためーーです」

自国じこくでか? 変わってんなお前」

「うぅー。変わってないです~」

「なんで、泣きそうになってんの? 俺のせいか?」

「自分の勇気の無さに、悔しいだけです~」


しくしく泣き出した親長を見て、なぜか同情してしまう広大。


「よし。わかった! とりあえず、服でも買いに行こう!」

「ふへ? そんなーー」

「黙ってついてこいよ」


ちょうど先程浮かんだ案のこともあり、問答無用に親長の手を握った広大は、勝手に歩き出してしまう。

あわわ! とととっ。殿の手がががが!

などと顔を赤くして言う親長などは、無視して歩く。


「おお! これなんて、いいんじゃね?」


広大が見つけたのは、ずいぶんと派手な服であった。

おそらくは、姫様などが着る物であろう。

そんなものを着てしまったら、親長の家老としての威厳は消える可能性がある。

それを瞬時に理解したのか、顔が分身するくらい真横に振る親長。


「むむむむ! 無理です!!」

「えぇ! 似合うと思うけどな~。ほら。ここのピンクの鳥とか親長に似合うぜ?」

「殿! 私も、こう見えて家老なんですよ!? そんなの着たら、家老としての威厳がなくなって、もしもの時に足軽達に笑われてしまいます!! ただでさえ……泰能お姉さまのせいで、威厳がなくなりかけているのに……」

「また。威厳かよ……。そんなのは、あんまり必要ねーと思うけどな」


そう言いながら、勝手に服を買ってしまう広大。

その暴挙に、ワタワタしだす親長。


「はい、買ってしまいました。拒否せず貰えよ?」

「ひっ、ひどいです! 欲しいなんて、私は言ってませんよ!」

「いいから、来てみろって。絶対似合うと思うぜ」


そう言って無理矢理押しつけた広大は、店の人に着替えさせるように伝えると、暇をつぶす為だろう。歩いている人に話しかけに行ってしまう。

そうして、しばらくすると、顔を赤くしつつ親長が広大の前に現れた。


「うおっ!? 親長かーー。見間違えたぜ」

「ひっ、ひどいです! 無理矢理殿が着せたのに!」

「悪いわるい」


頬を膨らませて怒る親長に、慌てて謝った広大は、言うべき言葉を考えると、少し照れくさそうにして、広大が言葉を送る。


「親長。すごく、似合ってるよ」

「ふえっ!?」


異性からの、思いがけない言葉……。

親長は、驚きの声を漏らすと、可愛らしい顔で、慌てだす。

それを見た広大は、親長の慌てた顔が面白かったのか、急に笑いはじめてしまう。


「わっ。笑わないでください~。初めてだったんですよ。男の人から、そんな事言われるの」

「ごめんごめん。かわりに、飯おごってやるからさ。それで許してくれ!」


そう言うと、またも親長の手を掴み、勝手に走り出す広大。

その後ーー。

団子を買ったり、お茶を飲んだりと、親長は世話しなく振り回わした広大は、農民や道行く人が、不思議そうな顔をしていると、自分から話しかけに行ったりしてーー。


「そこらへんの、町娘と歩いてんだ!」


と言いきると、ズカズカ歩き出すという行動を何度も繰り返している。

そんなことを続けていれば、日も暮れるわけでありーー。

夜になれば、暗殺などをしやすくなってしまう。

そのことを知っていた親長は、広大に戻るように説得しようとしたのだがーー。


「そうか。よし! それなら、最後に今川館に行こうぜ!」


と言って、また勝手に連れ出す。

今川館には、他の城のように、天守が存在していない。

その為、普通の城に比べれば、それほど高くはないのだが、農民達の家よりは、断然高い。


「おぉ! 思った通り、良い眺めだぜ!!」


大声をあげた広大は、親長にも景色を見せるように、隣へと引っ張る。

実は、広大の考えついた案の目的は、ここ今川館であった。

親長の威厳話をきいてから、見せてあげたいと思っていたのだ。

ここなら、自分の気持ちが伝わるはずであるとーー。


「見ろよ親長ちゃん。綺麗な夕陽だろ?」

「そうですね。私も、初めてここから見ました」


親長は、嬉しそうに夕陽を眺める。

それに満足した広大は、下を示す。


「じゃ。城下町を見てみな」

「城下町を? いつも見ていますよ」

「それは普通に見たときだろ? 上から一望してみな。威厳が強すぎると、こうなるってわかるからよ」


不思議そうな顔をした親長は、言われるまま城下町を見下ろす。

夕陽に照らされていて、幻想的な町……。

しかし、何が足りない。

親長の表情で察した広大は、ニヤリと口角をあげる。


「教えてやるよ。賑わいだ」

「賑わい?」

「農民だけじゃねー。商人も、浪人もここの国は少ない」


確かにその通りであった。

駿河国は、京から離れているので、それほど人が来ることはない。

来るとしても、富士山を見に来る人達だけである。

広大も、昨日までは、そう思っていたのだ。

しかし、今日城下町を歩いていて、広大は賑わいがない理由に気がついた。


「それは、ずばり! 恐怖だ!」

「恐怖……ですか?」

「俺が初めてここに来たとき、農民達が土下座して迎え入れてくれたんだ」

「えぇ。それが、先代の義元様の命令でしたから……」

「だろうな。だから、俺はそれをやめさせた」

「えぇ!? だから、農民達が普通に話しかけていたのですね」

「いいか親長ちゃん。強すぎる威厳は恐怖を作り、恐怖は、反感を作る。そして、反感は一揆いっきへと変わるんだ」


このままでは、農民の心は自分から離れて行ってしまう……。

それが、広大の今日の収穫であった。

親長は、広大の言葉に納得したような顔をすると、疑問に思っていたのだろう事を、広大へと質問した。


「もしかして、殿が米作りや農民の子供と相撲をしていたのわ……」

「あぁ。子供とは、仲良くなれたんだけどな……。大人は、そんなに簡単にはいかないな」


顔色を伺いつつ、広大へと話しかけていた農民達を思い出したのか、悔しさの為に、頭を掻く広大。

でも、農民の心を引きつかせる策は、広大の頭の中にはすでにできていた。

しかし、それをするには、後一手足りない状況である。


「……雪斎お姉さまの気持ち。少しわかりった気がします……」


しばらく広大の横顔を眺めていた親長が、突然夕陽を見ながら言葉を漏らす。

夕陽のせいかわからないが、親長の頬は、ほんのりと赤くなっていた。


「雪斎の気持ち? あぁ。そういえばあいつ、政治とかしてたんだっけ?」

まつりごとのことではなく、心のことです」

「心?」

「はい。雪斎お姉さまが相手では、敵わないと思いますから、側室そくしつにしてくれれば……」


自身の本心を、そう漏らした親長だが、敵わないと思うから後半の言葉は、あまりに小さく広大には聞こえなかった。


(雪斎相手では敵わない……? まさか! 親長ちゃんも政治がしたいのか!?)


これが、広大という男の残念な解釈である。


「諦めるなよ親長ちゃん! お前なら、雪斎と同じくらいすごいことができるさ!」

「ふぇ!? むむむっ。無理ですよ! 元信お姉さまみたいに、大きな胸だったら勝算もあるかもしれませんけど……。私のような、平たい胸でわ……」 

「はぁ? 胸? 関係ないだーー」


(まさか! 親長ちゃんは胸のせいで自信が持てないのか! それなら、誰かが励ましてあげないと!!)


「心配するな親長ちゃん! 先代はどうだったか知らないけど、俺は頑張ってる子を推すぜ!」

「おっ、押す! 押し倒すんですか!?」

「はぁ? 倒したら怪我するだろ。それに、未来ではロリコンといってな。親長ちゃんのような体型の人を好きなやつもいるんだぜ! それに、そこまで小さくないさ! だから、自信をもてって!」

露理婚ろりこん……ですか? とっ、殿もそういうのが好きなんですか?」

「うーん。マンガとかでは嫌いじゃないけど」

満楽まんが!? いっ。いかにもな、いかがわしい呼び方ですね……」

「何でだよ。マンガってのは、今の時代でいう、絵巻物えまきものみたいなもんだよ」

「絵巻物ですか……。源氏物語げんじものがたりみたいなものですね。そうか! それなら殿も、私の身体で欲情してくれるかもしれませんね」

「はぁ? 欲情? なんか、先から会話が噛み合ってなくね?」


ようやく気がついたのか、広大が怪訝そうな顔で親長にそうつげる。

すると、今まで俯いていた親長が、急に顔をあげるや、すぐさま広大に飛びかかってきた。


「うお!?」


当然避けられるはずもない広大は、親長に押し倒される形で、床へと倒れる。


ヒュ!


風を切る鋭い音共に、先程まで広大の頭があった場所を、何が通りすぎる。

どうやら、親長は、広大の危機を察して、動いたようだ。


「何者ですか!? この方が、今川義元様と知っての狼藉ですか!!」 


普段のオドオドした声ではなく、殺気のこもった声で怒りを露にする親長。

親長ちゃん。そんな声も出せるんだね……。

などど呟きつつ、石化している広大から離れた親長は、犯人のいる場所がわかっているのか、屋根を睨みつける。


「さすがは、家老といったところか。まさか、一手でバレるとはな」


くぐもった声と同時に、突然木の葉が舞い上がると、その中央に、見知らぬ女が現れた。


「遠江。井伊衆いいしゅう頭領、井伊直虎いいなおとらという」

「遠江の者ですか。氏真うじざねの命令ですね?」

「だったら、どうする?」

「殿を守るのが、家臣の役目……。あなたを……殺します」


宣言と共に、懐から小太刀こだちを取り出す親長。

どうやら、最低限の武器は仕込んでいたらしい。


「笑わせる。そのような構えで、拙者を殺せるとでも?」


直虎の言葉は、的を射ており、素人の広大から見ても、お世辞にもうまいとは、言えない構えをとっている親長。

その事実もあり、広大はおそるおそる親長に尋ねる。


「もしかして……。戦うの得意じゃないの?」

「ふぇ~。ごめんなさ~い」


先程の勇ましい姿は、どこへやら……。

いつものようなオドオドらしさに戻ってしまった親長に対して、どこか安心した顔をした広大は、無言で小太刀を奪い取ってしまう。


「殿!? なぜ、逃げないんですか!」

「はぁ……あのね。女の子おいて、逃げる男とか最低だろ。死んでほしくないなら、助っ人呼んできてくれる?」


広大の行動が予想外だったのか、驚いた表情で、逃げるように言い張る親長。

それに対して、引き下がるつもりはないらしく、広大は、一歩前へと出てしまう。


「考えてる余裕はないぜ。善は急げだ」

「っ!? わかりました。すぐに戻ってきます!!」


このまま問答していてもラチがあかないと思ったのか、直虎の横を走り抜けて行く親長。

その行動に、疑問を持った広大は、首を傾げる。


「助けを呼びにいっちまったけど? 止めなくていいのか?」

「拙者の狙いは、初めからお主だ今川義元。それ以外の首に、用などない」

「嫌だなー。だから、殿様なんてしたくなかったんだよ」

「おとなしく首を差し出せば、殿様をやめることができるぞ?」

「いや。それは断るわ。一応、殿様やるって約束しちまったしさ……。やるしかないさ」

「そうか……。それでは、殺してくれる!!」


目を鋭くした直虎は、何かを投げ飛ばしてくる。

その上下左右を鋭くした鉄の塊は、回転しつつ、弧を描いて広大へと迫る、

十字手裏剣じゅうじしゅりけんである。

刀で弾く……などという、かっこいいことができない広大は、無様に転んで攻撃を回避した。


「あぶね!! 殺す気かよ!」

「殺す気だ!!」

「うお!!」


転んで避けたり、障子で防いだりと、とにかく避けまくる広大。

その為か、徐々に直虎の顔に苛立ちが募り始める。


「貴様。なぜ斬りかかってこない!?」

「女の子に刃をむけるわけないだろ! 常識で考えろ!!」

「貴様! 拙者をバカにするつもりか!!」


現代人の広大の本音を、女など相手にしないと受け取ったのか。

直虎は、鼻から下を布で隠しているが、鼻から上が激しい怒りによってか、真っ赤に染まる。


「あれ!? 普通。喜ぶところところじゃないの!?」

「喜ぶだと? いいだろう。貴様を殺した後に、身体をズタズタにしてくれる!!」

「おかしい! 未来でも読めなかった女心が、過去でも読めなくなってる!!」


会話的には、緊張感の欠片もないが、それでも直虎の攻撃を避け続ける広大。

しかし、いくら避けようとも、場所は開けた外ではなく、室内。知らぬ間に袋小路ふくろこうじに追い詰められてしまった広大は、苦い顔つきへと変わる。


「覚悟はできているな……。今川義元」

「可愛い顔をして、恐ろしいこと言うね。できてないって言ったら、助けてくれる?」

「また。私を愚弄ぐろうしたな。その首討ち取ってくれる!」


忍者刀を握りしめ、広大の首めがけて降り下ろす直虎。

対して広大は、自身の首を狙う軌道上へと刃を滑り込ませる。


ガキン!


鉄のぶつかる甲高い音と共に、火花が散る。

広大の手は、初めての真剣の切り合いということもあり、ガタガタ震えているが、直虎は慣れているらしく、お構いなしで、どんどん首に近づける。


「まっ! ちょっと! ターイム!!」

「うるさいやつだ。腹を括れ! それに、体無と言っているが、体を消せておらんぞ?」

「必殺技じゃねーよ! 待てってことだ!」


ギリギリと、至近距離でにらみ会う二人。

男の広大が腕力では上はずだが、そこは、技術でカバーしているのか、直虎の押し込みの方が優勢である。


「観念するがいい……。これが最後になるだろうから。きいておきたいことがある……。どうして、家臣を見捨てなかった?」

「殿様だからって、威張って良いわけないだろ? 家臣も、同じ人間なんだからな」

「……そうか」


必死に押し戻そうとしつつ、直虎の問いに答えた広大に対して、どこか悲しみと優しさが混ざったかのような目をした直虎はーー。


「残念な男だ。お前が今川義元でなければ、違う未来もあったかもな……」


そう口にすると、右手からもう一振りの忍者刀を取り出す。

そして、このつばぜり合いを終わらせる為か、狙いを広大の腹へと向けるがーー。


「っ!?」


カララン。


乾いた音と共に、右手の忍者刀が、地面へと落ちる。

突然の事態に、広大は、何がおこったかわからなかっが、視線を周りへと向けると、少し離れたところに、いつの間にか戻ってきていた親長が、弓を携えていた。


「矢だと!? どこに隠し持っていた!」


広大から飛び退き、親長に視線をむける直虎。

その右手からは、血が出ていた。


「殿。ご無事でなによりです」

「親長……。助っ人は、どうしたの?」


緊張の糸が切れた広大は、壁に背を預けると、そのまま力なくズリズリと、座り込んでしまう。

そんな広大の元に走りよってきた親長は、優しい笑顔を浮かべて、自身の手にある弓を少し持ち上げる。


「誰かを呼ぶより、武器を取ってきた方が早いので」

「それで、弓を?」

「はい」


コクりと頷くと、直虎を睨みつける親長。

二人の会話の最中に、止血を終えた直虎は、右手に棒手裏剣を持つと、左手に忍者刀を強く握り直す。


「井伊直虎さん……。退くのなら、生かしておきます」

「……退かなければ、どうする?」


弓に矢を備えて、引き絞る親長。

刀の時の構えとは違い、リンとした立ち姿は、熟練の者であることを物語っていた。

そして、告げられる宣言。


「……殺します」

「そうか。それが、貴様の本気かーー」


数秒の静寂……。

先に動いたのは、直虎だった。


「シッ!」


鋭い声と同時に、棒手裏剣が放たれる。

その狙いは、弓のげん

弦が切れてしまえば、弓は矢を射ることができず、その力を発揮できなくなってしまうーー。

当然、そのことを知っている親長は、最小限の動きでそれを避けるが、一瞬()()()つきをすると、引き絞っていた矢を放つ


ヒュ!


風をきる音と共に、放たれた矢に対して、直虎も最小限の動きで避けると、距離を一気に詰めていく。

弓のもう一つの弱点は、近接戦闘きんせつせんとう

直虎は、それをわかっていたのか、再度矢を射る前に、距離を詰めてしまう。


「もらった!」


直虎の言葉と共に、忍者刀が、親長の首に向かって振るわれる。

しかし、親長は直虎ですら、考えていなかった反撃にでた。

矢を取ることをせずに、弓を地面と水平にするように倒すと、先端部分せんたんぶぶんでの、目潰しを狙ったのだ。

弓でも、射る武器としてではなく、()()う武器として使用すれば、刀との有効範囲はさほど変わらない。


「ちっ!」


舌打ちと共に、自らの突進力で近づいてしまった攻撃に対して、ギリギリでかわした直虎の頬には、一筋の赦線が刻まれる。

しかし、そこで諦めるほど、直虎も場数を踏んでいなかった。

忍者刀での狙いを、首より近い手へと変更し、親長の攻撃の手を奪いにかかる。

しかし、ここでも親長は驚くべき行動をする。

避けたことにより、僅かに数秒の余裕ができた為か、矢筒やづつから矢を一本取ると、それを弓を使わずに、直虎の喉に向かって投げつけたのだ。

弓での力が乗っていなくとも、矢には、刃がついている。

これ以上の傷をおいたくなかったのか、直虎は、刀の柄で矢の軌道を変えると、その場から大きく跳び退く。


「おのれ!」


苛立ちの声と共に、左手に十字手裏剣を構える直虎。

にらみ合う二人の間には、戦闘開始前と同じくらいの距離ができてるーー。

つまりは、近接戦闘で不利のはずの親長が、接近を阻んだ形になる。


「……やってくれましたね、直虎さん。せっかく、殿が買ってくれた服を斬るとわ。尚のこと許せません」


いつより低い声でそう呟いた親長の胸元からは、一筋の血が垂れている。

影手裏剣ーー。

棒手裏剣を投擲した時に、直虎は、もう一つの棒手裏剣を一つ目と平行するように投げていたのだ。

その技を避けた直前で気づいた親長だが、隠された二つ目の攻撃は、掠めてしまったらしい。

それほどの、研かれた技術。

二人の戦いは、既に達人同士の斬り合いである。


「わっ……わけかんねー。なんだよ、この戦い」


ザ・平和ボケしてしまっている広大からすれば、死ぬかもしれない斬り合いの中、二人の女性が平然と会話できていることが、驚きであった。

その為か、すっかり床に座ってしまっており、逃げることすら忘れている始末。


「殿。直虎さんが落とした刀を、拾ってください」


直虎から視線を外さず親長は言うと、弓を手の中で回し、弓を下げると、持っていた矢を矢筒へとしまってしまう。

まるで、戦闘が終わったかのように……。


「何をしている。降参か?」

「いえ。かなり動いてくださったので、そろそろだと思います」


勝ち誇ったかのように、口角を上げて親長が発言すると同時に、直虎が()()()()()と、その場に()()てしまう。

その行動で、自分の身体に起きた異変に気づいたのか、目を見開いた直虎は、床に頬をつけつつ、震える唇を開く。


「ばっ……かな。しび)れ……薬……だと?」

「本来なら、一手目であなたとの勝負は終わっていました。予想より効きが悪かったのは、忍びとしての鍛練の賜物ですかね? どちらにしろ、これであなたの敗けです」


広大を助けてた矢を壁から引き抜くと、淡々とそうつげる親長。

その矢じりには、液体が付着していた。


「私の矢は、特別に配合している物が四種類あります。その内の1つを、あなたに使わせてもらいました」


親長に言われた通り、刀を拾った広大から受け取ると、直虎の頭上へとに立つ。


「それでは、あなたの首をいただきます」

「なっ!? ちょっとまて親長!」


直虎の首に振るおうとしていた親長に対して、慌てて手首を掴み、止めにはいる広大。

その行動に親長は、驚いた顔をするが、すぐに刀を広大へと渡すと、一歩後ろへと下がった。


「なぁ。直虎。俺と、天下をとらないか?」

「なっ!? 正気か……貴様! 私は……貴様を殺そうとした者だぞ?」

「そっ! そうですよ殿! いくら何でも、殺しに来た人間を召し抱えるなんてーー」

「だからこそさ親長。俺の描く天下は、そういう奴を召し抱えるくらいにならないと、とれないのさ」


広大自身で、手を下すと思っていたのか、慌てて広大の考えを止めようとする親長に、微笑みを持って言うと、刀を床に置いてしまう広大。

その様子を視線で追っていた直虎は、フッと息をもらす。


「あり得ん。貴様の抱いている天下など、所詮粗末な物だ」

天下太平てんかたいへい……。それが、俺の夢だ」


しばしの沈黙。

直虎も親長も、唖然として、言葉を失ってしまう。

戦乱の世でーー多くの者が命を失う世界で、そのような事を口にする人間は、おそらく数少ないからであろう。

殿が、立派です。と硬直から抜け出した親長が、泣きそうな声で言う。


「天下太平……。なるほど。おかしなやつだ」


フフっと笑い、方膝たちになる直虎。

どうやら、会話をしている内に、痺れ薬の効果が切れたらしい。

そのことに気づいた親長が、すぐさま表情を真剣なものへと変えて、弓を構えるが、広大がそれを手で制す。


「あなたとなら、共に生きているだけで楽しそうだ……。この井伊直虎。あなたにお仕えする」

「そうか! サンキュー直虎!」

「殿。直虎さんは、産休なんてしてませんよ?」

「いや。今のは、ありがとうって意味なんだよ。困ったな。この世界では通じない言葉が多いぞ」 

「フフっ。やはり、面白いな。あなたわ」


クスクスと三人揃って笑いだすと、広大が何かを閃いたように、手を叩く。


「そうだ! 直虎は、遠江に詳しいんだよな?」

「えぇ。知っていますがーー」

「ならさ。頼みたいことがあるんだよ」


その言葉に、不思議そうに首を傾げる親長。

この時より、広大の繁栄計画が動き始めたのである。

みなさん。ブックマークありがとうございます!

めちゃくちゃ、嬉しかったです!!

あと感想なども、気軽に書いてくれてかまいません。(私、文章力ないので……)

ちなみに、次から後書きには、歴史の人物達の武勇伝を書こうと思っております!

今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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