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今川義元の野望  作者: 高野康木
駿河・遠江・三河統一編
3/32

2話 今川家臣参上!

「なぁ……。いつまで、歩くのよ……」

「もうすぐですよ」


このやり取り。すでに、10回を越えていた。

あれから、美濃国みのこく尾張国おわりこく三河国みかわこく遠江国とおとうみこくという国を、歩いてきた二人。

道中だけでなく、関所せきしょを通るたびに一応広大はきいていたが、雪斎は、同じ回答しかしなかった。


「関所って、めんどくさいな。金は払うし、いちいち止められるしで」

「仕方がありません。関所がなければ、人は出入りが自由になり、乱破らっぱも入ってくる恐れもありますから」

「乱破? なんだそれ」

しのびのことです」

忍者にんじゃのことか。この世界では、そう呼んでんだな」


現在二人がいるところは、岡部。

あと少し歩けば、目的地の今川館いまがわかんである。

そして、このような雑談ざつだんをしながら、二人はここまで歩いてきた。

広大にとっては、これほどの長距離を歩くのは初めてであり、かなり過酷かこくな旅であったのだが、雪斎はかなり気配りができる人物であった。

時々振り返りつつ、広大が疲れた顔をしているとわかると、その場で少し休息をとったりーー。

腹が減るとわかると、京で買ってきた食べ物をくれたりーー。

関所では、広大を休ませつつ、一人で会話したりと、とにかく、すごい気配りをしてくれていた。

なので、広大も退屈せずに、ここまでこれたのである。


「見えました。あれが、今川館です」


雪斎が指した方向に視線を向けると、確かに城のような物があった。

しかし、広大が想像していた物とは少し違た城であった。


「あれ? 俺が見てきた城にくらべると、小さくね?」

「確かにその通りです。私達が通ってきた場所の城は、天守てんしゅがあるものでしたから」

「なんでないの?」

「義元様の命令です」

「ほー。義元さんってのは、変わった人なんだな。会うのが楽しみだぜ」

「残念ですが……。もう義元様は、この世にはおりません」


悲しそうに目をふせ、雪斎が言葉を漏らす。

広大は、一瞬きこうか迷いを見せたが、思いきって尋ねる。


「……誰かに、殺されたのか?」

「いえ。生まれつき、身体が弱かった人なので。一月前に、病で……」

「……そうか、悪かったな。言い難いこと言わせちまって」

「気にしないでください。それに、あなたには知っておいてもらわなければなりませんし」


知っておかなければならない。

雪斎の言葉に、首を傾げた広大だが、なぜか考える余裕もなく、雪斎が歩きだしてしまう。

その為、広大が、急いでついていこうとするとーー。


「それでは、ここで一時お別れです」

「えぇ!? ちょっ。困るよ! 俺は、右も左もわからないんだよ?

 頼りになるのは、雪斎だけなんだよ!!」

「落ち着いてください。一時と、言いましたよ。私は、少し用があるので、あなたは、あそこにいてください」


捨てられた子犬の如く、雪斎に駆け寄っていた広大が、指し示した方に視線をむけると、そこには、寺があった。

しかも、少し高い位置にある寺である。


臨済寺りんざいじといって、私の家のような場所です。雪斎の友人だと言えば、入らせて貰えるはずですので」

「また、寺なのね。俺は、寺に縁でもあるのかな……」


クスッと、可愛らしく笑った雪斎は、一礼すると、今川館の方へと歩いて行った。

その行動に、なんとも礼儀ただしい女の子だな~と、再確認した広大であった。




「おじさん! なんで、覆面なんてしてんの!」

「変なのー。刀なんて持ってるし」

「もしかしたら、鬼の人間かもよ!?」

「そうかもしれない! 覆面なんて取っちゃえ!」

「だー! やめろガキ共!! 雪斎との約束なんだよ。コラ! 引っ張るな!!」


入り口にたどり着いた広大は、寺で遊んでいた子供達に、さっそくいじられていた。

覆面を引っ張られたり、足を蹴られたり、木の棒で刺されたり……。

とにかく、大変な目にあっていた。


「鬼退治だ!」

「どわー! お前は、いつの間に俺の刀を!! 返さんかー!!」

「鬼がきたぞー!! みんな、逃げろー!!」


広大は、刀ということもあり、真剣に追っかけるのだが、子供達は、それを面白がって余計に走り出してしまう。


「鬼が、刀なんて持っちゃいけないんだぞ!」

「鬼じゃねーよ! 人間だゴラ!!」

「鬼は、棍棒こんぼうを持つんだろ?」

「だから、鬼じゃねーよ!!」


寺の外で走り回る子供達と、覆面男。

現代社会であれば、なんとも通報ものな光景である。

覆面で走った為、疲れた広大の前に、小さな女の子がよってくる。


「おじさん。これ、あげる!」

「お兄さんな。なんだよ。ただの木の棒じゃねーか」

「それで、棍棒もそろったね。これで、鬼になれたよ」


ブチーン!

ついに、広大はキレた。

覆面を脱ぎ捨て、女の子を抱き上げるとーー。


「この野郎! 覚悟しろ!」


はしゃぐ女の子に、大口を開けて広大が言う。

どうやら、やけくそ気味に、遊びに付き合うことに決めたらしい


「お前から食ってや……」


途中で言葉が止まったのは、入り口の所で、広大のしていた光景に、唖然あぜんとしている女が、三人いたからだ。

その内の一人、黒髪ロングの女が広大にむかって走りだす。

年は、広大と差ほど変わらない感じである。

その女は、途中で跳び上がると、右足を広大へとむける。

つまりは、跳び蹴りである。


「あっ! お待ちなさい泰能やすよし!!」


雪斎の静止の声が響くが、時すでに遅し……。


「死ね! この変態が!!」

「ぐぼぉ!!」


女の蹴りは、見事に広大の顔へとめり込む。

そして、広大の意識は、完璧に途切れたのだった。




「本当にすいません。子供達がふざけてて、それに本気になったと言うか……。同じくふざけたと言うか……」


広い部屋で、両目の辺りに草履ぞうりの跡を残しながら、広大は土下座をしていた。

そんな広大の隣には、優しく背中を撫でてくれている雪斎がいる。

今、臨済寺の中には、五人の人間がいる。

広大と雪斎の他に、三人の女がいるのだ。

広大のことを見下ろしているのは、先程蹴り飛ばした女。

そして、広大とその女の顔を、オドオドしながら交互にみている女。

縁側えんがわに片足を投げ出して、刀を抱いて目を閉じている女。

この三人は、雪斎が連れてきた人物達である。


「まぁ。変態じゃないのはわかったわ。でも、誤解されるようなことをしているあなたが悪いのよ?」

「はい。以後、気をつけます……」

「泰能。そのくらいにしてください。この人は、とても優しい人なんですから」

「わかったわよ。顔をあげていいわよ」


泰能という女は、ため息をつくとその場に雑に座る。

その行動に、オドオドしていた女は、ホッとした顔をすると、泰能の隣に静かに座った。


「えーと。自己紹介した方が、いいのかな?」

「広大は、最後にしてくれればいいです。まずは、泰能から」


雪斎にそう言われた黒髪ロングの女が、腕を組むと名乗りだす。


今川家いまがわけ家老かろう朝比奈あさひな泰能よ」


切れ長の目に、勝ち気そうな泰能は、家老という立場である。

家臣の中で位が高い、重臣じゅうしんの中でも、さらに上の人物を家老という。

それの一人が、泰能らしい。


「えっと。あの。今川家家老、関口親長せきぐちちかながです」


たれ目で、左目を青い髪の毛で隠しているオドオドした女は、親長という人物。

この中では、雪斎よりも身体が細いのだが、泰能と同じ家老を勤めている。


「……小生しょうせいは、今川家家老、岡部元信おかべもとのぶだ」


目を閉じたまま、ドスのきいた声で言ったのは、縁側にいる女。

ところどころ跳ねている真っ赤な髪の毛に、この中では、一番筋肉がついていることがわかる身体。

そして、この中で一番胸がデカイ。

広大は、進んでそういう物を見ないのだが、かなり大胆に胸元が露出ろしゅつしているので、嫌でも目がいってしまう。

そんなことを考えていると、誰かに足をつねられる。 


「私の自己紹介が、まだでしたね」


犯人は、にこやかな顔をしていた雪斎であった。


今川家筆頭家老いまがわけひっとうかろう、大原雪斎です」

「いてて。えーと。家老との違いわ?」

「家老の中でも、一番発言力のある人と覚えてくだされば」

「あっ、そうなの。俺は、松林広大だ」


これで、全員が名乗ったことになった。

すると、泰能がまじまじと広大の顔を見つめだす。

初めは耐えていた広大だが、その視線に、さすがに耐えられなくなった広大は、ついに声をだす。


「……あのー。何かついてます?」

「違うわ。しかし、本当に似てるーー。まるで影武者かげむしゃみたいね」

「そっ。そうですね。雪斎お姉さまの言っていた通りの顔です」


二人の美少女に見つめられたことで、照れ笑いをうかべる広大。


「元信。あんたも、見てみなさいよ」


すると、泰能が、目閉じているもう一人の家老である元信に話しかけるがーー。


「お前らが似ていると思うのなら、それでよい。小生は、いくさしか取り柄がないのでな」


そう返すと、また黙ってしまった。

どうやら、誰も彼もが変わった人間のようであると思う広大。


「それで。広大は、本当に覚悟があるの?」

「はい?」

「だから、今川義元いまがわよしもとになる覚悟よ」

「……えっ?」


当然ながら、広大は固まった。

全くの、初耳だったからである。

隣の雪斎を見ようとした時、ゾワリと、背中に冷や汗が流れる。


「下がっていろ雪斎。広大といったか、実力をみてみる」


冷や汗の元は、殺気の発信源である元信であった。

先程まで目をつぶっていたはずが、いつの間にか刀を抜いており、一歩ずつ、広大に近づいてきていた。


「えぇっ!?」


慌てつつも、広大は、とっさに刀の鯉口をきった。

ガキン!

金属の衝突音と共に、広大の視界が回る。

ダンッ!


「ぐっ。あはっ!」


地面に背中を強く叩きつけた為に、肺の空気が押し出される。

元信が、力任せに広大を吹っ飛ばしたのだ。


「元信。加減してください!」


雪斎が頬をふくらまして言うが、しかし、元信はその言葉に答えずに、広大へと再度近づく。


「ちょっ。ちょっと待て! いきなりなんだ!」

「避けなければ、死ぬぞ」

「うおわぁ!?」


人間、死ぬ気になれば無理な体制でも避けれるらしい……。

仰向けから、カエルなみのジャンプで避ける広大。

紙一重で避けれたらしく、後ろの壁が粉砕された。


「元信。殺すんじゃないわよ」

「はわわわ! 元信お姉さま。お情けを!!」


泰能は、呆れた声でため息をつきつつ言い、親長は、なぜか手を擦り合わせながら、ナンマイダを早口で連呼している。

しかし、今の広大には、ツッコミをいれる余裕がなかった。

なぜなら、現在死ぬか生きるかのさかいにいるからである。


「落ち着け! えーと。も、元信さん? 話せばわかる!」

「先程も言ったが、小生は、戦しか取り柄がないのでな。だから、刀で貴様の本音をきくことにした」


(なんでだよー!!)


絶叫しながら、回転受け身のように転がって避ける広大。

しかし、元信は、すぐさま刀を壁から引き抜くと、広大の真横の床に突き刺した。


「ぎゃー!!」

「やれやれ。武士なら、少しは頑張れ」

「武士じゃねーよ! 平民だわ!」


そう言い返して、転がりながら距離をとった広大。

目には、すでに涙が浮かんでいる。


「わかった。それでは、次の攻撃は、上段からの降り下ろしにする。ここまで言えば、防げるだろ」

「いやいや!! 力量差を考えようよ! 刀折れるわ!」

「その心配はない。お前の刀は、かなりの名刀だ」


そう言って断言した元信は、本当に、刀を上段に構える。

その行動に、広大も腹を決めて、刀を抜いた。

初めての刀は、以外と重く、刃は驚くほど綺麗に輝いていた。


「ゆくぞ!」

「くそったれー!!」


ガキーン!

広大は、元信の刀へと下段からの切り上げをおこない、刀が同士が丁度中央でぶつかった。

数秒の静寂ーー。


「いってー!!」


大声をあげたのは、もちろん広大である。

鬼丸をあっさり落っことすと、自分の両手をブンブン上下に振り、痛みを霧散させる。


「なるほどーー。広大の心、しかときいた」


平然と刀をさやに戻した元信は、広大に向けてそうつげる。

いくら争い事のしない広大であっても、男と刀を打ち合わせたのに、何ともない様子である。


「ーー雪斎。広大の刀は、どこで手に入れたの?」

「わっ、私の見違えでなければ、あの刀。天下五剣のひとつですよね!?」

「将軍から直接貰ったんですよ。あの人が」

「あの刀集め将軍から!?」

「ひっ。ひえー! 何者ですか広大さんわ!!」


そんな話をしている三人を無視した元信が、いきなり方膝かたひざ立ちになり、広大に対して頭をさげる。


「松林広大ーー。いや、今川義元殿! 此度の非礼をお許しくだされ!!」

「はっ。はい? 今度は、なんですか!?」

「この乱戦の世では、他人を信用するのは難しい。ですので、小生が得意とする、によって、確かめさせてもらいました!」


いきなりで、訳がわからない広大だが、元信が、真剣な目をしているのに気づいたことで、静かに次の言葉を待つ。


「……この岡部元信。あなたに、仕えます!!」

「…………」


広大は、頭の中でなんとか現状を整理すると、当然の質問をした。

一番わからない質問を……。


「なんで、俺が今川義元なの? やるなんて、一言も言ってないけど?」

「「「えっ!?」」」


雪斎以外の三人が、広大の言葉に、声をあげた。

声をあげたいのは、こっちであると、広大は叫びたかったが、それをこらえて、次の質問をする。


「どういうことだ雪斎。俺に、殿様やれってことか?」

「はい。その通りです」

「断る」


刀を鞘に戻した広大が、即座に否定の言葉をつげる。

その発言は、どうやら他の者には予想外だったらしくーー。


「ちょっと! どういう意味!!」

「えっ。えぇー! 雪斎お姉さま!!」

「すいません。これは、予想外でした」

「あのな。殿様なんてする訳ないだろ! 俺と同じ人間に、死にに行けとか言うような仕事だろ? それに、命だって狙われるし……。今川に仕えるならまだしも、殿様なんて嫌だね」


風呂敷を持つと、この場から出ていこうとする広大。

その行動に、慌てただす家老組。


「待ってよ! 少し落ち着いて!!」

「そそっ。そうですよ! 話し合いましょう!!」

「こら、離せよ! 人のこと罠みたいにはめやがって!」


泰能と親長が、慌てて広大の両手をつかんで止めに入る。

それでも抵抗する広大に対して、元信も、立ち上がると、止める軍団に手助けしだす。


「なんだよ! 離せって!!」

「あなたは、私達以外に頼れる人間はいないと思いますが……。それでも、断りますか?」


雪斎のその言葉をきいた広大は、ピタリと、その動きを止めた。

その為、他の三人も、広大の拘束を解く。


「雪斎。俺がその理由で、殿様すると思ってんのか?」

「なるほど。脅迫には屈しませんか……」

「少し……いや。かなり見損なったぜ。お前は、()()()()()は、しないやつだと思ってたけどな」


その言葉と共に、鋭い目線を雪斎にむける広大。

その視線に対して、一瞬雪斎が震えたように見えたが、どうやら咳をしただけだったようだ。


「それに、殿様がいないなら、息子とか弟に継がせればいいだろ」 

「できたら、そうしています。今の今川家は、破滅はめつの道に進んでいるのです」

「そうか。それで、他人の俺を殿様にしてどうする?」

「あなたの顔は、今川義元様に似ています。それこそ、双子のように……」

「そっ。そうなのよ! 広大は、まるで義元様を見てるようなのよ」


泰能と雪斎が、何とか説得してこようとするが、広大は、その言葉を無視していこうと動き出す。


「わかりました!!」


すると、突然雪斎が、珍しく大声をあげる。

何かを覚悟した瞳をすると、広大を見つめる。


「泰能。元信。親長。先に、今川館に戻っていてください」

「でっ。ですけど……。雪斎お姉さまーー」

「お願いします。私と、彼だけにしてください」



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