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今川義元の野望  作者: 高野康木
美濃編
28/32

間話 乙女の希望

ある城で、一人の男が寝ていた。

深夜は、家臣に近づかないように言っていたからか、男は静かに目を開ける。


「……やれやれ。ネズミが入ってきたようだな」


男は、ため息と共にそんな事を口にすると、枕元に置いてある刀を手に取る。

立ち上がり、意識を集中させると、抜刀と共に自らの脇の間に、刀を突き刺し、バックダッシュする。


「うぐっ!?」


肉を刺す感触と同時に、ネズミのうめき声が男の耳にとどく。

すると、男は刀を乱暴に引き抜き、振り向きざまに、ネズミを右上段から、斜めに切り伏せる。


「喜べ。天下五剣の一つで、あの世に行けるのだからな」


男は、動かないネズミにそう言うと、襖を開け、次の部屋にむかう。

その部屋には、男がコレクションとして貯めておいた刀が、保管してある場所である。

部屋に入ると、男はため息をつく。


「……すでに、包囲されているな。家臣を信じず、近くに置いておかなかった罰か……」


男は、自嘲気味に笑うと、天井に刀を突き刺す。

ネズミの苦しむ声が聞こえると、刀を抜き、血が垂れてきているのを気にせず、コレクションがある棚から、名刀を数十本取り出す。

包囲され、絶望的な状況でも、男は不思議と冷静であった。

おそらく、男ーー足利義輝ーーは、死ぬことを覚悟していたから、この状況でも冷静なのだろう。

義輝は、生まれたときから死ぬことを、覚悟をしていた。

小さいながらも、今の世では、将軍はお飾りなのだとわかっていたのだ。

だから家臣を一人も信用せずに、自分が生きるための力を追い求めてきた。その結果、塚原ト伝に刀を教えてもらい、鹿島新当流かしましんとうりゅうを習得できたのだから、よかったのかもしれない。

しかし、現実はこうである。

何が正しかったのか。何が悪かったのか。

義輝は、名刀を次々畳に刺しながら、頭の中で考える。


(もしも、家臣を信用していたら、こんな結末ではなかったのか?)


最後の一振りを刺し終わると、四方の障子が開かれる。

そこには、忍の格好の者と、見覚えのある家紋を着けた足軽が、数十人いた。


「足利義輝様。お久しぶりですね」


透き通るような声が、部屋に染みわたる。

その人物を、来てほしいと思いながら、同時に、その人物が首謀者しゅぼうしゃでないことを望んでいた義輝は、近くにある刀を一本抜き、その人物に微笑む。


「……慕う者同士が殺し合うなど、悲しいものだと思わないか?松永久秀……」


見る者を誘惑する人物、松永久秀。姫武将でありながら、義輝の側に今までいた女が、足軽達の後ろに、微笑しながら立っていた。


「慕う者同士?勘違いしてますね。あなたはどうだったか知りませんが、私は、あなたを慕ってなどいませんよ」


おかしそうに笑う久秀をみて、義輝は、視線を下に下げる。

初めて久秀と会った時は、好かない女だと思っていた。着ている服は露出が多いし、男には、いつも笑顔で話しかける。

義輝は、そんな女が一番嫌いだったはずだった。

しばらくすると、久秀という人物は、ただの女ではないとわかったのだ。頭の回転は早く、戦場では、顔に似合わず、嫌らしい策を使い、敵を倒していった。

気がつけば、自分の家臣よりも信頼していた。

大きく息を吸い込むと、義輝は、刀を構える。


「やりなさい!」


久秀のかけ声と共に、足軽達が義輝に迫る。

しかし、義輝が一振りすると、足軽が一人づつ切り捨てられる。

あまりの速さに、足軽達の脚が止まる。

久秀は、舌打ちをすると、義輝の奥義の名を口にする。


ひとえの太刀。間近で見たのは、初めてね」

「光栄に思え。塚原ト伝の奥義で、この世を去れるのだからな」

「あらそう。お前達!包囲して、一気に突き刺せ!」


久秀の戦略で、足軽達が、義輝を包囲する。

四方から向けられる刃に、義輝は頬を緩ませる。




場所は変わり、ある道ーー。

一人の女子生徒が、風をきるかのように、走っていた。

その生徒の後方には、息を切らしている二人の山賊がいる。

女子生徒は、脇目もふらずに道を走り続ける。


「もう!なんなのあいつら!!」


刀を持った者に追われると、普通の人間なら恐怖が沸くのだが、この人物ーー水島薫の場合は、怒りの方が沸くらしい。

つい何時間前かに、とつぜん森の中で目を覚ました薫は、とりあえず公道を探すため、森から抜け出すことにしたのだ。

その時、不幸にも山賊に出くわしてしまい、襲われたのだが、制服の下の運動着までは切らせず、近くの石で山賊の一人を殴りつけ、拘束からのがれた。

すると、抵抗したためか、刀を抜いた山賊が一人いたのだが、抜くより前に薫が金的に蹴りをいれ撃沈させたため、これで四人いた山賊の二人を撃退させた。

それで、残った二人に追いかけられている訳である。

初めの方は、山賊も余裕なのか、笑いながら追いかけてきていたのだが、そこは陸上部。笑っている隙にどんどん差をつけたのである。

さすがに、山賊も本気で追っかけてきたのだが、関東大会で長距離を優勝した薫にとって、普通の道では、敵にすらならない。

むしろコンクリートではないため、足の負担もあまりなく、いつもより調子がいい感じである。

そのため、山賊の姿は、すでに薫から見えなくなっている。


「たく。しつこすぎるわよ。それにしても、制服を切られちゃうなんて……。明日から、学校どうしようかなー」


歩きながら、いまいち状況が理解できてない薫は、夜の道を歩きながら、月を見上げる。


「それにしても、綺麗な月ね……。月明かりがなかったら、危なかったかも……」


月を眺めながら、手を合わせる薫。

月に最大限の感謝をすると、薫の視界に町が見えた。

だが、普通の町とは違い、一ヶ所が激しく燃えていた。


「嫌な予感がする……」


その一ヶ所を見つめながら、そう呟いた。




薫が町を見つける少し前ーー。

義輝は、刀を抜き取り乱波を切り伏せる。

今ので、何本目かわからないほど、刀を抜き取っては捨てていた。

数十本は畳に刺してあった刀も、今では数えられるほどしかない。


「……まさか、ここまでとはね」

「簡単には、殺されんよ」


久秀が、冷たい目で呟いたことに、息を切らしながら答える義輝。

数人を斬り倒したため、義輝の回りには、死体が転がっている。

そのあまりの強さに、久秀の部隊は混乱してしまったため、一度攻撃をやめている。


「どうした。来ないのか?」

「焦らなくても良いですよ。お前達!畳を盾にして攻撃しなさい!」


久秀の策に、舌打ちをする義輝。

先ほどまでは、無数の刀があったため、畳を使うことが不可能だったのだが、今はその数が減り、畳を使用する事ができる。

そのために久秀は、わざわざ家臣を何人も立ち向かわせたのだ。

畳を盾された義輝に、勝ち目はなかった。

四方からくる槍が、義輝の体を深々と突き刺す。

吐血とけつして、その場に崩れる義輝。


「そこまで。トドメは、私がするわ……」


家臣を下がらせると、久秀は、息をつくのも大変な義輝の目の前に、ナイフを持って立つ。

その瞳は、ひどく冷たい。


「ふっ……ここまでか」

「何か言い残すことは、ありますか?」

「そうだな……。なら、一つだけ、きいても良いか?」

「なんですか?」

「お前は、今幸せなのか?」

「……はい?」


予想外の質問だったのか、久秀が、首を傾げる。

義輝は、口角をあげる。

最後に、伝えるべき言葉のために……。


「お前を抱いた時の言葉……。あの一夜しか言わなかったが、あれは、お前の本心だろ?」

「…………」

「私を、愛してください……。だったか?」

「っ!?」


久秀が、義輝の言葉に一瞬動揺する。

それを、見逃す義輝ではなかった。義輝は、懐に隠していた短刀たんとうを抜くと、目にも止まらぬ速さで、久秀の腹部に突き刺す。

とつぜんの反撃に、目を見開く久秀。

その口からは、一筋の血が流れている。


「ふふっ。お前と、地獄に行けないのが、心残りだな……」


そう言うと、義輝から力が抜ける。

フラフラと、後退した久秀は、気づかう家臣を無視して、油の入っているかめを、ナイフで割る。


「城に、火を放ちなさい。私は、夜風にあたってくるわ……」


家臣にそう命じて、久秀は、二条城から出ていく。

刺された短刀を抜いてもよかったのだが、なんでか抜く気分にはなれないため、そのまま京の町をフラフラ歩く。

京の町は、けして美しくはなかった。

建物は壊れていて、民は家の奥に引っ込んでいる。

表に出てきているのは、三好の家臣と、朝倉の家臣くらいだ。


「ふっ。京もこんなになってしまうなんて、本当に最悪な時代よ」


苦笑いをうかべて、近くにある寺の中に入る久秀。

思ってた以上に血液が流れてしまっていて、足に力が入らなくなってきているのだ。

壁を支えにして、ゆっくりと座った時、誰かが寺の扉を開けて、入ってきた。ここまでくるのに、久秀は、かなりの血痕を残していたから、どうせ落武者狩りだろうと思い、黙って死を受け入れるように、目を閉じる。

その人物は、ゆっくりと久秀に近づくと。


「あの。大丈夫ですか?」

「えっ?」


久秀に声をかけてきた。

しかも、見たこともない服を着た女だった。

今の京に、女が一人で出歩いているのも驚きだが、もっと驚きなのは、その女が、自分と瓜二つなのだ。

まるで、鏡を見ているみたいに……。


「……あのー。刀が、刺さってますけど?」

「ふふっ。地獄の鬼が迎えにきたのかと思ってたけど、まさか美女が迎えに来るとはね」

「えーと。私は、地獄の住人じゃないけど?」

「知ってるわよ。そんな綺麗な手の人物が、地獄の人間なわけないでしょ。それより、私を殺しにきたのかしら?」

「いえ。町を歩いていたら、血の後があって、それをたどっていたらここについただけです」

「なら、助けに来てくれたのね。悪いけど、大きなお世話よ。私は、これで満足なの」


久秀が、脂汗をかきながら笑って言うと、その人物は、困った顔をする。

おそらく、この女は、心配してここまで来たのだろうが、久秀にとっては、いらない気づかいなのである。どうしてか久秀にもわからないが、なぜかこのままの方が、気分が良いのだ。


「でも、その血の量だと……」

「あら。私に似てるくせに、性格は似てないのね」

「そ、そういえば私に似てる……。もしかして、ここは、パラレルなんたらの世界なの?」


意味のわからない単語を呟いて、首を傾げる女。

頭はそこまで悪くないようにみえるが、少し天然かもしれないと久秀は思い、微笑む。

神のいたずらなのかわからないが、今にも消えそうな人物と、これから生きるであろう二人を引き合わせるとは、なかなか面白いことをすると思い、久秀は、ある策を閃いた。


「ねぇ。あなた、身寄りはあるのかしら?」

「うんん。ないと思う」

「なら、この世界で生き残れないわね」

「……そう」

「もし、生き残りたいなら、私の服と交換すれば、生き残れるわよ」

「えっ。どうして服を?」

「あなたと違って、私はかなりの地位にいるからね。容姿が同じだから、私になれば、これから狙われることは少ないはずよ」


久秀は、苦しそうな顔をしながら、女に自身の策を教える。

すると女は、少し考える素振りをすると、意を決したように、久秀の鎧に手をかける。


「ほ、本当に脱がすわよ?」

「何照れてるのよ。女同士で、体格まで同じなんだから、恥ずかしがらないでくれる?」

「あなたは、恥ずかしくないの?」

「そうね……。男に脱がされることは多かったけど、女に脱がされるのは初めてね」

「えっ!?」

「あら。あなた、初なの?」

「やめてよ。私に似てるのに、そんな尻軽なんて……」

「この世じゃ、そうしないと生きていけない時もあるのよ。まぁ、今の地位なら、そんなことしなくても生きていけるけどね」


鎧が全てはずされて、次は着物を脱がせるだけだが、そこで女の手が止まる。

なぜなら、久秀の下半身は、ほとんど血まみれだからだ。

女は、嗚咽をつきそうになるが、なんとか気合いで堪える。

自分が生きるための、最初の犠牲者が彼女なのだから、ここで嗚咽をついては、失礼だろうと思ったのだろう。

だから、久秀は、あえて渇をいれる。


「だらしないわね。これくらいで、手を止めるなんて。さぞ、幸せな人生を歩いてきたのね」

「そうね。あなたよりは、幸せな人生を歩いていたわよ」


着物をだけさせ、女はなるべく久秀の身体を見ないようにする。

刀を抜こうか迷ったのだろう。久秀に確認するように見てきたので、首を横に振る。

この刀だけは、このままにしてほしかったのだ。

ついに、生まれたままの姿になった久秀は、目の前で背中をみせながら着替え始める女を眺めながら、その脱ぎ捨てた奇妙な服をみる。

変わった服だが、なぜか今の久秀には高級な服に見えた。


「ねぇ」

「何?」

「その服。私にくれない?」

「……別にいいけど。着させるのは難しいわよ?」

「かけてくれるだけでいいわよ。最後に、清潔な姫様になりたいだけだから……」


視界が、ぼやけ始める。

女は、言われた通りに服を久秀にかける。


「そういえば……。あなた……名前は?」

「……水島薫よ。最後に、してほしいことはある?」

「薫……。そうね……。この寺を……私と共に、焼いてくれる?」

「わかったわ。たぶん、あなたがもっていた油と松明を使えばできるはず……」


油を、寺の壁や床にまくと、薫はあることに気づいたのか、視点が定まっていない久秀にーー。


「そういえば、あなたの名前は?」

「松永……久秀よ。これで……あの人の元に……」


久秀の呼吸が止まり、瞳孔どうこうが開く。

薫は、外にあった木に火を灯し、寺の中に投げ入れる。

火が十分に回りきるのを確認すると、踵をかえす。


「久秀様!こちらに居ましたか!」


すると、タイミング良く三好の足軽が、薫の元にかけよってくる。

薫は、自らの美しい茶髪をかきあげると、足軽の元に歩いていく。

その瞳には、背後に燃える寺と同じような、荒々しい炎が灯っていた。

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