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今川義元の野望  作者: 高野康木
美濃編
27/32

24話 誓いの言葉

今川家の人間は、宴を開いていた。

美濃を取ったため、宴の場所は稲葉山城である。

元信の酒の飲み比べには、秀吉がチャレンジしており、なぜか親長の膝で、泰能が大号泣している。

一人でどうすればいいかわからない重虎には、氏真が話し相手になってあげている。

農民達にも酒をくばったため、美濃の城下町は、お祭りである。

そんな宴の中、当主である広大は席を外していた。

なら、どこに行ってしまったかというと、稲葉山城の天守閣に一人で座っていた。

頑なに禁酒をしているため、ひょうたんの中に入っているのは、冷たい水である。

下を覗くと、暗闇を松明の火が明るく照らしており、家臣達の声が響いてくる。

そのことに一人で満足して微笑んでいると、誰かが登ってくる音が背後からしたため、しばらく動きを止めているとーー。


「お一人で飲まれる酒ほど、つまらないものはありませんよ?」


雪斎が、そう言いながら隣に腰を下ろす。

暗殺者かと思っていた広大は、深いため息をだすと、ひょうたんを軽く横に振る


「水だ水。酒なんて、飲める年齢じゃない」

「あら、そうですか。では、私もいただきますね」


許可をとらずに、雪斎が水を杯に入れる。

その事を予測していたのか、広大は、苦笑いをすると、水を飲むほす。


「広大。おしゃくしてあげますよ?」

「うん?怖いなー」

「何がですか?」

「美人の酌ほど、恐ろしいものはないってことさ」


自分で言いながらおかしくなったのか、含み笑いをしながら、杯を雪斎に近づける。

その行動に微笑んだ雪斎は、ひょうたんから水を注ぎ入れる。


「恐ろしいと言いながら、してもらうのですか?」

「まぁ、今日は特別ということで」

「そうですね。美人と誉めてくれましたので、余計なことはしないことにします」

「なんだよ。何かする予定でもあったのか?」

「もちろん」


コホン。と咳払いをしてから、雪斎が、軽く広大の額をはたく。


「あで!?」

「助けてくれたのは嬉しいことですが、危険な真似はお止めください」

「なんの話だよ」

「龍興殿を、殴ったことです」

「あぁ。あれは、自然に動いただけだ」


額をさすりながら広大がそう答えると、雪斎が、呆れたようにため息をつく。


「今さらですが、本当に危険な行動を勝手にしますね」

「性格だからな……。治せるものでもないさ」

「それでは、これから困ります。せめて、努力をしてください」

「そうだな。まぁ、頑張ってみるよ」


無理だけどな。と心で続きを呟いて、水を飲む広大。


「そういえば、竹中半兵衛はどうするのですか?」


とつぜん、雪斎がそう広大にきく。

雪斎的には、軍師の枠を取られてしまうのではないかと、内心焦っているのだ。

宴から抜け出してきた理由の半分は、この事をきくためである。

うーん。と唸って、首を傾ける広大。


「俺は、氏真につけようかと思ってる。ほら、氏真には秀吉がいるけど、あいつは暴走する時があるだろ?それを止める役割と、氏真を助けてもらうためにね」

「そうですか。確かに、その方が安心ですね」


顔は平静を装っているが、内心では、安堵のため息をつく雪斎。

今まででも、泰能という強敵がいたのに、そこに半兵衛まで加わると、勝率が下がってしまう。


(でも、広大の旗本はたもとになるのも悪くはありませんね。ずっと隣にいれますし、心配事がなくなりそうですし)


そんな事を考えていることなど知らない広大は、雪斎が持ってきていた風呂敷に、視線をむける。


「気になっていたけど、それは何?」

「へっ?あぁ。これは、私からの贈り物です」


雪斎が、風呂敷を手前に出して、微笑みながら言う。

実のところ、広大は、雪斎から貰い物をしたことがほとんどない。

理由としては、仕事が忙しい雪斎とあまり会わないのもあるが、一番の理由は、広大自身があまり物欲がないことだろう。

未来からきた広大にとって、戦国の世は、あたり前の物が、無さすぎるのだ。

冷蔵庫もないし、暑いからといってアイスクリームなども存在しない。

遠出するにしても、車などない。

ゆえに、あまり物欲がないのだ。

どうも、この世界の物をもらっても、未来の物と比べてしまう。

そのため、あまり貰い物はしないのだが、今回はすごく気になっていた。


「なにが入ってるの?」

「そんなに期待しないでください。私が作った物ですから」

「雪斎が?そんな時間あったのかよ」

「ありませんでした。ですから、遅くなってしまったのです」


そう言いつつ、風呂敷を開く雪斎。

そこには、綺麗に畳まれた羽織があった。

青色で、かなり高価な物だと一目でわかるほどの物だ。


「これを俺にくれるの?」

「はい。一応、そのつもりです」

「一応?何か、条件でもあるのか?」

「ありますよ。それは、広大が未来に帰らないことです」


雪斎が、当然のように言いきる。

その言葉を、初めは飲み込めていなかった広大だが、意味はわかったらしく、頬をかきながら口を開く。


「えーと。理由は?」

「今の広大は、戦国の世で知らぬものはいないほどの大名です。そんな人が、とつぜん姿を消してしまったら、また戦乱の世に戻ってしまいます」

「なるほどね。でも、ここに死ぬまで居ろってことか?」

「そこまで鬼ではありませんよ。せめて、戦乱の世を無くしてくれれば……」


そこまで言うと、なぜか雪斎がうつむいてしまう。

もし、戦乱の世が無くなれば、広大は未来に帰ってしまう。

とうぜん、広大にも親はいるだろうし、未来の仲間や生活がある。

しかし、今不思議と心配が混じった顔をむけている人物は、雪斎の愛する人。

その人との決別を意味している。


(わがままを言うのなら、ずっと一緒にいたい。けれど、広大には広大の生活がある。だから、これがせめてものわがままです!)


「おい、大丈夫か?」

「せめて……」

「せめて?」

「せめて、この世を救ってから戻ってください!!」


顔をあげた雪斎の瞳には、涙があふれていた。

あまりのことに、広大が驚いていると、雪斎は顔をくしゃり歪ませて、広大に抱きつく。

そのため、広大が持っていた杯が床に落ちて、水をこぼしてしまう。


「私は、本当にわがままばかりの女です!欲を持ってはいけないのに、私は、広大と共にいたいと思ってしまう!広大と、幸せな世の中で生きていたいと思ってしまう!!」


涙を流しながら雪斎が、広大の首に回している手に、力を込める。

唖然としていた広大だが、自然と両手で雪斎を抱きしめる。


「私は、私は、あなたを苦しませてしまう存在なのかもしれません!優しいあなたなら、私が引き止めれば、この世に残ってしまう!」

「……雪斎……」

「うぅぅ。うわー!」


雪斎が、大声で泣き出してしまう。

愛する人との別れは、必ず来てしまうと思えばおもうほど、涙があふれでてくるのだ。

そんな雪斎を抱きしめながら、広大は、ひどく後悔していた。

元の世界に帰る方法など、そのうちわかるだろうと、今まで広大は考えていた。

それに、どこぞの未来人がとつぜん消えても、この世界にとっては、困ることなど何一つないと思ってもいたのだ。

だが、それは大きな間違いであったと、腕の中の女性が教えてくれた。


「雪斎。俺、決めたよ」

「ぐすっ……」


広大は、落ちついた雪斎を包容ほうようからとくと、真剣な顔で言う。


「この世界を救うまで、俺は絶対に帰らない。たとえ、目の前に帰る道があったとしてもだ……」


言葉にしてみると、広大自身も少し怖くなった。

もしかしたら、目の前にとつぜん帰れる道が現れて、それがその瞬間だけの物だったりしたら、広大は、一生帰ることができないのだ。


「だからさ。もう、変な心配しなくていい。俺は、約束は守るからな」

「……信じてます。あなたが、この世を救ってくれることを。そのために、私が作りました」


雪斎は、赤くなった目で広大に羽織を渡す。

その羽織の背中には、刺繍で書かれた天下太平の文字。


「本当なら、天下布武の方がこの世界には合っているのですが、広大には似合わないので、その字にしました」

「すげー!これ、雪斎が縫ったのか!?」


すげー!と言いながら、羽織をくるくるさせて、穴があくほどみる広大。

あまりのはしゃぎように、雪斎が微笑んでいると、広大が何かに気づいたような顔をする。


「そういえば、ここは何県なんだ?駿河国からけっこう離れてるよな……」

「そうですね。ここは、日本の中心と言ってもいい場所です。どうせなら、城の名前を変えてみてはいかがですか?」

「え?城の名前って、勝手に変えていいの?だって、国宝とかになるわけじゃん」

「広大の領地なのですから、変えても問題はありませんよ。それと、国宝と言えるような外見はしてないと思いますが?」

「でもなー。俺のせいで、未来の城の名前が変わってたりしても嫌だしなー」


羽織を着て、うんうん唸りだす広大。

しばらくしても、広大がなかなか決めないので、雪斎は呆れたため息をつきながら、提案する。


「それでは、私が考えた名前はどうですか?」

「おっ?なんだよ、考えてあるなら、そう言ってくれよ!」

「広大が決めないからです。私が考えたのは、岐阜という名前です」

「ぎふ?」

「古代の明で、周王朝の文王が岐山によって天下を平定したという歴史があります。そこから、岐阜という字をいただこうかと」


和紙に岐阜という字を書いて、広大に説明する雪斎。

やっと漢字を見て気づいた広大は、両手を合わせ

て、思い出したようでーー。


「岐阜県のことか!」

「県はいりません。岐阜です」

「そういえば、歴史の授業に出てきてかもな!岐阜城!」

「おや?未来にまで残る名前でしたか」

「そっかー。静岡県から、岐阜県まできたのかー」

「静岡県ではありません。駿河国です!それに、県はいらないといってます!」


雪斎的には、県というのが気にくわないようだが、なぜか感動している広大は、まるで聞き耳を持たない。


「なら、もうすぐ京だな!」

「そ、そうですね」


京都の場所は知っているらしい広大が、嬉しさのあまり、雪斎に顔を接近させて言う。

そのため、雪斎は顔を赤らめてうつむくのだが、やはり鈍感な広大は、鼻歌を響かせながら、天守閣から降り始める。


「こ、広大!?どこに行くのですか!?」


自分の縫った羽織を着ながら、どこかに行こうとする広大を、慌てて引き止める雪斎。

始めての刺繍のため、他の人物たちには見てほしくなかったのだが、広大は不思議そうな顔をしながら、こたえた。


「え?みんなに、自慢しに行くに決まってるだろ」

「なー!だ、ダメです!!それだけは、ダメです!!」


いつもは冷静な雪斎が、顔を真っ赤にして、立ち上がる。

それがおかしかったのか、広大は笑いながら階段を降りていく。

そんな二人を笑うように、天に輝く月が、岐阜城を照らしていた。



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