23話 妹のために
ゆっくりと、雲が流れている……。
自らの陣営についた氏真は、雲を見つめながら、そんなことを思っていた。
自分の役目は、敵の援軍などを防ぐこと。
しかし、そんなことをしなくても、敵の援軍などはあまり来ないだろうと、雪斎が言っていたため、氏真は軽い気持ちで、陣営の床几に座っていた。
「お兄様。大丈夫かしら?」
深いため息をついて、氏真は俯く。
もう少し、広大の役にたちたいと思っているが、どうにも簡単にはいかないらしい。
実は、みんなに内緒で氏真は、元信に刀の扱いを教えてもらったり、泰能に、策略を教えてもらったりしていたのだ。
しかし、その二つともあまり良く伸びていない。
「やっぱり、私は人徳しかないのかな?」
広大から教えてもらったことだが、やはり、武勇か知謀のどちらかが欲しかった。
そんなことを考えていると、陣幕の中に、一人の兵士が血相を変えて入ってきた。
「どうしたの?」
「た、大変です!五千の斉藤軍が、こちらにむかって進軍中とのこと!!」
「えっ?」
人間、あまりにもありえないことは、頭に入ってこないものだ。
氏真が率いている軍は、およそ千ほど。
その軍に対して、斉藤軍は五千。
これが、元信や雪斎ならなんとかなるかもしれないが、率いているのは、人望の氏真。
しばらく思考が止まっていたが、なんとか兵士の呼ぶ声に反応した氏真は、撤退の指示を出そうとしたが、もう一人の兵士が陣幕に入ってきた。
「泰能殿が、岩村城を開城させたようです!」
「あっ。そうか。ここを動くと、泰能の方に援軍が行ってしまうのよね」
撤退すれば、千の兵が傷つかずにすむが、泰能の部隊が、大打撃をうけてしまう。
逆に撤退しなければ、泰能の部隊は傷つかずすむが、氏真の部隊が壊滅するだろう。
どちらを選択すべきなのか、迷いだす氏真。
氏真は、深呼吸してから、決断をした。
「迎え撃つわ!」
斉藤軍を引き連れている半兵衛は、馬に乗りながら、空を見上げていた。
あの影の支配者である安倍晴明から、信頼されている今川義元……。
どうにも、半兵衛は気になっていた。
『気になりますか?』
どうやら、もう一人の自分である重虎には、バレていたらしい。
『気になるだろ。あたしが聞いた噂では、女とみれば、すぐに発情する猿のようなやつなんだぞ?』
『そうですね。しかし、わたしのことは助けてくれましたよ?』
『人を、一人も殺さないところもおかしいしな……』
『そうですね。まるで、人が変わったみたいです』
『みたいじゃなくて、変わったんだろう?』
二人で笑い合うと、半兵衛は真剣な顔に戻す。
『問題は、龍興だな。あの野郎、あたしを見る目が気持ち悪い物に変わってやがる』
『龍興殿は、女遊びが好きな方ですからね。それよりも、私が心配なのは、龍興殿が、何かをしでかすことです』
『あんな当主に、忠義を誓ってるやつなんているのかよ。あたしらは、道三に義があって仕えてはいるが、 あんな野郎には、仕える必要なんてないぞ?』
『それでも、道三殿のお孫様ですから。私たちも、出来るだけ手助けしないと……』
『甘いな重虎。今の義元と同じくらいにな……』
最後にそう言うと、半兵衛は、重虎との会話を終わらせた。
斉藤龍興は、飲んだくれの女好きである。
半兵衛の智力と、難攻不落である稲葉山城をあてにして、余裕を持ちすぎているのだ。
「城を作るのは、石垣などだけではない。人も加わらなくては、難攻不落とは、いえないのさ」
そう小さく呟くと、進軍速度を少しおとすのだった。
馬を走らせながら、広大は祈っていた。
頼むから、迎え撃つのはやめてくれと……。
もしも迎え撃つことになれば、氏真は、確実に討死してしまう。
「そんなことだけは、絶対にさせない!!」
休まずに馬を走らせていると、伝令が広大のもとに来た。
伝令役は、どうやら井伊衆の者だ。
「殿。どうやら、氏真殿は迎え撃つ選択をされたようです」
「くそ!やっぱり、そっちを選択しちまったか!!」
最悪な選択を氏真がしてしまったことに、広大は手綱を強く握る。
血も繋がってなければ、全くの他人。でも、この世界では、唯一広大に、家族としての暖かさをくれる人でもある。
せめて、この手できっと怖がっているであろう妹を、安心させてあげたい……。
その思いだけが、今の広大を動かしていた。
「氏真……。絶対に、間に合ってみせるからな!」
その言葉を黙って聞いていた伝令の井伊衆は、静かにその場を後にした。
場所は変わり、墨俣城ーー。
約五千の軍勢を率いている雪斎は、扇子を開いたり閉じたりと、落ち着かない様子で立っていた。
氏真のことは、たしかに心配である。しかし、今の雪斎が心配している人物は、広大である。
優しく、時に恐ろしいほどの怒りを出すあの思い人が、血も繋がっていない妹のために、危険な道を進んでいる。
その場に、自分は居てあげることができない。いっそうのこと、元信に全てを任せて、追いかけたい気持ちもあったが、あの元信のことだ。殿のためだと言って、何も考えずに攻めるに決まっている。
そうなれば、自分より他人が傷つくのを嫌う広大に、後で口うるさく説教されるに違いない。
「元信に、もう少し考える力があれば良いのですが……」
何度目かわからないため息をついて、雪斎は、稲葉山城をみつめる。
頭の中で、どのようにして落とすか策を練っていると、伝令が現れた。
「ご報告します。長政殿の部隊が、大垣城を陥落させました。そのまま、別の道から稲葉山城を攻めるとのこと」
「そうですか……」
長政の率いてる部隊は、総勢六千。本当なら、大垣城を攻めてくれるだけの約束であったが、どうやら、こちらの稲葉山城攻略にも、手を貸してくれるらしい。
「それと。義元殿の行動は、ほとんど病と同じだから、すぐさま稲葉山城を落として、援軍にむかわせる。とも、言っておりました」
「ふふっ。さすがは、殿に信頼されている殿方というところですか……。すぐさま、全軍で攻めます。そう、元信に伝えてください」
「はっ!」
病と同じ……。たしかに、その通りだと雪斎は思い、頬を緩ませる。
「広大のする行動に、驚いていてはいけませんね。さて、そろそろ動きますか」
そう言葉にして、扇子を閉じる。
この戦が終わったら、広大にあるものをあげようと、心に誓いながら。
「うおー!氏真殿!!」
秀吉が大声をあげながら、陣幕に飛び込んだのは、太陽が真上にさしかかった時だ。
あまりの飛び込みに、敵であると誤認識した氏真が、刀を抜いて、秀吉に降り下ろす。
「うきゃー!!」
「あ、あら?猿じゃない!」
「こっ、殺す気でござるか!!なにゆえ、抜刀したでござる!!」
「しっ、しかたないでしょ!敵の忍びかと思ったのよ!!」
「まったく。元信殿ほどの腕前があったら、死んでいたでござるよ」
冷や汗を拭いながら、秀吉がさりげなく氏真の腕をバカにする。
そのことに気づいた氏真だが、心配して来てくれたためか、刀を鞘にしまい、怒りを我慢するように、拳を握りしめた。
しかし、やはり許せなかったのか、秀吉の足をおもいっきり、かかとで踏みつける氏真。
うぴぃ!という声をあげて、秀吉があまりの痛さに足をさすりだすと、その無防備な背中を蹴りつけて、地面に転がす。
「ひ、酷いでござる。心配して駆けつけたのに……」
「一言よけいなのよ。刀を納めただけ、ありがたいと思いなさいよね」
しくしく嘘泣きをする秀吉を、とうぜんのように無視した氏真は、ため息をつく。
秀吉が来てくれたのは、とうぜん嬉しいことだが、今の状態で来ても、危険な目にしかあわないだろう。
そのことを、さすがにわかっている氏真は、秀吉に帰るように言うため、口を開くがーー。
「帰らないでござるよ……」
先手で、秀吉が意思表示する。その瞳には、覚悟が灯っていた……。
「秀吉ー!このアホタレが!!」
秀吉に、なおも帰れと言おうとした氏真だが、その前に広大がとつぜん現れて、秀吉の頭を殴りつける。
「あっ、兄様!?」
「何するでござる~。鬼の兄貴に、餓鬼の妹でござるよ!」
「お前が悪いんだよ!何が身体で払うだ!!」
汗まみれの顔で、秀吉にこれでもかと思うくらい説教を始める広大。
まさか、秀吉だけでなく、広大も来ているとは知らなかった氏真は、慌てて広大の説教に割ってはいる。
「兄様!今すぐ、この場からお退きください!」
「そうでござるよ!殿が討死にしては話にならない……。と思うでござるし、違うかもしれないし~」
途中から秀吉の言葉があやふやになったのは、広大が鬼のような顔で睨んで、お前が言うなという視線を、散弾銃なみに浴びせたためである。
その視線に耐えられなかったらしい秀吉は、氏真の後ろに隠れて、子どものように様子を伺うことに作戦を変更する。
「悪いが、俺は一人で帰るつもりはないぞ?」
「ここを退けば、泰能が危険です」
「なら、俺もここに残るさ。五百くらいは、兵もあるしな」
「何をいってるんですか!敵の兵は五千ですよ?勝てる戦ではないのですよ!!」
とうとう氏真は、涙を流してしまう。
この場に残れば、必ず討死してしまう……。そんなことに、血の繋がりがないにしても、兄を巻き込む訳にはいかない。
討死を覚悟すればするほど、身体が震えて、涙が止まらなくなる。
氏真は、唇を噛みしめながら、拳も強く握る。震えを止めようとしたのだろうが、広大がその拳を優しく包み込むように握る。
「氏真。お前は、優しいやつだな」
「兄様は、お人好しすぎます」
「そうだな。その点は、血が繋がってなくても、似てるところだな」
微笑みながら、氏真を抱きしめる広大。
しばらくその様子をみていた秀吉が、とつぜん顔をあげる。
その顔は、険しく、冷や汗が額にうかんでいた。
「感動してるところ悪いでござるが、敵軍の音でござる」
「そんな!いくらなんでも、早すぎるわ!!」
「やれやれ。そんなに、甘くはないようだな。秀吉!氏真!迎え撃つぞ!」
広大の号令と共に、陣形を作る指示をする氏真と秀吉。
氏真の軍、千五百に対して、斉藤軍の数は、五千。
斉藤軍を率いているのは、軍師竹中半兵衛。対する氏真部隊を率いているのは、復活の海道、今川義元。
二つの部隊が、声をあげて衝突する。
広大の陣形は、無謀とも言える鶴翼の陣形。対する半兵衛の陣形は、安全を確保しながら、敵を倒す魚鱗の陣。
圧倒的兵力差のある斉藤軍が、次々、今川の兵を倒していく。
あまりの兵力差に、馬が無人で走っているほどだ。
そのため余裕をもち始めた斉藤軍は、手柄をとるた事を優先して、我先にと広大目指して、討ち取ろうとする。
その事に気づいた半兵衛が、手柄を優先するなと声をあげるが、まるで通じていない。
つまり、命令が届かなくなっているのだ。
「チッ。これだから、斉藤軍の部隊は扱いずらいんだよ!」
「おいおい。仮にも大将なら、そんなこと言うなって」
舌打ちをして独り言を呟いた半兵衛に、陽気な男の声が反応した。
その声に聞き覚えがあった半兵衛は、焦りながら刀を抜こうとするが、男の方が速かった。
男は、半兵衛を狙わずに、手綱を切断する。
そのため、体重の支えを失った半兵衛は、落馬してしまう。
慌てて起きようとした半兵衛だが、今度は、小柄な女が乗りかかって、動きを封じられてしまう。
「くそっ!こっちの命令が届かなくなるまで、無人の馬に隠れていやがったな!今川義元!!」
足軽の格好をしていたのは、今川義元こと、松林広大。もう一人の人物は、妹の今川氏真だった。
広大達の作戦は、かなり危険であった。
まず、広大の影武者として、直虎に広大の鎧を着させる。ついでに、氏真の影武者は、秀吉がつとめることになった。
次に、氏真と広大は、足軽の格好をして、合戦が混戦になると同時に、馬の腹にしがみつき、半兵衛に接近する。
ここまでに、下手をしたら殺されている可能性が大きかったのだが、斉藤軍が、影武者である直虎を狙っていたのが、幸運だった。
「残念だったわね。これで、私達の勝ちよ」
「よし。おーい!お前らそこまでにしろ!!お前らの大将は捕らえたぜ!」
広大が、半兵衛に刀を突きつけながら叫び、戦をやめるように言う。
これで戦が終わると、広大と氏真は思っていたのだが、なぜか斉藤軍は、にやにやした顔で、広大達を包囲してくる。
「あっ、兄様?なんか、おかしくないですか?」
「それ以上言わなくていいぞ。俺も、おかしいと思い始めたところだ」
包囲が、どんどん狭くなってくる。
さすがに、半兵衛を抑えている意味がないとわかった氏真が、腰から小太刀を抜き取る。
「やはりな。今川、あたしが隙をつくってやるから逃げな」
「やはり?」
「ふん。あたしが気にくわないってことだろうよ。おそらく、隙さえあればあたしを殺せと、龍興殿から言われていたんだろう」
「わかってて、この戦場にきたのか?」
「そうだ……。いや、もしかしたら、少しくらいは信じてたのかもな。だが、結果はこんなもんさ」
半兵衛は、悲しそうな顔でため息をつき、札を数枚取り出す。
その行動に、斉藤軍は槍を持ちながら、突進し始める。
「伏せろ!!」
突き刺さりそうになった瞬間、広大は、半兵衛と氏真の頭を掴んで、伏せさせる。
とつぜんの伏せに、斉藤軍の槍兵が、一瞬混乱する。
その混乱を見逃さなかった半兵衛は、邪魔だと言い、広大の頬に肘てつをきめてから、札を投げる。
すると、札がとつぜん狼や蛇になったため、包囲陣が崩れる。
「今です兄様!」
「さっさと動け!死にたいのかよ!!」
「うるせ、この野郎!誰の肘てつで、脳が揺れたと思ってんだ!!」
ガミガミ文句をいいながら、広大が二人に遅れながら走り出す。
どうやら、あまり持続時間がなかったようで、狼と蛇は、すぐに札に戻ってしまう。
「しまった!お前ら、今川と半兵衛の首をとれ!!」
家老であろう人物が号令すると、敵の全軍が、三人を狙い始める。
槍や弓をなんとか避けていると、井伊衆が、すぐさま護衛のために、煙幕を張りだす。
しかし、攻撃の手はまったく緩む気配がない。
「ちょっと!竹中半兵衛!あんた、陰陽道使いなさいよ!」
「そうだ!俺にかけたみたいに、水を出すとかよ!!」
「バカか!陰陽道だって、万能じゃないんだよ!今のあたしじゃ、一匹狼を出すのが、限界だ!!」
「使えないわねー!」
「なんだと!このまな板!!」
「はぁ!?あんたの方がまな板じゃない!」
「お前だ!!」
「あんたよ!!」
「コラ!ケンカする力あるなら、走り続けろ!!」
言い合いを始めた二人の頭を、軽く叩いた広大は、煙幕のなかをトップスピードで走り抜ける。
「殿!こちらです!」
「うにゃー!!敵が多すぎるでござるよー!!」
煙幕を投げながら、広大を誘導する直虎と、背中に矢が刺さっているのに、なぜか普通な顔で走っている秀吉が、合流する。
「あんた、矢が刺さっているけど?」
「むふふ。心配無用でござるよ!なぜなら、背中には、鎧を二重にきているからでござる!」
「重くないのかよ」
「いや、実際重かったので、氏真殿の鎧を捨てたでござる!」
「なんですって!?このバカ猿!!なんてことしてくれるのよ!!」
「いやいや、氏真殿の鎧がなかったら、死んでいたでござるよ」
そのまま5人で走っていると、とつぜん閧の声が上がる。
その声に、5人が揃って苦い顔をする。
「まさか、敵の援軍!?」
「ありえない。斉藤軍には、援軍を出すほどの人数はいないはずだ」
「およ?あれは、今川の旗ではござらんか?」
秀吉の発言で、全員そちらをみる。
そこには、今川の旗が多数あり、先頭には久しぶりの顔があった。
「殿!ご無事ですか!?」
「親長ー!!遅いぞバカヤロー!!」
今川の家老、関口親長。
三河国を任されていた彼女が、およそ六千の兵を引き連れてきたのだ。
「兄様!親長を呼んでいたんですね!」
「いや。まったくの偶然だろ」
「はぁ?お前、遅いって言ってたろ」
「いや、感情のままに叫んでただけだ」
「殿。泰能殿から、拙者に極秘で呼ぶように頼まれていました。申し訳ない」
「そうなのか?まあ、直虎がしたことならいいわ」
そんなことを話していると、敵の軍がこちらに突撃してきていた。
陣形は、鶴翼。
包囲される前に、広大達は、親長の元まで走った。
「殿!お怪我はありませんよね!?もしもあったら、雪斎お姉さまに殺されてしまいます~!」
「だ、大丈夫だから。涙目になるなよ!」
「殿~!拙者も背中に矢が刺さっているせいで、死にそうでござる~!人生の最後に接吻を」
「あんたは、元気でしょうが!!」
「殿。遊んでいる場合ではないはずです」
泣きながら広大に抱きつく親長。
なぜか、嘘泣きをしながら接吻をしたがる秀吉に、跳び蹴りをくらわす氏真。
あまりのお気楽ぶりに、半兵衛は、呆然としていた。
こんなやつらに、自分は戦を仕掛けたのか?
そう思うと、自然と笑い声が出てしまい、全員の注目を浴びる。
「お前ら、戦中ってわかってんのかよ。まるで、平和な世界にいるみたいに、じゃれつきやがって」
「でも、こういう方が楽しくないか?」
半兵衛の言葉に、広大が微笑んでかえす。
その返しに、ぽかーんとしていた半兵衛に、広大は驚くべき発言をする。
「半兵衛。お前は、龍興さんとかいう人に裏切られて、今はフリーなんだよな?」
「封力?なんの話だ?」
「あー。えーとだな。簡単にいうと、今は一人なんだよな?」
「あぁ、そうだ」
「ならよ。俺に仕えてみないか?」
数秒沈黙が流れる……。
半兵衛は、顎に手をやると、考え始める。
『楽しい世界……か。そんな世界がくるとしたら、どうする?』
『ふふっ。賭けてみますか?』
『そうだな。今の乱戦を終わらせられるなら、やってみるのもありかもな』
『そうですね……。困難な道ではありますが』
『あたしは、賭けてもいいと思うが……。また、傷つくかもしれないぞ?』
半兵衛の発言に、重虎が沈黙する。
もともと、半兵衛と重虎は、一人の人間だった。
重虎は、この世に産まれたときから病弱であり、外で遊ぶことができなかった。
そんな重虎の楽しみは、陰陽道の本や、歴史的な陣形などの本を、一人で読むことだった。
そんなことが、日常的に続いていれば、知識は壮大な物になる。
そこに目をつけた人物も少なくなく、ある日、重虎は、悪用しようとした国の者に、拐われそうになった。
そのときだ。重虎の中に、半兵衛が現れたのわ。
現れた理由は不明だが、おそらく自然エネルギーを蓄えてなかった札を使用したことだろう。しかし、あそこで使っていなければ、拐おうとした者を達を撃退することは、できなかったはずである。
それから、重虎は、人に笑顔をむけることがなくなってしまった。
唯一心を開くのは、半兵衛だけ……。
そんな重虎を笑わせた男が、今まで二人いる。
一人は、斉藤道三である。道三だけには、半兵衛は、心を開いていた。
そんな道三も、息子に討たれてしまい、また心が塞がってしまったが、その心の扉は、わりとすぐに開いた。
開けた人物は、今川義元。
あの男に助けられて、重虎は笑顔を表にだすようになった。
だから半兵衛は、仕えても問題ないと考えていた。
そして、重虎の答えもわかっている。
なぜなら、二人は、一人の人間なのだから。
「決めた!仕えてやってもいいぜ!」
「おっ?良い返事だ!」
「そうと決まれば、殿。みなさんに、渇をいれてあげましょう!」
親長が、そう言うと、広大に種子島を渡す。
困った顔を広大がするが、直虎が無言で頷く。
事情を知らない他の三人は、首をかしげて、広大をみる。
「実は、殿は毎晩種子島の訓練をしていたんですよ~!」
「親長殿が、岡崎に行ってからは、拙者が見守っておりました」
三人に説明している中、広大は種子島を構えていた。
深呼吸を2回すると、眼に覚悟が宿る。
「おい。狙うなら、あの家老にしとけ。そうすれば、早く終わる」
「殿。止めは、私がします。隙だけ作ってください」
半兵衛の言葉と親長の言葉を聞いてから、広大は引き金をひいた。
タァーン!
広大の弾丸は、狂わずに、斉藤軍の家老の馬に当たる。
そのため、馬がいうことをきかなくなり焦り出したため、家老が、慌てていると、その額に矢が刺さり、家老が落馬した。
とつぜんの死に、軍は混乱し始めた。
稲葉山城ーー。
今川の家臣が、全員集まっており、中央には斉藤龍興がいる。
デップリとした体で、酒の臭いを口らか漏らしていた。
「殿。介錯なら、小生が……」
「あんた。奇跡的なまでに、こいつの性格を理解してないのね」
「元信お姉さまは、変わらないようで何よりです」
「殿、どうなさいますか?」
「重虎。どうしたい?」
広大は、隣に座っている重虎をみる。
もちろん、重虎の答えをわかっての質問だ。
「解放させてあげてください。お願いします」
「やはりな。小生が切り捨ててやろう」
「きちんと聞いておきなさいよ。解放させてって、言ってるのよ」
「元信お姉さまは、捕まえたら斬首ですからね。基本的に聞いてないと思いますよ?」
「雪斎。解放だ」
「はい。わかりました」
雪斎が、龍興の縄をほどこうとすると、龍興がイヤらしい視線をおくる。
あえて、その視線をスルーした雪斎だが、広大はそんなことをしなかった。
バスン!
「ひぃ!!」
龍興の膝近くに、広大が銃弾を打ち込む。
その顔は、無表情であるのに、仁王像のような気配が出ている。
「おい。調子にのってんじゃねーぞ」
種子島を泰能に投げて、広大が立ち上がる。
ゆっくりと歩を進めながら、龍興に迫る。
「なっ、なんだ。解放してくれるんだろ?」
「この期に及んで、まだ女が好きなのか?」
「あっ、当たり前だ!お前だって、女を抱きまくっていただろ!」
その台詞に、今川の家老達が、全員武器を手に持つが、広大が手で止める。
「そうだな。女を好きになるのは、悪いことではない。だけどな……」
ガスン!
おもいっきり殴りつけると、龍興は壮大に倒れる。
「俺の女達にも目をつけるなら、話は別だ。重虎に免じて、これくらいで許してやる。とっとと、その汚い面を引っ込めろ!」
そういうと、広大は踵を返して、もとの場所に戻り、座り直す。
龍興は、出ていく最後まで、覚えていろと大声で叫んでいた。
静まりかえった場を、広大が手を叩いてーー。
「宴の準備をしろ!今日は飲むぞー!!」
その言葉だけで、元気になる今川家の人間たちであった。