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今川義元の野望  作者: 高野康木
美濃編
25/32

22話 美濃進行

今川と浅井の同盟がなってしばらくしてから、広大はついに本格的に動き出す。

そのため、清洲城の大広間には、広大を中心として主な重臣が集まっていた。


「さて。美濃を取りに動くことにしたんだが……。竹中半兵衛がいるから、攻撃する城もかんがえないとな」


竹中半兵衛。その一人の実力が、今川にとって進行する時期を逃していた要因である。

あの武勇にすぐれる元信でさえ、今の会議では口を挟んでいないほどだ。


「やはり、稲葉山城いなばやまじょうを落とすためには、墨俣すのまたに城を築くのが必須ひっすだと思います」

「私も雪斎と同意見よ。もっと、わかりやすく言うなら、墨俣に城を築けなければ、稲葉山城を取ることは無理ね」


今川の軍師二人が口を揃えて言うので、広大が頭をかきながら難しい顔をする。

どの家臣もやる気に溢れているのだが、あの元信でさえ成し遂げられなかった築城なので、広大も誰に頼もうか迷っているらしい。

すると、家臣の一人が元気よく挙手する。

その人物は、木下秀吉。


「殿!ここは、拙者に任せて欲しいでござる!ここで、汚名を返上するでござるよ!!」


元気よくそう言う秀吉だが、周りからは、ふざけるなや、無礼者が!などの声が多くあがる。

しかし、秀吉は広大を見つめたまま、反論すらしようとしない。


「……わかった。墨俣築城は、秀吉に任せる!」


自分の膝を叩いて、広大が大声で任命すると、家臣達の多くは納得していない顔をするが、静かになる。


「ありがたきでござる!この秀吉。必ずや、築城を成功させるでござる!」


秀吉は、頭を下げてから立ち上がると、すぐさまどこかえといってしまう。

秀吉が出ていくのを見送った雪斎が、広大の目の前にきて、美濃の大まかな地図を広げる。


「殿。私が大まかな美濃の地図を書いてみたところ、落とすべき城は稲葉山城を含むと四つ存在することがわかりました」

「四つか……。場所は?」

「はい。まず、西側に大垣城おおがきじょう。そして、東側に岩村城いわむらじょう苗木城なえぎじょうがございます。この3つは、必ずや落とした方が良いかと……」

「ふむ。大垣城の方は、長政に頼めるかな?」

「そうくるだろうと思って、頼んでおいたわ」


さも当然のように、泰能がさらっと言った言葉に、広大は苦笑いする。

しかし、残り二つの城をどうすればいいのか、悩んでしまう広大。

広大が悩んでいると、その姿を見てため息をつく泰能。

こんなことで迷うなという視線を広大に一瞬送ってから、口を開く。


「適任者を迷っているなら、私に任せなさい。今の斉藤家は、家臣団の連携もとれてなければ、信頼関係もないに等しいからね」

「えっ、そうなの?」

「考えてみればわかるでしょ。当主が、ずっと酒を飲んで女をはべらせてれば、信用も何もなくなるわよ」


事前に調べていたのか、泰能がイライラしながら今の斉藤家の状態を語る。

どうやら、雪斎は知っていたようだが、広大は初耳だったので、そうなのかくらいの顔をしておく。

しかし、その芝居がへたくそ過ぎたのか、それともストレス発散なのか、泰能が怒り顔のまま、広大の頭を叩く。


「あでっ!?」

「泰能!!」

「はいはい。もうしませんよ」


雪斎が怒りの顔をむけるが、それを軽くスルーした泰能は、一人でこの場から立ち去ってしまう。

叩かれた頭をさすりながら、頼もしい仲間の背中を見つめ、広大は微笑む。

そんな広大に、咳払いしてからジト目を送る雪斎。

慌てて広大も咳払いして、気持ちを切り替える。


「これで、稲葉山城以外の城はどうにかなったな」

「いえ。まだ難問は残っています」


そういうと、雪斎は地図の北の方に城を書く。


郡上八幡城ぐじょうはちまんじょう。ここも、斉藤家の城です」

「あれ?なら、ここも落とさないといけないんじゃないか?」

「いえ。ここは、稲葉山城からあまり近くありません。援軍などが来てもなんとかなります」

「なら、捨てておくのか?」

「まさか。そのための策を今から教えます」


そういうと、雪斎はある地点に×印をつける。

その地点は、岩村城・苗木城から、稲葉山城を繋ぐルートの丁度中心だ。


「ここに陣をひけば、稲葉山城や郡上八幡城からの援軍などを断ちきれます。それだけでなく、岩村城・苗木城からの援軍も防げますので、一石二鳥です」


雪斎の考えは、とても簡単で効果的な策であった。

稲葉山城を攻めている間に、他の城との連絡を断ちきるということだ。

問題は、それを誰に命じるかであるが、広大の中ではすでに決まっていた。


「よし。それなら、その場所は氏真。頼んだぞ」

「はっ、はい!お任せください!!」


広大に命じられたことが嬉かったのか、喜びながら氏真が頭を下げる。


「よし!それじゃ、今日はこれで解散にする!!美濃に攻撃するのは、そんなにあとのことではないからな。みんな!心しておけよ!!」


ははぁ!

広大の言葉に、他の家臣が一斉にそう言うのであった。




とある場所ーー。

秀吉は、深呼吸してから、城をたて始める。

時刻は夜であり、辺りは暗闇に包まれていた。


「お嬢。本気でするつもりか?」


体ががっしりしている連中の一人が、秀吉に確認するように言う。

その言葉に答えるように、冷や汗を流しながら微笑む秀吉。


「本気でござるよ。この策が成功すれば、かの竹中半兵衛に、一杯食わせることができるでござる」

「だがな。いくらなんでも、3日で建てるなんて……」

「その先のことは考えないことにするでござる。口を動かすより、手を動かすでござる」


秀吉が考えた策は、この時代ではあまりしないやり方である。

夜の内から組み立てを初めて、3日の内にある程度城を作ってしまおうという策である。

さらに、敵が気づくであろう日の出の頃には、墨俣にくる通り道に伏兵を潜ませておき、混乱を多く起こさせて、撃退してしまおうというものである。

後に、この策は墨俣一夜城すのまたいちやじょうと呼ばれるが、それは成功した時の話である。


『拙者の考えだと、1日はなんとかなるはずでござる。問題は2日目からでござるな……』


冷や汗を額に浮かべて、秀吉は唾を飲み込む。


「さー。すぐに建てるでござるよ!!」

「おおー!」





秀吉の考えた通り、一日目はなんとかなり、斉藤家の軍を引き返せることができた。

しかし、こちらの兵士も何人か傷ついてしまい、作業が少し遅れていた。

それでも、秀吉は辛い顔をせずに、兵士達を激励して作業を休まず続ける。

普段の秀吉なら、すぐさま広大に援軍などを要求するところであるが、今回はそれを一切しなかった。

理由は、とても簡単なこと……。自分の力を最大限に見せつけて、恩返しをするためである。


「お嬢……。少し休んだらどうだ?敵を追い返したんだから、少しくらい休んでもよーー」

「お主らは休むでござる。拙者は、まだまだ平気でござるからな!」

「無茶だろ。いくらなんでも、一睡もしないのはさすがに……」

「拙者は!!」


がっちりした男の言葉に、秀吉は柵を作りながら、大声を上げる。

その目には、大粒の涙が溜まっていた……。


「拙者は、殿に初めて出会った時に、殿に全てを捧げようと決めていたはずでござった……。なのに、なのに。拙者は、目先の欲に飛びついて、あんな、あんな、あんなに優しい殿を裏切ってしまったのでござる!!」


ついに、秀吉は膝をくずして、地面に尻餅をついてしまう。

涙が止めなく流れ出していて、兵士達が全員秀吉を見つめる。


「拙者は!今よりももっともっと働いて!殿に誉めて欲しいのでござる!!それが、今の拙者の一番の褒美でござるよー!ふぇぇぇ!!」


いつものほほんとしていた秀吉が、人目を気にせずに、大声で泣き出した。

今まで心に溜めていた言葉を、思いを全てだすように……。

すると、その姿を見ていた負傷兵の一人が、静かに立ち上がる。


「おい……」

「大丈夫だ!俺は、まだ動けるからな!柵を結ぶくらいの力はある!」


そう答えると、負傷兵は柵を結び始める。

その姿を見て、寝ていた負傷兵が、看病していた兵の肩を突然掴む。


「俺のことは、もう大丈夫だ。それよりも、城を建てることに集中してくれ……」

「……いいのか?」

「バカ野郎。この程度の傷で苦しんでたら、殿に面目めんもくが立たねーだろ?」


そう言うと、看病していた兵も動きだし、城を建て始める。

それを皮切りに、次々と作業を再開させる兵士達。

やっと、その事に気づいたのか、秀吉が赤く腫らした眼を、体格のいい男にむける。


「あんたの思いは、俺らに伝わったさ……。もう、止めねーよ。だから、さっさとこの城を作ってしまおう!」

「……恩にきるでござる!」


可愛らしく微笑んだ秀吉に、体格のいい男は頬をかいて赤面する。

そんなみんなが団結して進めたおかげで、城はほとんど出来上がっていた……。

そして、運命の2日目の朝ーー。

斉藤家も、昨日よりも多くの兵を連れて進軍してきた。


「えぇい!死守でござるよ!!」

「そう言うけどよ!あいつら、俺らの動きがわかってるように動いてきやがるんだ!!」


くっ。と声を出して、秀吉が唇を噛みしめる。

どうも、こちらの動きがわかっているらしく、秀吉が立てた策が、ことごとく打ち破られていく。


「竹中半兵衛!昨日は、拙者の力を試していたのでござるな!?」

「まずいぞ!川を渡ってきてる!!」


しだいに追い詰められた秀吉達に、止めとばかりに斉藤軍が、大軍で川を渡ってくる。

あまりに悔しさに、秀吉が唇を噛み締める。

策を見破られ、あと少しのところで、自分達の作り上げた城が、崩されてしまう。

その悔しさに、涙が出そうになった時ーー。


「今だ!全軍で突撃ー!!」


突然、後方から広大の声が響く。

その言葉に答えた声が、徐々に城に近づいてくると、墨俣城を中心に鶴翼かくよくの陣形をとりながら、斉藤軍を迎え撃つ。

あまりのことに、秀吉が唖然としていると、その肩を誰かが掴んだ。

振り向いてみると、そこには笑顔の広大と、薙刀を持ちながら微笑んでいる雪斎がいた。


「お疲れさまでした……。しばらく、休んでいてよいですよ?」

「よく頑張ったな……。秀吉のおかげで、なんとかなりそうだ」


それぞれ、秀吉をねぎらうう言葉をいうと、雪斎は兵士に命令を出し始め、広大は秀吉の頭を優しく撫でる。


「うっ……ううぅ……」


あまりの嬉しさに、涙を流し始める秀吉。

そのことがわかると、広大は無言で秀吉を抱きしめる。


「……ありがとう。やっぱり、秀吉に頼んで間違いはなかったな」

「せっ、拙者を信じていたでござるか?拙者は、殿を傷つけて、裏切ったのに……」

「何をバカなことを……。俺は、初めから秀吉を信じていたぞ?それに、秀吉は俺にとって大切な人なんだからな」


大切な人ーー。

その言葉をきくと、広大の胸に顔をつけて、秀吉は大泣きする。

欲しい言葉を、欲しい人がいってくれた。

それだけで、秀吉の心が軽くなり、暖かくなった。

しばらくそうしていると、ムスくれた雪斎が、二人を引き剥がす。

理由は簡単で、途中から秀吉が、広大の胸でヘラヘラし始めたからである。


「おいおい。雪斎ーー」

「そのくらいでいいですよね?」

「ま、まぁ、いいでござるよ」


雪斎の得意技、笑顔の殺気をくらい、秀吉が顔を蒼白にして首を縦に振る。

やれやれとした感じで、広大が戦況を見ると、不思議なことに、斉藤軍が撤退し始めていた。


「雪斎。どういうことだ?」

「それを、私も考えているのですが……」

「おお!!恐れをなして逃げたでござるな!!」


広大と雪斎が、納得していない顔をするが、秀吉は、自分の作った城が無事だったのが嬉しいのか、興奮している。

そんな三人の前に、返り血なのだろうーー。汚れた顔の元信が近づいてくる。


「雪斎。突然徹底し始めたが、どうする?」


追撃するべきか、ここにとどまるのか?

そう目で訴える元信に、雪斎はとどまるようにいう。

理由は、斉藤軍の撤退があまりにも不自然だからである。


(この状況での撤退……。稲葉山城に籠城ろうじょうをするなど、あの竹中半兵衛がするはずがない)


ならば、どのような手を打ってくる?

そんなことを一人で、ぶつぶつといいだす雪斎とは違い、広大も空を見ながら考え始める。

さすがの秀吉も二人の状態に気づいて、うにゃーと呟きながら考える。


「撤退したところで、長政殿の軍がくれば、必ず落ちるとわかっているはずでござる」

「それなのに、この状況で撤退した……」

「考えられることは……」


三人で順番に呟くと、雪斎が何かに気づいたのか、眼を見開く。

そのことに気づいた広大が、雪斎に問いかける。


「どうした雪斎?」

「もし、ここで斉藤軍が部隊を二つに分けたら?」

「えーと。つまり、どういうことでござる?」

「つまり、郡山八幡城の兵と合流して、岩村城に援軍を出そうとしているとしたら……」


その言葉をきくと、広大がすぐさま駆けだす。

援軍に向かう道には、わずかにしか兵を連れていない氏真がいるのだ。

その道を敵が通るとなるなら、必ず戦になる。


「殿!お待ちください!!」

「ど、どうしたでござる!?」


二人の声が聞こえるが、広大は振り返らずに馬に股がる。

やっと、広大に追いついた二人が、広大の手をつかんで止める。


「離せ!氏真が危険なんだよ!!」

「わかっています!ですが、この城を捨てて行くつもりですか!?」

「城なんて、いつでも奪いかえせるだろ!」

「氏真殿が危険!?聞いてないでござるよ!!どこでござるか!!」


秀吉の言葉に、広大はハッとする。

そういえば、秀吉は氏真に命令する前に部屋を出ていったので、氏真がどこにいるのかわからないのだ。

その事を思い出して、広大が簡単に教えると、秀吉は眼を見開くと、広大にーー。


「罰は、後で身体で払うでござる!!」


というと、広大を突き飛ばして落馬させ、その馬に跨いで綱を引く。


「おい!秀吉!!」

「氏真殿は、拙者が守るでござる!!」


そういって、走り出してしまう。

あまりの無礼に、雪斎が怒りの声をあげるが、広大がそれを止める。

今まで、二人は姉妹と思えるくらい仲がよかったのだ。

だから、その気持ちがわからなくなかった広大は、雪斎を止めたのだ。


「ここで兵を動かせば、おそらく斉藤軍が攻撃してくるでしょ。そして、それが狙いかと……」

「俺が、氏真のためなら全軍を率いて助けに行くとふんで……か?」


無言で頷く雪斎。

それに怒りがふつふつと沸いてきた広大は、馬を探して、今度は冷静に乗り、眼を閉じる。


「どうされるのですか?」

「雪斎。ここにいる軍は、お前が指揮して攻めるなり待機するなり決めてくれ。俺は、氏真を助けに行く」

「やはり、そうするのですね。わかりました。それでは、五百の兵をそちらに渡します」


広大が言ったことを予想していたのか、飽きれ半分、嬉しさ半分の顔で、雪斎がそういう。

そのことに頷いた広大は、眼を開き、手綱を引いて走り出す。

この世界で、一人しか存在しない妹を助けるために……。

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