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今川義元の野望  作者: 高野康木
美濃編
23/32

20話 今川市誕生

廊下を歩く音が二つ。

一人は太原雪斎であり、瞳には覚悟が灯っている。

もう一人は朝比奈泰能。緊張した顔つきをしながら、一歩先にいる雪斎をみている。

どうして泰能が緊張しているかというと、今日の朝方、突然近江から帰ってきた雪斎の策をきかされて、不可能に近いのではないかと思っているからである。

さらには、殿である広大にも秘密でこの策を実行するというのだから、恐ろしいことである。


(最悪だわ。成功したら、後からバカ殿に怒られるでしょ……。失敗すればするで、後からバカ殿にバレて怒られる……。どっちに転んでも、怒られることは覚悟しないといけないのね……。)


深いため息をついて、広大に怒られた時の言い訳を考え始める泰能。

あんなバカ殿であるが、本気で怒ると恐ろしいことを泰能ら重臣は知っている。

ゆえに、雪斎も覚悟を決めているのだろう。


「さて。つきましたよ泰能」

「みたいね……。大事なのは、どこで切り出すかかしら?」

「回りくどいことをすると、こちらの冷静さがなくなりますから。ここは、一気にいきましょう!」


そういうと、二人で襖を開く。

部屋の中央に座っていたのは、織田市。

二人の顔を見た瞬間、美しい顔が嫌そうに崩れる。


「気分はどうですか?」

「あなた達の顔を見なかったら、最高だったわ」


そっぽを向きながら答えるお市の前に、雪斎と泰能が座る。

しばらく沈黙が続いていると、お市のほうから話しかけてくる。


「何の用事できたの?」

「大切な話があります」

「へー。なにもできない私に、大切な話があるの?」

「あんただからこそ、できる事があるのよ」


泰能がそう答えると、お市は鼻で笑う。


「私にできることなんてないよ」

「それがあるんですよ。あなたも知っていると思いますが、我々は美濃を取ろうとしています」

「えぇ。知っているわ。何回も敗走しているということもね」


クスクスと笑いながら、バカにする顔をするお市。

その顔が気にくわなかった泰能が、拳を震わせるが、雪斎が小言で止めに入る。


「落ち着きなさい。この程度の挑発は想定内です」

「私は想定外よ。とことんムカつく女ね!」

「気持ちはわかります。しかし、ここは冷静に行かなければなりません」

「わかってるわよ。さっさと、終わらせるわよ」


軽く息をついた雪斎は、ついに本題をきりだす。


「お市殿。あなたには、今日から織田の姓を捨てて貰いたいと思います」

「……本気でいってるのね」


今まで笑って余裕だったお市が、初めて怒りの表情に変わる。

このことを覚悟していた雪斎と泰能は、緊張した顔でお市を見つめる。


「私に織田の姓を捨てるなんてのは、できないわ。そうとうな理由がないかぎりね」

「理由ならあります。殿の信頼できるお人のところに、嫁がせるつもりです」

「私を道具として使うつもり?やはり、あんた達も他の大名家と変わらないわね!!」

「これは、私と雪斎の独断よ。バカ殿は関わってないわ」


そう泰能が説明すると、お市の顔はさらに怒りに染まる。


「うつけねあなた達わ!自分の当主に許可も取らないで、そのようなふざけた事を言うなんて!」

「どう思われてもかまいません。しかし、これしか手はないのです……」

「殺されないだけ、ましと思いなさいよ。まぁ、女としての幸せを奪い取ることは、謝るけどね」

「フフっ。ふざけないでくれる!そんなの認めないわ!帰って!!」


怒鳴り声をあげて、立ち上がるお市。

心の中で舌打ちをした泰能は、自分も立ち上がり、反論しようとするがーー。


「落ち着くでござるよ。外まで聞こえると、いろいろ厄介でござるからな」


そう言うと、同時に襖が開く。

そこに立っていたのは、牢にいたはずの木下秀吉。

その隣には氏真もおり、その手には、秀吉の腰についている縄が握られていた。

突然の訪問者に驚く三人だが、そんなこと関係ないとばかりに、秀吉は雪斎と泰能を見る。


「その話、拙者に任せてくだされ。殿のために、説得してみせるでござるよ」


秀吉の発言に泰能が何かを言おうとしたが、隣にいた雪斎が手をだし、止めてしまう。


「わかりました。ここは、あなたにお任せします」

「かたじけない。氏真殿は、見張りのために居て貰うでござるよ?」

「当たり前よ。そういう約束だもの」


そういうと、秀吉と氏真は互いに笑いだす。

その光景をみて微笑んだ雪斎は、納得していない顔の泰能の背中を押して、外に連れ出す。

秀吉とすれ違う瞬間、雪斎が小声で言う。


「後は、任せましたよ……」


その言葉に無言で頷いた秀吉をみて、雪斎は襖を閉めた。




「さて、まずは自己紹介からでござるな!」


縄に繋がれているにもかかわらず、ニコニコする秀吉に、嫌そうな目をむけるお市。


「あなた……。今の姿で、よく笑えるわね」

「うきゃ?あぁ、この縄でござるか?これは、拙者の犯した罪でござるよ」


自分の腰についてる縄を見ながら、少し悲しそうにする秀吉。

しかし、すぐに元通りに戻るとお市の前に座る。


「拙者は、罪を犯した……。それこそ、打ち首ではすまないくらいの罪でござる」

「……それがなに?私には関係ないわ」

「本当は、気づいているはずでござる」


真剣に話す秀吉を、じっと見守る氏真。

秀吉の言葉に、少し眉を動かすお市。

その表情を見た秀吉は、確信したように、一回頷く。


「拙者とお市殿は、借りがあるでござる。今川義元という男に」

「……だから、それを返せと?」

「考えるでござるよ。あの人に借りがあると、雪斎殿辺りから面倒なことをさらされる可能性があるでござる」

「なるほどね。面倒ごとをやらされる前に、ここから離れた方が良いと?」


無言で頷く秀吉。

そんな秀吉を見てから目をつぶったお市は、何かを考え始める。


「もし、殿方がうつけだったら?」

「その場合は、拙者におまかせを!」

「なるほどね……」


そうお市が呟くのをきくと、秀吉は突然立ち上がりーー。


「さて、そろそろ行くとするでござる」


笑顔でそう言うと、障子を開けて出ていってしまう。

とうぜん、縄持ちの氏真も、引きずられるように退室してしまう。


「ちょっと!まだ終わってないでしょ!」


秀吉の縄を引っ張りながら、氏真が怒鳴り声をあげるが、秀吉はにこやかに笑いながら、どんどん部屋から離れていく。

しばらく歩くと、突然立ち止まる秀吉。


「……ここらへんで、いいでござるな」

「はぁ?あのね。まだ説得してないでしょ?」

「いや、説得は終わったでござるよ」


自信満々に振り返っていう秀吉に、訳がわからない氏真は、首をかしげる。


「お市殿は、負けず嫌いな人物でござる」

「まぁ、雪斎と言い争うぐらいだからね」

「そんな人なら、必ず借りなんて嫌がるはず。ましてや、嫌ってる人からの借りなんて、すぐに返したいはずでござる」

「確かに……。でも、そんなことだけで簡単に婚姻同盟なんて了承するの?」

「そこで、拙者が手を打ったでござる」


立っているのが疲れたのか、縁側に座る秀吉。

不思議そうな顔の氏真に、1度視線を送ってから、種明かしを始める。


「実は、拙者に助けられる道などないでござるよ」

「はぁ!?嘘ついたの!?」

「賭けでござるよ。殿が拙者の知っているままなら、賭けは勝ちでござるよ」

「なるほどね。それなら、賭けは勝ちよ。兄上は、あの時から変わらないわ……。あんただって、知ってるくせに」


そう言って氏真が笑いかけると、秀吉も、可愛らしく足をばたつかせ、大声で笑い始める。

しばらくして二人とも落ち着くと、秀吉が立ち上がって、伸びをする。


「さて、ここからが本番でござるよ。稲葉山城は、本当の難攻不落の城。落とすのは苦労するでござるな~」


伸びをしながら、歩き出す秀吉。

その背中に1度微笑んでから、氏真も歩き出そうとする。

しかし、あることに気づいた氏真は、口を開けて思考が止まる。

しっかりと掴んでいたはずの縄が、途中から切れていたのだ。

氏真が気づいたのを気づいた秀吉が、可愛らしくウィンクしながら、氏真の腰にある刀を指しーー。


「自分の刀を取られたことくらい気づかないと、この先厳しいでござるよ~」


そんなことをいって、走り出す秀吉。

やっと思考が再開したのか、頬を膨らませて、氏真が追いかける。

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