19話 婚姻同盟と親友
同盟のために、雪斎は近江にきていた。
隣には広大の姿もある。
本当は、自分一人で行くと雪斎は言ったのだが、広大がどうしても同行するときかなかったのだ。
「どうして、そこまで来たいのですか?」
「それは、あれだよ。当主じきじきに頼めば、真剣さが伝わるだろ?」
「お忘れだと思いますから言いますが、あなたは今川の当主です。簡単に頭を下げるのは、威厳にかかわるのですよ?」
「また威厳かよ。俺は、そういうのは好きじゃないっていってるよな?」
「それは知ってますよ。しかし、この世界ではその威厳も必要なのです」
「まぁ、わからなくはないけどな……」
近江の小谷城の城下町まで行くと、雪斎と広大は二人で顔を一度見合わせる。
「行きましょう」
「だな」
小谷城のある部屋に、浅沼健斗はいた。
城の中から見る城下町が、好きだったので、暇さえあれば小谷城に入って、このように城下町を眺めているのだ。
「長政様。久政様がお呼びですよ?」
女中が健斗を呼ぶが、反応しない。
そのことに首を傾げた女中は、先程より声を大きくして健斗を呼ぶ。
「長政様!久政様がお呼びですよ!」
「うん?あぁ、ごめんごめん。城下町に見とれていたよ」
少し焦った顔で健斗がそう答えると、女中はにこやかに笑ってーー。
「長政様は、お優しいです。いつも、民のことを考えておられますね」
「誉めてもなにもでないからね。さて、父上のところに行くかな」
久政のところにむかっている途中、健斗はため息をついた。
先ほど、女中の声に反応しなかったのは、長政という名に慣れていなかったからだ。
(やれやれ。早く、この名前に馴れないとな)
そんなことを考えていると、健斗はいつの間にか久政の部屋についていた。
軽く深呼吸をしてから、声をかける。
「長政です。父上、なにようですか?」
「長政か……。とりあえず、中に入れ」
「失礼します」
障子を開けて、久政の前に座る。
当主ではないが、一応は父親ということになっているので、健斗は頭を下げたまま動かない。
「顔を上げてよい」
その言葉をきちんと聞いてから、頭を上げる健斗。
なぜ、ここまで健斗がするのかというと、健斗てきには、この久政は恩人でもあるからである。
もしも久政に拾われていなければ、食べるものもなく、殺しに明け暮れていたはずであろう。
そう考えると、どうしても健斗は彼には頭が上がらないのである。
「して、何かありましたか?また、六角家の進軍などですか?」
「……いや、六角はお前のおかげで動く気配はない。それよりも、私が呼んだ理由は、もっと大変なことがおきたからだ」
「大変なこと?」
「先ほど乱波から報告がきてな。どうやら、今川義元が北近江に来たらしい」
「今川義元が!?」
健斗は、この時代の今川義元に興味があった。
理由としては、あり得ないことにあの信長を倒したからである。
歴史を知っている者なら、必ず不思議に思うだろう。
なぜなら、今川義元は、桶狭間で殺されているはずだからである。
それが、殺されていないとなると、考えられることはただ1つ。
信長の奇襲を、あらかじめ知っていた者だけである。
つまりーー。
「やっと、お前に会えるのかも知れないのか……。広大……」
久政に聞こえないくらいの小声で、そう呟いた。
小谷城の大広間ーー。
広大と雪斎は、ここに連れてこられていた。
何やら城内はあわただしく、広大と雪斎のことなど関係ないかのように、バタバタしていた。
かれこれ10分は待っていたのだが、そこが雪斎の限界であった。
「使えない家臣らですね……。今川を敵に回してもいいと考えているのでしょうか?」
「落ち着けよ。まだ、少しくらいしかたってないだろ?」
「関係ありませんよ。少しくらいなら待ってあげてもいいですが、これは長すぎます」
「仕方ないだろ。なんか、大変な時に来たようだしさ」
刻一刻と、怖い笑みになる雪斎をなだめていると、やっと殿様のような人物が現れた。
その人物を見た瞬間、広大は唖然とする。
「遅れてしまい、申し訳ありませんでした。六角との戦支度に手間取っておりまして」
健斗が、やはりという目で、広大に微笑みかけて言う
石化した広大にかわり、雪斎が返答をする。
「戦なら仕方ありませんが、あまり他国の当主を待たせておくと、戦がもう1つ増えますよ?」
微笑みながらの挑発に、浅井家臣の数名が、怒りの表情に変わる。
雪斎の発言に苦笑いした健斗は、家臣達にーー。
「人払いを頼む。彼らとは、僕が一人で話したいから」
「それはならん」
健斗の頼みを否定したのは、少し年老いているといっても、中高年くらいの男だった。
「……誰だあの人?」
やっと石化がとけたらしい広大が、雪斎にきく。
すると、少し嫌そうな顔をしてから、雪斎が答える。
「浅井久政……。戦下手で有名な人ですが、隠居した今でも発言力がある人です」
「あー。泰能がいってた人か」
広大が近江に来る前に、泰能が警戒しておいた方がいいといった人物である。
そのことを思い出した広大は、油断しないように気を引き締める。
「父上。なぜダメなのですか?」
「今川義元はどうかわからんが、隣にいる太原雪斎は、あの織田信長と斬り合いをした猛者だ。お前を一人にすることはできん」
「おや。噂は広まるのが早いのですね。私のようなか弱い人間が、長政殿のような立派な猛者を殺せるとでも思っているのですか?」
久政の嫌がる視線に、にらみ返していう雪斎。
ピリッと、室内に緊張がはしる。
それをよく思わなかった広大が、その空気を砕く。
「今の発言は言いすぎだ。雪斎、謝れ」
「そうですね。今のは失言でした。申し訳ありません」
そんな広大の対応をずっとみていた健斗が、さすがというような笑みを浮かべて、真剣な顔で久政をみるとーー。
「彼らは、他国の人間といえども、我々の客人です。そのような言い方は、彼らに失礼だと思います」
と初めて久政にたてつく。
これには久政も驚いたのか、眉を少しあげた。
しばらく視線をかわしていると、久政がため息をついてーー。
「わかった。そこまでいうなら、良いが……。くれぐれも、注意するのだぞ」
そう許可すると、家臣たちを連れてどこかに行ってしまった。
家臣達の姿が見えなくなったのを確認した健斗は、障子を閉めると、広大の前に正座する。
「まさかとは、思っていたけどね。久しぶりだね、歩く迷惑物さん」
「驚きで、呼吸が数分止まったぞ。女たらし野郎」
広大と健斗が、久しぶりにお互いをバカにするあだ名を呼ぶと、二人して大笑いする。
このあだ名は中学の頃からついており、何かと迷惑をかける広大は、歩く迷惑物。あらゆる女にすかれる健斗は、女たらし。
そのことを久しぶりかみしめた二人は、しばらく笑い続ける。
そんな二人についていけてない雪斎は、しばらく黙っていたが、いいかげん不思議なのだろう。広大に問いかける。
「長政殿とは、知り合いだったのですか?」
「へっ?あぁ、知り合いというよりは、親友だけどな」
「ということは、こちらの人も……」
「おや。この女性は僕らのことを、知っているのかい?」
「あぁ、紹介がまだだったな。俺の軍師をしてもらってる太原雪斎だ」
広大が紹介すると、正座をしながら頭を少し下げる雪斎。
それに合わせてか、健斗も正座をしながら頭を下げる。
「初めまして。本名は、浅沼健斗といいます。今は、浅井長政という名です」
「ご丁寧にどうも……。どうやら、広大より腕はたつようですね」
「おい。俺とこいつを比べるな」
一瞬にして、腕を見破ったことに驚いたのか、健斗が目を見開いて固まる。
数秒すると、健斗は苦笑いしてーー。
「なるほどね。お人好しの広大がここまで生き残れたのは、彼女のおかげだったのか」
「残念。正解は、家臣が素晴らしいからだ」
「ふふっ。それは、そうですね」
そういうと、三人でクスクス笑う。
すると、健斗が気づいたようにーー。
「そういえば、ここにはどんな用事できたんだい?僕的には、広大に会えただけでも嬉かったけど、そちらも何か用があったんだよね?」
「おっと!いけねー。危うく、目的を忘れるところだったぜ」
慌てて正座をすると、広大は突然土下座をする。
「俺と同盟してください!!」
「あっ、あいかわらず急だね広大わ……。少しは、クッションをおいてから、本題に入ってくれるとありがたかったんだけどね」
ため息をつく雪斎と、頬をヒクつかせる健斗。
しかし、やはり慣れているのか、健斗はすぐに真面目な顔になる。
「それは、こちらとしても最高な提案なんだけど……。実は、父上である久政は古くから越前の、朝倉家と同盟関係でね。それが。どうなるか……」
難しい顔で、健斗が黙る。
納得したような雪斎とは違い。広大は、訳がわからず二人を顔を交互に見るばかりである。
そんな広大に気づいたのか、雪斎が説明をしてくれた。
「朝倉は昔から続く大名なので、足利や貴族達と仲が良いのです。そうなると、我々のような大名とはそりが会いません」
「なるほど。つまり、健斗は俺らと同盟したいと思うけど、あの久政とかいう人は、朝倉さんとの同盟が大切だと思ってる。だから、俺らと同盟すると、朝倉さんとの仲が悪くなるかもしれないから、反対する可能性が高いと?」
無言で頷く健斗の反応をみて、広大はため息をつく。
広大からの第一印象が最悪である久政が、よりによって説得する相手となったことに、やるせない気分なのだろう。
三人してしばらく黙っていると、健斗が何かを閃いたのか、声をあげた。
「どうした健斗?」
「婚姻同盟なら、父上を説得できるかもしれない!」
「なるほど。その手がありましたか……」
「婚姻?俺と健斗がか?」
「違います!広大の妹君と、長政殿がです!!」
「婚姻同盟なら、普通の同盟より強いからね。それなら、広大と同盟することができるはずさ!」
「おお!」
やっと意味がわかったのか、広大も興奮した声を出す。
しかし、よくよく考えたのか、広大が難しそうな顔をする。
「俺の妹って、氏真だよな?」
「その事でしたら、私に考えがあります。ご心配なさらずに」
広大の気持ちを察したのか、雪斎が微笑みがらいう。
その様子を見ていた健斗は、苦笑いしてーー。
「広大には、信頼できる人がいるんだな……」
「健斗!」
「うん?」
「助かったぜ!ナイスアイデアだな!」
健斗の呟きが聞こえなかった広大は、健斗の手を握ろうと手を伸ばす。
しかし、健斗は広大の手を握ることをせず、背中に手をましてしまう。
さすがに拒否されると思っていなかったのか、広大が目を白黒させる。
「あぁ。すまないが、僕の手には触れない方がいいよ」
「何でだよ?汚くても、俺は気にしないぞ」
「汚いか……。そうだね。僕の手は、広大が触れてはいけない手になってしまったんだよ」
意味がわからない広大は、ムスッとした顔をして、諦めて手を引っ込めた。
そんな広大に、すまなそうな顔をしながら、黙ってしまう健斗。
しばらく沈黙が続いていると、雪斎が帰りの支度を始める。
「なんだよ。もう、帰るのか?」
「用事は済みましたから。あまり長居をすると、長政殿に迷惑がかかりますよ」
もう少し健斗といたかったのか、しぶしぶ広大も支度をはじめる。
そんな広大が支度をしているのを確めた雪斎は、健斗に近づくと、小声で話しかける。
「あなた……。人を殺しましたね?」
「なっ!?」
「自分の手は汚れている。その言葉と、あなたの気配から推測できます」
「ははっ。すごいね……君は」
「……広大と同じ世界からきたのですから、やむを得ず殺しをしたのでしょう。ですから、あまりご自分を責めてはいけませんよ?」
そういうと、雪斎は天使のように微笑む。
そんな笑顔を健斗が見つめていると、ちょうど広大が支度し終わったのか、健斗達の方に戻ってくる。
「なんだよ。二人して、見つめ会いやがって」
ムスッとした顔で、広大がそう言う。
広大的には、仲間外れされた感があったからムスッとしていたのだが、恋する乙女の解釈は違った。
ものすごい早さで、広大の方に振り向いた雪斎は、頬を赤くしながら叫んだ。
「まさか、嫉妬ですか広大!!」
「えっ。違うけど?」
「嫉妬ですよね!嫉妬してしまったのですよね!!」
「してねーよ。てか、声が大きいから」
「恥ずかしがらなくていいのですよ!」
「はっ、恥ずかしくなんてないわ!」
真っ赤になっている広大に、嬉しそうに腕を絡める雪斎。
そんな二人を見ながら、健斗は微笑んでいた。