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今川義元の野望  作者: 高野康木
美濃編
22/32

19話 婚姻同盟と親友

同盟のために、雪斎は近江にきていた。

隣には広大の姿もある。

本当は、自分一人で行くと雪斎は言ったのだが、広大がどうしても同行するときかなかったのだ。


「どうして、そこまで来たいのですか?」

「それは、あれだよ。当主じきじきに頼めば、真剣さが伝わるだろ?」

「お忘れだと思いますから言いますが、あなたは今川の当主です。簡単に頭を下げるのは、威厳いげんにかかわるのですよ?」

「また威厳かよ。俺は、そういうのは好きじゃないっていってるよな?」

「それは知ってますよ。しかし、この世界ではその威厳も必要なのです」

「まぁ、わからなくはないけどな……」


近江の小谷城おだにじょうの城下町まで行くと、雪斎と広大は二人で顔を一度見合わせる。


「行きましょう」

「だな」





小谷城のある部屋に、浅沼健斗はいた。

城の中から見る城下町が、好きだったので、暇さえあれば小谷城に入って、このように城下町を眺めているのだ。


「長政様。久政様がお呼びですよ?」


女中が健斗を呼ぶが、反応しない。

そのことに首を傾げた女中は、先程より声を大きくして健斗を呼ぶ。


「長政様!久政様がお呼びですよ!」

「うん?あぁ、ごめんごめん。城下町に見とれていたよ」


少し焦った顔で健斗がそう答えると、女中はにこやかに笑ってーー。


「長政様は、お優しいです。いつも、民のことを考えておられますね」

「誉めてもなにもでないからね。さて、父上のところに行くかな」


久政のところにむかっている途中、健斗はため息をついた。

先ほど、女中の声に反応しなかったのは、長政という名に慣れていなかったからだ。


(やれやれ。早く、この名前に馴れないとな)


そんなことを考えていると、健斗はいつの間にか久政の部屋についていた。

軽く深呼吸をしてから、声をかける。


「長政です。父上、なにようですか?」

「長政か……。とりあえず、中に入れ」

「失礼します」


障子を開けて、久政の前に座る。

当主ではないが、一応は父親ということになっているので、健斗は頭を下げたまま動かない。


「顔を上げてよい」


その言葉をきちんと聞いてから、頭を上げる健斗。

なぜ、ここまで健斗がするのかというと、健斗てきには、この久政は恩人でもあるからである。

もしも久政に拾われていなければ、食べるものもなく、殺しに明け暮れていたはずであろう。

そう考えると、どうしても健斗は彼には頭が上がらないのである。


「して、何かありましたか?また、六角家の進軍などですか?」

「……いや、六角はお前のおかげで動く気配はない。それよりも、私が呼んだ理由は、もっと大変なことがおきたからだ」

「大変なこと?」

「先ほど乱波から報告がきてな。どうやら、今川義元が北近江に来たらしい」

「今川義元が!?」


健斗は、この時代の今川義元に興味があった。

理由としては、あり得ないことにあの信長を倒したからである。

歴史を知っている者なら、必ず不思議に思うだろう。

なぜなら、今川義元は、桶狭間で殺されているはずだからである。

それが、殺されていないとなると、考えられることはただ1つ。

信長の奇襲を、あらかじめ知っていた者だけである。

つまりーー。


「やっと、お前に会えるのかも知れないのか……。広大……」


久政に聞こえないくらいの小声で、そう呟いた。





小谷城の大広間ーー。

広大と雪斎は、ここに連れてこられていた。

何やら城内はあわただしく、広大と雪斎のことなど関係ないかのように、バタバタしていた。

かれこれ10分は待っていたのだが、そこが雪斎の限界であった。


「使えない家臣らですね……。今川を敵に回してもいいと考えているのでしょうか?」

「落ち着けよ。まだ、少しくらいしかたってないだろ?」

「関係ありませんよ。少しくらいなら待ってあげてもいいですが、これは長すぎます」

「仕方ないだろ。なんか、大変な時に来たようだしさ」


刻一刻と、怖い笑みになる雪斎をなだめていると、やっと殿様のような人物が現れた。

その人物を見た瞬間、広大は唖然とする。


「遅れてしまい、申し訳ありませんでした。六角との戦支度に手間取っておりまして」


健斗が、やはりという目で、広大に微笑みかけて言う

石化した広大にかわり、雪斎が返答をする。


「戦なら仕方ありませんが、あまり他国の当主を待たせておくと、戦がもう1つ増えますよ?」


微笑みながらの挑発に、浅井家臣の数名が、怒りの表情に変わる。

雪斎の発言に苦笑いした健斗は、家臣達にーー。


「人払いを頼む。彼らとは、僕が一人で話したいから」

「それはならん」


健斗の頼みを否定したのは、少し年老いているといっても、中高年くらいの男だった。


「……誰だあの人?」


やっと石化がとけたらしい広大が、雪斎にきく。

すると、少し嫌そうな顔をしてから、雪斎が答える。


「浅井久政……。戦下手で有名な人ですが、隠居いんきょした今でも発言力がある人です」

「あー。泰能がいってた人か」


広大が近江に来る前に、泰能が警戒しておいた方がいいといった人物である。

そのことを思い出した広大は、油断しないように気を引き締める。


「父上。なぜダメなのですか?」

「今川義元はどうかわからんが、隣にいる太原雪斎は、あの織田信長と斬り合いをした猛者もさだ。お前を一人にすることはできん」

「おや。噂は広まるのが早いのですね。私のようなか弱い人間が、長政殿のような立派な猛者を殺せるとでも思っているのですか?」


久政の嫌がる視線に、にらみ返していう雪斎。

ピリッと、室内に緊張がはしる。

それをよく思わなかった広大が、その空気を砕く。


「今の発言は言いすぎだ。雪斎、謝れ」

「そうですね。今のは失言でした。申し訳ありません」


そんな広大の対応をずっとみていた健斗が、さすがというような笑みを浮かべて、真剣な顔で久政をみるとーー。


「彼らは、他国の人間といえども、我々の客人です。そのような言い方は、彼らに失礼だと思います」


と初めて久政にたてつく。

これには久政も驚いたのか、眉を少しあげた。

しばらく視線をかわしていると、久政がため息をついてーー。


「わかった。そこまでいうなら、良いが……。くれぐれも、注意するのだぞ」


そう許可すると、家臣たちを連れてどこかに行ってしまった。

家臣達の姿が見えなくなったのを確認した健斗は、障子を閉めると、広大の前に正座する。


「まさかとは、思っていたけどね。久しぶりだね、歩く迷惑物さん」

「驚きで、呼吸が数分止まったぞ。女たらし野郎」


広大と健斗が、久しぶりにお互いをバカにするあだ名を呼ぶと、二人して大笑いする。

このあだ名は中学の頃からついており、何かと迷惑をかける広大は、歩く迷惑物。あらゆる女にすかれる健斗は、女たらし。

そのことを久しぶりかみしめた二人は、しばらく笑い続ける。

そんな二人についていけてない雪斎は、しばらく黙っていたが、いいかげん不思議なのだろう。広大に問いかける。


「長政殿とは、知り合いだったのですか?」

「へっ?あぁ、知り合いというよりは、親友だけどな」

「ということは、こちらの人も……」

「おや。この女性は僕らのことを、知っているのかい?」

「あぁ、紹介がまだだったな。俺の軍師をしてもらってる太原雪斎だ」


広大が紹介すると、正座をしながら頭を少し下げる雪斎。

それに合わせてか、健斗も正座をしながら頭を下げる。


「初めまして。本名は、浅沼健斗といいます。今は、浅井長政という名です」

「ご丁寧にどうも……。どうやら、広大より腕はたつようですね」

「おい。俺とこいつを比べるな」


一瞬にして、腕を見破ったことに驚いたのか、健斗が目を見開いて固まる。

数秒すると、健斗は苦笑いしてーー。


「なるほどね。お人好しの広大がここまで生き残れたのは、彼女のおかげだったのか」

「残念。正解は、家臣が素晴らしいからだ」

「ふふっ。それは、そうですね」


そういうと、三人でクスクス笑う。

すると、健斗が気づいたようにーー。


「そういえば、ここにはどんな用事できたんだい?僕的には、広大に会えただけでも嬉かったけど、そちらも何か用があったんだよね?」

「おっと!いけねー。危うく、目的を忘れるところだったぜ」


慌てて正座をすると、広大は突然土下座をする。


「俺と同盟してください!!」

「あっ、あいかわらず急だね広大わ……。少しは、クッションをおいてから、本題に入ってくれるとありがたかったんだけどね」


ため息をつく雪斎と、頬をヒクつかせる健斗。

しかし、やはり慣れているのか、健斗はすぐに真面目な顔になる。


「それは、こちらとしても最高な提案なんだけど……。実は、父上である久政は古くから越前えちぜんの、朝倉家と同盟関係でね。それが。どうなるか……」


難しい顔で、健斗が黙る。

納得したような雪斎とは違い。広大は、訳がわからず二人を顔を交互に見るばかりである。

そんな広大に気づいたのか、雪斎が説明をしてくれた。


「朝倉は昔から続く大名なので、足利や貴族達と仲が良いのです。そうなると、我々のような大名とはそりが会いません」

「なるほど。つまり、健斗は俺らと同盟したいと思うけど、あの久政とかいう人は、朝倉さんとの同盟が大切だと思ってる。だから、俺らと同盟すると、朝倉さんとの仲が悪くなるかもしれないから、反対する可能性が高いと?」


無言で頷く健斗の反応をみて、広大はため息をつく。

広大からの第一印象が最悪である久政が、よりによって説得する相手となったことに、やるせない気分なのだろう。

三人してしばらく黙っていると、健斗が何かを閃いたのか、声をあげた。


「どうした健斗?」

「婚姻同盟なら、父上を説得できるかもしれない!」

「なるほど。その手がありましたか……」

「婚姻?俺と健斗がか?」

「違います!広大の妹君と、長政殿がです!!」

「婚姻同盟なら、普通の同盟より強いからね。それなら、広大と同盟することができるはずさ!」

「おお!」


やっと意味がわかったのか、広大も興奮した声を出す。

しかし、よくよく考えたのか、広大が難しそうな顔をする。


「俺の妹って、氏真だよな?」

「その事でしたら、私に考えがあります。ご心配なさらずに」


広大の気持ちを察したのか、雪斎が微笑みがらいう。

その様子を見ていた健斗は、苦笑いしてーー。


「広大には、信頼できる人がいるんだな……」

「健斗!」

「うん?」

「助かったぜ!ナイスアイデアだな!」


健斗の呟きが聞こえなかった広大は、健斗の手を握ろうと手を伸ばす。

しかし、健斗は広大の手を握ることをせず、背中に手をましてしまう。

さすがに拒否されると思っていなかったのか、広大が目を白黒させる。


「あぁ。すまないが、僕の手には触れない方がいいよ」

「何でだよ?汚くても、俺は気にしないぞ」

「汚いか……。そうだね。僕の手は、広大が触れてはいけない手になってしまったんだよ」


意味がわからない広大は、ムスッとした顔をして、諦めて手を引っ込めた。

そんな広大に、すまなそうな顔をしながら、黙ってしまう健斗。

しばらく沈黙が続いていると、雪斎が帰りの支度を始める。


「なんだよ。もう、帰るのか?」

「用事は済みましたから。あまり長居をすると、長政殿に迷惑がかかりますよ」


もう少し健斗といたかったのか、しぶしぶ広大も支度をはじめる。

そんな広大が支度をしているのを確めた雪斎は、健斗に近づくと、小声で話しかける。


「あなた……。人を殺しましたね?」

「なっ!?」

「自分の手は汚れている。その言葉と、あなたの気配から推測できます」

「ははっ。すごいね……君は」

「……広大と同じ世界からきたのですから、やむを得ず殺しをしたのでしょう。ですから、あまりご自分を責めてはいけませんよ?」


そういうと、雪斎は天使のように微笑む。

そんな笑顔を健斗が見つめていると、ちょうど広大が支度し終わったのか、健斗達の方に戻ってくる。


「なんだよ。二人して、見つめ会いやがって」


ムスッとした顔で、広大がそう言う。

広大的には、仲間外れされた感があったからムスッとしていたのだが、恋する乙女の解釈は違った。

ものすごい早さで、広大の方に振り向いた雪斎は、頬を赤くしながら叫んだ。


「まさか、嫉妬ですか広大!!」

「えっ。違うけど?」

「嫉妬ですよね!嫉妬してしまったのですよね!!」

「してねーよ。てか、声が大きいから」

「恥ずかしがらなくていいのですよ!」

「はっ、恥ずかしくなんてないわ!」


真っ赤になっている広大に、嬉しそうに腕を絡める雪斎。

そんな二人を見ながら、健斗は微笑んでいた。

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