17話 天才軍師の恐怖
「……殿。理由を教えてほしいのですが?」
「違うんだよ。けして、ミスをした訳ではない。そのかわりに、軍師の名前と居場所を手にいれたろ?」
「しかし、追われることになるとは、思いもしませんでした」
「どうせ、殿が優しさをだした結果とはわかりますが、追われるほどの優しさなどと」
「悪かった。俺が、悪かったから。だから、それ以上ディスルのはやめてくれる?」
「泥図類?それは、どんな泥沼なのですか?」
「それも、俺が悪かった。なるべく、変な言葉は話さないように心がけるよ」
山道を登りながら、三人はそんなことを話している。
あの後、広大は雪斎らと合流をし、軍師の名前と居場所を伝えた。
そこまでは良かったのだが、それから数分後、謎の覆面男が指名手配並みに扱われてしまい、斎藤家の家臣に追われるはめになってしまったのだ。
なので、こそこそ隠れて軍師の家に行くはめになった雪斎は、広大に先ほどから文句をいっている。
「殿の話なら、ここのはずですね……」
「そ、そうだね。ここだよ」
「ふむ。なかなか、独特な雰囲気ですな」
目的地についた広大達だが、目の前には古びた門がある。
辺りは草などがはえており、下手をすればお化け屋敷のようである。
「拙者が、内側から門を開けてきます」
「えーと、気をつけろよ。何があるかわからないから」
「霊体でなければ、なんとでもなります」
つまり、幽霊は無理ということになるが、直虎は構わず侵入する。
しばらくすると、簡単に門が開いた。
「……おもったより、簡単に開いたな」
「人の気配はしますが、殺気は感じられませんでした」
「……ふむ。竹中半兵衛の身内か、半兵衛自身が、いる可能性が高いですね。いずれにしても、慎重に行きましょう」
「不法侵入には、かわりないからな」
門をくぐると、広大と雪斎は言葉を失った。
なんと、門のむこう側は、花などがたくさん咲いており、とても美しい景色だったのだ。
「……お、おかしくなったのか?」
あまりの景色に、自分の目を疑う広大だが、景色が変わることはない。
数歩下がり、門を出ると、幽霊屋敷に見える。
そして、門をくぐると美しい景色になる。
最初の方は、おそるおそる出たり入ったりを繰り返していた広大だが、だんだんと楽しくなったのか、笑いながら2つの光景を見始める。
「すげー!!なにこれ!マジックか何かなの?」
「……殿。大声をださらないほうがよいですよ?」
「あぁ。でも、すごくね!なんで、景色が変わるんだよ!」
「……なるほど。そういうことですか」
沈黙していた雪斎が、口角をあげながら、納得したように頷いた。
広大と直虎は、二人で首を傾げる。
「これは、陰陽道の力ですね。つまり、私達は幻覚を視ていることになります」
「何それ?」
「なるほど、そういうことですか」
直虎は理解したようだが、広大には全然わからない。
そこで、付き合いの長い雪斎は、広大にもわかるように説明をしはじめた。
「まず、陰陽道というのは、平安時代より盛になった呪術などを扱うものです」
「うーん。呪術って、なんだ?」
「呪いなどのものですね。まぁ、かなりの力がなければ呪いなどできませんが」
「じゃ、俺らも呪われてるわけ?」
「それは違います。この景色は幻覚でできたもの……。おそらく、許可なく敷地に入ると幻覚をかけられるようになっているのでしょう」
やっとわかった広大は、幻覚をとくために自身の頬をつねる。
これで解けたと思っていた広大だが、景色はいっこうに変わらない。
「……とけないけど?」
「強力ですね。おそらく、かなりの使い手でしょう」
「索敵してきましょうか?」
直虎の提案に雪斎は頷くと、歩きだす。
「殿は、家の中をお願いします。直虎と私は家の周囲を」
「お、おう。わかった!」
「かしこまりました」
この時代にきてから、広大も少しは殺気というものがわかるようになってきた。
しかし、少しということは殺気を隠している相手には、ほとんど意味がないということになる。
(どこからかは、殺気がしてるんだけどな。どこなのかが、わからん)
ゆっくりと広大は、いたって普通の家の中を歩いて、一番奥の部屋にむかう。
「ゲームとかだと大抵ボスとかは、最上階か奥の部屋だからな。とか言っても、さすがにいるわけねーよな!!」
独り言をいいながら、部屋の障子を開ける広大。
いないと思っていた部屋には、なんと一人の少女が正座をしながら微笑んでいた。
あまりの驚きで、広大が固まっていると、突然背中を押され、部屋に入ってしまう。
「うわっ!?な、なんだ?」
パタン!
広大が入ると、何かの力で障子が閉まってしまう。
焦った広大が障子を開けようとするが、ものすごい力で開けることができない。
それならと、障子を蹴り破ろうとするが、コンクリートの壁を蹴ったような衝撃と共に、右足が痺れる。
「ど、どうなってやがる!?」
「すみません。どうしても、半兵衛が二人で話したいというものですから」
慌てる広大に、少女がそういう。
少し落ちついた広大は、少女を改めてみると、驚きでまた固まる。
その少女は、なんと広大が助けた女の子だったからだ。
「騙したのか?」
「そうですね……。半分は、そうなります」
ふくみ笑いをしながら、少女が答えた。
半分という言葉に、広大が疑問をもつと、少女がそれを答えてくれる。
「残り半分は、本当のことです。竹中半兵衛は、この部屋にいますから」
「……君がそうなのか?」
刀の柄に手をかけて、広大が睨み付けていう。
少し脅しもあったのだが、少女はそんなことどこふく風で、普通に立ち上がる。
「それ以上近づかないでくれ。できれば、抜きたくないからね」
「まともに槍働きもできない殿様なのに。私を脅そうとしてます?」
無邪気に微笑む少女は、懐から紙を取り出す。
「今から、半兵衛に会わせてあげます」
「半兵衛なら君だろ?」
「いいえ。私の名前は、竹中重治。半兵衛は、この子です」
そいうと、突然瞳の色が赤く変わる。
目つきが鋭くなり、嫌そうな顔をして、広大を見る。
先ほどまでの重治とは違い、まるで不良のような感じだ。
「お前が復活の海道か……。知ってるぜ。このあたしに、何度も挑んできた愚か者だ!」
高笑いしながら、広大にむかって乱暴な言葉をはく。
あまりの変わりように、広大が呆気にとられているとーー。
「使えない刀は、邪魔なだけだぜ?」
手に持っていた札を投げてきた。
札は意思をもっているかのように、広大の刀にはりつく。
すると、刀が消えてしまう。
「なっ!?」
慌てて刀を探すが、どこにも見あたらない。
そんな広大の姿がおかしかったのか、半兵衛は笑いだす。
「お前、俺の刀をどこにやった!」
「別にいいじゃねーか。どうせ、優しすぎて抜けないんだからよ!」
「なんだと!」
「抜けるのかよ?桶狭間で、一人も殺せなかった奴が!!」
「う、うるせー!てか、何でお前がそんなこと知ってんだよ!」
「忘れたのか?あたしは、陰陽道を使えるんだぜ。それくらいわかるっての」
「なんなんだよ。その陰陽道って!」
「そんなのも知らないとはね。お前、頭もバカだな」
ケラケラ笑う半兵衛は、さらにお札を取り出す。
「次は、少し痛いぜ」
そう忠告して、札を投げる半兵衛。
札は、広大にむかう途中で、大蛇に変化する。
「う、うわー!」
腕で顔を隠して、声をあげる広大。
すると、広大の前に突然人形の紙が現れた。
大蛇がその紙に近づくと、とつぜん青色の炎に大蛇がつつまれて、燃え始めてしまう。
広大が、その光景に驚きで腰をぬかしていると、人形の紙が意思を持って、振り返った。
『やれやれ。こんな小娘に腰をぬかされるようじゃ、君もまだまだだね』
聞き覚えのある、人を小バカにした少年の声ーー。
広大にとっては、忘れられない声である。
「お前!雪斎のときのクソガキか!?」
『ずいぶんな言葉使いだね。今、この場で呪ってあげようか!?』
「てか、お前紙だったのかよ。神かと思ったら、紙ですか?」
『面白くないからね。それにしても……』
紙は、半兵衛の方にむきなおる。
紙なので、前後がわからないのだが、どうやらきちんと前後があるらしい。
「……お前、何者だ?あたしの力を跳ね返せるやつなんて、そうそういないはずだ」
『ふむふむ。たしかに、これほどの実物をだせるのは、天下広しといえども五人くらいだろうね』
「いちいち、感にさわる話し方だな。殺すぞ」
『へー。君は珍しい体質をしているね。一人の体の中に二つの心があるなんて……。さては、禁術に手を出したな?』
「禁術になんて、手を出すかよ。下手したら、跳ね返ってくるだろ」
『ふむ。なかなか興味深いな……』
完璧においていかれている広大が困っていると、どうやら人形の紙がといてくれたのか、雪斎達が慌てて部屋に入ってきた。
「殿!ご無事ですか!?」
「術が邪魔をしており、助けに入るのが遅れました!」
雪斎は不安そうな顔で広大にかけより、直虎は、悔しそうに広大の前にでる。
「あたしの術を消すとわね。そこら辺の、インチキ陰陽師とは違うってこかい」
「貴様が、竹中半兵衛だな。ここで死んでもらう」
直虎がそう言いながら、棒手裏剣を投げる。
半兵衛は直虎のほうを見ずに、札を自分と棒手裏剣の間に浮かせる。
すると、不思議なことに棒手裏剣が札にあたると、金属音を響かせて、棒手裏剣があさっての方向に弾き飛ばされた。
『やめときなよ。陰陽師には、そんな攻撃そよ風と同じくらい眼中にないんだから』
「……なるほど。しかし、拙者とて陰陽師を殺すすべくらいある」
『気持ちはわからなくないけど、今回はこの僕に任せたまえ』
しばらく紙を見つめた直虎は、しぶしぶ広大の隣にくる。
それが合図だったかのように、半兵衛が札を三枚取り出す。
「どこのやつか知らないが、あたしに勝てるつもりかよ」
『……こうみえて陰陽師としては、譲れないんものがあるのだよ』
しばらく、お互いがにらみあう。
先に動いたのは、竹中半兵衛。
札を投げると、景色が突然変わり、合戦のど真ん中に放り出された広大達。
「うおー!!死ぬ!!」
「落ち着いてください殿!これは幻術です!」
「不覚。まさか、拙者が幻覚にかかるとわ……」
三人が慌てているなか、紙の人形だけは違った。
まるで何かを探すかのように、くるくる回っている。
その間にも、かなりのリアル感がある足軽達が、前後から広大達にせまってきている。
「ヤバイヤバイ!!」
『うるさいな~。少し、静かにできない?』
「な、なんでお前は普通にしてられるんだよ!殺されるぞ!!」
『やれやれ。この程度で慌てるようじゃ、先がおもいやられるよ』
がっかりと、呆れが混じったため息をもらす紙。
そんなため息にツッコミを入れる余裕がない広大は、刀を抜こうとして、ないことに絶叫している。
『おい、今川義元』
「なんだよ!今、話してる余裕なんてーー」
『よく見ておくんだね。これが、陰陽師同士の戦の仕方さ!』
そういうと、紙の体から火の玉が現れる。
その火の玉は、広大達の回りを一周すると消滅した。
その次に起きたのは、あり得ないほどの業火。
一瞬にして、辺りが紅蓮の炎に包まれる。
「おいー!!殺す気かよ!!」
『むっ!?』
紙が驚きの声をあげると同じに、今度は上から大量の水が降り注いでくる。
あっという間に、溺れる広大達。
『なかなかやるじゃないか。でも、まだまだだね!!』
紙がそういうと、次は大量の水が一瞬で凍結する。
あまりの現象に、感覚がおかしくなっている広大は、目を回しながら大の字で倒れる。
「なんという幻覚対決……。殿でなくとも、気がおかしくなりそうです」
「だから、陰陽師は嫌いなのだ。おい、おかしな紙!さっさと、幻覚をとけ!!」
真っ青な顔で、口をおさえている雪斎と、毒をはきながら、あさっての方向に話しかけている直虎。
陰陽道を知っているこの二人でさえ、このありさまである。
『さて、次はこちらからいこうかな。後手にまわってばっかりは、僕の趣味ではないのでね』
その言葉と同じに、氷の景色が砕けちり、元の半兵衛の部屋に戻る。
やっと、元の景色に戻った広大達は、安堵の息をつく。
竹中半兵衛は、驚きで目が見開かれており、額に冷や汗が浮かんでいる。
『まさかと思うけど、幻術がやぶられるわけないとか思ってた?なら、甘い考えだね。誰を相手にしてるかわかってるのかい?』
「……ありえない。このあたしをやぶれるやつなんて、数えるくらいしかーー」
そこまでいってから、何かに気づいた半兵衛。
緊張でか、喉を鳴らす。
そして、自分の推理であがってきた名前をいう。
「まさか。安倍晴明……」
『ふーん。気づいてなかったんだ」
「ありえない!あの安倍晴明が、戦国大名に力を貸すなど!!」
『なに、気まぐれだよ。僕だって、人間だからね』
安倍晴明という言葉に、雪斎と直虎が驚きで固まる。
広大は、やはりよくわからないので、首を傾げているだけだ。
「雪斎殿。本当に、安倍晴明ですか?」
「おそらく本物でしょう。あれほどの陰陽道対決……。彼が安倍晴明であるなら、納得です」
「あのさ。安倍晴明って誰?」
『君は知らなくていい。妙に意識されると、僕がつまらないからね』
訳のわからない理由をいう晴明。
しばらく静寂が続いているとーー。
『一つ提案がある。竹中半兵衛。これ以上、斉藤家に力を貸すな」
「なんだと?」
『陰陽道は、もともと武士の戦に使うものではない。だから、力を貸すな』
「……つまり、あんたは今川についてるってことか?」
『半分正解、半分間違いだ。たしかに、今川は嫌いじゃないが、まだ味方ではない』
「お前、味方じゃないのかよ!」
会話に乱入した広大に、晴明が振り返っていう。
『勘違いしないでくれよ。僕はあくまで助言を与えただけだ。君の味方じゃない』
「な、なんだと?」
『だから、僕を味方にしてくれ』
「はぁ?言ってる意味がわかんねー」
『この世で、一番必要なのは力だよ。君に、僕が味方になるほどの力があるか、見せてもらう』