1話 駿河国へ
薄暗い室内……。
お坊さんかと思っていた人物は、よくよく見てみると、少女であった。
白い和服を着ており、短い紅色の髪の毛……。
そして、その容姿に不釣り合いな薙刀の刃が、ロウソクの火を反射する。
鋭くされた視線は、広大に向けられており、緊張感が場を包み込む。
「……あのー。すいません。ここは、どこですか?」
警戒を和らげるために、なるべく静かに声をかける広大。
しかし、彼女の身体からは、警戒心がまったく消えない。
「……どこの手の者ですか?」
「はい?」
「ですから、どこから来たのですか?」
どこから。
少女の言葉に首を傾げた広大は、少し考えてから正直に答えた。
「東京からです」
「唐京? きいたことがありませんね……。バカにしているのですか?」
素直に答えたはずが、なぜか、彼女からの警戒心が、増してしまった。
その事実に、このままではまずいと思った広大は、次の行動にでた。
つまり、両手を挙げ、降伏のポーズである。
「わっ、私に攻撃の意図はありません!」
薙刀が本物だと直感でわかった広大は、攻撃しないという意思表示をする。
しかし、それでも彼女は、警戒を解いてはくれない。
「ーーあなたの服装。まるで、南蛮人のようですが……」
「南蛮人?」
あまり頭の良くない広大は、必死に頭を回転させる。
(たしか、俺の得意科目である日本史に、出てきた単語だったはずだ)
南蛮人とは、オランダ人や、ポルトガル人のことを指し示す。
そして、戦国時代や江戸時代には、宣教師ーーキリスト教を外国の人間に教える人物のことをいうーーとして渡来していた人物達だ。
と、そこまで思い出した広大わーー。
「違う違う。純粋な日本人さ!」
「しかし、あなたの服装が……」
「へっ? あー! これは、制服だよ」
「征服? いきなり、自身の野望を宣言するとは、度胸はあるようですね」
「ちげーよ。ツメいりの、制服だよ」
「爪入りですって!? まさか、その服の下に、仕込み武器を持っているのですか!」
「あのさ。先から、会話が成り立ってないよな?」
南蛮人と言われた時点で、平成の世界ではないことは、冷静に考えればわかるはずだが、状況が状況な為、広大は気づいていない。
むしろ、彼女を世間知らずの女の子と、勝手に思い始めてしまった。
「わかった。君は、外の世界を知らないんだな!」
「……はい?」
「外に出てみよう! そうすれば、世界が広いことがわかるさ!」
「外なら、毎日出ています」
「君の言っている外は、庭とかだろ? そうじゃなくて、ゲーセンとかゲームとかで遊ぶんだよ」
「原戦? 原無? 先程から、何を言っているのですか?」
「めんどくさいな。とりあえず、外に出てみろって!」
ヒュン!
一歩踏み出そうとした広大だが、その瞬間、薙刀が振るわれた。
狙いは、どうやら制服のボタンであったようで、切られたボタンが一つ、空に舞うと、地面へと悲しい音をたてて転がる。
あまりの早業に、踏み出した格好で固まる広大。
「動かないでください。仕込み武器がある以上、無闇に近づくのなら、容赦しません」
凛とした宣言と共に、誰もが彼女の言葉通り、近づくのを止めてしまう程の、殺気の放出……。
本来なら、ここで彼女の言葉通りにする場面なのだが、世間知らずの女子と勝手に解釈していた広大は、我慢の限界へと到達。
怒りのボルテージMAXである。
「お前さ!! いい加減にしてくれない!! 刃物持ってるくせに、態度デカすぎだろ!」
「なっ! なんですか、いきなり!」
先ほどまで無抵抗だった人間が、突然怒れば、誰だって驚いてしまう……。
その例に漏れず、少女も広大の変貌ぶりに、薙刀を振るう事を忘れ、広大の接近を簡単に許してしまう。
「だいたいさ! 警察呼べば、君捕まるからね!!」
「なっ、なんですか。経殺って!?」
「まだそうゆう態度とんのかよ! いいさ。もう警察呼ぶからな! 後悔すんなよゴラ!!」
自身が不法侵入していることなど、怒りですっかり忘れている広大は、ポッケからスマホを取り出し、警察を呼ぼうとするがーー。
「あら? 圏外じゃねーかよ」
カチャ。
間の抜けた声により、冷静さを取り戻した少女の刃が、静かに広大の喉へとつけられる。
「……話せばわかる」
再び、降伏ポーズをとる広大。
「……とりあえず。顔が見えないので、横に少しずれてください」
「えっ?」
今さら何を言い出しているのか?
そう思った広大だが、後ろを振り返ったことで、やっと少女の言葉の理由を知った。
背中は、太陽に照らされている。
この薄暗い室内にいれば、目がなれないのだろう。
ましてや、逆光である。
これでは、顔など見れなくて当然であたった。
「バカ坊主共が、うるさかったとしても、私の背後をとれたのです。それなりに、腕のたつ人なのでしょう」
「いや、バカ坊主共ってーー」
そう言いながら、横に一歩動いて、太陽光から抜け出る広大。
「君もお坊さんじゃないの?」
やっと少女にも確認できたであろう広大が、そう言うと、突然少女が目を見開いて、動きを止めてしまう。
「……どうした?」
明らかな変化に、広大が不思議そうに問いかけるとーー。
「義元様!?」
驚きの声と共に、彼女はそう口にした。
「あのさ。なんで、着替えないといけないの?」
薄暗い室内の中、広大は、和服に着替えていた。
着ていた制服を、少女がくれた風呂敷で包みつつ、背後に居る少女へとそう言うとーー。
「あなたの服装は目立ちます。その服装なら、商人に見えると思いますので」
障子を開けて、左右を確認しながら答える少女。
あの後少女は、広大をこの部屋に残すと、どこからか服と風呂敷、そして、布でできた覆面を持ってきた。
「理由は、後でお話します。今は、私の言う通りにしてください」
その言い分に、反論してもよかったのだが、少女の必死な顔に押されてしまい、渋々着替えをした広大。
それでも、やはり不満は出てしまう。
「あのさ。この覆面、息しずらいんだけど」
「我慢してください。まずは、この比叡山を下ります」
「比叡山?」
「ここは、延暦寺です。他の国が攻めてこないので、安全と言えば安全なのですが……。私のような女子は、あまり居たくないところですね」
急ぎましょう。と言って、走り出してしまう少女。
その行動に、慌てて通学鞄と風呂敷を持った広大は、急いで追いかける。
誰にも見つからず、何とか正面の門までたどり着いた時、微かに女の子の声を聞いた広大……。
その声で、少女の言葉の意味を理解したのか、前を歩く少女へと、ボソリと呟く。
「……何となく、君の言っていたことがわかった気がしたよ」
「聞いてしまいましたか……」
広大の言葉に、きつく唇を結ぶ少女。
どうやら。延暦寺には、女の子がたくさんいるらしい。
(普通に暮らしているのならいいが……。おそらく、違うだろうな)
そこまで想像できた広大は、無意識に、風呂敷を強く掴む。
その様子をチラ見した少女は、優しい声で、広大へと言葉を向ける。
「お優しいのですね。延暦寺の坊主共も、あなたのような方だったら、気軽に立ち寄れるのですが……」
「君は、狙われないの?」
「私は、ある国の重臣であり、高い位の僧でもあります。ですから、連中も手を出せないのですよ」
どうやら、お坊さんにも位があるようで、この少女は、広大と同い年くらいであるにも関わらず、かなり偉いらしい。
ようするに、天才という人である。
「とりあえず、京に行きましょう」
「……わかった」
これ以上は、ここで話すつもりはないらしい少女は、その言葉を最後に、口を閉じてしまった。
「団子3つ、お持ちしました」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
団子屋の店員に、お礼をそれぞれ伝える広大達。
すると、何故か店内にいる人々が、チラチラと二人に視線を向けてくる。
それが気になった広大は、対面に腰かけている少女へと、身を乗り出して小声で尋ねる。
「あのさ。なんで、こんなに見られるの?」
「覆面をしている多くの人物は、病を抱えてる場合が多いのです。ですから、そのせいでしょう」
そう答えると、苦笑いする少女。
理由を知った広大は、いい加減に覆面が嫌だったことも加えて、少女へと許可をとる。
「なら、はずしていいよな? 変な病なんて、俺にはないし」
「それはいけません!」
てっきり許可がでると思っていた広大は、力強い声で、止められたことで、落胆の目をする。
しかも、覆面をしていることで、美味しそうな団子が食えないのだ。
そんな意味を込めて、再度少女に視線を送る広大。
「食べるのは、まだ、我慢してください」
「生殺しする気かよ」
「申し訳ありません。理由は、これからお話しますので」
花が咲きそうな笑顔で、そう言われてしまえば、さすがの広大も黙るしかない。
それに、なんといってもこの少女、かなりの美人だったのだ。
今はピンク色の和服を着ているので、美少女の町娘に見えるのが、輪をかけて広大にそう見せてしまう。
しかし、視線を少しずらすと、そこにあるのは、自らに怖さを教えた薙刀。
刃の部分を、袋に入れて隠しているが、かなりの存在感がある。
(あれさえなければ、デートみたいで、メチャメチャ嬉しいんだけどな……)
現実は、そう簡単にいかないことを再確認した広大は、本題に入る前に、まず自己紹介をすることにした。
「今更な気がするけど。俺の名前は、松林広大だ」
「広大ですかーー。申し遅れました。私は、太原雪斎と言います」
広大の名前をきいて、少し考える素振りをみせてから、自分の名前を小さな声で伝えてくる雪斎。
「……なんで小声なんだよ」
「私の名前は、広く知られているのでーー。今からしばらくは、雪と呼んでください」
「本名で呼んじゃ、だめなの?」
「い・ま・は、呼んで欲しくありません」
今を強調して、雪斎が人差し指を垂直に立てる。
どうやら、雪斎は有名な人らしい。
「それでは、名前も知れたことですし、あなたのことを教えてくれますか?」
そう言われた為、広大は自分のことを雪斎へと話す。
2015年の東京都に住んでいて、高校生であること。
そして、知らぬ内に森の中にいたこと。
全て、包み隠さず話した。
「にわかに信じられませんが……。あなたの制服という服に、訳のわからないいくつもの言葉。信じられなくもありませんね」
「じゃ、次は雪の番だな」
「わかりました。質問してください。可能な範囲でお答えします」
その言葉をきいた広大は、きくべきことを頭の中で一度整理し、雪斎へとぶつける。
「ここは何時代なの? 雪は、どこからきたの? ここはどこなの?」
整理したにも関わらず、一気に三個の質問をしてしまったが、雪斎は、嫌な顔もせず、全て答えてくれた。
「なに時代。という意味はわかりませんが、国同士が戦ばかりしているので、戦国時代とでも言っておきましょう。私は、駿河国から来ました。ここは、京です」
「戦国時代……。ざっと500年くらい越えてきたのか? ここが京都なのはわかったけど」
「都は、いりません。京です」
やんわりと、広大の発言を訂正する雪斎。
「駿河国って、どこ?」
「駿河国は、駿河国です」
「うーん。なんか、特徴的な物とかない?」
「あるといえば、富士山があります」
「あー! 静岡県か! それとも山梨県か?」
「駿河国です!!」
どうやら、駿河国のことは、譲れないらしく、ムスッとした顔で注意する雪斎。
「おい。貴様」
すると、突然、広大達に話しかけてきた人物達がいた。
その二人は、きっちりとした高そうな和服を着てこり、腰には刀が差してある。
時代劇に当てはめるなら、殿様勤めの人たちのような出立ちである。
「ーー何でしょうか?」
突然の呼び掛けにもかかわらず、雪斎は、笑顔で答える。
その反応を確かめた二人の侍は、誰がみてもわかるほどの、いやらしい顔へと表情を変える。
「我らは、足利義輝様の家臣だ。お前を、義輝様が気に入られた。我々と来て貰おうか」
「そんな、私などーー」
「町娘の分際で、将軍様に口答えするつもりか!?」
声を張り上げ、髭を生やしている男の方が、刀の柄を握り締める。
そして、もう一人の若者ぽい男の方は、ニヤニヤしたまま、雪斎を見つめる。
その反応に対して、雪斎は、比叡山の時のように唇を結ぶ。
どうやら、悔しいことがある時の癖のようだということは、広大にもわかるほど、その顔は、苦々しくなっていた。
そして、ある程度この二人の作戦がわかった広大は、三人の中に割ってはいる。
「やめとけ。こいつは、俺の女だ」
そのセリフと共に、広大は、決まったとばかりに、口を緩ませる。
覆面で隠れている為、誰にも気づかないのだが。
しかし、周囲では、広大の想像していた光景とは違うことがおき始める。
嬉しそうにするはずだと思っていた雪斎は、顔を真っ青にしており、憧れの視線をむけてくると思っていた他の客は、哀れみの視線をむけているのだ。
(……あれ?)
唯一、想像が当たったのは、二人の侍の怒り顔である。
広大は、完全に周囲から浮いた存在へとなっていた。
「ほお~。貴様の女か……。そうかそうか」
髭の男が、ついに鯉口ーー鯉口とは、刀を抜けるようにすることであるーーをきる。
つまり、広大は、もうそろそろ斬られることになるということである。
「ーーおかしいな。今のかっこよくなかった雪?」
「わっ。私にきかれても、困ります……」
「無視をするな面妖な男! どうやら、命が欲しくないようだな!」
その言葉をきいた雪斎は、ハッとした顔をすると、突然立ち上がり、広大と二人の侍の前に割って入る。
「申し訳ありません。この人は、久しぶりに外に出たものなので、常識がわからないのです」
「なんだとコラ。常識くらいわかって!?」
雪斎の言葉に、ムッとした声色で広大が反論しようとするが、足を踏まれたことにより、途中で言葉が止まった。
ぐわー! お前、何てことを!! などと後ろでわめいている広大を、雪斎は無視しつつ、二人の侍に視線を向ける。
「……用があるのは、私ですよね」
「ふむ。その通りだ」
「では、この者は関係ありません。私は、黙ってついていきます」
その言葉をきいた二人組は、いっそういやらしい顔になると、雪斎の身体を下から上へと、視線を這わせた。
「……まぁ、お前さえくればよいしな。商人、この女子に感謝するのだな」
そう広大に言いはなった髭の男が、雪斎の手を握る。
パシン!
と、手を叩いた音が、店内に響きわたった。
叩いた人物は、広大。
叩かれた人物は、髭の男。
つまり、広大が、髭の男の手を叩いた音である。
「…………」
「…………」
髭の男は、何が起きたのか一瞬わからない顔をしていたが、すぐに顔を怒りで真っ赤にする。
対する広大は、今までにないほどの鋭い目つきをしていた。
「なっ。何てことを!」
「お前は、黙ってろ」
あまりに突然な行動に、雪斎が、小声で広大に注意しようとするが、それを低い声で返し、反論をさせない広大。
今の広大は、激しく怒っていた。
実は、広大の唯一許せない事は、無理矢理女性に何かをしようとすること行動であった。
学校にいた頃も、地味な女の子からかつあげをしていた不良を、殴り倒したこと過去がある。
そのせいで、停学という苦い物をくらったのだが……。
つまりは、それほど広大にとっては、その行動が許せないことなのだ。
「……貴様、覚悟はできているな?」
「斬りたければ斬ればいいさ。ただーー」
そう口にすると、両手を広げた広大は、驚くことを言い出す。
「俺の身体は、病におかされている。そのせいで、俺の家族は全員死んだ」
「それがなんだ!」
「俺と同じ空気を吸ったり、俺の身体に触れたやつも死んだ」
その言葉に、他の客が、一気に騒ぎだす。
ただでさえ覆面をしていて恐ろしい男が、さらに恐ろしいことを言い出したのだ。
当然の反応だと言われれば、当然の反応である。
そして、自然と広大の周辺から人が遠退き始める。
「さらに、この覆面を少しでも緩めると、俺の近くにいるやつらは、咳が止まらなくなる。そして、この覆面を完全に取ると、口から血を吐きだして、笑いながら息絶える」
「なっ。何を言っている!? そんな嘘などーー」
「嘘? それなら、今すぐ緩めてみるか? この部屋にいる全員を、病にかけることなど簡単だぞ?」
真顔で、たんたんと話す広大。
対する二人組は、少し戸惑い始める。
ここまで真顔で言い切るのだから、もしかしたら、本当かもしれない。
と思考が、引っ張られているからだ。
すると、話を聞いていた一人の客が、恐怖に耐えられず、走り出してしまう。
「ひぇー! 歩く疫病だー!!」
それを皮切りに、続くように他の客達も、悲鳴をあげながら走り去って行ってしまう。
そして、いつの間にか店内は、二人組と広大&雪斎だけになってしまっていた。
「客は、いい判断をしたな。さて、君たちは病にかかりたいと?」
「お、お、お。お前は! 呪いにでもかかっているか!?」
裏返った声をだして、真っ青になる二人組。
その様子に、広大は、残念そうに目をそむけながらーー。
死刑執行の、言葉を呟いた……。
「さようなら。あなたらの命は、俺が天に送ってやるよ」
「ひゃーーー!!!」
ついに、二人の侍も大声をあげ、逃げだしてしまった。
呆然と、その場に立ち尽くす雪斎。
対して、満足げに大笑いをする広大。
この噂は、完全に京の人々に広まってしまったであろう。
病を持つ男と、綺麗な女子がいると……。
「……なかなかの舌先三寸でした」
「そいつは、ありがとうさん。こういうのは、機転と断言が大切なんだよ」
硬直から解けた雪斎が、誉め言葉を送ると、自慢げに胸を張る広大。
その姿に、雪斎が笑顔をうかべる。
「勉強になりました。そして、ありがとうございます。先程は、突然で困りましたが、かっこよかったですよ」
「えっ!? そっ。そうか?」
照れ笑いをうかべて、頭を掻く広大。
すると、馬の歩く音が二人の耳に聞こえてきて、そちらの方へと視線を向けると、その馬が、二人の目の前で止まった。
「私の家臣が、失礼なことをしたようだな……。すまぬ」
馬の上にいる男は、走り去った二人組の方へと視線を向けつつ、広大と雪斎に対して、そう言葉を漏らす。
その人物の顔を見た雪斎は固まり、広大は、呆れ顔と共に、言葉を返す。
「あんたが、あいつらの殿様か。しっかり、教育しとけよな」
「なっ。何て言葉を!?」
「よい女子……。続きを言うがよい。商人よ」
「あんたの家臣がアホだと、あんたもその程度だと思われるぜ。自分の名誉を守りたいなら、気をつけな」
広大は、本心をそのまま伝えると、驚きの表情をした馬上の男は、すぐにその顔を笑顔へと変えると、その場で大笑いしだす。
「すまぬ。すまぬ。我に、そこまで本音を言ってきた男は、初めてだったのでな。お主面白い男だな」
おい。我の刀を持ってこい!
と自分の後ろにいた家臣に言い放った男は、持ってきた太刀を受けとると、その刀を広大にむかって放り投げた。
「おわっとと!」
「その太刀は、鬼丸国綱という。我は、鬼丸と呼んでおるがな……」
「……? えっと、この太刀がなんだよ」
「くれてやる。天下五剣の一つだ。大事にしてくれると、そいつも嬉しいだろう」
そう言った男は、用が済んだとばかりに馬を歩かせて、去って行ってしまった。
突然の貰い物に、広大は、隣の雪斎を見る。
憧れのような視線をむけていた雪斎は、慌てた感じで、表情を戻すと、丁寧に説明をはじめた。
「あなたは、すごい人ですね。あのお方は、室町幕府現将軍足利義輝様です」
「……えっ?」
「下手をしたら、首を斬られてもおかしくない状況でしたがーー。まさか、逆に気に入られるとわ」
雪斎の説明に、広大は、天をあおぐと、大声で叫んだ。
あまりの、驚きに、そうしなければ、感情を抑えられなかったのだろう。
「将軍かよー!!」
そんな広大を無視するように、雪斎が次の目的地をにこやかにつげる。
「それじゃ、行きましょうか。私の生まれた場所。駿河国へ」