16話 難攻不落の城
「申し訳ありませんでした!!」
ガスン!
大広間で、岡部元信が土下座をしていた。
あまりの勢いだったため、額から血が流れている。
「この元信、あまりの不甲斐なさで浪人になろうかと、なんども思いました!しかし、自分の失敗は殿に報告しなければならないと思い、戻って参りました!!」
目からは大粒の涙が、あふれでてきている。
あまりの行動に、殿である広大も、頬をひきつらしていた。
なぜ、このようになったのかというと、全ては美濃攻略戦からである。
尾張をとった広大は、次の目標を美濃国にさだめた。
しかし、この美濃国の城、稲葉山城は、難攻不落の城であったのだ。
そのため、進軍しては敗走を繰り返していた。
その回数は、実に3回である
そして、4回目の進軍をしようとしたとき、正攻法では通じないと雪斎が、広大に進言したため、違う方法を考えた。
雪斎と泰能、今川の天才二人がだした答えは、稲葉山城の近くにある敷地、墨俣の築城であった。
しかし、この墨俣築城は、かなり難しかった。
まず、この墨俣は川に挟まれており、陸地があまりない。
それに、一番厄介なのが、敵の斎藤家も墨俣は大事な場所とわかっているので、見張りが必ずいる。
そのせいで、築城を始めようものなら、必ず邪魔しにくるのだ。
そこで、武では最強の元信が任務についたのだが、これが惨敗。
多勢に無勢で、兵を無駄に消耗して、終わりだったのである。
「かくなるうえは、この元信!殿の前で果てるしょぞん!」
というや、とつぜん服をはだけさせる元信。
手には、刀が握られている。
ようするに、切腹するといっているのだろう。
「あー。泰能、この人を止めなさい」
サラシ姿でも、女に耐性がない広大は、顔を赤くして視線をそらしながら、泰能に命じる。
すると、ため息をつきながら、泰能が元信の刀を掴む。
「止めるな泰能!小生は、責任を取らんといけないのだ!」
「一回の小さな失敗でおおげさなのよ。あんたが腹を切るときは、今川がつぶれたときにしなさい」
「ええい!なぜだ、なぜじゃまをする!!これでは、小生の気がおさまらん!」
「それなら、表で一万回素振りでもしてなさい。それでいいでしょ殿?」
「そうだな。元信、一万回振ってきなさい」
「殿の命令なら承知いたした!やはり、殿はお優しい!!」
一万回とか、つらくね?
そんな広大の言葉は耳に入っていないのか、元信は部屋を出ていってしまった。
ポカーンと口を開けて、元信の背中を見ていた広大は、気持ちを切り替えるために、咳払いをする。
「さて。元信でも無理なら、墨俣築城は無理かもな。違う手を考えよう」
「そうね。墨俣に城さえ築ければ、稲葉山城も取れるんだけど……。ねぇ、やっぱり親長達の兵も借りない?」
「それはダメだ。確かに、親長や家康ちゃんの力を借りれば楽だと思う。でも、親長には力をつけてもらわないといけないし、もしもの時のために兵力も必要だ。家康ちゃんに関しては、武田さんが裏切らないように目を光らせておいてもらっているし、それに、俺の反対勢力である伊勢・志摩の平定にむかってもらってるから。どのみち、この尾張の兵力でどうにかしないといけないんだ」
実は広大が尾張を取ると、すぐ近くの伊勢と志摩の大名達が、広大の反対勢力として手を組んで対抗してきたのだ。
その鎮圧および、平定にむかったのが徳川家康。
今では、今川五家老の一人として数えられる彼女である。
自分に駿河と遠江を任せてくれた広大のために、恩返しをしたいとのこと。
なので、今家康は戦中なのである。
「なら、どうすればいいかしら。このままじゃ、武田との同盟期限も危ういわ……。雪斎なんか策はない?」
先ほどから沈黙している雪斎に、泰能がたずねる。
広大も、意見を求めるように雪斎を見つめる。
そんな二人の期待受けた雪斎はーー。
「なぜ、この私の策が通じないのでしょ?」
と、質問し始めた。
「はぁ?」
「ずこっ!」
泰能は呆れ顔をし、広大はオーバーリヤクションをして、前に倒れる。
「いえ、自慢するつもりはないのですが……。この私の策は、かなりのものだと自負しています。それを三回も……」
「あのね。今はそんな話をしてるんじゃなくて!」
「確かにそうだな。こんなに苦戦するのも初めてだし」
「もしも~し。二人して、話の本筋を見失ってるわよ~」
「泰能。あなた、三回目の進軍の時の状況覚えていますか?」
「へっ?」
とつぜんの発言だが、泰能は考えはじめる。
「あれは、伏兵が出てきた時のことね。たしか、野戦で敵を敗走させた後に、稲葉山城に行こうとした道で、伏兵が四方八方から出てきたわ。それが、負けた原因ね」
「それです!あなたは、あの時敵の策だとわかりましたか?」
「いいえ。本当の敗走だと思ったわ」
「つまり、私とあなたを欺くことができる軍師が、斎藤家にいるとうことです」
そういうと、泰能も考え始める。
完璧においていかれた広大は、視線をうろうろしながら、やっとたずねた。
「ねぇ。斎藤家に、軍師がいて何がヤバイの?」
「簡単なことよ。ただでさえ難攻不落の城に、雪斎以上の天才がいるとなると、攻略が一気に難しくなるわ」
泰能の説明で、やっと意味がわかった広大は、自身も考えを出そうとするが、それよりも前に雪斎が動いた。
「決めました。ここで考えても無意味です。殿、直虎を呼んでください」
「直虎を?わかった」
広大が二度手を叩くと、庭に直虎が現れる。
「さて、それでは殿。久しぶりに、雪にあってみたくありませんか?」
優しい微笑みで、雪斎がそういうのであった。
「雪ちゃんにねー。いや、まさかまたこの姿になるとわ」
「広大。何をしているんですか?早くきてください」
美濃国の関所ふきんに、二人の町娘と男がいた。
一人は、雪こと太原雪斎。
その雪の荷物を持って、女中のように立っている女は、虎こと井伊直虎。
そして、覆面をしており、不治の病にかかっているという設定を余儀なくされた不気味な男。松林広大。
雪斎の策は、いわゆる潜入調査である。
それに抜擢されたのが、直虎と広大だ。
しかし、広大的にはこの姿をあまり好んでいない。
理由は簡単。息がしずらい、自由に食べれない以上。
なので、先ほどから歩くペースが遅い。
「殿。お体でも悪いのですか?」
普段は忍び姿なのでわからなかった直虎の顔が、今回はまるっきりわかった。
頭の上で団子をつくっており、かんざしを刺し、顔は、まるで女優のようにスッキリしている。
あまりの変わりように、広大は思ったことを口ばしってしまう。
「直虎ってキレイな顔をしてるよな。なんで、隠したりしてんだよ」
その発言をきいた直虎は、嬉しさ三割、怒り七割の顔をする。
ポーカーフェイスの直虎にしては、珍しい反応だった。
「殿。忍びとは、素顔を隠してこそなのです。なぜなら、顔を覚えられれば潜入することはもちろん、敵を一度簡単に殺せるきかいをなくしてしまいます。ですから、忍びにとって素顔を知られるのは恥であり、侮辱なのです」
あまりの怒りに、広大も申し訳なく思ってしまい、自分の軽率な発言を恥じた。
「ごめん。俺、よくわからないでそんなこといっちまって」
「……いや、拙者こそ失礼しました。感情をいのままに操るのも忍びの常識。まだまだ、拙者も力不足です。……しかし、女としてはとても嬉しかった言葉でした。ありがとうございます」
素直に頭を下げた直虎は、とつぜん太陽のように微笑んで、広大にーー。
「広大さん。雪お嬢様を待たせてしまっていますから、さっさと行きましょう?」
とつぜんの展開に、口を開けて目を見開く広大だが、自分達の前を斎藤家の家臣が横切ったのを見て、やっと状況が飲み込めたらしい。
どうやら、直虎は斎藤家の家臣の存在を先に気づいて、芝居を始めたらしい。
「お、おお。そうだな。あの子は、待たせると怖いからな」
いそいそと、広大は雪斎の元にむかう。
「まったく。何をしていたのですか?」
「いやはや。この姿になると、主従関係が変わるな」
「ボロが出ておりますよ」
「ゴホン!すまなかったなお嬢さん。しかし、俺も風邪を患っているので、いたわってくれると助かる」
「それでは、広大はそこら辺を歩いてきてください。おそらく、どこかにお祖父様がいるので」
このお祖父様は、斎藤家の軍師のことだ。
そして、広大の担当は、主に農民からなどの聞き込みである。
なぜかというと、すぐにボロが出るから。
なので、役割分担をすると、雪斎と直虎が家臣などに聞き込みをすることになった。
団子屋を待ち合わせ場所にして、広大と雪斎は一度別れた。
しかし、情報集め開始直後に、ある問題がでてきた。
覆面の不気味な男が一人で歩いていると、話しかけられた農民達は、どう頑張っても怖くなってしまう。
なので、まともに話をきいてくれないのだ。
そうなると、情報収集開始一分で、広大のやる気がなくなってしまう。
「だから、覆面なんてしたくなかったんだよ。誰も話をきいてくれねーし」
そこら辺をぶらつきながら、独り言をもらす広大。
さすがに暇になったのか、稲葉山城を眺められるところにくると、その場に座ってしまう。
裏道の近くなので、そうそう見つかりはしないが、通りすぎる人達は、怪訝そうな顔をして通りすぎていく。
「ひゃー!やめてください!!」
数分したとき、とつぜん女の子の悲鳴が聞こえた。
どうも、広大の近くの裏道から聞こえるようである。
お人好しの広大は、声のした方に急いでむかう。
裏道の奥の方に行くと、行き止まりのところに女の子がいた。
その女の子の片手を掴んでいるのは、どうも斎藤家の家臣である。
「おい。さすがに、かわいそうになってきたんだが……」
「俺だって、やりたくてしてる訳じゃない。龍興様が連れてこいと……」
二人の斎藤家家臣も、どうやら好きで女の子を捕まえている訳ではないらしい。
黙ってみているのもあれなので、広大はすぐに彼らに近づいた。
「昼間から女の子を拐うのは、どうかと思うぜ?」
とつぜんの覆面男に、家臣達は数秒止まる。
その隙に、女の子は手を振りほどくと、広大のところにかけよってくる。
「お、お願いします!た、助けてください!!」
女の子は、白髪でとても身体が細く、年齢的には14歳くらいだった。
町娘かと思っていた広大だが、彼女はずいぶん普通の服を着ている。
「姫武将さんか。まぁ、助けてあげるよ。無理矢理は男としてどうかと思うんでね」
彼女の手を引っ張り、自分の後ろに隠すと、広大は斎藤家の家臣達を睨む。
戦闘になるかと思った広大は、逃走の準備をしたが、斎藤家の家臣達は、なぜか微妙な顔をして動かない。
「……どうした。奪い返したりしないのか?」
「いや、それはそうなんだが……。いやはや、どうしたもんかな」
「なんだ。見逃してくれるのか?」
「実は、俺達もしたくてしてる訳ではないのだよ。彼女を、無理矢理でも連れてこいと殿が言ってな」
「……つまり、あんたらも不本意な命令だったてことか?」
難しい顔をして、二人とも頷く。
事情がわかった広大は、警戒を解いて、ある提案をする。
「あんたらにも、立場があるだろう。だから、俺がこの子を拐って邪魔をして来たと、殿様に報告するのはどうだ?」
「しかし、そうするとお前が追われるはめになるぞ。それでもよいのか?」
「勘違いされたり、攻撃されるのは慣れてるさ。まぁ、主に女性からの攻撃だがな」
自嘲気味に笑うと、広大は返事をきかずに、女の子の手をとると走り出す。
「あ、あの!大丈夫なんですか?」
「心配しなくていいよ。逃げるのは慣れてるから」
しばらく走り、大通りに出ると、女の子の手を離す。
ものすごい息切れを女の子がしていることに気づいた広大は、しまったと顔を歪める。
「ごめん。俺のスピードに付き合わしちゃったよね。大丈夫?」
「い、いえ。こ、これは、持病も少し入っていますから。それより、助けてくれてありがとうございました」
持病という言葉に、少し違和感を覚えた広大だが、それを受け流すと、すぐ近くにあった水屋で水を買う。
「これでも飲んで、落ち着いてくれ」
「あ、あなたのは?」
「俺は、ほら。この覆面だからさ」
そういって水を渡すと、礼をいって飲み干す女の子。
そんな様子を見ていた広大は、忘れていた自分の役割を思い出す。
「そうだ。ききたいことがあるんだけど」
「はい。私に答えられることなら、お答えします」
「最近、今川が攻めてきているよね?」
「……フフっ。そうですね」
含み笑いをした女の子は、続きを言うように広大にうながす。
自分の発言に、面白いことなどあったかと考える広大だが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「その事なんだけど。斎藤さんは、すごく強いよね。三回くらい追い返したんだし」
「それはどうでしょう。もしかしたら、軍師さんが優秀なのかもしれませんね」
どうやら、女の子はいろいろと詳しいようだ。
その事に喜んだ広大は、冷静に軍師の名前と場所を訪ねることにした。
「えーと。軍師さんってなんて人だったけ?」
「竹中半兵衛という人です」
「そうだ。そんな人だったね。えーと、あそこの家にいるんだっけ?」
「いいえ。あの山のところです」
広大は適当なところを指したが、女の子が、本当の居場所を教えてくれた。
これで、軍師の名前と場所を聞き出した広大は、女の子と別れて、集合場所にむかった。