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今川義元の野望  作者: 高野康木
尾張編
16/32

14話 桶狭間の戦い

広大からの、総攻撃命令。

その異常さに、泰能は難しい顔をしていた。


「あのバカ殿が、総攻撃なんて……」


もし、雪斎がここにいれば、どのような判断をしていただろうか。

さすが殿。と褒めただろうか。


「……考えてもらちがあかないわね。そうと決まったら、動くのが私たち家臣だし」


鎧をならしながら立ち上がると、兵が待つ沓掛城の外に出る。

しかし、その足が途中で止まった。


「伝令!」

「はっ!」

「これを、元信のところに」


懐からだした手紙を、伝令に渡す泰能。


「きちんと届けるのよ」

「ははぁ!」


伝令は、受けとるとすぐに、元信のいる鳴海城にむかった。





「兄様。総攻撃なんて、急にどうしたんですか?それに、雪斎はどこに?」

「雪斎は、疲れたらしいから休んでもらってる。これ以上は、時間がないから、総攻撃することにした」


氏真は、不思議に思いながらも、広大の隣に陣取る。

あの、今川義元からの総攻撃命令ーー。

重臣だけでなく、兵達も驚いていた。


「まず、泰能と元信の部隊が、那古野城と末森城を攻撃する。泰能の援軍には、親長率いる岡崎城の手勢が。元信には、俺ら安祥城の手勢が後詰めにいく予定だ」


淡々と作戦をのべた広大は、馬にまたがる。

氏真は、広大の横顔を見つめていた。

兵士たちはわからなかったようだが、広大は明らかに焦っている。

氏真は、それほど頭は良くないが、感は鋭いほうであった。


「兄様。雪斎に、何かあったんですか?」

「えっ!?な、なんもないさ!」


慌てて否定した広大は、馬の手綱を握りしめる。

もっと、早くに雪斎の病気を気づいていればと思いながら、手綱を震えるほど握りしめる。

ふと、雪斎の言葉が頭をよぎる。


『怒ることがあると、必ず手を握りしめますね』


「フッ。寝てても、俺に意見すんのかよ」

「兄様?」

「絶対に助ける……。比叡山での借りを返すさ!」


しばらくすると、秀吉が広大のもとに走ってきた。

ものすごい、慌てようである。


「殿!大変でござるよ!!」

「どうした秀吉!」

「元信殿から援軍要請えんぐんようせいでござる!敵の勢いが強いようで!」

「そうか……」


広大は、後ろにいる兵士達をみる。


「全軍で、元信の部隊に合流する!俺についてこい!」

「おー!!」

「伝令!親長の部隊にもこちらに合流するように伝えてくれ」

「はっ!」


元信の援軍要請に、広大は三千の兵で援軍にむかった。

休まずに馬をとばす。


「兄様!少し、休まれたほうが」

「時間がない!1秒でも欲しいんだ!」

「して、ずいぶんと焦ってるでござるな。何事かあったのでござるか?」

「……何もないさ。元信に援軍が間に合わなかったら、気分が悪いだろ」

「うきゃ?」


広大の左後ろにいる秀吉は、広大の答える間に疑問を感じたのか、首をかしげる。

すると、秀吉隣にいた氏真が、進軍途中に少しだけ姿を消していた秀吉に、ジト目を送りながらたずねた。


「てか、猿。あんた、どこにいってたのよ!」

「う、氏真殿!女子にそういうことは、きかないで欲しいでござる!ただ、お花を摘みにいってただけでござるよ」

「なんだ、おしっ」

「殿!お花を摘みにいってたのでござる!!」


秀吉が隠していた言葉を、平然といおうとした広大に、真っ赤な顔で抗議する秀吉。

しばらく進軍していると、突然雨が降り始めた。


「ついてない……。兄様。前は見えますか?」

「スゲー雨だな!ゲリラ豪雨か!」

「また、知らない言葉でござる」


ものすごい雨により、進軍スピードが少し落ちてしまう。

いち早くそれを察した秀吉は、前を走る広大にーー。


「殿!この先で、少し休憩するでござる!このままでは、我々の軍勢の士気しきが下がるでござるよ!」

「……しょうがねー!この先で休憩するぞ!」


広大の言葉に、兵士達が安堵の息をもらす。

みな、疲れていたのだ。

少し開けた場所で、広大たちは休憩した。

氏真は、広大の馬と自分の馬の確認をして、ため息つく。

 

「兄様。馬が潰れます。何を、そんなに焦っているのですか?」

「悪かった。いろいろあってな……」


近くにつっ立っている広大に、氏真は、心配そうな顔をする。

急げば早死にする。

急いでいるときこそ、冷静にならなければならない。

氏真が、雪斎に唯一教えてもらったことである。

今の広大は、冷静ではない。 


「兄様。少し、お話でもしましょう」

「うん?今はそれどころじゃーー」

「いいから。お話しましょう」


しぶしぶ、床几に座る広大。

氏真は、広大にむき合って座る。


「そろそろ。教えてくれても、いいですよね?」

「何をだよ?」

「兵に教えると、士気が下がることなのですよね?」

「……感がいいな」 


観念して、広大はすべてを氏真に話した。

真剣にきいた氏真は、顎に手を当てて、ため息をつく。


「そんなことが……。てか、兄様の命が危ないなんて」

「俺だけじゃねーよ。雪斎もだ」


義兄弟が、ため息をつく。

あいかわらず、雨はやむ気配がない。


「兄様!私、お花を摘みにいってきますね!」


突然、氏真が大声で言う。

ビクッとした広大は、氏真に苦笑いして、行ってきていいという顔をする。


「兄様。お花を摘みにいくときは、注意してくださいね!」

「暗殺とかだろ?心配すんな」

「……兄様……」


今度は、いきなり小声になる氏真。

訳がわからない広大は、一応耳を傾ける。


「これから、私の言う通りにしてください」






雨の音に紛れて、陣幕の中に誰かが入ってきた。

その人物は、槍を握りしめると、おもいっきり広大の後頭部に槍を突き刺す。

しかし、おかしなことに手応えがあるが、血が出てこない。

不思議におもい、暗殺者は槍を引き抜く。

コロリッ。

広大の頭だと思っていたものは、藁でできた物だった。

はめられたとわかった暗殺者は、すぐさま撤退しようとしたがーー。


「どこにいくのよ。あんたの持ち場は、侵入者を排除することでしょ?」


広大の鎧を脱ぎ捨てて、暗殺者をはめた人物が現れる。

小柄な姫武将……今川氏真。


「おかしとは、おもってたわ。だって、そろそろ親長から伝令がくるころでしょ?」

「…………」

「あら、だんまりかしら。答えたらどうかしら?裏切り者のお猿さん」


暗殺者は、ゆっくりと振り返る。

暗殺者は、秀吉だった。

目を見開いた秀吉は、驚きの声で氏真に訪ねる。


「いつ、拙者が裏切っているとわかったでござる?」

「簡単よ。出世狙いのあんたが、兄様に休憩するように言うなんて、おかしいもの」 

「なるほど。氏真殿は、感がいいでござるな。戦はダメなくせに」

「やかましいわよ!兄様を裏切るなんて、落ちたわね猿!」


氏真が怒りの声をあげると、秀吉は頭を横にふって、ため息をついた。


「落ちてるのは、氏真殿達でござるよ。義元公は、拙者を出世させてくれなかったでござる」

「バカ言わないで。誰のおかげで、侍大将になれたとおもっているのよ」


氏真がそういうと、秀吉は拳を握りしめた。


「氏真殿は……。農民になったことがないから、そんな言葉がいえるのでござる」

「っ!?」


秀吉は、目に涙をたくさんためて、力なく微笑んでいた。

氏真は、目を見開く。

秀吉とは、なんだかんだ仲が良いとおもっていた氏真だが、本当はなんも知らなかったと、感じたから驚愕したのだろう。


「拙者は!二度と農民には戻りたくないのでござる!!」


涙を振り撒きながら、ありったけの言葉をはく秀吉。


「目の前で、女子供がさらわれるのを見るのも!村が燃えるのも!汚い男に触れられるのも!拙者は、もう嫌でござる!」

「猿……」

「ぐすっ。氏真殿……。なんだかんだいっても、お主のこと嫌いじゃなかったでござる……」


槍を握りしめ、氏真に微笑む秀吉。

氏真も、腰の小太刀こだちに手をかける。


「せめて。拙者が、お主を楽にさせてやるでござる!!」

「バカ猿!!」


お互いをおもう気持ちのこもった槍と小太刀が、火花ひばなを散らす。





「……絶望的な光景だよ」


雨が、広大の髪の毛をぐっしょり濡らしていた。

広大の見上げる先には、千ほどいる織田の軍勢。

しかも、崖の上である。

裏切り者は、氏真が見つけると言っていたので、広大は兵士たちの様子をみようと思って、外に出たのだ。

しかし、外に出てみれば、織田の軍勢がいるではないか。

しかも、こちらになだれ込んでこようとしている。

今さら陣形を組むことはできず、さらには、兵たちもバラバラなので、広大のところまで一気に攻めてこれる。


「……狙うは、今川義元ただ一人。かかれ!!」


鬨の声とともに、織田の軍勢が、崖から次々降りてくる。


「しまった!奇襲だ!殿をお守りしろ!!」


雨をさけて休んでいた広大の軍勢が、反撃にでようとする。

しかし、準備の整っていない部隊と、準備が整っている部隊とでは、力の差がありすぎた。

織田の兵達は、むかってきた広大の兵は倒すが、基本は広大にむかってきている。


「今川義元!覚悟!!」

「おわっ!?」


槍で攻撃してきた兵に、愛刀鬼丸で応戦する広大。

広大の兵が助けにきてくれるが、織田の兵もそのぶん増えるしまつ。


「くそっ!!」


兵の足を斬りつけて、後方に下がる広大。

初めての人を斬る感触……。

全身に、気味の悪い感じが駆けめぐる。


「討ち取れ!今川義元の護衛は、少数だぞ!」


次々増える織田の兵に、広大の呼吸が早くなっていく。

間近に迫る死への恐怖。

多くの人からむけられる殺意ーー。

自然と手が震え、歯がせわしなく音をたてる。

また、一人の兵に傷をつけた。

そして、自分の顔にも切り傷ができる。


「ち、近寄るなー!!」


斬りたくないし、斬られたくないーー。

雨でぬかるんだ地面に、足元をとられて倒れる広大。

その広大を、見おろす姫武将がいた。

年は広大と差ほど変わらない姫武将。

血のように真っ赤にそまっている髪の毛に、瞳には狂喜が宿っている。


「哀れだな……。今川義元」


震える唇で、広大は、彼女の名前をいう。


「織田、信長……」

「復活の海道が、きいて呆れるな。なんだ?その無様な姿わ!」


信長の蹴りが、広大の鳩尾みぞおちに、深く突き刺さる。

数メートル吹き飛び、広大は激しく咳き込む。


「戦ができぬなら、天下など望むな」


広大の胸を踏みつけて、体重をかける信長。

咳が落ち着いた広大は、信長の足をつかんで、退けようとするがーー。


「領地があり!兵もあり!金もある!なのに、人を斬ることができない!」


胸を踏みつけながら、グリグリとねじる信長。


「うっがー!!」


あまりの痛さに、悲鳴をあげる広大だが、それをみた信長は、嬉しそうな顔をする。


「そうだ!もっと、悲鳴をあげろ!!お前のようなクズには、苦痛の顔がお似合いだ!」


信長の刀が、広大の左肩に刺さる。

一瞬、何がおこったかわからなかった広大だが、すぐさま、左肩から激痛がおそってくる。



「うわー!!ぐぅ!なぁー!!」

「アハハハ!良いぞ!お前のその顔は最高だ!!さぁー!もっと、泣き叫べ!!」


興奮している信長だが、その顔は、媚薬でも打たれたかのように、とろけていた。

今でいう、ドSである。


「いいぞ!気にいった!お前は、一息に殺すよりも、じわじわと苦しめた方が良い!」

「ぐっ!だぁー!!」


自分の左肩から流れる血液が、さらに広大に痛みを伝えてきた。

刀を刺したまま、信長は、広大を興奮した顔で見おろす。


「どうだ今川義元。私の遊び道具にならないか?安心しろ、殺したりはしないさ。ただ、一日十回はその苦痛な顔をしてくれればいいんだ。見返りに、私の体も少しは触れさせてもいいぞ?」


年相応な胸を見せつけながら、信長がいうが、広大の返答は決まっていた。

苦痛に耐えながら、信長を睨みつけた広大は、吐き捨てるように言葉をはく。


「誰がお前なんかのオモチャになるかよ。この変態サディストが!」


その言葉と同時に、信長が無表情になる。

広大の肩から刀を抜き、天高く振り上げる。


「バカな男だ……。お前の天運は、ここまでのようだな。せめて、死んだお前の顔でも見ながら、今夜を楽しむことにしよう」 


風を斬りながら、信長の刀が降り下ろされた。






「今の音は?」


傷だらけになり、仰向あおむけで倒れている氏真が、見下ろしている秀吉にきく。


「……信長殿が、奇襲したのでござろう」


槍を地面に刺して、疲れた顔をする秀吉。

戦が弱い氏真は、やはり秀吉に勝てなかった。

しかし、氏真も今まで遊んでいたわけではない。

広大と共に、元信の指導を受けていたのである。

ゆえに、かなり秀吉を追い詰めたのである。


「想定外でござる。氏真殿が、ここまでできるとわ」

「私を、甘く見すぎよ」


小太刀を掴むと、氏真は、また立ち上がった。

そう。先程からずっとである。

いくら秀吉が倒しても、数分後には必ず立ち上がる。

さすがの秀吉も、怒りの顔をあらわにする。


「なぜでござる!?義元公のために、なぜそこまで」

「決まってるわ。兄様には、私しか兄弟がいないもの」

「うつけでござる。武士とは、従うべき殿様につかえるのが、本望でござろう!」

「ウキウキうるさいのよ!くそ猿!あんた、まだわからないの!?」


真っ赤になりながら、怒りの声をあげる氏真。

小太刀を握りしめて、ありったけの声をだす。


「兄様わ!褒美よりも、とても大切なものをくれてるじゃない!」


秀吉の槍と小太刀がぶつかり、火花を散らす。


「褒美や出世の他に、何が大切でござる!」

「よく考えてみなさい!兄様の兵農分離がなければ、あんたは武士にもなれなかったはずよ!」

「そ、それはーー」

「誰が、農民だった者を侍大将にまで、出世をさせてくれたのよ!」


氏真の小太刀が、秀吉の肩を斬る。

あきらかに、秀吉が動揺していた。

氏真は、秀吉と距離をとると、微笑んだ。


「あんた。兄様に拾ってもらわなかったら、ずっと農民だったはずよ」 

「……拙者のしていることは、間違いだと言いたいのでござるか?」

「えぇ。大間違いよ」


構えをといた二人は、しばらく黙りこんだ。

数秒後、陣幕の中に誰が入ってきた。

織田の足軽である。


「秀吉殿。信長様よりご命令があります」

「……なんでござる?」

「今川氏真を討てとのことです」


そうくるとわかっていたのか、疲れたような顔をして、ため息をつく秀吉。

氏真は、かまえなおす。


「これで終わりでござるな。義元公は、やはり強くないでござる」

「その通りよ。兄様は強くない」

「……そこは、否定しないのでござるな」

「しないわよ。だって、今川家の強さは、兄様の強さじゃないでしょ?」


氏真の言葉の意味がわからない秀吉は、首をかしげる。

その表情を待ってたとばかりに、氏真が勝ち誇った顔をしてーー。


「私たち今川家の強さは、重臣たちの結束力よ!」


そう叫んだ。

秀吉は、呆れ顔をした。

そのせいで、気づくのに一瞬遅れた。

それは、秀吉の後方にいた織田の足軽兵が、氏真の言葉と同時に、鋭い目つきを、笠から覗かせたことに。





いくら待っても、痛みがおそってこない。

不思議におもった広大は、おそるおそる目を開けると、そこには、信長の刀を止める織田の足軽兵がいた。


「どういうつもりだ。足軽風情が、私に逆らうつもりか?」


自分の部下でも殺すという目つきで、足軽兵をみる信長。

笠で誰かわからないが、なんとこの足軽兵、信長の刀を片手ではじき戻したのだ。

さすがに、これには信長も驚いたのか、唖然としている。


「……すまんな。小生は、我慢できなかった」


足軽兵の正体は、なんと、岡部元信だった。

笠を空中に投げると、槍を手元で回して、背後に構える。


「バカな。なぜ、今川の者が」

「すべては、泰能の策だ。あと、少しだけ相手をしてやろう」


猛獣のような目つきで、兵達を睨む元信。

信長は、すぐさま攻撃に転じた。


「時間をかけるな!全方位から、貫け!」


信長の命令により、織田の足軽兵が、元信を包囲し始める。

驚きで固まっていた広大は、なんとか鬼丸を拾い、元信を援護するために立ち上がろうとするがーー。


「殿、座っていてくだされ。信長にやられている殿を助けられなかった小生に、援護はいりませぬ」

「だ、だけどよ……」

「心配はいりませぬ。もう少しで、泰能がくるはずですから」


あまり笑わない元信だが、このときだけは、背後にいる広大に、女性らしい微笑みをよこした。

その瞬間に、隙がうまれた。

織田の足軽兵が、一気に突撃してきたのだ。

普通の者なら、ここで慌ててお仕舞いだろう。

しかし、この元信は違う。

頭がないぶん、腕がたつのだ。

微笑みから、一瞬で武士の顔になった元信は、背後に構えていた槍を横にして、後ろからくる槍の軌道を、すべて上に反らす。

自身は、腰を曲げて前のめりになる。

たった、それだけである。

後ろからきた槍が、前からおそってくる織田の足軽兵の首に刺さり、前の足軽兵達の槍は、すべて元信が避けている。

包囲を、破ったのである。


「何をしている!さっさと、奴を殺せ!」


信長の声に反応した足軽兵が、槍を急いで引き抜こうとする。

しかし、すでに元信の殺傷圏内に入っている。

そのことを知っていた広大は、元信の足元に鬼丸を投げる。

元信の今の武器は、槍しかないからである。

しかも、その槍は避けるために使用しているので、攻撃ができない。

しかし、広大の刀を使えれば、この場で攻撃することができるのだ。

すぐさま、足で鬼丸の柄を蹴りあげた元信は、攻撃に転じた。

3人の足軽兵の内、一人の首が飛ぶ。

槍を引き抜き終わった足軽兵は、攻撃しようとするが、その前に腕を切断されて、首が飛ぶ。

最後の一人は、すくんでしまったのか、手を震わせるだけで、動けないでいる。


「すまんな。怨むなら、小生に挑ませたお主の主君を怨むんだな」


その数秒後、最後の一人の首が飛んだ。

時間にして、1分もかかってないだろう。

初めて間近でみた元信の本気に、顔を真っ青にする広大。

目の前で、3人首が飛んだのだから、あたりまえであるが。


「なんという武勇だ。お前が、今川最強の武将、岡部元信か」

「お前を叩き斬ってやりたいが、小生より怒っている人物がいるのでな。今回は、譲ることにした」


元信の発言に、眉をよせる信長。

すると、信長の背後から鬨の声があがった。


「なんだ!?」


信長が振りかえると、先程の崖の上に、今川の軍勢がいた。

数は、およそ三千。

先頭に立っているのは、朝比奈泰能。


「因果応報とは、このことよ織田信長!今こそ、バカ殿を守るとき。全軍かかれー!」


泰能が刀を降り下ろすと、三千の兵が、一気に崖をくだってきた。





「っ!?」


それは、突然の出来事であった。

秀吉に信長の言葉を伝えた足軽兵が、弓を引き絞ると、隙だらけの秀吉の背に放ったのだ。

しかし、秀吉とて、だてに猿などと呼ばれていない。

瞬時に殺気を感じとった秀吉は、横に跳んで矢をかわすと同時に、槍で、喉を突き刺そうとする。

だが、この足軽兵も、ただ者ではなかった。

バックステップで、槍をギリギリかわしたのだ。

槍は笠を斬っただけである。

そのおかげで、足軽兵の素顔が見えた。

なんと、その人物は関口親長だった。

親長は、矢筒やづつから矢をとりだすと、秀吉に放った。

槍で矢をたたき落とす秀吉。

しかし、秀吉はここで、あるミスに気づいた。

なんと、親長の連射速度が、予想よりも速いのだ。

槍でたたき落とすのにも限界があり、秀吉が、避けるために横動こうとする。


「そうくるのは、わかっていました!」


親長の矢が、秀吉の頬をかすめた。

弓の達人である親長は、秀吉の動きを予測していたのだ。


「無駄でござる!こんな、かすり傷」

「いえ。あなたの負けですよ。秀吉さん」


弓を下げた親長は、矢筒から、秀吉の頬をかすめたのと、同じ矢を抜き取る。


「私の矢には、四種類の効果があります。今のあなたがくらった矢は、『姫武将殺し』という矢です」

「ず、ずいぶんと物騒な名前の矢ね」


名前をきいてゾッとしたのか、氏真が怯えた声をだす。

そんな氏真に、いつもの通りのおどおどした笑顔をうかべた親長がーー。


「だ、大丈夫ですよ。死んだりはしませんから。この矢は、拘束するのを補助するだけですから」

「あら、そうなの?そういうことは、初めにいいなさいよ」


頬を膨らませて、恥ずかしさを隠すように怒る氏真。


「ふぇ~。申し訳ございません!」

「まぁ、いいわ。とりあえず、アホ猿を捕まえておくわよ」


さきほどから、うつむいて微動だにしない秀吉に近づいて、氏真が親長にそういう。

すると、なぜか親長が、視線をウロウロし始める。


「何?トイレでもいきたいの?」

「いえ。その~」


まるで、子供が意地悪したときのように、人指し指をツンツンさせて、氏真をみる親長。


「何よ!さっさと言いなさい!」

「わかりました。実はですね。この矢に塗られてる薬わ……」


氏真は、ここであることに気づいた。

それは、秀吉の呼吸が早いことだ。


「まさか、毒なの?」

「毒といったら、毒ですけど~」


なかなか話さない親長に、怒りの顔をむけようと、秀吉から視線を反らした氏真。

次の瞬間、事件はおきた。

とつぜん、何者かに胸をわしずかみにされた氏真。

自分に何がおこったのか、数秒わからなかった氏真だがーー。


「うにゃ~~!」


ボゴンッ。

およそ女子があげる声ではなかったが、そんなもの気にしないとばかりに、犯人の顔面を殴る氏真。

もちろん、犯人は秀吉である。


「あ、あんた!頭までとちくるったわけ!?わわ、私の胸なんかつかんでなんになるのよ!!」

「前々から思ってたでござる……。氏真殿って、拙者好みなのかも知れないでござる」


ピシッ。

とつぜんの変態発言に、氏真は、自らの胸を抱いたまま、石化する。


「媚薬です。姫武将には、毒ですよね?」


申し訳なさそうにする親長。

顔を真っ赤にして、親長に文句を言おうとした氏真だが、それはできなかった。

なぜなら、秀吉が襲ってきたからである。


「いや~~!!」


陣幕の中で、少女の声が響きわたった。





泰能の軍勢から、一人だけまっすぐ、広大のもとにかけてくる兵がいた。

広大は、その人物を知っていた。

というより、その人物のために、ここまできたのだ。


「まさか!?」

「やれやれ。やはり、怒り心頭だったようだな」


その人物は、白い着物に、業物と思える薙刀を振るっている。

そう。床に伏せていたはずの、太原雪斎である。

雪斎は、せまりくる織田の兵を邪魔者のように、無表情で切り捨てていく。

そして、信長と目が合うと、獲物を見つけた虎のように、微笑んだ。


「フフっ。織田信長ーー。うつけ姫の分際で、ずいぶんと調子に乗ってますね!」


薙刀と刀がぶつかり、火花を散らす。

雪斎の顔は、もはや狂気そのもである。

信長以外は、おそらく視界にすら入っていないだろう。


「エセ坊主か。いつから、坊主は殺生を好むようになったんだ」

「愛する人を傷つけられた、その日からですよ。ちなみに、私は欲がありあまっておりましてね。殺しの一つや二つ、全然平気ですよ」


同時に距離をとると、雪斎が、やっと広大に気がついた。

いつものように、優しく微笑んだ雪斎だが、広大の肩をみたとたんに、その微笑みは一気に消しとび、殺気にあふれかえった。


「なるほど。殿を傷つけたのは、あなたですね」

「だったら、なんだというのだ?」


フフっと、壊れた笑い声をもらすと、雪斎の瞳が、氷のように冷たくなる。


「その首だけおいて、失せなさい……」


薙刀を振り回すと、信長に斬りかかる。

雪斎と信長の近くで、火花が散りまくる。

あまりの速さに、広大は唖然とすることしかできない。

しばらく斬りあっていたが、ここで変化がおきた。

雪斎のほうが、疲れはじめたのだ。

だんだんと、信長におされる雪斎。

ついに、薙刀をはじき飛ばされてしまった。


「エセ坊主が。武士の真似事をする前に、もう少し鍛えたらどうだ?」

「そうですね。ご忠告は、心に留めておきます」


頬から血を流しながら、雪斎が微笑む。


「雪斎!」


加勢をしようと、広大が立ち上がるが、雪斎が首を横に振る。

加勢など、いらないということである。


「さて、織田信長さん。あなたは、殿の肩に傷をつけましたね?」 

「それが、どうした?」


雨は、すっかりやんでいた。

黒い雲から、太陽がのぞき、光の柱が雪斎と信長を照らす。

次の瞬間、雪斎が動いた。

後方に飛び退くと、広大の鬼丸を拾う。

実は、さきほど元信が置いておいたのだ。

信長との斬りあいの中で、雪斎はそのことに気づいていた。

鬼丸を腰にそえて、抜刀の姿勢にはいる雪斎。

頭を少し下げているので、表情がみえない。

雪斎の攻撃姿勢をみた信長は、舌打ちをしてーー。


「無駄なことを!」


そういうと、雪斎の頭にむかって、刀で突く信長。

雪斎は、顔をあげると、その刀を紙一重でかわす。

紅の髪の毛が、宙を舞う。

信長に最大の隙がうまれ、雪斎の目がすわる。


「広大の傷の代償は、あなたの世界です」


切り上げにより、信長の左目に縦に傷がつく。

広大の顔に、血が数適ついた。


「ぐぅ!?」


左目をおさえながら、数歩後ずさる信長。

かなり、傷が深かったのだろう。

血が、地面にたれるほど流れている。


「あなたの世界を、半分いただきました」


正眼に刀を構えた雪斎が、信長にそういった瞬間、馬の走る音が近づいてきた。


「太原雪斎。今川義元。いずれ、また殺し会う時がくるだろう」


いち早く馬の意味を知った雪斎は、信長に斬りかかろうとするが、数秒遅かった。

無人で走ってきた馬に、軽やかに飛び乗った信長は、そのまま戦場から離脱してしまう。


「なるほど。初めから逃げる手段を用意していたということですか……。逃げ足は、速いですね」


雨で濡れた紅の髪の毛を、耳にかけた雪斎は、広大の近くまで歩いてきた。


「殿。この戦は、我々の勝ちです。よく、ここまで頑張りましたね」

「……お、お前。身体は大丈夫なのか?」


いつものような、笑顔をうかべた雪斎は、広大の腰についてある鞘に、鬼丸を戻す。


「よくわからないのですが。殿が出陣した数分後から、身体が軽くなったのです」

「まるで、神の仕業のようだな」


よくわかっていない元信は、適当なことをいうと、勝手に頷いて納得している。


「雪斎が大丈夫なら、俺は、運命をねじ曲げたのかな?」

「運命……ですか?」 


寝ていたので、一連の流れを知らない雪斎は、正座したまま、首を傾げる。

目の前に座っている家臣に、思わず目を潤ませる広大。

恐る恐る、雪斎の頬を触る。

きちんと、人間の体温が感じられた。


「どうしたのですか?」

「よかった。本当に、生きててよかったよ雪斎」


ついに泣き出した広大は、普段ならけしてしないが、自らの意思で、雪斎を抱きしめた。

初めのほうは、嬉しさと恥ずかしさで、真っ赤になっていた雪斎だが、広大の泣き声をきいているうちに、雪斎も泣き出してしまう。

そんな二人をどうすればいいのかわからず、あたふたしていた元信だが、とりあえず、他の兵士にばれないように、自らの身体で二人を隠した。

この時間が、しばらく続いて欲しいと思っていた雪斎だが、現実は厳しいものである。


「あ、兄様!なんで、雪斎と抱き合ってるんですか!!」

「氏真。お前、服が乱れてるぞ?何かあったのか?」

「殿。きかないであげてくださ~い」

「コラ!あんたら家老どもが、こんなところで油売ってんじゃないわよ!なんで、私だけしか指揮してないのよ!」

「落ち着け泰能。殿は、感激しておるのだ。それより、お前の手紙の件だが……。あれは、どうゆう意味だったのだ?」

「わかってないで、織田の軍に紛れ込んでたわけ!?もう、いいいわよ!策は、一応成功したから!」

「織田の兵に紛れ込めというのは、小生でもわかったのだが、どこに織田の兵が集まっているのかがわからなかったぞ?」


だから、その場所も推測して書いておいたでしょうが!といいながら、元信頭を叩く泰能。

メソメソしながら、着物をただしていく氏真。それを苦笑いで手伝う親長。

疲れた顔の直虎が、木にぶら下がっている。

おそらく元信に、織田の兵が集まってる場所を探してこいと命令されていたのだろう。

頼れる家臣を見ていた広大は、最後に、自らの隣に座っている人物をみる。


「お疲れ様でした。広大」

「あぁ。生きててくれて、ありがとうな雪斎。これからも、よろしく頼む」


二人の笑顔は、雲が消えた空のように、眩しく輝いていた。

尾張編 完

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