13話 危機
「おはよう!」
いつものように、家臣の花道を通って、上座に腰かける広大。
「殿。元信お姉さまが、鳴海城を落としたようです」
親長が、そう報告する。
広大達は、ついに尾張に侵略し始めたのだ。
尾張にある鳴海城を元信の部隊がとり、沓掛城を泰能の部隊がとった。
その次に狙う場所は、那古野城なのだが、そこは、織田信長の居城である清洲城に近いため、むやみやたらに攻撃はできない。
かといって、沓掛城の北にある、末森城を攻撃しようにも、あそこには、織田の家老である柴田勝家がいる。
頭はあれだが、戦に関しては猪武者であるため、そうそう合戦はできない。
ゆえに、広大達は、しばらく沈黙している状態になるわけだ。
「雪斎のほうはどう?」
「はい。雪斎お姉さんは、安祥城に待機してます。これで、後詰めも安心ですね!」
「そうだな。俺らはかなり余裕がある」
広大のいる岡崎城には、一万の兵がおり、雪斎のいる安祥城には、五千の兵のが控えている。
つまり、一万五千の後詰めがあるのだ。
そして、元信と泰能の兵は三千づつ。
たいする織田は、頑張っても一万いるかどうかである。
さらに広大側には、引馬城ーー改め、浜松城に、家康が率いる一万五千の兵がいる。
たとえ、劣勢になったとしても、広大達の勝利は固いだろう。
しかし、広大だけはそう考えていなかった。
(あの織田信長のことだ。俺が桶狭間にむかった瞬間、奇襲してくる可能性があるからな)
ゆえに、広大は総攻撃の命令をだしていない。
総攻撃をすれば、兵がたくさん死ぬのはもちろんだが、広大自信が死ぬ恐れがある。
「殿。その~、攻撃命令わ?」
「全軍待機と、伝令してくれ」
またですか~?これでは、兵の士気が落ちますよ。
と、落ち込みながら呟く親長を無視して、広大は広間から出ていこうとする。
「殿、どちらへ?」
「雪斎のところに行ってくる。今後のことを、直接話したいからな」
半分だけ顔を振り向いて答えた広大は、早足でその場を去った。
安祥城ーー。
今川領土内にある城には、すべて茶室を作らせてある。
これは、広大自身がゆっくりしたいのと、重臣と大切な話し合いをするために作らせたものである。
その茶室に、広大と雪斎がむかい合っている。
お茶は、雪斎がいれてくれたものだ。
「私的には、攻撃をしてもよろしいかと思います」
咳をしながら、雪斎が答える。
最近では、咳を我慢するもの無理になってきているらしい。
「うーん。俺は、もっと安全を考えて攻撃したいんだよな」
袖に手をとおしながら、広大が難しい顔をする。
桶狭間のことを話したいが、なにせ、信じてもらえる材料がない。
それに、先代の運命であるので、広大自身がその運命をおうという確証もない。
ゆえに、へたに相談ができないのだ。
「私は、今すぐ攻撃すべきだと思います。劣勢になったとしても、確実に尾張をとれるはずです」
雪斎の発言に、眉を寄せる広大。
近ごろ、雪斎が何かと攻撃的なのが、気になるのだろう。
「何を急いでんだ?」
「急いでなんていませんよ」
「やたらと、戦をしたがるじゃねーかよ」
「それは、殿がうじうじしているからです」
「……咳が多いが風邪か?」
「お茶が、変なところに入っただけです」
「いい加減にしろ。その咳が治るまで部屋で休め。これは命令だ」
「お断りします。休んでる暇なんてありませんから」
ここで、広大の怒りが爆発した。
立ち上がると、雪斎の胸ぐらを掴んで、顔を接近させる。
鬼のように、怒っている顔だ。
「ふざけんな。お前の犠牲でとった領土なんて、いらねーんだよ」
「フフっ。広大も、そんな怖い顔をすることがあるんですね……」
ゲホッと咳をすると、雪斎は少し吐血した。
そんな雪斎を間近で見た広大は、目を見開いて、後ずさりする。
病名が、わかってしまったからだ。
「雪斎……。まさか、結核か!?」
「医者でもないのに、よくわかりましたね」
「バカ野郎!なんで、もっと早く教えなかった!!」
「教えて、私の病が治るのですか?」
ぐっ、と広大が口を閉じた。
一般の高校生であった広大に、病を治す力はない。
拳を握りしめて、乱暴に座る広大。
「……今すぐ休め。治せはしないが、長くは生きれ」
「お断ります。私も武士ですよ?死ぬなら、戦場で死にます」
「……頑固女」
「いってる意味がわかりませんが、広大は優しすぎますね。そこは、少し改めるべきです」
「やかましい。お前こそ、勝手に一人で抱え込む癖を改めろ」
「性格というのは、なかなか治りませんね」
ムカついたのか、広大は雪斎に背をむけて横になる。
沈黙が、茶室を包む。
その沈黙を破ったのは、雪斎の優しい声だった。
「広大。もしかして、泣いてますか?」
「……泣いでない」
鼻をすすりながら、広大が答える。
完璧に、自白している。
微笑みながら、雪斎は、広大の頭上に移動する。
「ぐんな」
「鼻声で言われても、困ります」
広大の頭を、自らの膝の上にのせる雪斎。
しかし、広大は腕で自分の顔を隠している。
「広大。腕をどけてください」
「……嫌だ」
「子供じゃないんですから。嫌だなんてーー」
そういうと、雪斎は、広大の腕を掴んでどける。
そこには、涙をたくさんためて、鼻を真っ赤にしている広大がいた。
「何でだよ……。お前が、俺に今川義元をやれって言ったんだぜ?なのに、こんなところでいなくなるなよ……」
「そうですね……。たしかに、ひどい話です。ですけど、広大なら私がいなくても」
「無理だよ!俺には、お前みたいな頭はないし、元信のような力もない!それに、三河も遠江も、お前の力があったから、とれたんだぜ!」
ついに、ポロポロ涙をこぼす広大。
雪斎は、笑顔を崩さずに、広大の頭を撫でる。
「私は、そんなすごい人間ではありません。すべては、広大がいたからこそできた策です」
雪斎は、広大の涙を指でぬぐいとりながら、言葉を続ける。
「広大は、この国の人間が忘れていた感情を教えてくれました。命の大切さ。人にたいする優しさ。私は、たくさん広大から教えていただきました」
徐々に、雪斎の力がなくなっていく。
そのことに気づいた広大は、すぐさま起き上がって、雪斎を支える。
焦りが、顔に現れていた。
「まて雪斎!ダメだ!気をしっかり持て!」
「落ち着いてください……。そうそう簡単に、死にませんよ……。せめて、尾張をとって、広大の不安を取り除くまでは、生きてみせます」
雪斎の発言に、驚く広大。
バレまいと、必死に隠していたのに、バレていたのだ。
一番、心配する人物にーー。
「お前ーー。いつから?」
「斎藤との同盟のときです。そして、狸に夜這いされていたときに、確信しました……」
細く息をはきながら、雪斎が、目を閉じ始める。
広大の目から、涙が滝のように流れる。
「雪斎!まだ、起きてろよ!昼だぞコノヤロー!!」
「フフっ。少し、疲れたから寝るだけですよ……。慌てすぎです」
そういって、雪斎は、本当に寝始めた。
しかし、広大にはわかっていた。
おそらく、明日明後日には、雪斎が死ぬことを……。
「どうにかならないのかよ!なんで、こんなーー」
『どうしてほしい?』
突然、幼い少年の声がした。
広大は、辺りを見回すが、とうぜん誰もいない。
「だ、誰だ!どこにいる!!」
『声がでかいなー。慌てすぎだよ。織田の乱波とかじゃないから、安心していいよ』
そんなこといわれても、安心できるはずがない。
広大が考えるに、姿が見えないなら、幽霊のたぐいしかないのだ。
「幽霊か?それとも、死神とかか!?」
『どちらもハズレだよ。それより、彼女を助けたくないかい?』
「助けられるのか!?」
突然の発言に、慌てた声をあげる広大。
この世界では、助けられる方法があるのかもしれない。
それなら助けたいと、心の中で呟く。
『君の気持ちはわかったよ。しかし、感謝してくれよ?僕が誰かに助言するなんて、あり得ないことなんだから』
「わかったから!教えてくれよ!どうしたら、助けることができる?」
少しづつだが、イライラし始める広大。
子供の癖に、年上をからかいやがって!
『おいおい、言葉には気おつけてくれよ。気分が変わったらどうすんの?助言しないよ?』
「お前はなんなんだ!どうして、俺の心がわかる!!」
『それは秘密だよ。さて、いきなりだが、君は死ぬ運命にある』
本当に、とつぜんの死の宣告。
神でもないのに、何でわかるんだよ!
『僕は、いろいろ予見することができるんだよ。どこで、どのようにして死ぬかわからないけど、君は確実に死ぬ。運命とは、そのようなものさ』
「ちょっと待て!雪斎を助ける話なのに、なんで、俺の死ぬ話になってんだよ!」
『鈍いねー。僕が、意味もなくこんな話をするとでも?君の死ぬ運命と、彼女の死ぬ運命は、一本道のように繋がっているのさ』
訳がわからなくて、頭が沸騰しそうになる広大。
子供の癖に、難しい言葉を使うからだろう。
おそらく、広大より頭がいい少年なのだ。
『逆に言えば、君が生き残れれば、彼女も死なずにすむということになるだろ?』
背筋に、稲妻が走った。
今の台詞で、やっと広大も、この少年の言いたいことがわかったのだ。
『彼女を救いたかったら、君が運命をねじ曲げろ!
知らないと思うが、げんに君は、1度運命をねじ曲げているんだ』
「何だって?いつねじ曲げたんだよ」
『少し考えればわかるだろ。今川家という、大きな大名家を救っているんだ。僕の予見だと、数日前に今川は、武田家に滅ぼされてる運命だったんだ』
「つまり、俺が二代目になったことで、今川家が、滅ぼされずにすんだってことか?」
『そうだよ。それを考えれば、今度の運命を変えるのは簡単だろ?明日、明後日までに、君が死ななければいいんだ』
広大の腹は、すでに決まっていた。
自分の腕の中で、細い息をはいている雪斎を、必ず救うと。
それと同時に、自分が、桶狭間の戦いに巻き込まれることも確信した。
桶狭間の戦いーー。
それが、広大と雪斎が生き残るターニングポイントになる。
「……どこの誰かわかんねーけど、ありがとうな。あがいて、生き延びてやるさ!」
『フフっ。その勢いだよ。僕は、待ってるよ……。君が上洛してくるのをね……』
その言葉を最後に、少年の声が消えた。
雪斎をお姫様だっこして、広大は、茶室を出る。
「殿、雪斎お姉さまとのお話は終わったんです……。ええっ!?雪斎お姉さま!?」
茶室から、少し離れたところに控えていた親長が、ぐったりしている雪斎を見て、慌て出す。
「落ち着け親長。雪斎なら、必ず助ける」
広大の目が充血しているのをみて、親長は、真面目な顔になる。
おそらく、広大が泣いたことをわかったのだろう。
「伝令を、全軍にだしてくれ」
「なんと、だしますか?」
広大の瞳に、覚悟の炎が燃える。
「尾張を、攻める!」
場所は変わり、京のある家ーー。
一人の少年が、和紙に文字を書いている。
貴族のような和服をきており、どこか気品がある。
「……いつまで、そこでみてるんだい?」
筆をおきながら、廊下にいる動物に話しかける少年。
廊下には、一匹の狐がいた。
「これはこれは、申し訳ございませんわ。あなたが、私を召喚するなんて、珍しかったので」
透き通るような、女性の声をだす狐。
少年は、ムスッとした顔をすると、和紙だったもの、お札を狐に投げる。
バク転をした狐の周辺に、煙があがる。
パシッ。
お札を、指で挟んで止めた音とともに、煙がはれる。
そこには、大胆に胸元をあけている、大和撫子のような、美人が立っていた。
「冗談にしては、お札が強くなくて?」
微笑みながら、お札を空中で燃やす美人。
青い炎は、地面につく前に対象物を燃やしつくした。
「言わなかったかい?僕は、獣が嫌いなんだ。僕の視界に入りたいなら、その姿でいろ」
「あなたの好みの女子で。が、抜けてますわ」
妖艶に微笑んだ美人は、少年の隣に正座する。
少年は、ため息をつきながら筆をとって、書き物を再開する。
「……しかし、ありえませんわ」
「何がだい?」
「この私を召喚しただけでなく、どこぞの大名に助言をするなんて……」
その発言をきくと、少年は、いたずらな笑みをうかべてーー。
「理由を、知りたいかい?」
「……いじわるですわ」
美人は、少年の右腕をからむと、自らの丁度よい胸を押しつける。
「お・し・え・て?」
「……やめろ。僕は、生身の人間以外興味がない」
冷えた目をむけて、少年は、腕を振りほどく。
美人は、ため息をつくと、やれやれと首を振る。
「……僕は、数十年後に死ぬはずだ」
「……予見したんですか?」
細く息をはくと、美人の胸に後頭部を埋める。
「自分の命は、他人よりも予見するのは難しい。僕の予見は、不完全さ」
「そんなことありませんわ。初代主は、化け物すぎただけです。それに、あなた以外は、私を召喚すらできなかったのですわよ?」
「……だからさ。お前を召喚できたからこそ、あの人には敵わないと痛感させられた」
人の形をした紙を、懐から出して見つめる少年。
「二代目今川義元……。あいつには、生きてもらわないと困る。僕が、生きれる可能性を高めるために」
「そういえば、数ヶ月前に、あなたがいってましたわね。この世界に、もうじき面白いやつが来ると」
「よく覚えてたな。どこに、いつ出現するかわかれば、今ごろ僕の隣に座っていただろう……。でも、これも運命なのか。やつは、大原雪斎と出会い、二代目今川義元として、今川家を救った」
苦笑いすると、少年は、人の形の紙を投げる。
紙は、意思をもっているかのように、窓から外に飛んでいった。
「式紙を使いすぎですわ。この出雲を召喚しているのだから、疲れますわよ」
「これくらいなら、僕でもできる」
少年は、出雲の胸から立ち上がり、窓の外をみる。
「早く来てくれよ。この僕……、安倍晴明のもとにね」