表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今川義元の野望  作者: 高野康木
尾張編
15/32

13話 危機

「おはよう!」


いつものように、家臣の花道を通って、上座に腰かける広大。


「殿。元信お姉さまが、鳴海城を落としたようです」


親長が、そう報告する。

広大達は、ついに尾張に侵略し始めたのだ。

尾張にある鳴海城を元信の部隊がとり、沓掛城くつかげじょうを泰能の部隊がとった。

その次に狙う場所は、那古野城なごやじょうなのだが、そこは、織田信長の居城である清洲城きよすじょうに近いため、むやみやたらに攻撃はできない。

かといって、沓掛城の北にある、末森城すえもりじょうを攻撃しようにも、あそこには、織田の家老である柴田勝家しばたかついえがいる。

頭はあれだが、戦に関しては猪武者いのししむしゃであるため、そうそう合戦はできない。

ゆえに、広大達は、しばらく沈黙している状態になるわけだ。


「雪斎のほうはどう?」

「はい。雪斎お姉さんは、安祥城あんしょうじょうに待機してます。これで、後詰めも安心ですね!」

「そうだな。俺らはかなり余裕がある」


広大のいる岡崎城には、一万の兵がおり、雪斎のいる安祥城には、五千の兵のが控えている。

つまり、一万五千の後詰めがあるのだ。

そして、元信と泰能の兵は三千づつ。

たいする織田は、頑張っても一万いるかどうかである。

さらに広大側には、引馬城ーー改め、浜松城はままつじょうに、家康が率いる一万五千の兵がいる。

たとえ、劣勢になったとしても、広大達の勝利は固いだろう。

しかし、広大だけはそう考えていなかった。


(あの織田信長のことだ。俺が桶狭間にむかった瞬間、奇襲してくる可能性があるからな)


ゆえに、広大は総攻撃の命令をだしていない。

総攻撃をすれば、兵がたくさん死ぬのはもちろんだが、広大自信が死ぬ恐れがある。


「殿。その~、攻撃命令わ?」

「全軍待機と、伝令してくれ」


またですか~?これでは、兵の士気が落ちますよ。

と、落ち込みながら呟く親長を無視して、広大は広間から出ていこうとする。


「殿、どちらへ?」

「雪斎のところに行ってくる。今後のことを、直接話したいからな」


半分だけ顔を振り向いて答えた広大は、早足でその場を去った。





安祥城ーー。

今川領土内にある城には、すべて茶室を作らせてある。

これは、広大自身がゆっくりしたいのと、重臣と大切な話し合いをするために作らせたものである。

その茶室に、広大と雪斎がむかい合っている。

お茶は、雪斎がいれてくれたものだ。


「私的には、攻撃をしてもよろしいかと思います」


咳をしながら、雪斎が答える。

最近では、咳を我慢するもの無理になってきているらしい。


「うーん。俺は、もっと安全を考えて攻撃したいんだよな」


袖に手をとおしながら、広大が難しい顔をする。

桶狭間のことを話したいが、なにせ、信じてもらえる材料がない。

それに、先代の運命であるので、広大自身がその運命をおうという確証もない。

ゆえに、へたに相談ができないのだ。


「私は、今すぐ攻撃すべきだと思います。劣勢になったとしても、確実に尾張をとれるはずです」


雪斎の発言に、眉を寄せる広大。

近ごろ、雪斎が何かと攻撃的なのが、気になるのだろう。


「何を急いでんだ?」

「急いでなんていませんよ」

「やたらと、戦をしたがるじゃねーかよ」

「それは、殿がうじうじしているからです」

「……咳が多いが風邪か?」

「お茶が、変なところに入っただけです」

「いい加減にしろ。その咳が治るまで部屋で休め。これは命令だ」

「お断りします。休んでる暇なんてありませんから」


ここで、広大の怒りが爆発した。

立ち上がると、雪斎の胸ぐらを掴んで、顔を接近させる。

鬼のように、怒っている顔だ。


「ふざけんな。お前の犠牲でとった領土なんて、いらねーんだよ」

「フフっ。広大も、そんな怖い顔をすることがあるんですね……」


ゲホッと咳をすると、雪斎は少し吐血した。

そんな雪斎を間近で見た広大は、目を見開いて、後ずさりする。

病名が、わかってしまったからだ。


「雪斎……。まさか、結核けっかくか!?」

「医者でもないのに、よくわかりましたね」

「バカ野郎!なんで、もっと早く教えなかった!!」

「教えて、私の病が治るのですか?」


ぐっ、と広大が口を閉じた。

一般の高校生であった広大に、病を治す力はない。

拳を握りしめて、乱暴に座る広大。


「……今すぐ休め。治せはしないが、長くは生きれ」

「お断ります。私も武士ですよ?死ぬなら、戦場で死にます」

「……頑固がんこ女」

「いってる意味がわかりませんが、広大は優しすぎますね。そこは、少し改めるべきです」

「やかましい。お前こそ、勝手に一人で抱え込む癖を改めろ」

「性格というのは、なかなか治りませんね」


ムカついたのか、広大は雪斎に背をむけて横になる。

沈黙が、茶室を包む。

その沈黙を破ったのは、雪斎の優しい声だった。


「広大。もしかして、泣いてますか?」

「……泣いでない」


鼻をすすりながら、広大が答える。

完璧に、自白している。

微笑みながら、雪斎は、広大の頭上に移動する。


「ぐんな」

「鼻声で言われても、困ります」


広大の頭を、自らの膝の上にのせる雪斎。

しかし、広大は腕で自分の顔を隠している。


「広大。腕をどけてください」

「……嫌だ」

「子供じゃないんですから。嫌だなんてーー」


そういうと、雪斎は、広大の腕を掴んでどける。

そこには、涙をたくさんためて、鼻を真っ赤にしている広大がいた。


「何でだよ……。お前が、俺に今川義元をやれって言ったんだぜ?なのに、こんなところでいなくなるなよ……」

「そうですね……。たしかに、ひどい話です。ですけど、広大なら私がいなくても」

「無理だよ!俺には、お前みたいな頭はないし、元信のような力もない!それに、三河も遠江も、お前の力があったから、とれたんだぜ!」


ついに、ポロポロ涙をこぼす広大。

雪斎は、笑顔を崩さずに、広大の頭を撫でる。


「私は、そんなすごい人間ではありません。すべては、広大がいたからこそできた策です」


雪斎は、広大の涙を指でぬぐいとりながら、言葉を続ける。


「広大は、この国の人間が忘れていた感情を教えてくれました。命の大切さ。人にたいする優しさ。私は、たくさん広大から教えていただきました」


徐々に、雪斎の力がなくなっていく。

そのことに気づいた広大は、すぐさま起き上がって、雪斎を支える。

焦りが、顔に現れていた。


「まて雪斎!ダメだ!気をしっかり持て!」

「落ち着いてください……。そうそう簡単に、死にませんよ……。せめて、尾張をとって、広大の不安を取り除くまでは、生きてみせます」


雪斎の発言に、驚く広大。

バレまいと、必死に隠していたのに、バレていたのだ。

一番、心配する人物にーー。


「お前ーー。いつから?」 

「斎藤との同盟のときです。そして、狸に夜這いされていたときに、確信しました……」


細く息をはきながら、雪斎が、目を閉じ始める。

広大の目から、涙が滝のように流れる。


「雪斎!まだ、起きてろよ!昼だぞコノヤロー!!」

「フフっ。少し、疲れたから寝るだけですよ……。慌てすぎです」


そういって、雪斎は、本当に寝始めた。

しかし、広大にはわかっていた。

おそらく、明日明後日には、雪斎が死ぬことを……。


「どうにかならないのかよ!なんで、こんなーー」

『どうしてほしい?』


突然、幼い少年の声がした。

広大は、辺りを見回すが、とうぜん誰もいない。


「だ、誰だ!どこにいる!!」

『声がでかいなー。慌てすぎだよ。織田の乱波とかじゃないから、安心していいよ』


そんなこといわれても、安心できるはずがない。

広大が考えるに、姿が見えないなら、幽霊のたぐいしかないのだ。


「幽霊か?それとも、死神とかか!?」

『どちらもハズレだよ。それより、彼女を助けたくないかい?』

「助けられるのか!?」


突然の発言に、慌てた声をあげる広大。

この世界では、助けられる方法があるのかもしれない。

それなら助けたいと、心の中で呟く。


『君の気持ちはわかったよ。しかし、感謝してくれよ?僕が誰かに助言するなんて、あり得ないことなんだから』

「わかったから!教えてくれよ!どうしたら、助けることができる?」


少しづつだが、イライラし始める広大。

子供の癖に、年上をからかいやがって!


『おいおい、言葉には気おつけてくれよ。気分が変わったらどうすんの?助言しないよ?』 

「お前はなんなんだ!どうして、俺の心がわかる!!」

『それは秘密だよ。さて、いきなりだが、君は死ぬ運命にある』


本当に、とつぜんの死の宣告。

神でもないのに、何でわかるんだよ!


『僕は、いろいろ予見することができるんだよ。どこで、どのようにして死ぬかわからないけど、君は確実に死ぬ。運命とは、そのようなものさ』

「ちょっと待て!雪斎を助ける話なのに、なんで、俺の死ぬ話になってんだよ!」

『鈍いねー。僕が、意味もなくこんな話をするとでも?君の死ぬ運命と、彼女の死ぬ運命は、一本道のように繋がっているのさ』


訳がわからなくて、頭が沸騰しそうになる広大。

子供の癖に、難しい言葉を使うからだろう。

おそらく、広大より頭がいい少年なのだ。


『逆に言えば、君が生き残れれば、彼女も死なずにすむということになるだろ?』


背筋に、稲妻が走った。

今の台詞で、やっと広大も、この少年の言いたいことがわかったのだ。


『彼女を救いたかったら、君が運命をねじ曲げろ!

知らないと思うが、げんに君は、1度運命をねじ曲げているんだ』

「何だって?いつねじ曲げたんだよ」

『少し考えればわかるだろ。今川家という、大きな大名家を救っているんだ。僕の予見だと、数日前に今川は、武田家に滅ぼされてる運命だったんだ』

「つまり、俺が二代目になったことで、今川家が、滅ぼされずにすんだってことか?」

『そうだよ。それを考えれば、今度の運命を変えるのは簡単だろ?明日、明後日までに、君が死ななければいいんだ』


広大の腹は、すでに決まっていた。

自分の腕の中で、細い息をはいている雪斎を、必ず救うと。

それと同時に、自分が、桶狭間の戦いに巻き込まれることも確信した。

桶狭間の戦いーー。

それが、広大と雪斎が生き残るターニングポイントになる。


「……どこの誰かわかんねーけど、ありがとうな。あがいて、生き延びてやるさ!」

『フフっ。その勢いだよ。僕は、待ってるよ……。君が上洛してくるのをね……』


その言葉を最後に、少年の声が消えた。

雪斎をお姫様だっこして、広大は、茶室を出る。


「殿、雪斎お姉さまとのお話は終わったんです……。ええっ!?雪斎お姉さま!?」


茶室から、少し離れたところに控えていた親長が、ぐったりしている雪斎を見て、慌て出す。


「落ち着け親長。雪斎なら、必ず助ける」


広大の目が充血しているのをみて、親長は、真面目な顔になる。

おそらく、広大が泣いたことをわかったのだろう。


「伝令を、全軍にだしてくれ」

「なんと、だしますか?」


広大の瞳に、覚悟の炎が燃える。


「尾張を、攻める!」






場所は変わり、京のある家ーー。

一人の少年が、和紙に文字を書いている。

貴族のような和服をきており、どこか気品がある。


「……いつまで、そこでみてるんだい?」


筆をおきながら、廊下にいる動物に話しかける少年。

廊下には、一匹のきつねがいた。


「これはこれは、申し訳ございませんわ。あなたが、私を召喚しょうかんするなんて、珍しかったので」


透き通るような、女性の声をだす狐。

少年は、ムスッとした顔をすると、和紙だったもの、おふだを狐に投げる。

バク転をした狐の周辺に、煙があがる。

パシッ。

お札を、指で挟んで止めた音とともに、煙がはれる。

そこには、大胆に胸元をあけている、大和撫子やまとなでしこのような、美人が立っていた。


「冗談にしては、お札が強くなくて?」


微笑みながら、お札を空中で燃やす美人。

青い炎は、地面につく前に対象物たいしょうぶつを燃やしつくした。


「言わなかったかい?僕は、獣が嫌いなんだ。僕の視界に入りたいなら、その姿でいろ」

「あなたの好みの女子で。が、抜けてますわ」


妖艶に微笑んだ美人は、少年の隣に正座する。

少年は、ため息をつきながら筆をとって、書き物を再開する。


「……しかし、ありえませんわ」

「何がだい?」

「この私を召喚しただけでなく、どこぞの大名に助言をするなんて……」


その発言をきくと、少年は、いたずらな笑みをうかべてーー。


「理由を、知りたいかい?」

「……いじわるですわ」


美人は、少年の右腕をからむと、自らの丁度よい胸を押しつける。


「お・し・え・て?」

「……やめろ。僕は、生身の人間以外興味がない」


冷えた目をむけて、少年は、腕を振りほどく。

美人は、ため息をつくと、やれやれと首を振る。


「……僕は、数十年後に死ぬはずだ」

「……予見したんですか?」


細く息をはくと、美人の胸に後頭部を埋める。


「自分の命は、他人よりも予見するのは難しい。僕の予見は、不完全さ」

「そんなことありませんわ。初代主しょだいあるじは、化け物すぎただけです。それに、あなた以外は、私を召喚すらできなかったのですわよ?」

「……だからさ。お前を召喚できたからこそ、あの人には敵わないと痛感させられた」


人の形をした紙を、懐から出して見つめる少年。


「二代目今川義元……。あいつには、生きてもらわないと困る。僕が、生きれる可能性を高めるために」

「そういえば、数ヶ月前に、あなたがいってましたわね。この世界に、もうじき面白いやつが来ると」

「よく覚えてたな。どこに、いつ出現するかわかれば、今ごろ僕の隣に座っていただろう……。でも、これも運命なのか。やつは、大原雪斎と出会い、二代目今川義元として、今川家を救った」


苦笑いすると、少年は、人の形の紙を投げる。

紙は、意思をもっているかのように、窓から外に飛んでいった。


「式紙を使いすぎですわ。この出雲いずもを召喚しているのだから、疲れますわよ」

「これくらいなら、僕でもできる」 


少年は、出雲の胸から立ち上がり、窓の外をみる。


「早く来てくれよ。この僕……、安倍晴明あべのせいめいのもとにね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ