12話 甲相駿三国同盟
岡崎城が、今の広大の居城である。
なので、何かしらあるとすぐさま連絡役がくる。
「つまり、武田さんが攻撃してきたと?」
茶碗と箸を持ちながら、連絡役である氏真を見る広大。
少し不機嫌なのは、ご飯の時間に邪魔をしてきたからだろう。
「いつものように、偵察程度の小数ですが……。どうします兄様?」
「北条さんは?」
「あの引きこもりなら、関東にしか興味がないようなので、こちらには見向きもしませんよ?」
「なんだよ。武田さんだけかい」
ムスくれた顔をして、たくわんを食べる広大。
武田信玄は、広大の領地である駿河国の北にある、甲斐国の姫大名である。
なぜか、この時代の大名は、男の方がレアというおかしな時代だ。
だからといって、けして姫大名が弱いわけではない。
げんに、武田信玄が本気で攻めてきたら、広大の首などたやすく飛ぶ恐れがある。
そんな敵がすぐそばにいるのだが、どうゆう訳か、定期的に小数の手勢だけで攻めてくるのだ。
しかも、すぐに引きあげてしまう。
「武田さんは、何がしたいの?」
「私にきかれても困ります」
義兄弟が、そろってため息をもらすと、雪斎が現れた。
紙を持っており、少々疲れた顔をしている。
「殿。こちらをーー」
「お、おう。寝たほうがいいぞ?雪斎」
「いえ、大丈夫です」
雪斎のことを心配そうにみた広大だが、頑張って雪斎が書いたであろう紙に、視線を戻す。
そこには、甲相駿同盟と書かれている。
「何てよむんだ?」
学力があれな広大には、よめない漢字であった。
氏真が、広大の横から顔を出して、漢字をよんだ。
「甲相駿同盟?雪斎は、あいかわらずぶっ飛んだ策を出すわね」
「誉め言葉として、受け取っておきます」
氏真は、呆れた顔をして言ったのだが、雪斎は微笑んでいる。
本当に、誉め言葉として受け取ったのだろう。
「同盟はわかるけど、どことするの?」
当然の疑問を口にする広大に、呆れた顔をしたまま、氏真が答える。
「北条氏康と武田信玄です」
「ま、マジですか?」
それって~もしかして~。などと、小言で言いながら、雪斎をチラチラ見る広大。
もちろん、予想通りの言葉がかえってくる。
「はい。会見の場所は、すでに決まっています」
「や、やっぱりね。出席するのは、もしかしなくても~」
「もちろん。私と殿ですよ?」
「どちくしょー!予想が全部当たりやがった!」
うがー!と叫びながら、頭をかきむしる広大。
氏真は、慌てて広大の腰に抱きついた。
広大の次の行動がわかったからだ。
「氏真!お、俺の墓を用意しとけ!俺は、これから切腹をする!!」
「兄様!落ち着いてください!」
「どうしたのですか殿。そんなに慌てて」
「あ、あれだろ!知ってんぞ!」
雪斎が首を傾げていると、真っ青な顔で広大がいう。
「武田信玄って、指だけで人を殺せるんだろ!?」
「ほえっ?」
「はい?」
鬼丸を取り上げていた氏真と、首を傾げていた雪斎が、同時に間抜けな声を出す。
「いくら俺でも、そんな奴と握手なんてできねーよ!俺には、天下統一があるんだから!」
「……兄様。誰からの情報ですか?」
「へっ、秀吉だけど?」
場が、凍りつく。
空気を察した広大は、一言呟いた。
「あのくそ猿……」
「殿、許してほしいでござるよ。殿が、あまりにも信じるものだったので、少し意地悪したくなったのでござる」
「やかましい!俺に恥かかせやがって!」
馬の背に藤吉郎を縛りつけて、広大と雪斎は、会見場所である、善徳寺にむかっている。
秀吉は、もしもの時の護衛用である。
「殿、拙者護衛をする役でござるよな?」
「そうだぜ」
「この状態だと、護衛ができないでござる」
「心配しなくても、ここは自国です。それに、私もいますから」
「そういうことだ。口と鼻を押さえて黙ってろ」
「うきー!そんなことしたら、死ぬでござる!!」
そんな漫才のようなことしていると、善徳寺ついた。
広大的には、立派な寺だと思っていた。
それこそ、清水寺のようなものだと思っていたが、普通の寺だった。
「普通だな」
「殿、バチが当たりますよ?」
「そうでござるよ。とても、立派でござる!」
馬を降りながら、率直な意見をいう広大に、坊主でもある雪斎が、口を尖らせて注意する。
ちなみに、秀吉の注意は、雪斎に便乗しただけである。
「猿。罰がたりないのかな?」
「じょ、冗談でござるよ!」
「おーにーいーちゃーんー!」
ドボン!
「うごっ!?」
突然の声と同時に、広大の背中に誰がぶつかった。
痛さを我慢して広大が振り返ると、氏真と同じか、それよりも小さい女の子がいた。
真っ黒なショートカットで、左目が髪の毛で隠れており、満面の笑みをうかべて、広大を見ている。
肌の色は、白人のように真っ白。
それなのに、着物は物凄く高価そうな物を着ている。
「君は誰だい?親御さんとはぐれたのかな?」
「あ~!お兄ちゃん忘れてる~!プンプン、グーパンチ!」
頬を膨らまして、ポコポコ広大の胸を殴る女の子。
その光景に青筋をたてていた雪斎が、我慢の限界だったらしく、女の子の後ろ襟をつかんで、広大から引き離した。
「うわ、エセ坊主じゃん!なんで、あんたもいるのよ!」
「殿の片腕ですから。あなたも、隠れてないで出てきたらどうです?」
雪斎の言葉と同時に、木上から男が現れる。
「あいかわらずの知力だな……。太原雪斎」
「あなたも、この前より若くなりましたね」
「年寄りをからかうものではないぞ。小娘」
雪斎は、男に殺気をおくりながら、女の子を地面におろした。
男は、茶髪の好青年だ。
「小太郎!おの坊主嫌い!」
「止めときましょう姫。あの小娘を殺すのには、骨がおれます」
どうやら、三人は顔見知りらしい。
ウロウロ視線泳がせていた広大は、一応秀吉を解放する。
もしも、戦闘になったときのためである。
「先に中に入る。お前らも、あの女のように遅れてくるなよ」
「お兄ちゃん!あとでね!」
投げキッスをして、女の子は、善徳寺の中に入っていった。
唖然としている広大の耳を、雪斎おもいっきり引っ張る。
「いでででで!」
「殿。また、座敷牢で話し合いたいですか?」
「いえいえ!大丈夫です!」
顔が分身するくらい、横に振る広大。
ある意味、トラウマになっている。
そんな広大を見詰めて、雪斎は頬を膨らませる。
「そろそろ。私も欲を出したくなってきました」
「へっ?」
「欲なら、いつも出してるでござぶるぉ!」
余計なことをいう秀吉に、笑顔のボディーブローがきまる。
その光景に苦笑いするした広大は、善徳寺の中に入っていく。
「遅い」
「そうだね~。私的には、お兄ちゃんとイチャイチャできるから、全然平気だけどね!」
今善徳寺には、広大と女の子ーー、北条氏康がいる。
どうやら、女の子の護衛であるらしい好青年は、風魔衆の風魔小太郎という乱波らしい。
「姫。それくらいにしとかないと、エセ坊主が怒ります」
「えー。お兄ちゃんとの、久しぶりのご対面なんだよ?」
「関係ありません。そろそろ、退いてくれますか?」
「嫌だよ!」
舌をだして、雪斎をバカにする氏康。
心が広い雪斎も、さすがにカチンときたのか、怖い笑顔のまま。
「引きこもりの小娘さん。その汚い手で、殿に触れないでくれます?」
「なっんですて!!」
「すいません。つい本音が」
「小太郎!こいつの首をはねなさい!」
「やれやれ。仕方がありませんな」
立ち上がった小太郎は、雪斎に近づくのではなく、氏康に近づいて、抱きあげてしまう。
「こらー!小太郎!!」
「今から同盟をするのですぞ?問題は、なるべく無いにこしたこたはありません」
ため息をついて、元々氏康が座っていた場所である、広大の正面に座らせる小太郎。
正面といっても、二メートルくらいある。
「遠い!もっと近くがいい!!」
「我慢をしてくだされ。エセ坊主を怒らせると、この寺が血にまみれます」
「さすがは、筆頭家老でござるな」
「小太郎。冗談が過ぎますよ?せめて、首が転がるくらいにしてくれないと、殿が私を怖がります」
「ごめん。すでに怖いわ」
氏康が退いたことにより広大の隣に空きができると、後ろに座っていた雪斎が、素早く広大の隣に移動して腕を絡ませる。
当然女性に免疫のない広大は、トマトのように赤面する。
「大丈夫ですか?お熱でもあるのでわーー」
「い、いや!熱じゃないよ熱じゃ!」
至近距離で顔を近づける雪斎に、限界寸前の広大は、必死に気を失わないようにする。
腕に感じる柔らかい物は、きっとわざと当てているだろう。
「お兄ちゃんが照れてる!?キィー!エセ坊主の分際でお兄ちゃんを誘惑するな!!」
「なんの話ですかね。小娘が騒いでますよ殿?」
勝ち誇った顔で、氏康を見下ろす雪斎。
悔しそうに着物を噛み締める氏康。
二人の間に、確実に火花が散っているだろう。
「久しぶりの顔だな」
「お頭が、一番最後ですね」
声と同時に、広大は震えた。
姿を見ずとも、入り口から恐ろしい存在感が放たれる。
一歩づつ近づいてくる存在。
まるで、虎のようである。
「大丈夫です」
身体を震わせていると、隣から小言で雪斎がいってきた。
力を腕に込めて、雪斎が言葉を繋げる。
「広大の隣には私がいます。必ず、守ってみせますから」
恐る恐る、雪斎の顔を見る広大。
雪斎は、優しく微笑んでいた。
「……うん」
いつのまにか、震えは止まっていた。
落ち着くと、目の前に存在がある。
どうやら、広大の前で立っていたらしい。
「久しいな今川義元」
「ど、どうも……」
広大の前には、真っ赤な髪の毛が腰まである、鋭い目つきの女性が立っていた。
胸は、元信以上のデカさで、露出も激しい。
彼女こそ甲斐の虎、武田信玄である。
「お前……ずいぶんと、身体が引き締まっているな」
「へっ?」
突然の発言に口を開けていると、信玄が、広大をじっと見つめ出した。
「……何か?」
「影武者……。ではないようだが、前に会ったときよりも、男らしくはなっている」
「失礼ですよお頭。このお方は、変わられたらしい。我らの真田衆からの情報ですから、間違いありません」
危うく別人だとバレそうだったが、信玄の隣に立っていた少年が、広大を知らずに助けてくれた。
少年は、茶髪でずいぶんと元気そうな印象を受ける感じの人物で、広大は心の中でーー。
(戦国の世界にきて、初めて仲良くなれそうな同性に出会えた!!神は、俺を見捨ててはいなかったんだ!!」
と喜んでおり、それが外側まで出ていた。
つまり、突然ニヤニヤし始めたのだ。
「昌景。こやつは、いきなりどうしたんだ?」
「さぁーて。お頭の気迫に当てられておかしくなったか。あるいは、お頭のデカ乳に惚れたか……。まぁ、ろくな理由ではないでしょうな」
「やれやれ。女好きは、相変わらずだな」
ものすごく失礼なことをいっているが、感動中の広大には聞こえていない。
しかし、隣に座っている雪斎には聞こえているわけで、こちらは、噴火寸前の活火山である。
「殿は女好きではありません!おそらく、山県殿のような、浸しみやすそうな殿方と出会えたので、感動しているだけです!」
「それは、悪かったな。しかし、雪斎がそこまで怒るとわ……。お前も変わったな」
「あなたは、あいかわらず小さいまんまですね」
雪斎の発言に、昌景が怒りをあらわにした。
どうやら、身長は禁句らしい。
「よせ昌景」
「俺は、お頭のように短気ではありませんからね。攻撃していい場面と、してはいけない場面は心得てますよ」
深呼吸した昌景が、笑顔に戻る。
そして、広大にむかって右手を差し出し。
「武田四天王の一人で、一応まとめ役の、山県昌景だ。改めてよろしく、今川殿」
「こ、こちらこそ!!」
嬉しさのあまり、繋いだ手が分身するくらい上下に振る広大。
苦笑いしながら昌景は、信玄の後についていき、広大と氏康の上座に座った。
「…………」
すると、突然広大のテンションが落ちた。
理由は、昌景もやはり普通ではなかったからだ。
「昌景くんの背中にある刀は、どうしたんだろう?ものすごく長くて、恐ろしいんだけど」
「殿。今世で、あなたと同じ感覚をもった人間は、そうそういませんよ」
小言で雪斎とのやり取りを終えると、広大はスッキリした顔になった。
簡単にいえば、諦めた顔である。
「どこかのデカ乳のせいで、待ち疲れたんだけど!」
「お前は変わらず白いな。南蛮人でもあるまいし……。外に出ないからそうなる」
「いいもん!お兄ちゃんは、美しいって言ってくれたもん!」
「あいつは、大概の女にはそういうぞ」
信玄と氏康が、勝手に話し出してしまう。
広大的には、素早く同盟を終わらせたいのだが、下手な発言をして、今川義元クイズをされると困るので、ウロウロ視線をめぐらせることしか出来ないでいる。
「そろそろ、同盟をおこないたいのですが。よろしいですか?」
広大の気持ちを察したらしい雪斎が、二人を睨み付けていう。
「いいわよ」
「かまわん」
「お、俺も大丈夫」
もちろん、最後の言葉は広大である。
三人の中で、一番頼りなさそうな声である。
「それでは、期限ですが……」
「2年くらいが、良いだろう」
進行役の雪斎をみながら、信玄が腕を組んでいう。
それ以上は、無理ということである。
「私は、お兄ちゃんとなら何年でも構わないよ!そこの、突然裏切るかもしれない女とは違って、氏康は嘘をつかないから!」
満面の笑みをうかべて、広大にむかっていう氏康。
さりげなく、信玄を侮辱している。
「お頭だって、理由なく同盟は切りませんよ。あなた方が、弱くなったら捨てるだけであって……」
「昌景。余計なことは言わなくていい」
ヘラヘラしながら、頭をかく昌景。
反省は、していないようである。
「それでは、同盟期限は2年ですね。武田は、上杉を相手にするために……。北条は、関東を手に入れるために……。そして、我々は上洛するために……
。この同盟は、互いに必要な同盟になるでしょう」
最後に、そう雪斎がしめた……。
「お兄ちゃんー!」
「あぶね!突撃するのはやめようぜ、氏康ちゃん」
困った顔をして、氏康を引き剥がす広大。
雪斎から小言できいたが、氏康は、この体で20を越えてるらしい。
そして、小太郎は80を越えている。
小太郎の顔は、何らかの忍法によるものらしい。
「あれ。猿、雪斎はどこいった?」
「お花を摘みにいったでござる」
「……そうか」
いつの間にか消えていた雪斎を心配していると、小太郎が、広大に耳打ちしてきた。
「言うか迷ったが……。一応、太原雪斎を注意しておいたほうがよいぞ」
「何でです?」
「いや、考えすぎでなければよいんだがな……」
そういって、黙ってしまう小太郎。
場所は変わり、善徳寺のとある室内。
フラフラしながら、雪斎が入ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息をつきながら、その場に崩れる。
手には、血がついていた。
「フフっ。まさか、ここまでとわ……。予想の、2倍は早いですね」
愛する人を心配させまいと、今まで秘密にしていたが、雪斎は病に犯されていた。
最近では、吐血もかなり増えてきている。
「ごほっごほっ!」
ビチャ!
かなりの血を、畳の上に吐いてしまう。
「はぁ……。時間が、ないのですか……」
ゆっくりと立ち上がり、口から流れている血を拭き取る。
その瞳には、覚悟が宿っている。
「この命が消える前に、せめて尾張は取らなければなりませんね」
桶狭間までの時間が、近づき始めた……。
ご感想をいただいて、私嬉かったです!
感想をくれた方々と、お読みいただいている方々に、改めて感謝を!!
これからも、ヨロシクお願い致します!