間話 松林広大という男
住宅街から、息を切らして、一人の男子生徒がが走ってきた。
目的地は、学校の校門である。
汗で、黒髪が額についている。
身体は細いが、きちんと筋肉がついている体つきだ。
しかし、この男子はこの学校の生徒ではない。
名門の学校の生徒である。
なので、部活が終わって出てくる生徒達が、不思議そうにみている。
ちなみに、女子生徒は目が合うと、キャキャ騒いでいる。
「ごめ~ん!建くん、遅れた!」
そんな声とともに、坂道から、女子生徒が走ってくる。
茶色の髪の毛が、腰辺りまである彼女は、あまり息を切らしていない。
「さすが、元陸上部。息、切れてないね」
「今は、吹奏楽だけどね」
そんな久しぶりの会話をして、二人でクスリと笑う。
本当は、ここにもう一人いたはずなのだ。
ちなみに、この男子生徒の名前は、浅沼健斗。
そして、女子生徒の名前は、水島薫である。
なぜ、高校が違うこの二人が、こんな夕方に集まっているかというと、ある探し人がいるのだ。
その人物の名前は、松林広大……。
この二人にとっては、大切な親友である。
そんな親友が、ある日、突然行方不明になってしまったのだ。
「まったく。広大は、変なときに勇気があるから困るよ」
「……やっぱり、私が悪かったのかな……」
薫は、悲しそうにうつむく。
健斗も、広大が消える前のことは、薫からきいていたので、薫の肩を叩いてーー。
「心配しなくても、大丈夫だよ!広大なら、何くわぬ顔で、戻ってくるさ!」
と、励ます。
しかし、元気が戻らない薫はーー。
「ううん。広大は、心が意外と弱いのよ……。あーもう!!いくらなんでも、あんな断りかたしなければよかった!!」
「……ごめん、きつい言葉かもしれないけど……。僕からみたら、二人は相思相愛だとおもってたけど……間違いだった?」
顔を覗きこんで、健斗が言うと、薫は真っ赤になりながらーー。
「し、嫉妬しちゃたの」
「はい?」
「だって、広大たら、女の子と普通に話してるのよ!私は、男子とあんまり話せないのにさ!それって、せこいじゃん!」
あまりに、幼稚な発言に、言葉がでない健斗。
そんな幼稚な考えでーー。
『なんか、松林くんっていい加減な感じがするんだよね』
と言われたら、自分でも心に傷がつくだろう。
せめて、いつも呼んでるように広大と言えば、まだ良かっただろうと思うが、後の祭りである。
「は、話すくらい良いんじゃない?」
「更に腹立つのは、ほんの少ししか話さないくせに、優しさをだすのよ!そこが、きーにーくーわーなーいー!!」
足踏みをしながら、プンプン怒りだす薫。
そういえば、広大はそういうやつだったと、健斗は思い出した。
健斗が、広大と出会ったのは中学からである。
その頃の広大は、簡単にいうと近寄れない雰囲気をだしていた。
母子家庭で、いつも鋭い目つきをしていたからだ。
なので、当然クラスでも浮いていた。
しかし、不良かというと、そうでもなかった。
休み時間には、イヤホンをいつもしているが、授業前にきちんと予習しているし、先生に当てられれば、きちんと答えていた。
成績は、どちらかというと悪いほうだったが、あまり気にしていない様子で、一人で頷いていた。
そんな広大に、唯一話しかけていたのは、薫だった。
「広大!雰囲気が、暗すぎる!みんな、近づけないでしょ!」
「いきなりなんだよ、お節介女。暗いのは、生まれつきだ」
「バカいってんじゃないの!いいから、イヤホンを取りなさいよ!」
「いいでで!やめろ!耳がとれる!」
そんなことをたまにするので、殴ったりしないかと、クラス中が、焦ったりしていた。
それが、松林広大という人物だと、健斗は思っていた。
その考えが変わったのは、健斗が朝早く学校についたときだった。
日直だった広大と、女子生徒が、言い合いをしていたのだ。
「だから、黒板を掃除してくれてもいいじゃん!それくらいの優しさもないの?」
「何度言わせんだよ。俺は半分掃除したし、日誌だって書いてんだよ。優しさなら、溢れるくらいあるだろうが」
この男は、変わっている。
そう。
近寄りがたいから、変わっているになったのだ。
しかし、この時の健斗でも、まだ、広大の本当の性格を知らなかったのだ。
二年になったある日のこと、健斗の妹が、突然病院に通い始めたのだ。
親にも言わずに、休みの日になると、必ず病院に通っていた。
さすがの健斗も、不思議に思い後をつけると、病院ではなかった。
初めは、本当に病院に通っていたのだろうが、彼氏の家に通うのに、そういう嘘が一番いいと考えたのかもしれない。
しかし、健斗が驚いたのは、その相手が広大だったことだ。
健斗の妹は、どちらかというと、内気な性格のはずである。
それが、あんな男とーー。
半信半疑で、聞き耳をたてていると、二人の会話が聞こえてきた。
「あの!松林先輩、これーー」
「君ねー。いいんだよ、毎日話し相手してくれなくても」
「でも、病院で家が嫌いだってーー」
「だからって、いいんだよ。俺が、好きでやったことなんだから、君が責任を感じることじゃない」
健斗は、そのやり取りでわかった。
今、広大は停学処分をくらっているのだ。
その理由は、かつあげしていた不良三人と、殴りあったからである。
そして、自分の妹のあの態度をみると、かつあげされていたのは、妹だったらしい。
「松林くんーー」
「お兄ちゃん!?」
「おぉ。健斗くんだ」
まさか、広大が自分の名前を覚えているなど、夢にも思っていなかった健斗は、言葉に詰まる。
「僕の妹を、助けてくれてありがとう!」
「おいおい。頭をあげてくれ!俺は、好きでしただけなんだから!」
慌てて広大が、健斗の頭をあげるさせる。
どうやら、広大は頭を下げさせるのが、あまり好きではないらしい。
「でも、そのせいで傷をおったんだろ?」
「まぁな。でも、ケンカなんてするもんじゃねーよ。やっぱり、平和が一番だわ」
そういって、広大は恥ずかしげに笑った。
その瞬間、健斗はやっと広大のすべてをしったのだ。
この男は、お人好し並みに優しくて、そして、誰よりも人のことが好きなのだと。
「健くん!きいてますか!?」
「うん?ごめん、きいてなかった」
頬を膨らまして、怒る薫に、苦笑いする健斗。
「考えごとしてたの?」
「いや、昔のことをね」
あの後から、この三人組になったのだ。
チャランポランな広大と、それを叱る薫。
そして、二人の間をとりもつ健斗。
中学でも、散々暴れたもである。
その一人が、失恋した次の日に消えた。
まったくもって、信じられない健斗は、薫と放課後に探し回っているのだ。
「あと、探してない場所はどこ?」
「ほとんど探したよね。警察も、目撃者がいないことを不思議に思ってたけど、本当に、何もないなんて」
せめて、通学鞄くらいあるだろうと思っていた健斗だが、それすら見つからない。
駅の防犯カメラには、広大の姿がなかったので、この地域内のはずと、二人で心当たりを探しているのだがーー。
「まるで、神隠しにあったみたいに、何にも見つからないなんて!」
「薫ちゃん。今日は、これくらいにしょう。日も沈み始めてることだし……」
健斗は、剣道を習っているので、もしものときはなんとかなるが、薫は女の子である。
夜は危険だと判断して、解散することにした。
健斗は、自分の長くなる影を見つめながらーー。
「まだ、借りは返してないんだぞ……。広大、どこにいるんだ……」
そう、独り言を呟いた……。