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今川義元の野望  作者: 高野康木
駿河・遠江・三河統一編
11/32

10話 決戦、徳川VS今川

「よし!準備完了!」


大声で言った広大は、自分の頬を思いっきり叩く。

遠江のように、気を失う訳にはいかないからだ。


「殿、そろそろ時間です」


庭には、直虎が方膝をついている。

どうやら、誰かに呼んでくるように頼まれたらしい。


「了解!出陣するぞ!」




雪斎の策は、とてつもなくエグいものだった。

目を覚ましてから、机の上におかれていた策を目にとした広大が、戦慄せんりつするほどだ。

まず、手始めに、長篠城・吉田城を攻める。

兵は、三千づつくらいで充分らしい。

当然、徳川も抵抗するために後詰めを送ってくる。

それを真似するように、こちらからも後詰めをだす。

すると、兵数に劣る徳川が、先に劣勢になるだろう。

そこが狙い目とばかりに、こちらが全軍で吉田城を落とす。

その勢いのまま、岡崎城おかざきじょうを包囲して、落とす。

仮に、徳川がどちらかの城に、後詰めをださなかった場合は、後詰めがない城をすぐさま落として、岡崎城を包囲するらしい。

つまり、どちらに転んでも、包囲をするということだ。


「……雪斎の策は恐ろしいな」

「誉めても、なにも出ませんよ?」

「誉め言葉じゃねーよ」


そんな漫才のようなやりとりをしながら、広大と雪斎は吉田城にむかっている。

ちなみに、元信と泰能は長篠城にむかっている。


「今回は、すぐに包囲できるか?」

「……どうでしょか。ただ、抵抗はしてくるはずです」

「そうか。また、死人がでるのか?」


広大が、悲しそうな顔をするのをわかっていた雪斎は、馬を急がせて、広大の隣につく。


「……殿。辛くなったのなら、私が受け止めますよ?」

「いや、大丈夫だ。もう、覚悟はできてる」


手綱を強く握りしめて、広大が前をみる。

その顔には、確かに覚悟が現れていた。


「お強くなられましたね。でも、無理はいけませんよ?」


そういって、広大の右手を握りしめる雪斎。

いきなりの接触に、顔が真っ赤になる広大だが、頑張って、微笑んで見せる。

しかし、心は余裕ではなかった。


(な、なんか。この前から、雪斎が積極的なんだけど!?なんかしたのか俺?)


そんなことをしていると、吉田城が見えてくる。


「見えてきたな……」

「えぇ。やっと、この日がきました……」


雪斎が、怒りを堪えた笑みを作る。

よほど、徳川家康に怒り心頭しんとうなのだろう。


「……あれ?」


広大が間抜けな声を出したのは、なんと、吉田城の城門が開いていたのだ。

さすがの雪斎も、考え込む。

広大も、なんらかの罠ではないかと思い、進軍を止めた。

あからさまに、差し上げますと言いたげな城……。


「……罠だよな?」

「その可能性が高いと、私も思います」


どうすることもできずに、その場にとどまる広大。

罠であるなら、危険だ。

城に入った瞬間、包囲されたなんてことになれば、広大の軍は、壊滅的ダメージをくらうだろう。

しかし、罠でないならこれ以上最高なことはない。


「……どうする?」


自分の軍の中で、一番頼りになる人物にきくとーー。


入城にゅうじょうしましょう。罠であるなら、切り抜ければ良いのです」


むしろ、ここでこうして考えてる方が、危険だと言いたげな目で、広大を見る雪斎。





結局、罠ではなかった。

先ほどきた伝令によれば、元信達のところも、似たような物だったらしい。


「なんだ。徳川さんって、優しいんだ!」


戦が無いことを喜ぶ広大だが、雪斎の顔はあまり良くない。

連れてきた兵も、徳川が恐れをなしたと思っているようで、座りだしている。


「やっぱり、斎藤さんと同盟したのが良かったんだな。氏真と秀吉に感謝しないとーー」

「殿。よろしいですか?」


広大が独り言をつぶやいていると、雪斎が割り込んできた。

嫌な顔でだ。


「いいけど……。不利になること?」

「いえ。我々の兵数が勝っているのはくつがえされません。しかし、この城の兵は一人もおりませんでした」


雪斎が、何を言いたいのかわからない広大は、少しムスッとする。

せっかく城が簡単に手に入ったのだから、喜べばいいのにと、思っているのだろう。


「つまり、何が言いたいの?」

「……ここの兵と、長篠城の兵を、もし、岡崎城に集めていたらーー」


頭があまり良くない広大でも、さすがに気づいた。

雪斎が言いたいことは、おそらくーー。


「八千の軍を集めて、総力戦を挑んでくる!」

「おそらく。私の知ってる狸なら、そうしてくるはずです」


肉を切って、骨をたつ。

徳川は、領地を捨てて、兵を集めていたのだ。


「まずいぞ!このままだと、俺らか元信達が!!」

「落ち着いてください。まだ、こちらも打つ手があります!」


焦って、うろうろしていた広大を、叱るように大声をだす雪斎。

そのおかげで、広大も冷静になり、一応畳の上に座る。


「あちらがそのつもりなら、こちらも打って出るまでです。すぐさま、親長に伝令をとばして、引馬城にいる兵をここまでこさせます!」

「でも、ここから引馬城まではいがいと距離があるぜ?もし、援軍が間に合わなかったら?」


広大の言葉に、雪斎が鋭い目をする。

まるで、覚悟をしてくれと言うような目だ。


「……討死うちじににします」


真顔で、そう言うのであった。

後詰め及び、元信達への帰還命令を伝令に任せて、広大は、吉田城の少し北にある森で、布陣した。

広大の手勢は、三千。

対する徳川の手勢は、下手したら八千以上だ。

多勢たぜい無勢ぶぜいである。

もし、援軍が間に合わなければ、敗走するしかない。

しかも、敗走する道中では、落武者おちむしゃ狩りが待っている。

つまり、敗けたら死ぬ。

運よく生き延びても、劣勢になるだろうと、雪斎は広大に説明した。


「勢いにのる敵ほど、恐ろしいものはありません」


とのことである。

よくわからない広大だが、部活でテニスをしていたので、何となくわかる。

確かに、試合で弱かった相手が、連勝してから戦うと、いきなり強いときがあった。

いわゆる、自信である。

それの集団バージョンとなれば、確かに恐ろしいことだ。


「なるほどな。確かに、テニスの試合で、たまにパワーアップしてた奴がいたな」

?よくわかりませんが、そんな感じです」


陣幕の中で、そんなやり取りをしていると、兵士が中に入ってきた。


「伝令!徳川の軍勢が、こちらに進軍中とのこと!数は、およそ八千五百とのことです!」

「……予想より、だいぶ多いですね」

「はっ!織田の軍が、秘密裏に援軍にきていたようです!!」

「なるほど……。それならば、納得です。さらに兵が増えるようなら、また教えなさい」

「はっ!」

「殿は考え事があるようなので、もう下がっていいですよ」

「ははぁ!」


ガチャガチャと鎧の音をたてて、陣幕からでていく伝令くん。

別に広大に考え事はなかったのだが、顔にでていたらしい。

考え事ではなく、雪斎の慣れた対応への顔だがーー。


「殿。徳川の軍勢は、おそらく小一時間くらいで、くるでしょう」

「そうか。てか、なんで籠城ろうじょうじゃないの?」


兵力差がある場合は、籠城が一番いいのだ。

城の中なら、野戦やせんよりも被害は少ないからだ。

なのに、聡明の雪斎が、今回は野戦をする。


「野戦の方がいいからです。援軍がくる前に、包囲されては、笑えませんから」

「でも、援軍がくれば、なんとかなるだろ?」

「なりますが、殿が死んでしまったら終わりです」


そういえば、大将が死ぬと終わりなのを忘れていた広大は、納得する。

しかし、援軍がくるのが遅いのは変わらない。

ここで、何としても生き残らなくてはならないのだ。


「心配しなくても大丈夫です。私がいるんですから」


テーブルに、地図を広げながら微笑みかける雪斎。

そんな雪斎をみて、広大も力がわいたらしい。


「よっしゃ!頑張って、生き残るか!」

「えぇ。こんなところで、死ぬわけにはいきません!」


それから、広大と雪斎は、陣形について話始める。

徳川の陣形がどうくるか。

それにたいして、どうするか。

広大も、初めの頃は、こんな会議のようなことはできなかった。

しかし、雪斎や元信のおかげで、なんとなくわかってきたので、的確とはいえないが、自分の思ったことを言うことが、できるようになったのだ。


「やはり、方円ほうえんの陣ですか?」

「そうだろうな。方円なら、敵が鶴翼でも魚鱗でも、対抗することができるだろう」

「そのかわり、長時間はもたいですね」

「そこだよなー」


ため息をついて、床几の上に座る広大。

かなりの間、話していたらしい。

太陽が真上にある。


「仕方ありません。簡単に突破されるよりは、全然良いでしょう」

「後ろから攻撃されないよね?」


突然の発言に、雪斎がキョトンとする。


「えぇ。後ろからは、味方しか来ません」

「なら、後ろは兵をなしにして、その分を前に出すのはどうだ?」


つまり、変則的な方円の陣である。

方円とは、大将を中心にして、□の形になることだ。

つまり、前後左右を守る陣だ。

それを広大は、逆凹型にしようといっているのだ。


「なるほど……。後ろから攻撃されたら終わりですが、これなら前の部分を少し増やせますね!」

「どうだ、できるか?」

「えぇ!さすがは殿ですね!常識に捕らわれない考えです」


近くの兵を呼び、雪斎が陣を作る。

すると、陣が作り終わると同時に、伝令がきた。

どうやら、徳川がすぐそこまできているらしい。


「敵の陣は、魚鱗ですか……」

中央突破ちゅうおうとっぱだな」


しばらくすると、ときの声があがる。

徳川の軍勢が、△型で迫ってくる。


「殿!打って出ましょう!」

「そうだな。待ってても、負ける可能性がある!」


雪斎と共に馬に乗り、愛刀である鬼丸を抜く広大。

雪斎は、薙刀を構える。

広大にとっては、初めての切りあいである。

片手で手綱を操作するのも、初めてである。

ほとんどが初めてだが、隣の雪斎や、目の前にいる兵士達を見ると、不思議と怖さはなかった。


「殿。回りは、我々が守ります。ご安心を……」


突然、木の葉を舞いあげて現れた、井伊衆と直虎。

頼もしい仲間である。


「おう。行くぞみんな!」


おぉー!

広大の合図により、槍を持ち上げる足軽達。

方円は、あまり移動に適していない陣ので、徳川を迎え撃つ形になる。

だからといって、ただ、指をくわえて待つ策など、雪斎はしない。


「弓兵!今です!」


軍配ぐんぱいを降り下ろすと同時に、槍兵の後ろから弓が次々飛び出す。

ヒュンヒュン!と風を切りながら、迫りくる徳川の軍勢に襲いかかる。

被害は、微々たるものだが、確実に倒れている。


「まだです!もっと、放ちなさい!」


ギリギリまで、弓を放つ。

しかし、徳川は怯むことなく、ついに前衛同士がぶつかった。


「弓兵!槍に持ちかえなさい!今こそ、殿をお守りするときです!」


おぉー!

兵士達が、槍で戦い始める。

しかし、やはり多勢に無勢であった。

何名か、徳川の兵士が広大のところまできたのだ。

しかし、それを止めるのは、井伊衆である。

クナイや、手裏剣で、広大に近づく前に殺してしまう。

もともとが、傷をおっているもの達なので、簡単に倒れてしまう。

なるべく死体を見ように、広大は時たまくる弓を切り捨てる。


「くそ!結局被害はでかくなるのかよ!」


わかっていても、愚痴が漏れてしまう。


「仕方がありません!今は、ご自身の事を優先に!!」


雪斎も、薙刀で弓を切り捨てる。

これなら、援軍まで間に合うのでは?

広大がそう思った時、遠い前の方で、一人の武将が、馬に乗って近づいてきていた。


「今川義元!徳川家重臣、本多忠勝ほんだただかつが相手だ!」


恐ろしい形相で、槍を振り回しながら近づいてくる女武将。

本多忠勝というらしい。


「怖じ気づいたか!私の前にこい、義元!!それでも、武士か!」

「殿、耳を貸さなくていいですからね」


隣から、雪斎が注意する。

もちろん、あんな奴を相手にするわけがない。

広大は、華麗に忠勝の言葉を無視する。

しかし、ここで問題がおきた。

なんと、忠勝の軍が、広大に迫りつつあるのだ。


「くっ。あれほどの武勇をもつ武将が、狸のところにいたとわ!計算外です!」

「あれ、やばくね。なんか、迫ってきてるんだけど?」

「まずいです。殿、少しずつ後退してください」


冷静な雪斎が、焦った顔をする。

それほど、あの武将は危険なのだろう。


「こ、断るね!お前達を見捨てるわけないだろ!」

「見捨てろとは言ってません!後退してくださいと言ったんです!」


二人で言い合いをしていると、鬨の声が響いた。

広大と雪斎は、同時に声のした方を見ると、今川の旗があった。

援軍である。


「うおー!映画のようなタイミング!」

「あの旗……。氏真殿の援軍です!」


氏真は、元信達と共に長篠城に行っていたのだ。

なので、長篠城からの援軍だろう。


「伝令!長篠城から、我々への援軍です!数はおよそ三千ーー。全軍のようです!」

「全軍での援軍ですか。さすがは、泰能です」


後から広大達は知ることになるが、泰能も徳川の罠に気づいていた。

しかし、他の家臣達の中には、今こそ岡崎城を攻めるべきと主張する者もいたので、どうするか決めかねていたのだ。

今、岡崎城を攻めるべきか、1度長篠城を捨てて、雪斎達と合流するか。

家老である泰能の言葉で、どうするか決まる。

そんな泰能の背中を押したのは、氏真だった。


「城などいくらでも取れるけど、兄様の命は1つしかないのよ!長篠城を捨てて、兄様に合流すべきよ泰能!」


あの、戦なんて興味がなかった氏真が、必死の形相で訴えてきたのだ。

その言葉をきいて、泰能はすぐさま城を捨てた。

全軍で、森にむかうことにしたのだ。

雪斎なら、必ず野戦をすると考えたからだ。

すると、あんじょう道中で、雪斎からの援軍願いがきたのだ。


「兄様!」


横槍を徳川にくらわせた氏真が、馬で広大のところまでくる。


「氏真!助かったぜふっ!?」


セリフの後半がおかしくなったのは、氏真が、広大の胸にダイブしたからだ。

受け止めきれずに、広大は落馬した。


「兄様ー!間に合って、良かったです!!」

「お、落ち着こう氏真!後頭部が痛い!」


鎧をガシャガシャいわせながら、氏真が離れない。

そんな様子を見ていた雪斎は、冷ややかな目をむけている。


「殿。そろそろ、遊ぶのはやめていただきます!」


怖い微笑みをうかべながら、氏真をひっぺがす雪斎。

その行動に、納得がいかないのか、氏真が頬を膨らます。


「何よ雪斎!邪魔しないで!」

「しますよ。今は、合戦中ですから」


ため息をついて、急に手を離す雪斎。

そのせいで、氏真は尻餅をついたが、雪斎は気に止めずに、広大を見つめる。


「あっ、なんか嫌な予感!」

「殿。私を信頼できますか?」

「いや、できるけどさ……」


そういうと、微笑みを浮かべて雪斎わーー。


「それじゃ、頼りにしてますからね」


そう言った……。





「うおー!!」


広大は、雄叫びをあげながら走っていた。

馬を休ませずに、手綱を握りしめながら。

広大のいる場所は、乱戦らんせんのど真ん中。

左に行ったり、右に行ったりと、とりあえずがむしゃらに走っている。


「今川義元だ!討ち取れ!」

「やめて!槍をむけないで!!」


姿勢を低くして、迫りくる槍をかわす。

なぜこんなことをしているのかと、疑問に思うだろう。

実は、雪斎の策である。

泰能の軍勢は、統一がとれているが、先ほどまで戦っていた広大の軍勢は、統一が少し乱れていた。

1度、統一を治すためには、なるべく敵を避けなければならない。

そこで雪斎は、相手にとって、最高の餌である広大を、乱戦のど真中に投げ込んだのだ。

すると、どうなるか?

誰もが、広大の首を狙うので、かなり、敵の注目を集めることになる。

その時間で、形勢を立て直すようだがーー。


「あぶね!」

「殿、煙幕えんまくをはります。すこし、息苦しいかもしれませんが、お許しを!」


おとりにされる人物は、死に物狂いである。

いくら直虎達がいても、すべての攻撃をよけれる訳ではないのだ。


「ゲホゲホ!煙!前見えねー!」

「こちらです」


煙幕の中、馬を走らせていると、あの最悪の声が聞こえた。


「今川義元!その首いただく!!」

「ほ、本多忠勝!?最悪だよ!!」


真っ青になりながら、逃げる広大だが、二人の距離が縮まりはじめる。

当たり前といえば、当たり前である

当然、全力疾走すれば、馬も疲れるだろう。


「やべー!」

「殿。そのまま、走り続けてくだされ!あやつは、小生が止めまする!」


すれ違いざまに、元信が言う。

どうやら、知らないうちに泰能の軍勢のところまできていたらしい。


「ありがとう元信!」


後ろの方で、鉄のぶつかる音がした。

元信が、相手をしてくれてるのだろう。

広大は、振り向かずに、泰能の陣まで走る。


「あんたね。死にたいの!?乱戦の中走るなんて、どこのバカ殿よ!」


着くと同時に、泰能に蹴られる。

うげっと声を出して、またも落馬する広大。

遠目から見ると、哀れである。


「私が、元信に助けに行くように言ったから、良かったものを!あのままだったら、死んでたわよ!」

「ど、怒鳴るなよ!俺だって、不本意だったんだ!!」


荒い息をつきながら、大の字に倒れる広大。

やっと、ひと安心したのだ。


「それより、戦況はどうだ?」

「あの女を止めれば、どうってことないわ。あいつらが敗走しるのも、時間の問題よ」

「そうか……。それなら、そろそろ手紙送ろうかな」

「手紙?」

「そう。降伏をしてくれるようにね」


かぶとを脱いで、一息つく広大。

確かに、戦況はこちらの優勢だ。

泰能の横槍が、きいたのだろう。


「降伏ね……。あいつらが、簡単に降伏するかしら?」

「してくれないの?」

「さぁーね。やってみれば?」





降伏の使者をだすと、徳川は、交渉しだいだとのこと。

なので、一時合戦を中断して、大将同士の話し合いになった。

初めての話し合いに、緊張する広大が、徳川の陣幕の中に入る。

つれには、元信と雪斎。

元信をつれてきたのは、あちらが忠勝をつれている可能性があるからだ。


「失礼しまーす」


おどおどしながら、広大は椅子に座る。

はっきり言うと、徳川家康は美少女だった。

肩甲骨けんこうこつまであるピンクの髪の毛。

目はくりくりしていて、可愛らしい。

伸長は、小学生くらい小さい。

おそらく、氏真と良い勝負だろう。


「お久し振りです。義元公よしもとこう


丁寧に、頭をさげる家康。

初めての対面だがと、広大は一瞬思うが、先代とは何度かあっていたのだろう。


「殿は、記憶を無くしておられます。ですので、あなたにあうのは初めてなのですよ?」

「そうでしたか……。それは、失礼しました」


雪斎が、怖い微笑みを浮かべると、家康は、泣きそうな声を出して、視線をそらした。

よほど、トラウマがあるのだろう。


「えーと。雪斎、やめてあげて」

「なにもしてませんよ?」

「いや、殺気が出てるから。まともに、会話できなくなるでしょ」

「フフっ。それは、申し訳ありませんでした」


一連のやり取りを見ていた家康は、不思議そう顔をする。

対する忠勝は、自らの主君を無視して話す広大に、イライラしているようだ。 


「えーと、家康さん。降伏してください!」


ガスン!

机に思いっきり額をぶつけて、頭を下げる広大。

その行動に、家康と忠勝が目を見開く。

ちなみに、元信と雪斎は、苦笑いである。


「ダメですか!?」

「いえ。それより、あなたは、本当に義元公ですか?」

「はい。正真正銘の、今川義元です!」


幼女のような相手に、頭を下げて話す高校生。

なんとも、犯罪もののシーンである。


「あの!降伏してください!」

「いえ。それは、できません」

「理由をきいても?」


広大がそういうと、家康は、視線を下に向けてしまう。

まるで、広大をあまり見たくようにーー。


「お前は、あの日のことも忘れたのか?」


急に、忠勝が口を開く。

あの日のことと言われても、その記憶があるのは先代である。

当然、広大にはわからない。


「すいません。覚えてないです……」

「お前は、家康様を汚そうとしたのだ!それを忘れるなど!」

「よしなさい忠勝!」


途中で家康が、忠勝の発言を止めるが、広大も察しがついた。

おそらく、先代は襲ったのだろう。

せめて、未遂だったのが救いか。

そこまで思考がいった広大は、拳を握りしめる。


「その、すまない。覚えてないけど、本当にすまなかったと思ってる」

「それだけか!貴様の謝罪わ!姫は、あれから男が恐ろしくなったんだぞ!」


その発言に、雪斎は唇をむすび、元信は腕を組んで怒りを我慢していた。

ここで弁解しても無意味であり、広大がそれを望んでいないのもわかっていたので、二人とも我慢しているのだ。


「そうか……。そうだな。これくらいじゃ、ダメだろう……」


独り言をブツブツ言った広大は、愛刀鬼丸を抜く。



ーーーー




忠勝が、家康を後ろに下げさせようとするが、家康はそれを拒否する。


「この刀で、俺を斬ってくれてもかまわない。ただ、俺には天下を取らなければならない理由がある。命を取られると辛いから、できれば、とらないでほしい」

「なっ!殿、小生わー」

「黙れ元信!責任は、とらないといけないんだよ!」


目の前の義元が、ありえないことを口にした。

家康が知っている義元は、自分の家臣すらもゴミとしか見ていない男である。

だから、自分が襲われたときも、威張っていたのだ。

それが、このように変わった。


「さぁ、好きにしてくれ!」


両手を広げて、目をつぶる義元。

カチャ。

家康は、刀を持ち上げる。

音でわかったのか、覚悟を決めて全身に力をいれる義元。

しかし、降り下ろすつもりなど家康には、なかった。

それもそのはず、この義元の行動に、心をうたれたからだ。

この男は、本気で傷ついてもいいと思っている……。


「それだけで、充分です……」


無意識に、口から漏れていた。

義元は、ゆっくりと目を開けて、自分の刀が、地面に置かれていることに、驚いている。


「いいの?」

「はい。もう一度……。今の義元公を、信じてみます」


目を潤ませながら、家康は、義元の頬に、恐る恐る触れる。

今まで、一番恐ろしかった人物に触れたのだが、なんともなかった。

もしかしたら、この人は違う人なのかと思うくらい、優しい瞳をしていた。

この人は、本気で謝っているーー。

そう思えば、次の言葉は簡単にでてきた。


「もう一度、あなたに仕官します……」


こうして、広大は三河まで統一した。

第一章

駿河・遠江・三河統一編 完



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