9話 目には目を
場所は今川館。
広大は、家臣団を集めていた。
いつものように上座に座っているが、顔は真剣だ。
「遠江をとって、しばらくしたからね。そろそろ、三河をとろうと思う」
空気が引き締まった。
ついに三河をとる……。
そんな、家臣達の気合いが高まる。
「殿。三河をとるには、問題があります」
しかし、雪斎は冷静に発言する。
こんな時だからこそ、冷静にならなければいけないと思っているのだろう。
(本当は、一番三河を取りたいんだろうけど……)
そんなことを思いながら、広大は雪斎に発言を促す視線をおくる。
「三河のくそ狸……。いえ、徳川家康は、尾張のうつけ姫である、織田信長と同盟を結んだようです」
「織田さん!?」
広大の知っている織田信長といえば、あの信長である。
一瞬、何かを思い出しそうだった広大だが、それは、雲のように掴めずにすり抜けてしまう。
(なんだ。なんか、大切なことを忘れてるような……)
「殿、きいてますか?」
「うえっ?悪い、きいてなかった」
「あんたね~。自分で三河をとるっていったんでしょ!きちんときいてなさいよ!」
また、泰能に殴られると思った広大は、腕を胸の前でクロスしてーー。
「ば、バリアー」
「変なことしてんじゃないわよ!」
ゴスン!
防御していない脳天を狙われた。
「泰能!」
「わかってるわよ。これ以上はしないわ!」
怒る雪斎だが、反省した気配がない泰能。
いつもの光景である。
痛さがなくなった広大が起き上がると、雪斎が説明をはじめた。
「まず、同盟を結んでいると、手助けをしてくれるとゆう利点があります。敵にとっては、面倒なことですが、自身にとっては最高な策です。この時代では同盟は不可欠でしょう」
「その同盟を、徳川さんと織田さんはしているんだよな?」
「そうよ。つまり、私達からしたら面倒なことなの」
世にゆう、清洲同盟をし終わっているのである。
西に上洛する信長は、徳川家康と同盟をして、家康を東のおさえ役にしたのだ。
「その同盟、どうにかできないの?」
広大は、同盟をどうにかして破棄にもってきたいらしい。
しかし、家臣団は難しい顔をする。
「残念ですが……。徳川家康は、織田信長に幼少の頃の借りがあるかぎり、破棄はしないでしょう」
「それに、一ヵ国しか所有してない徳川にしたら、誰かの手をかりたいはずだわ」
今川の頭脳派二人に言われてしまえば、破棄はできないだろう。
「殿、小生にお任せくだされ!小生なら確実に撃ち取って見せまする!」
気合い十分の元信は、すぐさま出陣しそうな勢いである。
「待ちなさい元信。気合いがあるのはいいけど、そうなると総力戦になるわよ」
そんな元信を、泰能が止めた。
「総力戦?」
広大が、気になる単語を口にすると、雪斎が答えてくれた。
「総力戦というのは、簡単にいいますと、かなりの被害がでます」
「それって、死人が増えるの?」
「ご心配にはおよびません!小生が、千人斬ってしまえば、すむことです!!」
元信は、広大の性格をまだわかってないらしい。
泰能と雪斎は知っているので、苦笑いしている。
「えーと。総力戦は、なしの方向で」
「なぜ!!」
「あんたは、静かにしてなさいよ」
元信が抗議しようとしたが、泰能が肩を叩いて黙らせる。
それならどうすればよいのかと、広大が考えているとーー。
「目には目を、同盟には同盟を……。信長に敵対している斉藤義龍と、同盟をしみてはどうでしょう?」
雪斎の頭の中では、すでに対策ができていたらしい。
斉藤義龍は、尾張の上にある美濃の大名であり、美濃とは、現在の岐阜県あたりである。
「斉藤さん?」
「そういえば、道三の頃は友好的だったけど、義龍になると関係は悪くなったんだっけ?」
「うん!道三!?」
突然広大が、通学鞄から教科書をとりだす。
何かの時に役立つと思って、自室から持ってきていたのだ。
きいたことがある名前が、確か、この教科書に書かれてあるからだ。
「あったぞ!斉藤道三って人の子供なんだろ?」
「何よそれ」
「巻物のようなものだよ」
当然の疑問をもらす泰能だが、広大は適当に答えて、教科書を読む。
『斉藤道三とは、織田信長の才能を見抜いた人物であり、信長の理解者でもあった……。しかし、信長に自国を譲ると勝手に決めた道三に、子の義龍は異議を唱えて、謀反を起こす。そして、父親を殺して、美濃の国主になった……』
一通り音読し終えた広大はーー。
「マジで。お父さん殺しちゃったの?」
「今さら何を驚いてんのよ。そんなこと、とっくにみんな知ってるわ」
「にしてもよ。お父さん殺しちゃうかな~」
「それが、今の世です」
雪斎が、悲しそうな表情でそう答えた。
ため息をついた広大は、教科書の次のページをめくる。
もしかしたら、織田信長に敵対している人物の事が書かれているかもしれないと、思っての行動だった。
しかし、その行動が、広大にとって嫌なことを思い出す原因になる。
次のページには、こう書いてあった。
『織田信長は、桶狭間の戦いにより今川義元を倒す。この戦いにより、信長の名前は広くしれわたった』
「っ!?」
バシン!
反射的に、教科書を閉じる広大。
あまりの音に、同盟をどうするか考えていた家臣団が、全員広大に注目する。
「い、良いこと思いついた!あれだよ、ほら!斉藤さんと同盟をすればいいんだよ!」
「……それの使者に、誰を行かすかで考えてんでしょ?」
「そ、そうか……。それなら、氏真と藤吉郎で行ってくれ」
額の汗を腕でふいて、広大が二人に命じる。
「良いのですか兄様!?」
「殿!拙者名を変えて、秀吉でござるよ!!」
「あぁ。そういえば、そうだったな……。てか、もう名前変えんの禁止ね」
「がーん!」
広大の発言に、オーバーリアクションをする秀吉。
実は、引馬城の普請の後に、広大は藤吉郎を昇格させていた。
なので、今の藤吉郎は小姓でなく、侍大将である。
そして、侍大将になったとたん、藤吉郎は秀吉に改名したのだ。
なので、今の藤吉郎の名前は、木下秀吉である。
「それじゃ、他の人は訓練しておきましょう!今回は、これで解散!」
勝手に終わらせた広大は、誰にもばれない内に、ここから逃げるように出ていく。
しかし、広大が気づかなかっただけで、ずっと広大を見ていた人物がいた。
それは、太原雪斎だ。
「……元信」
「なんだ雪斎?」
小言で、元信に話しかける雪斎。
「これから、殿と稽古ですよね?」
「あぁ。素振りの練習がある」
「なるべく、殿から目を離さないように……」
「うむ。任せておけ」
ーーーー
場所は変わり、広大の自室ーー。
そこには、雪斎がいた。
広大の制服や、鞄の中にあるものを見たりしている。
「おかしい……。ありませんね……」
1度正座をして、考える雪斎。
彼女の探し物は、日本史の教科書である。
あれほど広大の顔色を変えたからには、何かしら重大なことが書いてあるのだろうと思って、広大が、戦闘訓練をしている内に、忍び込んだのだ。
しかし、目的の物がどこにもないのだ。
「これほど探してないというとーー」
そう言いながら、刀が置いてあるところの畳をめくる。
すると、案の定、日本史の教科書が置いてあった。
「やはり。殿も、まだまだですね」
さっと、目を通す雪斎だが、ここであることに気づいた。
それは、読めない文字があるのだ。
この時代は、くずし字というのを使っている。
当然、雪斎は高い位の僧なので、漢字はほとんど読める。
しかし、カタカナや複雑な意味はわからない。
さらに、漢字の中には雪斎の知る漢字が、簡単化にされてるので、全てはわからない。
「ふむ、暗号のようなものですか……。なかなか、簡単にはいかせてくれませんね」
しかし、雪斎はやはり天才であった。
短時間で、あることに気づいたのだ。
それは、教科書が年代順になっていることである。
奈良時代から、突然江戸時代に跳んだりしないことを、瞬時にわかったらしい。
数字が読める雪斎は、今の時代のページまで、一気にめくる。
しかし、タイムリミットは必ずある。
「元信は、最高何回振れるんだ?」
「小生は、千回以上振れます」
元信と、広大が廊下を歩いてきたのだ。
ここまでかと言うように、ため息をついて、もとの場所に教科書を戻す雪斎。
ほとんどタイムラグなしに、広大が障子を開けて入ってきた。
「うおっ。迎えにきてくれるなんて、珍しいな雪斎」
「ふふっ。時間がありましたので」
さすがの雪斎は、慌てる様子もなく微笑む。
実は、微笑みこそ広大の弱点なのだ。
たいがい微笑むと、広大は視線をそらす。
広大は、あまり女性に耐性がない。
なので、美少女の微笑みなどを直視すると、顔が赤くなってしまうのだ。
それがばれると恥ずかしいので、あえて視線をそらしているのだ。
そのことを、雪斎は知っていたので、たまに利用されているのだが、広大は気づいていない。
「それでは、行きましょうか」
「少しくらい、休ませてくれても……」
「だめです」
最近の広大は、午前中に戦闘訓練をして、午後からは、戦の陣形などを学ぶ時間になっている。
つまり、休む時間がないのだ。
「じゃ、行くか」
「はい」
雪斎と共に、学舎である寺にむかう。
残された元信はーー。
「さて、もう少し素振りをしておくかな」
元気が、あり余っていた。
ーーーー
「魚鱗とか、鶴翼とかわかんねーよ」
「人海戦術は、指揮をとるものなら、覚えるのが普通です」
夕飯を食べながら、広大は文句をこぼす。
最近は、なぜか雪斎と食べることが多い。
一人で食べるよりは、ましと言えばましであるが、なぜ寝巻きでくるのかは、いまだにわからない。
「それより、なんか用でもあるのか?」
「用がないと、一緒に食べてはいけないのですか?」
「いや、そんなことはねーけど」
急に悲しそうな顔で、雪斎が答えたので、慌てて否定する広大。
これすらも、雪斎の作戦だとわからないあたり、さすがは広大である。
「実はですね。三河攻めについての話を、しようと思っていたんです」
「三河攻め?」
箸をおいて、真剣な顔をする広大。
かなり、気合いが入っている。
「ここに、三河の地図があります」
「あれ?それって、大事な奴じゃん。なんで、雪斎が持ってんの?」
当然のように、懐から三河の地図を取り出した雪斎に、広大が疑問を投げ掛ける。
この時代、敵に地図が渡っていると危険なのだ。
理由は簡単で、自国の地図を敵が持っていると、どこを攻めればよいのかわかってしまうからだ。
なので、厳重に管理されているのが普通なのだが、なぜか雪斎は、三河の地図を持っている。
「簡単なことです。あの狸のことですから、義元様になにかあった時、裏切るかもしれないと思っていたので、ひっそりと、自室から奪っておいたんです」
「よ、用意がいいな……」
悪いことをしていませんよ的な、笑顔を浮かべた雪斎に、若干顔が青白くなる広大。
「まず、引馬城の北にある長篠城と、北西にある吉田城を落とします」
どうやら、遠江攻めの時と同じく、拠点から潰していくらしい。
「でもさ。俺らは総兵一万五千くらいだろ?一気に攻め落とせるんじゃね?」
「いえ。完全に叩き潰すなら、まずは、この二つから落とした方がいいでしょう」
「り、理由は?」
急に広大がどもったのは、雪斎が、いきなり、肩が触れ合うくらいまで接近してきたからだ。
「どうしました?」
上目づかいで、小悪魔のようにクスリと笑う雪斎。
そんな顔を見た瞬間、広大の心臓の音が、自分自身に聞こえるくらい大きくなる。
顔は、すでに真っ赤である。
「広大、熱でもあるんですか?」
雪斎が、額に触れようとした瞬間、反射的に広大は後ずさる。
「ね、熱なんてねーよ!そ、そ、それより、三河攻めの話だろ!?」
残像が残るんじゃないかと思うくらい、広大が雪斎を人差し指でさして上下に動かす。
しかし雪斎は、小悪魔のような笑みをくずさず、よつんばになりながら、広大に接近する。
「広大は、魅力的ですよ?」
よつんばになってるせいで、襟から胸が見えそうになっているので、広大は慌てて目を反らす。
というより、谷間は、見えてしまった。
「きゅ、急になんだよ!?」
「いえ。最近、私の敵が多くなったような気がしましてね……。まさか、広大から攻めてたりしませんよね?」
さらに後ずさろうとした広大だが、壁による妨害をうける。
そう、これ以上後ずされないのだ。
「クスッ。もう、逃げれませんね?」
「ど、ど、ど、どうしちまったんだよ!?なんで、急に!?」
両手を前にだして、できるだけ接近を拒否する広大だが、雪斎は止まらない。
というより、広大の伸ばされた両手を掴んで、自由を奪ってしまう。
「広大。私は、あなたのことが好きです」
広大の胸に、ゆっくり倒れてくる雪斎。
「ふがっ!?」
突然の告白及び接触により、広大の頭は真っ白になる。
雪斎は、広大の襟を掴む。
「ですから、困るんです。私以外に、広大の魅力に気づいてしまう女子がいると……。嫉妬してしまいます」
頬を膨らまして、上目づかいで広大を見つめる雪斎。
答えたい広大だが、口が開閉するだけだ。
「忘れないでください。広大の全てを知ってるのは、私だけです。つまりーー」
広大の唇を、人差し指で触る雪斎。
「広大は、私だけのものです」
その人差し指を、自分の唇につけて、微笑む雪斎。
それが、広大の限界だった。
頭から湯気が出るくらい真っ赤になった広大は、気を失ってしまったのだ。
「クスッ。ゆっくり休んでくださいね」
頭を撫でて、ゆっくり立ち上がる雪斎。
自分の策通りなら、あの二人が帰ってくる頃だろう。
「その前に、広大に私の策を簡単に説明しないといけませんね」
和紙を取り出して、自信の策についての説明を書く雪斎。
実は、寝巻きを着てきたのは淡い期待からだったのだがーー。
「まぁ。8割がたは、こうなると思っていましたけどね」
気を失っている愛しい人を見て、微笑む雪斎だった。
今川氏真ーー。
この人は、義元の子供です。
しかし、悲しいことに戦国時代にはむいてなかったのかもしれません。
戦などもせずに、鞠などで遊び呆けてたらしいです。
そのためか、自国は武田と徳川に取られてしまいます。
しかし!この人は、生き残ったんですよ!
北条さんに助けてもらったらしいです。
私の物語では、広大の妹になっており、秘めたる才能を持っている女の子です。
これからも、色々なところで働いてもらうつもりです!