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少年、現れる。 4

 翌朝、きちんと痛み止めの薬を飲んで登校した私は、教室に足を踏み入れてすぐに「あれ?」と思った。

 昨日カンタレッラのもとに集まっていた多くのクラスメイトが、皆どこか苦い表情をして彼から離れていた。周囲の机も不自然さを感じるように距離が空いている。しかし当の本人カンタレッラは自分の席で、何かを面白がっているかのような薄い笑みを浮かべている。

 私は席に着き、後ろの席でブックカバーをかけた漫画を読む密に声をかけた。

「おはよう、密」

「あ、おはよう。昨日珍しく早退したけど、もう大丈夫なの?」

「うん。ところで、昨日何かあったの?」

 明らかに私が昨日出ていく前と空気が異なった教室を見回して訊ねると、彼女は漫画を一旦机の上に置いて私を真っ直ぐ見据えた。

「つゆり。やつがれの話、聞いてくれる?」

「うん」

 密は自分のことを「やつがれ」と言う。これは彼女の名字が八枯であることと、昔の日本で使われていた一人称の(やつがれ)をかけ合わせているのだと本人から聞いたことがある。最初は奇妙な感覚だったがとうに慣れてしまった。授業中の発表などで密が自分のことを「私」と呼ぶとき若干違和感を感じるほどに。

「やつがれは、最初トーキョー先生の説明を聞いて、それで教室に入ってきた姿を一目見たときから――アザミ・カンタレッラのことを典型的な美形転校生キャラだと思っていたの」

「…………」

 あ、また始まった。漫画好きの密による、現実と空想(というより密が好む漫画における王道的内容)を織り交ぜた話。こうなったら彼女は自分の言いたいことを全て言い切るまでこちらから意見を出させてはくれなくなる。とりあえず私は口を閉じて、彼女の話が終わるのを待つことにした。

「しかもイタリアと日本のハーフであの外見でしょ? 漫画でも大抵イタリアの血があるキャラクターは美男美女である確率が高いの。男性だったら基本フェミニストか女好き。ナルシスト要素が入っていても違和感はないわ。やつがれは昨日アザミを見た瞬間、ああ王道のイタリア系美少年キターって思った。きっとこのクラスの中からか、あるいは女性教師の中からでも一人くらい口説く場面が見られるんじゃないかなって期待してたわよ正直。……でもつゆり、あなたが早退した後でわかったことなんだけど――彼はやばいよ」

「え……?」

 不意に真剣な表情になった密の言葉に、私は思わず眉をひそめた。

「あれはラブコメやギャグの要素が入った平和な学園物語に入ってくるようなキャラクターじゃない。そんな王道じゃないのよ。予想の斜め四十五度を行くタイプって言ったところかな。こんな田舎町の中学校に転校してくるにしては、安全で普通のキャラクターとは到底思えない」

「それで……えっと? つまり、カンタレッラが――――ごめん、どういうこと?」

「それでねつゆり。昨日やつがれ達クラス一同で考えたことなんだけど」

「話聞けよ」

 てっきりもう話は終わりだと思っていたが、密は私に構わず続ける。

「まだ日本の中学校に慣れていない彼の面倒はあなたに任せようと思うの」

「…………は?」

「大事なことだから二回言うよ。彼の面倒はあなたに任せようと思うの」

 言い終え、再び漫画を読み始めようとした密の両手を掴む。

「ちょっと待って。なんでそうなったのか私が納得できる説明をして」

「その一、学級委員長だから。その二、イタリア語検定四級取得者だから」

「…………」

 いや、でも彼は昨日あれほど日本語を流暢に喋っていたじゃないか。

「もしかして彼、誰かと喧嘩でもしたの?」

「ううん」

「じゃあ、授業妨害?」

「ううん」

「なら一体何をしたと言うの」

 密は無言になった。私はしばらく黙って彼女から口を開くのを待ったが、時計の秒針が一周しても何も言わない。

「……よくわからないけど、天使かと思いきや実は天使の皮を被った悪魔だったってこと?」

「天使?」

 私の言葉に密はきょとんとした表情で聞き返した。聞き返された言葉の響きが実際耳にすると嫌に陳腐で、思わず俯きそうになる。

「ああ、そうだね。確かにその表現は的確だわ」

「え」

「天使だったらよかったのにね。容姿は確かに天使だけど、中身は悪魔に近い」

 どこか遠い目をして口元にだけ笑みを浮かべる密に絶句してしまう。

 ふと四方からやたら熱い視線を感じて周囲を見ると、クラスメイト達が信頼と申し訳なさを混ぜたような眼差しをこちらに向けていた。

 だから、一体昨日何があったんだ。誰でもいいから私に教えてくれ。

 そう心の中で叫んだとき、トーキョー先生が教室に入ってきた。私はほとんど条件反射に近い動作で席を立ち、号令をかける。全員が着席すると、開いた出席簿に何やら書き込みながら、トーキョー先生は言った。

「昨日は欠席者も遅刻者もゼロ人だったのに、続かなかったのは残念ですね。今日は体調不良で二人お休みだそうです」

 休んだクラスメイトは二人とも女子。そのうちの一人は、カンタレッラの隣の席を使っている子だった。昨日はあんなに元気そうだったのに、風邪でもひいたのだろうか。

「アザミのせいよ」

 ぼそりと密が呟いた。ぎょっとして振り返ると、彼女は視線だけをカンタレッラの方へ向けていた。

「………………」

 昨日、何が起きたのか詳しいことは聞けなかった。けれども私には大体わかったことがある。

 イタリアからの転校生カンタレッラは、転校初日に最初は歓迎してくれたクラスメイト全員から距離を置かれるような何かをしでかした。さらに彼の行動が原因で女子が学校を休んだ。

 一体どんなことをすればここまで避けられる結果となったのか、と私は若干呆れに近いものを感じた。しかも、当の本人は反省している様子も後悔している様子も見られない。つまり、彼はこの状況を楽しんでいる。

「頼んだからね、つゆり」

 密がまた呟いた。そんなことを言われても、具体的に何をすればいいのかわからない。もしかしたら彼女自身も、私に何をどうしてほしいのかわからないのかもしれない。

 厄介だ。

 もうすぐで二年生が終わって、受験生になる準備期間とも言えるこの時期に乱入してきたアザミ・カンタレッラは、ひどく厄介な危険人物かもしれない。

 まだ顔を合わせただけで話したことすらない相手にそんな評価を下すのは自分でもどうかと思ったが、私は直に自分のカンタレッラに対するこのときの評価が間違っていないということを知る。


 

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