#5
1993年4月
オハイオ州モンゴメリー郡デイトン、古くから工業都市として栄える街。第二次世界大戦中は軍需産業で発展を続け現在は昔ほどの賑わいはないものの航空機産業、自動車産業の工場が多く存在する街である。
まぁそんなに難しいこといってもしかたがねえか。デイトンって言えばやっぱりライト兄弟は外せねえよな。知ってるとは思うがライト兄弟っていえば人類初の動力飛行を成功させた兄弟な。でその兄弟が試験飛行に使っていたのがデイトン中心街から北西にあるハフマンプレーリー。まぁ簡単に言えば世界初の空港ってことになるか。このハフマンプレーリーはライト・パターソン空軍基地の敷地内にあって今も史跡として保存されている。
でこの度晶が入学する事になった空軍工科大学があるのが同じくライト・パターソン空軍基地ってわけだ。最新鋭の技術開発はもちろん様々な研究と教育が行われている大学。お堅いエリートどもの集まりとも言えるかな?でもダグラスのオヤジと晶の二人で大丈夫か多少心配ではあるが…
「ちっと寒いがこちらの気候もまずまずだな?なぁ、アキラ」
「うん、まぁまぁだね。」
大学のエントランス付近で案内人を待つ二人。学内から迷彩服を来た男が出てきて帽子を手に持ち大きく振っている。
「おおおおおおおおう。ウェルナーぁぁぁ」
ダグラスが大声を出して喜びながら早足で男の所まで駆け寄る。
「ひっさしぶりだなぁ。元気にしてたか?」
「もちろん元気ですよ。それにしても大尉、復帰おめでとうございます」
「おう、ありがとな。でどうしたんだ。お前確かシーモア・ジョンソンだったんじゃ?」
「あれ?ロスの司令から聞かせれてなかったすか?大尉の元部隊から…」
「おお、それがお前か~ バルデリス大将はやっぱりすげえな。第4戦闘航空団の整備兵様をわざわざ俺のために呼んでくれたなんてな」
「そんな俺なんか大した事ないっすよ。おや?そちらは大尉のお子さんですか?」
「そっか紹介しような。おいアキラちょっと」
晶を足元に呼ぶとそっと肩に手を添える。
「こいつはアキラ・オノザトだ。俺とキャサリンが預かることになった日本人の子供だ」
「へ~ アキラちゃんヨロシクねって、大尉?そんな子供連れてきて子守でもするんですか?」
「ウェルナー、何、言ってんだ。俺がここに着任できたののはこいつのおかげなんだぞ」
「は?まったく意味わからないっすけど…」
「まぁいい、今にわかる。じゃ、今度はアキラにお前の紹介をしようか。
この男はウェルナー・ジャン・マリア・ザッカルド少尉、俺の昔の部隊で部下だった男だ。イタリア移民でお調子者だが腕はなかなかのもんだと思うぞ
」
「なかなかってこれでも一応元最前線基地の整備兵なんですから。もうちょっとましな紹介でも…」
「お前さっき俺なんかって言ってなかったけ?」
「あ~ そんなこと言いましたっけ?多分気のせいですよ」
「宜しく、オジサン」
「おっと、お嬢ちゃん。おいら向かってオジサンはあんまりだろ。まだ31になったばっかりなんだぞ」
「30こえたらもうオジサンだってよ。ははは」
「ふん、なんか二人して当たり厳しくないですか?」
『そんなことない』二人が声を揃えて言う。
「そうですか…でもまぁいっか。で大尉、今日の予定はどうなってるんです?」
「今日は俺の着任手続きとこいつの入学手続きで終いだ」
「へっ?入学手続きってなんですか?あ~アキラちゃんの小学校の編入手続きです。」
「ウェルナー、お前、何も聞かされてないんだな。小学校じゃなくて工科大学の入学手続きだよ。アキラはれっきとしたここの学生として選ばれたんだよ」
「えええええ~?この子どう見てもまだ小学生にしか見えませんけど?」
「見かけは小学生でもここの入学試験をパーフェクトで合格した工科大学の新入生だ」
「えええ~ 工科大学の試験をこの子が合格?しかもパーフェクトっていうことはもしかして俺もこの子のために呼ばれた?」
「ご明答、頭の回転だけは早いな、さすがは俺の部下だ。宜しく頼むぞ」
「だけは余計ですよ、大尉。ヨロシクねアキラちゃん」
「うん…」晶が頷く。
「そうそう、俺とアキラの手続きが終わったらミュージアムにでも行くか」
「それはいい考えですね。あそこはアキラちゃん喜ぶでしょ。いろんなのいっぱい展示されてるから」
「でもまぁ今日はさらっとな、これからいつでも行けるわけだからな」
「はい、じゃとりあえず学内の案内しながら事務室まで送りますよ」
「おう、頼むぞ」
手続きを終えて再度玄関前に集まった三人はウェルナーのアルファ155に乗り込む
「お前またこんな車買ったのかよ」
「車ぐらいは故郷の車に乗ろうかなって思ってね」
「オジサンこの車格好良いね。晶、好きだよこういう車。今度、晶がうんと速くしてあげるよ」
「ウェルナー、それは断っておけ。そんなことされたらお前の命がいくつあってもたりねえぞ。
俺なんかラングレーに6連ターボ付けられて死ぬ思いしたんだから…」
「今度はそんなことないもん」
「6連ターボ?なんだそりゃ、アキラちゃん機械いじり好きなの?」
「ははははっ、好きってレベルじゃねえ。下手したらお前だって舌を巻くぞ。」
「じゃ、今度一緒に俺の155いじってみる?まだ買って半年でなんにも手かけてないからさ?」
「うん、するする」
「ウェルナー。そんなこと言って後悔するなよ」
「まぁ大丈夫でしょ」
そんな話をしているうちに車は大きな建物とういよりも巨大なハンガーがいくつも連なったような建物前の駐車場に到着する。
「さぁ降りた降りた。到着だ。」
建物の入口にはNational Museum of the United States Air Force(国立アメリカ空軍博物館)とある。
三人は車を降りエントランスから入場すると目の前には腕に羽を付け右手を天高く上げている像が出迎える。
「この像はイカロス、ギリシャ神話に出てくる男でなんでしたっけ?」
ウェルナーがうる覚えで話し出すが先の話を思い出せずダグラスに振る。
ダグラスは一度立ち止まり像を見上げてからまた振り返り歩きだしながら
「イカロスは父親のダイダロスと共に幽閉された塔から脱出するために鳥の羽と蝋で翼を作った。そしてなんとか塔を抜け出すことに成功したが
脱出の際ダイダロスに言われた低くも高くもない空を飛びなさい。低ければ霧が翼を遮り、高く飛び過ぎれば太陽の熱で蝋が溶け墜落するということを忘れ、天空高く飛びすぎて蝋を溶かし海へと墜落した男だよ。」
「うお~ さっすが完璧~」
「ふん、お前それでもアメリカ空軍兵士か?それぐらい覚えておけよ」
「イカロスって覚えていれば十分でしょ」
「ふふっ」
二人の会話に晶が笑う。
奥へ奥へと歩き最深部から折り返して見て回る。晶の瞳は輝きっぱなしであっちいってはのぞき込み、こっちに来てはダグラスに質問攻めである。
「ねえ、ダグラスオジサン、これはこれは?」
「これはデ・ハビランド・モスキート、イギリスの第二次世界大戦中の飛行機だな。こいつはこの時代には珍しく木製の爆撃機で時代遅れなんて言われたがそこそこ活躍した飛行機だよ。」
この博物館には新旧問わず。国籍も関係なく様々な飛行機や兵器が大量に展示されている。第二次世界大戦時の零戦やB29爆撃機と日本人には衝撃的なファットマン型核爆弾のレプリカまである。そんなことは晶にはわかるはずもなく博物館中を嬉しそうに見て回っていた。
「ここにはアメリカだけじゃなく世界中の飛行機の進化が一目でわかるんだ。でも複雑だけどこれは戦争の歴史でもあるんだよな。」
ダグラスは真面目な顔で言った。
「うん、でもその歴史があって私はここにいる」晶は答える。
「それもそうだな」
次々に時代をめぐりまた入口まで戻ってくるとまたイカロス像が三人の帰りを待っていた。
ダグラスがもう一度イカロス像を見上げ口を開く
「なぁアキラ、おまえはイカロスに何を誓う?」
「う~ん」と少し考え込み言葉を選ぶ。
「私は落とさない。私が手がけた羽根は絶対に…」
「ふあはははははははっ」
急にウェルナーが笑い出す。
「大尉よかったですねえ、アキラちゃんはあなたの娘だ。間違いなく同じ血が流れているよ。まさかこのイカロスの前で同じ言葉を口にするとはねえ。」
晶は顔を真っ赤にして俯いてしまった。ダグラスも嬉しそうな顔で照れていた。