#4
『晶ちゃんごめんね。母さん結局、何もしてあげられなかった。』
司令から聞いてビックリしちゃったよ。私だって本当は晶ちゃんと一緒にいたかった。でも晶ちゃんにはすばらしい開発者の才能があるからってそうわたしも開発者として晶ちゃんを応援しなくちゃって思ったの。本当はお母さんらしいことしてあげたくて一緒にアメリカに来たのになんにもしてあげられなかった。でもこんな駄目なお母さんを『大好き』って言ってくれて本当に嬉しかった。今回もまた一緒に日本に帰れないけど兼に宜しく伝えてね。
宇宙ミサイルシステムセンター 宇宙優勢システム航空団 そしてあなたの母 小野里 真理
1994年3月
この日もいつものように晶はダグラスの作業場にいた。
『カン、カン、キィーーン』機械の回転音が響く
「アキラ、今日はなにやってんだ?」
「ん?ああ。これ?これはね、オジサンの車に
ターボ付けてあげようと思って準備してるんだよ」
「そんなもん頼んでねえよ」
「だってさ。もうやることないじゃん」
「それはお前が片っ端からやっちまうからだろ」
「いいじゃん、別に、しかも晶特製の超新型ターボだよ。
多分、あっという間におうちに帰れるよ。これでキャサリンも大喜び。」
「いやいや、そんなにバカみたいに速いんじゃ俺が捕まっちゃうだろが」
「大丈夫だよ。ちゃんとそれに合わせて新しいブレーキも作ったから」
「そういう問題じゃねえ。どんだけスピード出るんだよ」
「羽根つけたら飛べるくらい?」
「お前は馬鹿か?それよりも試験どうだったんだよ?」
「なにが?」
「何がじゃねえよ。シンシアに言われて受けたろ。空軍工科大学の試験だよ」
「ああそれ、どうっていわれても答え書いただけだからわかんない」
「もう結果がでる頃だろ」
「ふ~ん、そんなことより今はこっち。これどう思う?」
晶がソフトボール大のまん丸い玉のような装置を見せる。
「なんだこれ?」
「ターボチャージャーだよ」
「はっ?どこが?ただの丸い玉じゃねえか?」
「違うんだな。晶が考える一番効率が高いターボシステムがこれ。超小型で高出力を生み出す装置なんだな。簡単にいうとこれ一つで従来の自動車用ターボの6個分+αの出力が出せる。段階的に出力を制御することも可能だよ。」
「どうなってんだ。それ?」
「興味ある?」
「あたりめえだよ。これでも整備士の端くれだ。新しいものに興味がねえわけねえだろ」
「じゃぁ。これはオジサンにあげるよ。作動試験サンプルだから余計な物付けてないからね。それとこれはあのF-14のお礼だよ」
「お、おう」
ダグラスはまん丸の装置を受け取る。
「で、オジサンの車に付けるのがこっち」
先ほどのものより装置らしい物をだして見せる。
「ラングレーぴったりに作ったから。バッチリだよ」
『コン、コン。』
「あっ、ちょうどいいわ。二人共、司令室に来なさい。話があるわ」
シンシアが作業場に来て一言だけ言ってまた戻っていった。
「なんなの、あの人。晶、あの人嫌い」
「まぁ、そう言うなよ。あれでもちっとは良いとこあるんだぜ」
「そうは思えないけどね…いっつもこう目つりあげてこっち睨むんだもん」
晶は両手で眉毛を上へつりあげて見せる。
「まぁまぁ、司令様がお呼びだ。いくぞ」
ロサンゼルス空軍基地 司令室
『コン、コン』
『どうぞ。』
「失礼します。第一曹長、ダグラス・ロックフォード入ります」
晶もダグラスに続いて無言で入る。
「こっちへいらっしゃい」
奥の大きな机と大きな立派な椅子に座ったシンシアが迎える。
二人はシンシアの机の前に立つ。
「二人を呼んだのは他でもない先日行なった小娘の試験の結果が出たわ」
「どうだったんだよ」
「う~ん。非常に残念ながら…」
しばし沈黙が続く。
「やっぱりそうか…」
ダグラスは肩を落とす。
「そう、非常に不本意ながらパーフェクトだったわ」
「え?」ダグラスの表情が固まる。
「だから、今回の試験でこの娘は全問正解のパーフェクトだったの」
「えええええ~?なんだパーフェクトって。わけわかんねえぞ。しかも、今回は特別な入試だからとびっきり難しいってお前が言ってたんじゃねえか?」
「ここは司令室よダグラス、口を慎みなさい。そして落ち着きなさい」
「悪い…でも本当になのか?」
「ええ、とんでもない怪物を拾ったみたいね。あなた」
「ああ…そうみたいだな。すげえ奴だなとは思っていたが予想以上だ」
「来月にはデイトンに行けるよう段取りするわ」
「すまねえな、俺のわがまま聞いて貰ってな。よかったなぁ~アキラ~」
ダグラスはアキラを抱き上げてくるくると回る。
晶はあっけにとられている。
「ふん、あなたに振り回されるのはいつものことじゃない」
「そうだったっけ?」
「そうそう。マリは私が説得しといたわ」
「おお、アキラの母ちゃんな。なんて言ってた?」
「はじめはとてもビックリしていたわ。でもま、最後は納得して送り出す気になってくれたみたい」
「そっかそれじゃ気兼ねなく送り出せるな。うんうん」
「なに悠長な事言ってるのあなたは?」
「は?」
「は?じゃないわ。この娘ひとりで行かせる気なの?」
「それは仕方ねえだろ」
「薄情な男ね。ふん」
「そんなこと言われてもな」
「あなたいつまであの汚い作業場にいるつもりなの?」
「いつまでって…」
「先日、エルケンバルト中将が退役されたわ。これで障害は失くなったでしょ?あなたも行きなさい。はじめは基地の航空団にって言っていたんだけど…大学で整備技術を教える教官が足りないって話で教官として招きたいと言っているわ。階級は昔と同じ大尉。ショーンの計らいで昔の部下も一人呼んであるそうよ。」
ダグラスは呆然としている。
「ダグラス?聞いているの?」
「あっ、ああ」
「気のない返事ね。そしてあなたの仕事はもう一つ。この子の保護者をお願いね。もちろんキャサリンも一緒よ。あの家はこちらで預かっておくから安心して行けるでしょ」
「ああ」
「いつまでボケっとしてるのよ。シャキっとなさい。ダグラス・ロックフォード大尉」
「はいっ」
夢から覚めたかのように背筋を伸ばし敬礼する。
「いい?これは命令よ。しっかりとこの娘のサポートをお願いね」
「ラジャー!」
「でもほんとにいいのか?俺、行っても?シンシアもうお忍び連れてってやれなくなるぞ」
「平気よその時は電話で呼び出すから」
「デイトンからロスまでどんだけあると思ってんだ?」
「やっと正気にもどったみたいね。行って来なさい。そう、時が来たのよ」
「おお、わかった。任せとけ。よかったなアキラ」
「また、俺ら一緒だってよ。」
「オジサン一緒なら行ってあげてもいい。じゃなきゃ行かない」
「ほらね、どうせこの娘はこう言うに決まってるんだから」
「シンシア、やっぱりお前は最高の女だな。愛してるぞ」
「キャサリンに言いつけてやる」
晶がキッとダグラスを睨みつける。
「おうおう、アキラ、勘弁してくれよ」
「気持ち悪いこと言わないでくれるかしら。あと一つ、興味深いことが一つ、この娘、試験でパーフェクトって言ったでしょ?」
「ああ」
「今回の試験でのパーフェクトはこの娘だけじゃないらしいわ。もう一人いるらしいの13歳の天才少年ですって」
「13歳か、じゃとりあえず今んとこアキラが一歩リードだな」
「まぁそんなことはどうでもいいけどね。どれだけ国家に役に立つかが重要なんだから」
「それもそうだな」
「私からは以上。他に質問は?」
「ありません」
「では下がってよろしい」
「はっ」
作業場に戻った二人
「ほんとにお前はすっげえやつだな。空軍工大の難問試験をパーフェクトってどんな脳みそしてんだよ。」
「そうなんだあぁ、あの時これ作ることで頭いっぱいだったから適当に答えただけなんだけどね。それに晶は別に大学に行きたい訳じゃないし。」
例のターボチャージャーを手でポンポンとボールのように飛ばしながら答える。
「お前、それのこと考えながら試験受けてたのかよ」
「うん。だってこっちのほうが楽しいもん」
それにしても母さん。心配だったろうな。でも考え方によってはよかったのかもしれねえな。ちゃんと保護者としてダグラスのオヤジとキャサリンさんに晶をあずけることで母さんも研究に専念できるしやはりあの婆あは策士だな。そして晶が活躍すれば自分の株も上がる。うまく考えたな。いよいよ舞台がオハイオ州デイトンに移るぞ。ダグラス一家の仲間入りした晶が今度はどんな活躍するのか楽しみだな。