#3
『感謝なさい。私がいたからあなたはここまでやってこれたのよ』
まぁなんて生意気な小娘と思ったわ。はじめは挨拶もしやしないんだから。でもまぁいいわ。私は寛大だから許してあげるわ。親娘揃って私の株をあげてくれたのは事実だしね。でもいいわね。よく覚えておきなさい。あなたは私の御陰であんなガキンチョのときから最高峰の勉強が出来たんだからね。まぁ今となったらどうでもいい話ね。日本に帰っても体には気をつけなさいね。あんたいつも薄着なんだから…
アメリカ空軍宇宙軍団宇宙ミサイルシステムセンター総司令官 シンシア・オドリー大将
1993年 冬
一つの出来事が晶の人生を大きく変えることとなる。V-22オスプレイ1993年現在試作機による試験飛行段階の最新鋭輸送航空機。その飛行機との出会いがアメリカ空軍での晶の伝説の始まりとなる。
「ダグラスはいる?」
作業場にひとりの女がやってくる。
「今、裏で部品を洗浄してる」
晶はそっけなく答える。
「あなたは…マリの娘じゃない。こんなところでなにをしてるの?」
「ダグラスの手伝い」
またもそっけなく答える。
「相変わらず愛嬌のない娘ね」
『ガチャ』「おう、シンシアどうした?お前がこんな所までくるなんて珍しいな」
「あなたもねえ、ちょっとは口の利き方考えなさいよ。私はここの司令よ。
あなたは第一曹長で私はこれでも中将なのよ。分かってる?」
「で、その司令さんはこんな下っ端になんの用だい。どうせ、また大っぴらにできないことでも出来たんだろ?」
「そうじゃなきゃこんな油くさい所までくる訳ないじゃない。ちょっと空港まで送って欲しいのよ」
「そんなもん、お前のお抱え運転手に頼めばいいじゃねえか」
「いや、そういうわけにもいかないの。ビール空軍基地の知り合いからの情報で今、あの基地にV-22が来てるらしいのよ」
「つい、この前、試験飛行を再開したオスプレイか?試験飛行中に2回も落っこちた。あれか?」
「そうそう、もちろんこの基地には配備予定にすらなってないから実際は業務外ということ…」
「シンシア、頼む。俺も連れていってくれ。あと、こいつも」
ソファに座って部品を研磨していた晶の手を引っぱりシンシアの前に出す。
晶はなんのことか分からずに首を傾げている。
「あなたはいいとしてなんでこんな小娘をつれていかなきゃなんないのよ」
「こいつは絶対に役に立つ。もしかしたらシンシア、お前の大手柄になるかも知んねえぞ。空軍初の女性大将の誕生なんてことも…まぁいいから騙されたと思って俺たちを連れていってくれ」
「なんだか訳がわからないわね。じゃぁ仕方ないわ。あなたに免じて連れていってあげるわ。でもいいことこれは絶対に秘密よ。こんなことがバレたら大変なんだから」
「おう、任せとけ」
シンシア・オドリー中将 宇宙ミサイルシステムセンター司令にして無類の新しもの好きまぁその性格こそが先進技術を研究する基地の司令に相応しい所以であるが最新鋭の情報が入るや否やいつもこうしてお忍びで出かけている。そしてそのお供は様々な秘密を共有しているダグラスとなる。
「よし、そうと決まれば。俺は車を回してくる。シンシアちょっと待ってろ。行くぞ、アキラ」
晶はダグラスの手に引かれ、急ぎ足のダグラスについて行く。
「アキラ、すげえぞ。やっぱりお前は運がいい。さっきシンシアが言ってたV-22オスプレイって言うのはまだ試験段階のティルトローター機だ。簡単に言えば、ヘリと飛行機の相の子だな。可変エンジンによって固定翼機とヘリの要素を持つ航空機だ。だが試験飛行中に2度も落っこちるという代物んで、まだ量産は決まってない。それが近くの基地に来てるらしい。お前も見たいだろ?」
「う、うん」確かに晶も興味はあったがあまりのダグラスの興奮ぶりに押されしまっていたようだ。
作業場の前にダグラスのラングラーが到着する。
「ほら、司令さん。行くぞ」
晶は運転席の後ろに隠れるように乗っている。
「じゃ、行きましょ。」
シンシアは小型ジェットをチャーターしていたらしく空港に着くとすぐに手続きをして乗り込んだ。
「キャプテン、ビール空軍基地の着陸許可はとりつけてるわ。行って頂戴。」
「OK。離陸します。」
「この飛行機早いから、あっと言う間に着いてしまうわ」
数十分後、飛行機の窓から見えて来たのは荒野の中にある滑走路。低空飛行に入り目に飛び込んで来たのは一機のV-22オスプレイ。両翼に大きなプロペラを付けた大きなヘリコプターのような飛行機だ。
「着陸します。お疲れ様でした」
「キャプテンありがとう。帰りもよろしくね」
3人はロサンジェルスよりも乾燥した大地に降り立った。少し先にオスプレイが置いてある。
管制塔の方から一台のピックアップが走ってきて3人の前に停った。
『バタン』白髪を後ろに流した頬に大きな傷がある大男が降りてくる。
「シンシア、久しぶりだな。間に合ったみたいだな。デモンストレーションはこれからだ」
「ショーン、教えてくれてありがとう。愛してるわ。今日はお供が多いけど許してね」
「可愛らしい娘じゃないか?シンシアの娘か?」
「こんな生意気な娘が私の娘の訳ないじゃない。それに知ってるでしょ。私は独身よ。ダグラス、紹介するわ。彼はショーン・バルデリス大将。ここの司令よ。私の昔からの悪友ね」
「俺はもともと真面目だぞ。シンシアが俺を悪い道に誘い込むんじゃないか」
「はじめまして、お噂はかねがね。シンシア司令の部下、ダグラス・ロックフォード第一曹長であります。こいつは当宇宙ミサイルシステムセンターの研究者、マリ・オノザトの娘でアキラ・オノザトです。メカが大好きでしてオスプレイを一目見させてやりたく、シンシア司令にお願いして連れてきていただきました。」
「君があのダグラス君か、君のことは良くシンシアから聞いてるよ。かつてのA51の…いや、やめておくか。まぁゆっくりして行ってくれたまえ」
「ラジャ。ありがとうございます」
しばらくすると基地内の兵士たちも外に出ててきて、デモンストレーションの準備が始まった。
V-22オスプレイのターボシャフトエンジンが回り始める。思ったよりもうるさくないが間近はやはり大きな音がする。
垂直離陸を始めるとすぐに晶がダグラスのズボンを引っ張りなにやら合図を送ってくる。ダグラスはしゃがんで耳を晶の口元にもっていくがプロペラの音で聞こえづらい。
「あの飛行機、無理がある。ちゃんとしてあげないと…」
「はぁ?聞こえねえよ。ちょっと待ってろ今、飛び立つから」
オスプレイは可変エンジンを前方に傾けてつつ巡航姿勢に入る。
その頃には大分音も静かになってくる。
「オジサン、あの飛行機ダメだよ。まだ飛べる状態じゃない。可哀想だよ」
「アキラ、どうした?なんか問題あるのか?」
「設計に問題があるみたい。わざわざ難しくしてる。だから無理がでてる」
「よし。分かった。お前、説明できるか?」
「うん。多分、大丈夫」
「ちょっと待ってろ」
ダグラスは晶を置いて駆け出した。向かった先は、ショーンの所。
「はぁ、はぁ、失礼します。ショーン司令ご相談があります」
「どうした?ダグラス君」
「オスプレイが着陸した後、自分に時間をいただけないでしょうか?本日は開発チームも来られていますよね?」
「あぁ、もちろん。でもどうしたんだ?急に」
「いや、機体のことで気づいたことがありまして、開発チームの意見を聞かせていただきたいと思いまして」
「いいだろう。着陸後に話を聞こう」
「ありがとうございます」
「あんた、なに出しゃばってんのよ」
「シンシア頼む。許してくれ」
「まぁいいじゃないか、私は聞くよ。機神の意見を聞かせてもらおうじゃないか。ははっ」
デモンストレーションを終えてオスプレイが降りてくる。
エンジンを停止する。
「開発チーム前へ」ショーンが大声で言う。
「さぁ。ダグラス君、はじめてくれたまえ」
「はい、アキラこっち来い」
「ねえ、まず、このナセルの中がみたい」晶が言う。
「ダグラスなにしてるの?」シンシアが叫ぶ。
「シンシアちっと黙ってろ。続けろ、アキラ。整備兵、こいつの言うとおりにやってくれ」
整備兵がショーンの顔をみる。ショーンは顎でゴーサインを出す。
整備兵は整備用キャリアに乗り込み作業を始める。
「ここからだと見にくい。あれに一緒に乗る。」
晶もキャリアに乗る。
「やっぱりね。潤滑油の経路とターボシャフトエンジンの関係が悪い
と言うよりもエンジンの傾きによる影響を甘く見すぎている。これじゃ何かの拍子で潤滑油が漏れたら火災を起こす。機械に絶対は有り得ないから、ここを改良すべき、潤滑油をもれないようにするんじゃなくて漏れても影響を出さないよう改良すべきね。これじゃただのその場しのぎに過ぎないよ。この飛行機は必ずまた壊れるよ」
「ではその対策は?」
開発者のひとりが声を上げる。
「この飛行機は通常の飛行機と違いエンジン自体の向きが変わる。もちろんを分かっていると思うけど。燃料にしろ、潤滑油にしろ、液体なんだから
向きによって揺動する。そのためにこの飛行機は特に、欠陥が出ると簡単に他に影響してくる。わかるでしょ。だから可動域にいたって仮に漏れを起こした際の誘導経路を作ってやればいいのそれだけでこの機体は大丈夫。すごく良い機体。でもこの子の操縦は気をつけて。どうしてもモード移行中に気流などに影響されやすい不安定な状態になる時があるから」
『パチパチパチパチ』
どこからともなく拍手喝采が巻き起こる。開発者の目にも輝きが出てくる。
『トン』とキャリアから降りる小さな女の子の周りには開発者の囲いができた。
しばらくして開放された晶がダグラスの元へ戻ってくる。
「満足?」
「うんうん」ダグラスが頷く。
「なんなのよ。今のは?」シンシアが詰め寄ってくる。
「シンシア、これがアキラの才能だ。こいつは今日はじめてこの飛行機をみた。そして、離陸前に既に何か気付いていた。結論から言う。頼む。こいつをライト・パターソンに連れていって欲しい。こいつはこの国の宝になる。俺なんか目じゃないほどの逸材だ。だからできるだけ早いほうがいい。」
「シンシア、私もそう思うよ」ショーンも賛同した。
「何がなんだかわからないわ。なんでこの小娘がそんなことわかるのよ」
「論より証拠だろ。あの開発たちの目を見てみろ。早く帰って改良したいってうずうずしてるんじゃねえかな」
『さぁ今日は解散だ』ショーンが号令を出す。
「シンシア、これでこの娘が活躍したら、お前も俺と一緒の階級かもな。ははっ」ショーンが笑いながら言った。
まだまだ納得しきれないシンシアであったが帰りのジェットの中では前向きに考えるようになっていた。
この出来事がきっかけになりライト・パターソンのあるオハイオ州デイトンに舞台が移るんだよな。確かに試験飛行中に事故を2回も起こしたオスプレイがこの翌年に順調に配備が決定して量産後にも未だに一度も機械的な要因の事故を起こしてないのは不思議だったんだよ。まぁ、操縦が難しい機体だから晶が言う通り操縦ミスで何度か落っこちてはいるみたいだけど、最初、読んだときはビックリしたよ。まさか晶が絡んでいるとはな…