#prologue
港栄整備株式会社東京工場(埼玉県郊外)
『早苗ぇ、何やってんのよ。早くしなさいよ。こんなんじゃ全然間に合わないじゃない。あと二週間であと37台どうすんのよ?作業は土日しかできないんだから』
『は~い いまやってま~す…頑張りま~す』
2008年3月中旬の日曜日
俺と妹の小野里晶、それに工員の久遠早苗は東京工場で仲間たちの車両に無線機とデータ通信端末等の取り付けしている。相変わらず晶はヒスっているがいつものことだ。俺は工場の端にある一人掛のソファに膝を曲げて体育座りみたいな格好でコーヒーを飲んでいる。
『早苗ちゃん。これ終わったら「みなくる軒」で
紅葉ラーメンに餃子一枚サービスさせっから頑張ってね~』
『は~い ちょっと元気になりました。生ビールも付けて貰えるともっと頑張れるんですが?』
『ビールはダメで~す。早苗ちゃん酒乱だから』
『あああああああ…』
『嘘だよ、嘘。キンキンに冷やした奴用意してあるから、大丈夫』
『ありがとうございますぅ』
『ちょっとぉ~お兄ちゃんも手伝ってよぉ』
小野里晶、若干23歳で港栄整備の東京工場工場長俺、須藤兼の妹、手前味噌ではあるが天才整備士である。彼女に直せない機械はないなんて言われている。自動車はもちろん、船舶、そして航空機まで手がける。って言うか本来は航空機が専門でその中でもジェット推進機構のなんとかという部門では世界的な賢威らしい。そのおかげで港栄の仕事以外でもしょっちゅう呼び出されては出張修理などに出かけているようだな。
『ジリジリッ』工場の電話が鳴る。
『お兄ちゃん。電話お願~い』
「もしもし、港栄整備ですけど…はい、はぁ、でも今、手離せないかもですよ。はぁ、ちょっと待って下さいね」
『晶~ 菱潟重工業の瀬山さんって言う人がどうしても変わってくれって』
『なんなのもう~仕方ないわね。今行く、うんしょっと』
大型トラックのキャビンから降りてくる。赤いつなぎを着込んで少しウェーブした赤髪は後ろでまとめている。普段の怪力を想像できないほどの華奢な体。身長も165cmの俺より5cmも高い。まさにモデル体型?あれ?モデルにしては胸はちっちゃ過ぎるか…
「お兄ちゃんなんか変なこと考えてたでしょ?晶の胸、なんかいやらしい目で見てたもんね。いいよ私はお兄ちゃんだったらいつでも。ふふ。」
「へっ?何が?お前、馬鹿なこと言ってないでほら電話、電話」
「ふ~ん」
「はい、もしもし、小野里ですけど? はぁ~? あのねぇ、いっつも言ってるけどさぁ~自分で直せないもの作ってんじゃないわよ。あんた達バッカじゃないの?しかもそんな説明じゃ私にだってわからないわよ、それに今日は日曜でしょ?常識考えなさいよね。私、今忙しいから、ちゃんと資料もってこっちに来なさいよ。そうしたら考えてあげるわ。じゃ」
『ガチャン』工場にある古びた電話の受話器を叩きつける音が工場に響く
「はい。お兄ちゃんもぅ。休憩時間終わり、行きますよ」
俺の左腕を握り、引っ張り上げて引きずって連行される宇宙人のように運ばれる。
まぁ、いつもこんな感じだ。確かに晶の言い分は正論である。晶のもとにやってくる仕事の大半は製造メーカーまでもがおてあげ状態のものが多い。晶の開発者としての信念らしいが…
『開発者たるもの最後まで責任の取れるものだけを世に出すべき。世の中にはあまりにも無責任に開発されたものが溢れかえっている』と晶は言う。
それにしてもこいつは俺と他人への接し方が違いすぎるのは今までの俺たちの生い立ちにもあるのだろうか?余りにも長い時間を別々に生きてきたがために一緒に暮らすようになってからは良いのか悪いのか溺愛されている。親も今はいない。父親はもう10年も前に他界した。いい親父だった。天文学者で遠い宇宙のことを幼い俺に沢山教えてくれたんだ。今、俺たちが住んでいる土地に大きな望遠鏡を作るのが夢だったが叶わず仕舞でこの世を去った。
母親は健在だが、今もアメリカの空軍施設で宇宙開発の研究に携わっている。晶が8歳の時に母親の渡米と同時に両親が離婚し、俺たちは離ればなれなった。それから10年間、晶のアメリカでの功績はあまり知らなかった。よほど軍事機密に関わる内容だったらしく公的文書には晶の名前が出てくることはないがアメリカ国防総省の機密情報には克明に記録されていた。
なんで俺がそんな情報知り得たかって?ははっ、まぁそれはまた別の機会ってことで…余計なこと言うと尚斗に怒られっちまうからさ。
でも聞きたいでしょ?あいつが今、家に置いてあるあんな馬鹿デカイ土産持ってくるまでのお話を俺がしちゃいます。しかも、米軍の機密情報だぞ。レアもんだぞ。でももちろん妹のことだけな、それ以上は俺にも契約ってもんがあるからな許してくれよな。
さぁてと俺も作業、本気だしてやるかなぁ
4月6日に間に合わせねぇとな…間違いなく尚斗の雷が落ちるだろうからな。