マーメイド
マーメイド
祐介は大学の友達に誘われて金曜日の夜、コンパに出ていた。
少しでも気が紛れるのではないかと思い、料理を食べながらビールを飲みながら
女の子と会話したり、友達の話に爆笑しながら 洒落た店内でそれなりに楽しんでいた。
ふと向こう側、窓際の予約席にぽつんといる女の人が視界に入る。
髪の毛先をくるくるさせて左肩に束ね、姿勢良く椅子に腰掛けて窓の外を眺めている。
それは美香だった…。
祐介の胸が一瞬にして反応する。
次の瞬間、こともあろうに美香がこっちを振り向き二人は目が合いお互いを認識してしまったのだ。
固まる祐介に美香は微笑んだ。
祐介はそれに答える為に軽く手を挙げるのが精一杯だった。
なるべくあっちの方向は見ないようにしよう…そんな風に思うもののやっぱり目がいってしまう。
再び窓の外を眺める美香の横顔がはかなくて、それが自分の切なさを大きく響かせる。まるでいくつのものベルを一斉に鳴らして共鳴させるかのように。
店の同伴なのだろうか?
同じ大学生でも花金で遊びまわる学生ばかりの中で一生懸命にお金を稼ごうとしている、遊んでいるヒマなんてない美香が一層哀れというか悲しかった。
祐介は勇気を振り絞って美香の席まで歩き出す。
「美香ちゃん、同伴?」
「祐介さん、こんばんは。そうなの…でも仕事が長引いてはってあと20分は来られへんみたい」
「そっか…バイトは最近どう、順調?辛くない?」
「おかげさまで、順調です。辛いなんてとんでもない、ママにえらい良くしてもらってるからもっと感謝せーへんと…」
「そうなんだ。迷惑じゃなかったら僕も後で飲みに行ってもいいかな?」
「来てくれはるの?ありがとう。でも無理せんどいて。祐介さん学生やろ?」
「まあね、でも大丈夫。たまにはいい所で飲みたいし」
「そうなんや…ありがとう」
「じゃあ、また後で」
「うん。後で」
祐介が美香の席から離れて割りとすぐに同伴相手の男がやって来て
彼らは早めに食事を済ませて店を去っていった。
だらだらと長引くコンパの間にも祐介は美香に会いたい一心で自分の口から飛び出した「後で飲みに行く」という言葉に自身でも驚いていた。
今まで兄貴や友達とは何度も行ったことのあるキャバレーやラウンジ。
一人で行くのは今夜が初めてだった。
夜十時半過ぎ、コンパの二次会へは当然欠席。
付き合いが悪いなどと言って強引に誘う友達も、もっと一緒に飲もう~と腕を絡めてくる積極的な女の子も無視して祐介は夜の街の奥へ消えていった。
一気に酔いも覚めて緊張した面持ちで祐介がプルメリアに着くと、お店は思ったより静かでブルー系のロングドレスに身を包んだ美香が迎えてくれた。
深すぎず明るすぎない、それでいて鮮明なエメラルドブルー。そんな上品なドレスを身にまとう彼女はマーメイドとでも例えたら良いのだろうか?祐介は見とれた。
「ありがとう、ホンマに来てくれはって。今夜もスコッチ?」
「うん。スコッチで」
「美香ちゃんは?好きなもの頼んで」
「うちも今日は祐介さんと同じの飲んでみたい」
ただ自分と同じものを飲みたい。どういう考えでそう言ったのか分からないのに、祐介はなんだかそれだけで嬉しくなった。気が付くと自然に美香に微笑んでいた。
「飲み会はどうだった?楽しかった?」
「ああ、あれ?友達の付き合いだよ。そんなにすっごい楽しいってわけじゃ…」
「でもなんかものすごい楽しそうに見えたよ。わいわいしてて。そんなんええなぁー」
「美香ちゃんは?飲み会とか行かないの?」
「金土日と東京やから、サークルの飲み会はいつもパスやねん。あっ、でもうちは飲むバイトしてんねんから(笑)」
そう言って笑いかける美香がなんだか急に可哀想に思えた。
「東京はもう一通り観光した?」
「なんとなく…。でも東京は色んな面白い所があるからもっと詳しくなりたい。東京タワーと浅草、銀座、赤坂…それ以外はまだで」
「あのさ…もしよかったら水族館行かない?久しぶりに魚見に行きたいなーと思っててさ」
祐介は控えめに呟くように美香を誘った。
「行きたい!水族館。うち、須磨水族館しか行ったことないし それもずっと前やから。行きたいなあ」
「江戸川区に去年オープンした水族館があるんだよね」
「そうなんや~」
美香の表情がぱっと明るくなり、声もいくぶん弾む。
「美香ちゃんはいつが都合いいの?俺はだいたい いつでもあいてるから。しかも今、補講中だし」
「うちは来週から補講やねん。出る授業もほとんどなくて」
「おおっ!いいねー。来週どうかな?金曜日の昼とか?」
「金曜日のお昼、大丈夫よ。どこで待ち合わせする?」
「俺、車出すから 美香ちゃんがいつも泊まってるホテルの前まで迎えに行くよ。あっ、それか東京駅で拾ってホテルに荷物を降ろしてからの方がいいかな?」
「あー…ホテルの前で。何時?」
「11時は?早すぎる?」
「ううん、11時で」
事が上手く運ばれすぎて祐介は内心焦ったような気持ちすらしたが、しだいに嬉しさで体中にエネルギーと幸福感が満ちていくのが感じられた。
美香がもう一組の客のために席を外してもその幸福感が薄れることはなかった。
再び席に戻ってきた美香は紙に自分が泊まっているホテルの名前と電話番号、念のために自分の部屋番号を書いて祐介に渡した。
祐介は帰りのタクシーの中でもそのメモを眺めた。
キレイな文字からは美香の人柄や気高さがうかがえる。そんな気すらしていた。
僕は美しいマーメイドをデートに誘い出しました…。
祐介は自分が起こした一連の行動についてまだ半信半疑のままだった。