策謀
策謀はかりごとをめぐらすこと。たくらみ。
週末しか店に出てこないくせにお客からお姫様扱いでちやほやされ続ける美香のことが奈津美は気に入らない。
達也が手に入りかけているというのに美香への妬みの気持ちは膨らむばかりだった。
ママもママだわ…。あんなド素人を何の見返りもなしにバカみたいに世話しちゃって。
清純に清純を重ねたようなあの顔が不愉快極まりない。
あいつは色々と苦労してんねんからな…。
店で他の指名客の席に移動する美香の後姿を見つめながら、いつか達也がふとつぶやいた言葉がよみがえる。
苦労?苦労してるんだ…。じゃあもっと苦労させてあげるわよ!
昼過ぎ、出勤の支度を始めながら奈津美はある男に電話をかけた。
ホストの純である。眠そうな純の様子などお構いなしに奈津美はマシンガンのようにしゃべりつづけた。
「ねえ、一人消してほしい女がいるの。失恋したばかりの純情な女だから純が優しくしたらイチコロだと思う。まだ学生なんだけど週末うちの店に出てて稼ぎはまあまあ。ひょっとしたらママから内緒で特別手当とかもらってるかも知れない。
客にしてさんざんお金搾り取って、それから淳史さんに売り飛ばしてもらえばいい。ちなみにその女ねえ、まだ一人しか男を知らないの(笑)ちょっと興奮するでしょ(笑)」
「ふ~ん………」
「とにかく近いうちにお店に来てくれない?さやわかな服装でね!新しい子を付けてって言えば付くと思う。名前は美香。淳史さんも品定めがてらに誘ってよ。」
「分かった。美香な…」
「そう、美香って名前。なるべく早くお店に来てよ!金曜日は忙しいの?あの子は週末しかいないから」
「1時間くらいならなんとか…。淳史さんにも聞いてみるから」
「分かった。早くね!」
受話器を置いた奈津美は気分が良くて仕方なかった。
徹底的に不幸になってゆく美香を見られると思うとウキウキしっぱなしだ。
達也を失い、せっかく稼いだお金もむしり取られる。文字通り丸裸だ。借金まみれ、やくざに売られてあの一人の男しか知らなかった身体を酷使すればいい。
銀座のお姫様は吉原で大勢の男のオモチャになる。なんていい気味なんだろう。顔がにやけたままで戻らない。
金曜日、早い時間に純と外せない会合がある淳史に代わって弟の祐介が店に現れた。奈津美の言う通りの思い切りさわやかないでたちで。
ホストとやくざの息子には全く見えない。
指名はなく新しくて若い子に接客をして欲しいと告げると、美香と愛が席に付くように店の男に促される。
「愛です。美香です。お邪魔します。」お決まりのあいさつを交わして4人は会話を楽しんだ。
迂闊にも向かいに座る美香に祐介はドキッとした。なんと言えばいいのだろう…? 可愛いのはもちろん、可憐……。可憐なその眼差し、華奢な身体、エメラルドグリーンのドレス…美香を彩る全てが完璧で心を奪われる。
こんな子を借金漬けにして売り飛ばして欲しいなんて。一体この子が何をしたと言うのだろうか?
純の方はプロ根性丸出しで女の子を沢山笑わせて上手に会話に巻き込んだが、やっぱり美香に興味を抱かずにはいられない。
こんなに可愛いくていい女なのになぜ、まだ一人の男にしか抱かれたことがないのだろう?どこにいても何をしていてもモテるはずだ。
抱いてみたい…。どんな極上の身体を持ち合わせているのか確かめてみたい。
それは祐介とは相反する不純な興味だった。
二人は小一時間ほどでその場を切り上げる。最初から押しすぎても良くない。
最初は少しずつお店に通い女の子の心を完全に開くのだ。
今夜は良い第一印象を与えに来ただけ。それが目的。純は出勤時間が近づいていたので祐介と別れてお客である女の子を迎えに行った。
翌週も金曜日に小一時間。淳史を伴い純は今度は美香を指名した。
純は第二段階、美香の電話番号を聞きだそうとしていた。
美香がまだ携帯を持っていないことと、ホテル住まい、家は大阪であることから連絡先を聞くのは難航で、やきもきし始めた頃に純は自分の連絡先を教えた。
押してもだめなら引いてみるのである。
「今度、何か美味しいものでも食べに連れて行くよ。いつでも連絡ちょうだい」
「はい、ありがとうございます……」
美香は小さな戸惑いを含んだような可愛らいい瞳で純を見た。
その瞳が純の男としての本能に火をつける。絶対に俺に惚れさせてやる。ベッドでギャンギャン言わせてやるよ。
「あれはいい娘だわ~。超高級店用だな」淳史がにやにやしながら純にそうつぶやいた。