霹靂
霹靂
週末のプルメリアのアルバイトは何度出勤しても気持ちの面が慣れそうにない。
一夜にして色んな人に出会い、話をする。自分を最大限にアピール、自身が商売道具という事をこの店で働く女達に痛いほど見せつけられるのだけれど、美香にはそれが上手く出来ない。
煌びやか(きらびやか)すぎて目まぐるしいスピードで流れる非現実的なこの世界にいるとすぐに腹痛や頭痛が起きるので新幹線の中で気休めに胃薬や頭痛薬を飲むのが習慣になってしまっていた。
それとまだお店で働く一通りの女の子の顔と名前が一致しない中で、美香は密かに苦手だと思える人の存在に気が付いてしまう……。
奈津美だった。
美香よりも3つ程年上でどうして彼女が苦手なのかよく分からなかった。
一緒に席に着いた時の美香に対するちょっとした素振りや小さなことなのだか美香はそれを誰よりも敏感に感じ取ってしまっていた。
達也が来店した時も、達也の左隣に美香、右隣に奈津美、マネージャー、女の子を挟んで音楽業界の人 そんな席順で奈津美が達也と親しそうに話すのを目の当たりにて美香の心は傷ついた。
達也の奈津美に対する態度や話し振りは美香の前で見せるものと少しも変わらないのだ。
うちだけじゃなくて誰にでも面白い話をしはるんだ…。うちだけじゃないんだ…。なんだか悲しい。早く部屋に戻って二人きりで過ごしたい。今すぐうちを抱きしめて下さい。知らないうちにそう心の中で呟いていた。
そんな中、ついに奈津美が美香を奈落の底に突き落とす。
それは5月の始めだった。
「美香ちゃん、ちょっとお話したいの。仕事終わったら飲みに行かない?」
不敵な笑みを浮かべた奈津美が恐くて声が出ない。そして頷くのが精一杯だった。
その日は店の閉店時間が永遠に来なければいいのに…そんな風に思いながら仕事をした。
それでも時間を止めることなど不可能で閉店時間は訪れる。
まだ何も起こっていないというのに胃がひどく痛みだし、奈津美が止めたタクシーに恐る恐る乗り込んだ。
ワンメーターも走らないうちにとあるバーに着き、飲みたくもないカクテルを形式上オーダーし再びうつむく。
「美香ちゃん、率直に言うね。私と達也さん付き合うことになりそうなの。だから、もう個人的に連絡取るの止めてくれないかなー?
二人が長く付き合ってたのは知ってるよ。でももう彼を解放してあげてよ。達也さんだって自由になりたいんだよ。でも美香ちゃんが可哀想でなかなか言い出せないの。分かる?
いいバイト見つかったんだから達也さんに依存する理由もないよね。もう電子レンジくらい自分で買えるでしょ(笑)」
「………………」
あまりにもショックで言葉を失った。
この人は達也さんがうちに電子レンジを送ってくれたことを知っているのだ。
そんな前から……。
あまりの突然に出来事に涙すら出なかった。
「大丈夫?(笑)ミュージシャンって輝き続ける為にも刺激が必要なのよ。美香ちゃんは刺激を与え続けることが出来るのかしら?私ならもっと彼を生かせる。貴女にそういう自信ってあるの?」
美香は小さく首を横に振った。
奈津美さんの言うとおり…うちが達也さんに与えられる刺激なんて微塵もない。
うちが与えていたのは…孤独と悲壮感ばかりだった気がする。
これだけショックな言葉を並べられたのに美香の頭の中はかえって冷静だった。
それは驚くほど自信に満ち溢れた強気な奈津美の話術のせいだろうか?
達也さんはもう私から解放されたいのだ…本当にそんな気がした。
「この間、達也さんと朝まで一緒にいたの。彼の心はもう貴女には向いていないと思う。人ってさあ どんな人と一緒にいるかで人生まで変わってきちゃうのよ。」
奈津美はとどめを一言を突き刺し、さらっと二人分の御代を支払いその場を去っていった。
その夜、美香は放心状態のままタクシーを拾いなんとかホテルまで帰ったが何も考えられなかった。
明け方にようやくシャワーを浴びてベッドに入った頃、本当の悲しみに触れる。
うちの知っている達也さんはもういない……。涙が止まらなかった。